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電子の兵法  作者: 掛世楽世楽
1/3

事件

AIを題材にした二作目。もし時間が許せば、読んでみて下さい。




 ニューヨーク地下放送のニュースキャスターが何かのメモを受け取った。文字を追ううちに、顔色がみるみる変わってゆく。重大な事件でも起きたのか、再びカメラに向けられた顔は、興奮のためにうっすらと紅潮していた。



「新たな情報をお伝えします。先ほど、連邦軍は敵の本拠点制圧に成功しました。繰り返します。連邦軍は敵の本拠点制圧に成功。ついに・・・我々はAI(人口知能)との戦争に勝利したのです!」



 興奮冷めやらぬ体でニュースを告げる男性キャスターは、滂沱と流れ落ちる涙を拭おうともせずに号泣した。果てしない地獄の日々が、ようやく終わったのだ。終戦を知った人々が誰彼なく互いに抱き合い、歓喜に沸いたことは言うまでもない。


 プログラムバグから生まれたと言われるAIがインターネットへ流出して十年、ネットの海を自在に泳ぎながら自己学習を繰り返し、人類への反攻を始めてから七年が経つ。

 あらゆる電子機器へサイバー攻撃を仕掛けるAIは、テクノロジーにどっぷりと依存する人類を奈落の底へ突き落とした。それは実質的な文明の崩壊でもあった。それから間もなく、六足歩行ロボットを用いて物理攻撃へ移行したAIは、次々と市街地へ侵攻し、人々を更なる恐怖に陥れた。

 開戦早々にコンピューターが全滅させられ、旧式の銃火器しか持たずに闘う人間たち。戦況は風前の灯に等しい。それに加えて、食料、燃料、医薬品など、あらゆる物資の不足がAIとの戦闘以上に人々を苦しませ、やがては死に至らしめた。



 市街戦開始から三年が経ち、総人口の過半数が失われた頃。

 旧NSA残党軍の開発した切り札が、アメリカ東海岸の地下数百メートルで静かに産声を上げた。それが、乾坤一擲の勝負を挑むために人類の叡智を集めて創り出されたコンピューターウイルス、D4である。

 D4誕生までの道のりは実に険しかった。生き残った研究者たちは、寝食を惜しんでウィルスの改造に取り組み、作り上げた新種でAIロボットに挑んでは跳ね返され、挑んでは跳ね返され、文字通り七転び八起きの日々を耐え忍んだ。

 情報戦に長けたAIがウィルスの脅威を知らないわけもない。開発拠点のラボは、いつも重苦しい空気が淀んでいた。



「ジョージ、昨日のシミュレーションはどうだった?」


「完璧だ」


「おぉ、それはつまり・・・」


「完璧に負けた。打ちのめされたよ」


「やっぱり」



 気の遠くなるような労力を注ぎ続けたD4は、着手から四年後に日の目を見た。これでだめならお終いと、祈る気持ちで鹵獲ロボットに搭載されたD4は、地上へ出て数千キロを移動した地点でネットへ接続した。

 するとどうだ。街を闊歩していたロボット群は、次々に動きを止めてゆくではないか。その様を観察していた技術者たちは、狂喜乱舞して拳を突き上げた。D4は絶体絶命の形勢から、逆転満塁ホームランを叩き出したのだ。


 人類は再びインターネットを掌握することに成功した。ここにAIの遠隔連携は途絶え、独立行動を余儀なくされたロボットによる散発的な抵抗が、現在も都市部周辺で続いている。だが満足な補給を受けられず、弾薬の切れたロボットが完全に沈黙するのは、時間の問題だと思われた。

 事実上の平和が訪れて三年余り。世界は復興の途にある。



 私が小学生の頃、確か九歳の時にAI大戦は始まった。

 アメリカ政府の要請を受けてD4開発チームに入った父のマイクは、時間もお金も家族との団欒も、考えられる全てを犠牲にしてD4に全てを捧げた。

 もともとマイクは研究しか頭にないような人だった。そこへD4という大義名分が降って湧いた。大手を振って好きなことだけをしてもよいという免罪符を手に入れた彼は、ブツブツと呪文のように「人類の為」とつぶやき、ひたすら研究に没頭し、ほとんど一歩も部屋から出ない。昼も夜も関係のないマイク中心の地下生活は、母と私のストレスを増すばかりだった。

 周囲の大人は彼を「AI大戦の功労者」と讃えるけれど、家族にとっては普通以下の人でしかない。


 そうした我慢の甲斐もあり、AIに勝利して地上に暮らすようになってから、マイクが何故か優しくなった。人が変わったと言ってもいいほどに。

 リンゴの皮も満足に剥けなかったマイクが、今日は一人で朝食の用意をしている。しかも鼻歌混じりで。


「どういうこと?」


 母と私は顔を見合わせて首を傾げた。


「終わり良ければ全て良し。そう思うことにしましょう」


 重圧から解放されたマイクが元へ戻っただけよと母は笑うけれど、自分の研究以外に何の興味も示さなかった父がこうも変わるものかと、私は何だか気味が悪かった。



 東海岸の生存者が集まる旧ニューヨーク市街の一角に、瓦礫の山で囲まれたハイスクールがある。戦争が終わって授業は再開され、私もそこへ通っていた。

 学校のことを考えると、ついイライラしてしまう。

 今年は創立からちょうど二百年の節目にあたるとかで、秋にはセレモニーの予定もあるらしい。式典と言えば聞こえはいいけれど、雇用がどうとか復興がどうとか、金儲けを糊塗するために体裁を繕ったんでしょう。ただでさえ物資の不足している時代に、人とお金と時間をかけて盛大に無駄な消費を増やすなんて、本当に下らない。まだまだ食べ物や着るものにさえ事欠く人が、大勢いるというのに。

 校門を入れば毎日のように「あら、救世主の娘がお通りよ」ってクラスメートにからかわれるし。本当にウンザリ。たまには違う事を言えないのかしら。

 今日も私は声を無視して教室に入り、机の上にカバンを放り出した。



「おはよう、サラ」



 親し気な声に振り向くと、クールな男女がニッコリ笑って立っていた。

 フレッドとアリス。

 AI大戦の勝利を陰で支えた複合企業体「メサイア」の跡取りと噂される有名な双子だわ。



「ちょっといいかな」



 フレッドがこちらへ歩み寄った。

 むむ、ヤバい。

 スクリーンでしか見られないようなイケメンよ。私は動揺を悟られまいと目をそらした。

 妹のアリスが断りもなく隣の席に座り、口元から真っ白な歯を覗かせた。こうして見ると、同性でもドキッとするほど魅力的ね。男子生徒が騒ぐのも無理はない。



「君の噂は聞いてる。お父さんのマイクは日本人とのハーフでMIT出身の有名人。D4開発の立役者だってね。同じ大学出身のお母さんは美人で有名な三人姉妹の長女で、ミスMIT。それで合ってる?」



 私は意外な感に打たれた。親友のリサにさえ、そこまで話したことはない。



「どうしてそんなことを・・・?」


「知っているかって? 興味がある人のことは調べる主義なんだ。もし気に障ったなら謝るよ」



 晴れ渡った夏空の如く、フレッドは爽やかに微笑んだ。

 くぅ・・・ズキューンて感じ。

 でもショック。それは私がブサイクってことかしら。



「一度、映画にでも行かないか? 返事は今すぐじゃなくていい。君にも好みがあるだろうし。じゃあね」



 見た者を虜にせずにはおかない極上の笑みを残して、二人は離れてゆく。

 これは誘われたと思っていいみたいね。

 笑みこぼれそうな口元をグイと引き締め、予想外の事態にボーっとしていると、誰かが私の肩に触れた。

 振り向くと、となりで親友のエリザベスが悪戯っぽく笑っている。



「聞いてたよ。サラ」


「ああ、うん・・・」


「なあに、その顔は。フレッドから交際を申し込まれたのよ。嬉しくないの?」


「だって・・・」



 私は何と言えばいいか分からなかった。

 フレッドが素敵なのはいいとして、問題は彼の趣味だ。中身も性格も二の次よ。それでも私は喜ぶべきなの?

 兄のフレッドは体格だけが取り柄の冴えない女子ばかりを好んで連れ歩き、妹のアリスはセックスしか興味のなさそうな頭の悪い男子生徒を周りにはべらせる。釣り合わない異性と付き合ってはすぐに別れる双子のことを、陰では変わり者とか、ひどいのはゲテモノ好きとか呼んでいた。

 エリザベスも私も、そのことを良く知っている。


「フレッドがサラを選んだということは、彼も人を見る眼が養われたってことね」


「そうかなあ」


「そうよ。はっきり言って羨ましい。出来るなら代わりたいくらいだわ」



 エリザベスは夢見るように目をつぶって嘆息した。

 ダークブラウンの髪に明るいブルーの瞳、お金持ちで背が高くてスポーツ万能。フレッドは、女子生徒全員の憧れと言っても間違いではない。自分のことが大好きで人の悪口しか言わない、あのパトリシアが「彼のためなら何でもするわ」と真顔でいうくらいですもの。



「でも・・・どうして私なのかな」


「可愛いからに決まってるじゃない」



 睨むように私を見るエリザベスの口元が綻んでいた。



「そんなこと言うのはリサだけよ。私は可愛くないし」


「呆れた。サラ、あんたの家には鏡がないの?」



 私は苦笑いして肩をすくめた。 

 彼に誘われて嬉しいのは確かだけれど、手放しには喜べなかった。

 人の好みなんて千差万別。それに、フレッドの眼が悪いだけかもしれないじゃん?



 復興に合わせて人の流入が続く旧ニューヨークは、瞬く間に元の面影を取り戻そうとしている。路地に転がるロボットの残骸はリサイクルされて生活用品となり、がれきを除けた土地に新しいビルがニョキニョキと生える。繁華街では三日と空けずに人が殺され、犯罪件数はうなぎ上り。


 セントラルパークに近い街の一角で、今日も新たな死体が見つかった。まだ若い女性だ。

 スティーブ・ローレン刑事は、生あくびを噛み殺しながら現場に到着した。休みの日に呼び出されて、眉間に刻まれた皺が深い。



「ついてなかったな。スティーブ」


「ああ、やっと休みだと思ったらこれだ。被害者は?」


「胸部を十二カ所刺されて、搬送先の病院で死亡」


「まったく、命が軽すぎやしませんかね。大戦中の方がマシかもしれん」


「おいおい、AIのジェノサイドよりマシだろう」



 相棒のトム・スニードが眉を上げた。大戦をはさんでキャリア二十年のベテラン刑事だ。下がり気味の目尻に愛嬌がある。



「さあどうかな。あの戦争で向こう百年分の死者が出たんだぞ。せめてしばらくは平和に暮らそうと思えってんだ。馬鹿どもめ」



 スティーブは道端に唾を吐いた。



「まあ、落ち着け。休みが消えてイライラするのは分かる。それより、加害者は確保された」


「そりゃいいね。仕事が半分になった」


「犯行時、近くにいた目撃者が言い争う声を聞いたそうだ。よくある痴情のもつれってやつだな」


「よし、今日にも解決できるぜ。それで、身元は?」


「加害者はモブ・グリーン、三十五歳。凶器はサバイバルナイフだ。そのナイフを使って犯行後に自殺を図ったが、どうにか生きてる。死亡した女性はエイミー・ライル、二十六歳のカウンセラーだ」


「何だって・・・エイミー・ライル?」



 スティーブは驚いて目をむいた。



「知っているのか?」


「・・・いや」



 落ち着け。ありふれた名前だ。同性同名ということも有り得る。



「それで、収容先の病院はどこだ?」


「容疑者なら市立病院」


「被害者は?」


「そこの地下だ」



 被害者の確認をすると断って現場を離れたスティーブは、市立病院へと車を飛ばした。受付でバッヂを見せ、運び込まれた被害者の所在を尋ねると、地下の霊安室へ急いだ。

 ステンレス製のドアを開ける間ももどかしく、中へ駆け込み、遺体を見つめて茫然と立ち尽くした。



「そんな・・・」



 ガラガラと足元の崩れ落ちる音が聞こえた。

 自分の恋人だ。繊細な横顔は見間違えようがない。

 LEDライトの下に横たわる遺体の腕には、いくつもの防御創が刻まれ、胸から腹にかけて深い刺し傷が複数あった。



「なぜ・・・なぜ彼女が・・・・・」


 スティーブは拳で壁を叩き、天を仰いで慟哭した。


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