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特訓


 冷たい夜風が、頬をかすめる。


 頭上に煌めく星々さえも眠ってしまったかのような静寂。


 その中で、独り、動くものは――目の下にクマを作った、不健康そうな少年だけ。


「みぎ、ひだり、みぎ、ひだり……」


 念仏のように繰り返す、その両の掌には、直径15センチほどの白い魔方陣。彼の「十六能力イザヨイ」である「定立テーゼ」。


 京は、地上からおよそ5メートル――ハイツ・デネブの外壁を、その能力を駆使してよじ登っていた。

 ぎこちない動きではあるが、確実にその高度を上げていく。


 そして、地上から8メートル、ハイツ・デネブのちょうど真ん中あたりに差し掛かったとき、下から声が聞こえた。


「おー、やってるなぁ」


 おっとりとした、女性の声。下を見ると、八千代と厘が建物の入り口から出てきて、京の姿を見上げていた。


「まるでヤモリやなぁ」

「まぁ、両手で能力を展開できるようになったのは進歩ですね。……なんとなく、私の槍で撃ち落としたくなってきました」

「おもしろそうやなぁ。やってみ、厘ちゃん」


 なにやら女性陣が不穏な会話をしているが、聞こえないふりをして壁を登り続ける。

 すると、京の近くにあった窓が突然開き、中から何者かの腕が出てきたと思うと――



 バァン!という甲高い破裂音のようなものが炸裂する。


「うおっ……!」


 その音に驚き、展開していた能力を解除してしまう。そのまま京の体は真っ逆さまに落下し、大きな音をたてて地面のタイルに激突した。


 全身に衝撃が走るが、あれだけの高さから落ちたにしては軽い痛みだ。すぐさま破裂音のしたほうを見上げると、窓の中から不敵な笑みを浮かべる黒ずくめの少年が顔を覗かせた。


 手には、おもちゃのような小さい拳銃。


「サン、あいつ……!」


 恨めしい顔で睨むが、彼はただ「してやったり」という表情でほほ笑むだけである。すると、横から厘が歩み寄ってきて、


「ほら、びっくりすると能力が解除されちゃうでしょ。まずはそれをなくさないと」

「そうは言ってもな、ずっと集中するのはムズいんだよ……」

「そんなこと言うてても、明晰夢ルシッドメアは待ってくれへんで」


 あくまでも厳しく、八千代は告げる。


「とりあえず、次に奴等が出てくるまでに、『十六能力イザヨイ』の基礎は身につけとかなあかん。お姉ちゃんを見つけるまでに死ぬのは、新入りくんかて嫌やろ?」

「それは、そうですけど……」


 不満そうな声を漏らしながら、自分の掌を見つめる。


 あれから、3日。

 京は、ひとまずハイツ・デネブに居候するという形で、身を落ち着けることにした。


 姉を探しに行くということは、この「冥府」を探索し、他の「府民」と接触するということである。今の時点で、京にはこの世界の知識もほとんどなく、頼れるアテもなかったため――まずは、しばらくハイツ・デネブで能力を鍛え、この世界のことを知る必要があると判断した結果だ。


 今日までに、厘をはじめとする住人達から、様々なことを教わった。


 この世界では、永遠に夜が続くということ。――日数の概念は存在するが、夜が明けることはなく、夜空の星が一日で一周するだけである。


 この世界では、能力の使い過ぎで気絶することはあっても、意図的に「眠る」ことはできないということ。――大久保 四乃という住人は四六時中寝ているが、厘によれば「彼女は特別」ということらしい。



 そして――この世界は、何者かによって意図的に創造されたものであるということ。「府民証」に表示される情報は誰が管理しているのか、という疑問から遡れば簡単に行き着く答えではあるが、「16歳で死んだ人間が特殊能力を持って生き返る」という現象自体が自然に起こることだとは考えにくい。「冥府」の異様な外観からしても、ただならぬ存在が関与していることが推測できる。


 ただ、八千代をもってしても、その正体、詳細はわからないらしい。確かめる術がないというのだ。10000ポイントを獲得した者が生き返れるというルールについても、その意図が読み取れない。結局、何も知らない「府民」が戦い、殺し合っているのが「冥府」の日常であるそうだ。


 宝石を削り取ったような見た目をした、あの明晰夢ルシッドメアも、3日から5日に一回の頻度で出現するということ以外はわからない。少なくとも、生物ではないということくらいしか、確かな情報はないという。


 仰向けに寝転がったまま、夜空を見上げる。そこには、無限に広がる宇宙が輝いていて、星の光が静かに踊っていた。


 無数に見えるあの光は、生前の世界と同じ星々なのだろうか。人工の光にまみれて霞んだ夜空しか知らない京にとっては、その見分けはつかなかった。……少なくとも、月はどこにも見えないので、ここは地球のどこかではないのだろう。ひょっとすると、どこか遠くの惑星なのかもしれない。自転の影響で、片側は昼しかなく、反対側は夜しかないという星があることを理科の時間に習ったことがある。


 自分の知識のアンバランスさに苦笑しながらも、京はただ静かに夜の世界に漂っていた。


「……京、ちょっと」


 すると、横から少女の声が飛んでくる。視界に栗色の髪が映った瞬間、はっとしたように我にかえった。


「話したいことがあるの。ついて来て」


 起き上がり、立ち上がると、厘の手が京に触れた。

 少年は、ただ、黙ってそれに従う。


 ふたつの影が、夜に照らされた世界を縫うように進んでいった。



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