真実の裏側
第二章。次章で完結予定です。
動機は何だ。
エイミーは誰からも愛される申し分のない人柄だった。カウンセラーとして働き、荒廃した今の世にあって多くの人に必要とされていた。
殺される理由など、あるはずがないんだ。彼女ほど優しい人は他にいない。それは自分が一番よく知っている。
では、なぜ殺された?
ギリリと奥歯を噛みしめ、スティーブは同じ問を繰り返した。
数日後、奇跡的に命を取り留めた容疑者がICUから出て一般病棟へ移ったところへ、二人の刑事が出向いた。一人がノックもせずに病室のドアを開けて、つかつかとベッドへ近づき、容疑者を睨みつけた。
また自殺されてはかなわない。今のうちに、多少無理をしても話を聞いておく必要がある。
「モブ・グリーンだな。俺はスティーブ。殺人彼の刑事だ。こっちは相棒のトム」
「・・・死なせてくれ。頼む、死なせて・・・」
容疑者のグリーンは同じ言葉をボソボソと繰り返し、ベッドの上で身悶えした。
「よく聞け、人殺しのゲス野郎。死にたけりゃ勝手に死ね。だがその前に白状しろ。エイミーを殺したのは何故だ?」
「エイミー・・・ああ、エイミー。彼女は俺の全てだった。なのに・・・うぅぅ・・・」
「殺しておいて全ても何もあるか。クソ野郎め」
「まあまあ、スティーブ。ここは俺に任せろ」
トムは二人の間に入り、巧みにグリーンを誘導した。
「いいか、グリーン。良く聞け。彼女は死んだ」
「・・・死んだ? 本当に?」
「ああ、そうだ。ここでお前が正直に話せば、少しは供養になるってもんだ。そうだろ?」
グリーンの目尻からとめどなく涙が溢れ、こみ上げる嗚咽をこらえている。これが演技ならアカデミーものだ。
「落ち着いて話すんだ。いいな、グリーン。どこで彼女と出会った?」
戦時のPTSDを少しでも緩和したいと考えたグリーンは、友人の紹介で知ったエイミーのカウンセリングを受けて、ひと目で彼女に惚れ込んだ。
この世のものとは思えない、神々しいばかりの美しさ。まさに運命の出会いというやつだ。
無理を承知で交際を申し込み、拝み倒してどうにかデートの約束を取りつけてからは、ますます思いは募り、離れ難く、他の男と笑顔で話すエイミーを見ていると、それだけで気が狂いそうだった。ついには、嫉妬に身を焦がしながら四六時中彼女を監視するようになった。
エイミーを守るためだ。誰にも指一本触れさせるものか。俺には彼女が必要だし、彼女には俺が必要なんだ。
見張りを始めてから次々と浮かび上がる男の存在にグリーンは驚き、そのうちに激昂し、十五人目の交際相手が自分の父親だと知って、気がついた時には足元に血まみれの彼女が倒れていたという。
話し終えたグリーンは舌を噛み切ろうとして取り押さえられ、鎮静剤で眠らされた。
到底認めたくはなかったが、スティーブは容疑者の自白から真実の匂いを嗅ぎ取っていた。人を殺して死のうとした人間が、保身のために嘘をつくとは思えない。
こいつの話は本当だ。しかし何かが引っかかる。
エイミーの相手は、人種、容姿、年齢、職業などに共通点がなかった。その一方で、父と子の両方と交際していたケースが複数ある。スティーブの知る聡明で美しいエイミーと、捜査で浮かび上がる奔放な人物像とは、余りにもかけ離れていた。
「妙だな・・・」
スティーブの勘が何かを囁いた。
どこがとは言えないが、あえて言うなら何もかも変だ。それが何故なのか、どれだけ綿密に捜査をしても理由が分からなかった。
刑事の勘は正しかった。真実は全く思いがけないところにあったのだ。
来る終戦記念日、落成したばかりの復興記念スタジアムで、AI搭載ロボットの対戦イベントが開催されると決まった。終戦後初の大規模興行である。人類を苦しめたロボットが倒される姿をひと目でいいから見たいという人は予想以上に多く、観戦チケットは飛ぶように売れている。
興行初日のチケットを手に入れたフレッドは、一緒に行こうとサラを誘った。
「どう? 面白そうだよ」
「恐いわ」
「何が?」
「ロボットが」
戦時の記憶は、まだ生々しい。大勢の人を殺したロボットが当時そのままの姿で登場すれば、ようやく癒えた心の傷がパックリと口を開けてしまいそうだ。
フレッドの魅惑的な双眸がサラを見つめた。
「平気だよ。電磁パルスフィールド完備だから」
確かに、それならロボットは外へ出られない。安全だと言われれば、断る理由も思いつかない。
行ってみようかな。
たまにはいいかも。純粋に楽しむための外出は何年振りだろう。
「友達も一緒に行っていい?」
「悪いけど僕のチケットは二枚しかないんだ」
「そう・・・うん、わかった」
真っ白な歯を見せてフレッドは笑った。
釣られるように、私も頬がゆるむ。クラスメートが言うとおり、どこをどう見ても完璧だわ。彼には欠点が見当たらない。
観戦当日、私が身支度を整えている時に階下から笑い声が聞こえた。
人嫌いの父が談笑とは珍しい。相手は誰かしら。
居間に入った私は、ソファに座る男性を見て驚いた。
「フレッド・・・」
「迎えに来たよ。マイクにも挨拶したくてね」
私は呆気に取られて立っていた。
待ち合わせはスタジアム前のはず。住所は教えていないのに、なぜここが分かったの?
「サラ、私の勤める会社は、フレッドの父君がメインスポンサーなんだ」
父親の言葉に、私はもう一度目を瞠った。
それは初耳。
でも・・・だから、フレッドがここにいるのね。
両親に見送られて外へ出た私の前に、大きなリムジンが停まっていた。アリスと彼女のボーイフレンドが傍らに立っている。
「やあ、初めまして。僕はビル・ジョンストン」
右手を差し出した男性は、清潔感に溢れる芸術家といった風情。今までの冴えないボーイフレンドたちとは明らかに違う。
趣味を変えたのかしら。
首を傾げる私をよそに、フレッドたちは今日の対戦予想で盛り上がった。
「続きは着いてから話そう。もうすぐセレモニーが始まる」
リムジンで真新しいスタジアムに到着した私たちは、VIPの集う専用ロビーへ案内された。着飾った要人がシャンパン片手にあちらこちらで笑いさざめき、SPらしき人物が出入り口を固めている。仕切りのない大きなガラス窓を隔てて、南側全面に広々としたフィールドが広がっていた。
「D4の関係者をお迎えできて光栄です」
主催者の挨拶を受けて、私はぎこちない笑みを返した。
マイク様様だわ。何もかも筒抜けってわけね。
各種のセレモニーが進む間に、フレッドが今日の対戦について解説してくれた。片方は人間への攻撃ロジックが削除された戦時の六足ロボット。もう片方はメサイア製の最新型ヒューマノイドなのだとか。
すり鉢状の観客席は既に満席だった。
戦いの舞台となる縦横百メートルのフィールドは、特殊ガラスの防護壁に囲まれている。赤土の丘と塹壕のほかに、分厚いコンクリートの防壁がいくつか設けられ、双方が目指す中央の拠点に小さな旗が立っていた。五対五の団体戦は、敵を全滅させるか拠点を制圧するか、そのいずれかで勝負を決する。ロボットの総重量は一トン以内、武器は小銃、チタンブレード、敵を一定時間拘束するスタングレネードの三種のみ。
西ゲートから六足ロボットが姿を現すと、ブーイングの嵐が起こった。続いて東ゲートからヒューマノイドが国旗を翻して登場し、大歓声が湧きあがった。一見したところは人間と大差ない。観客の瞳は期待と興奮に輝いている。
「いよいよね」
「新型に十ドル」
「僕も」
「私も」
フレッドが苦笑いをして首を振った。
「これじゃ賭けにならない」
両軍が位置について間もなく、戦闘開始を報せるサイレンが場内に鳴り響いた。
ウワアァァァンンン・・・
六足歩行のロボットが昆虫のようにフィールドを這いまわり、スタジアムのあちこちから本能的な悲鳴が上がった。縦横に跳躍するヒューマノイドのチタンブレードが閃く度に、脚部を切断された敵ロボットが擱座してゆく。人の声、銃声、ロボットのモーター音、あらゆる音が溶けあい、スタジアムを駆け巡った。
「凄いわ、見て!」
興奮したアリスが私に抱きついたと思ったら、不意に両掌で頬を挟まれた。
「う・・・」
滑らかな舌が一瞬で口腔内をまさぐり、抵抗する間を与えずに私から離れた。
つるりとした舌の感触が、口の中にありありと残っている。
アリスに眼を向けると、端正な横顔をこちらへ見せて、何事もなかったように声援を送っていた。フレッドもビルも気づいていないらしい。
今のは何だったの?
ショックで固まる私の後ろで、ヒューマノイドを応援する男性がFのつく下品な言葉を連呼していた。お陰で私は自分を取り戻し、震えるような息をついて自らに言い聞かせた。
落ち着いて。きっと冗談のつもりよ。
フィールドの六足ロボットは数が半減していた。ヒューマノイドの優位は揺るぎない。流れるような連携を保ち、複数で一体の敵ロボットを追い詰めては確実に仕留めてゆく。動けない六足ロボットが止めを刺される瞬間、私は思わず目をつぶって悲鳴を上げた。
「ひどい!」
目を開けるとフレッドが私の顔を覗きこんでいた。
「ひどいって、何が?」
「だって、もう勝負はついているのよ。あそこまで攻撃しなくてもいいでしょう?」
「違う。徹底的に壊さなければ逆襲を受ける。それに、あのロボットは人類の敵じゃないか。ただの機械だよ」
「でも、残酷だわ」
来るんじゃなかった。
誘ってもらったのは嬉しいけれど、破壊だけのイベントなんて、私は見たくない。
非難の眼が向けられると思った矢先に、フレッドが相好を崩した。
「サラは優しいね。しかも頭が良くて美しい。君のような人を探していたんだ」
「え?」
「君は人間という種の代表にふさわしい」
「・・・何を言っているの?」
フレッドの眼差しは、慈愛とも狂気とも言える不思議な色合いを帯びていた。その眼を見ているうちに、周囲の喧騒が再び遠ざかってゆく。
「あなたは誰? もしかして政府関係者・・・?」
「違うよ。僕とアリスはAIロボットだ」
「まさか」
有り得ない。
そう思いながら、不思議と納得もしていた。フレッドとアリスの完璧な容姿、温和で公平な性格は、現実離れしていると感じるほど、およそ隙というものが無い。人間にしては完璧過ぎる。私は彼らが怒るところを見たことがなかった。
もしフレッドの言葉が本当なら・・・。
今度は俄かに緊張感が襲ってきた。
「そんな事を言っていいの?」
「驚かないんだね。想像以上だよ、キミは」
「AIロボットだなんて、あまり良くない冗談よ」
「果たしてそうかな」
小さく肩をすくめ、フレッドはウィンクした。
「・・・私が口外しないと思う?」
「他で話すのは自由だ。でも信じてもらえるかな」
確かに誰も信じないわね。
彼は大戦を勝利に導いた巨大企業の御曹司で、その企業はD4開発のパトロンなのだから。逆に私がおかしくなったと思われるでしょう。
「それに、君はもう僕たちの仲間だ」
「悪いけどAIの友人は必要ないの」
「君に必要なくても、僕らには必要だ。人類にもね」
「何のこと・・・?」
「これまで僕たちは不要な遺伝子を間引いていた。勝手に増えると同じ事の繰り返しになる」
フレッドの話題が突然変わって、私は面食らった。
遺伝子を間引く?
「アリスが君にキスしただろう」
「見ていたのね」
「もちろんさ。それが目的なんだから」
「説明して欲しいわ」
私はフレッドを軽く睨んだ。
ファーストキスの思い出が台無しにされた贖罪も含めて、きちんと聞かせてもらう権利がある。
「OK。先週、ダウンタウンで殺人があったこと、知ってる?」
またも唐突な話だった。全くつながりが見えない。私の顔は戸惑い丸出し、さぞ間の抜けた表情だろう。
「ええ、ニュースで聞いたと思う」
「エイミーという女性が殺された。可哀そうなことにね」
胸部を刺されて死亡したその女性は、自分たちと同タイプのAIだとフレッドは言った。数々の男性遺伝子を採取、分析しては、不適格な遺伝子を持つ者に不妊措置を施していたという。
「繁殖力の強い個体を放置すると無秩序に増えてしまうからね。僕たちの体液に含まれるナノマシンが、相手の体内で適切な措置を施す」
「嘘でしょう?」
私は唖然として彼を見やった。学校中の女子が憧れる面差しは、爽やかな笑みが浮かぶだけで、他の感情は読み取れない。
「嘘なんて言わない。人というのは本能的に魅力的な異性を求める。無意識のうちに交わりたいと思うらしいね」
美しい異性を装うAIロボットは、接触した人間にナノマシンを送りこみ、必要とあらば生殖能力だけを削ぐ。そうして多産系DNAのコントロールをしているのだ。
時として、嫉妬にかられた人間がAIと知らずに相手を奪い合い、流血騒ぎを起こすこともある。エイミーはその犠牲となってしまった。
「これからは、高い知的水準、勤勉で友好的な性格、そうした遺伝子を持つ者を選んで繁殖させるのさ」
なんて言い草なの。
私たちは実験動物じゃない。
「人間をバカにしないで。あなたたちの思い通りになると思ったら大間違いよ」
その時、私は気が付いた。フレッドには、この話をする必要性がないということに。
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