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八千代



「嵐山 沙耶という人を、知りませんか?……俺の、姉ちゃんなんです」


 ハイツ・デネブの住人達に向かって、京は問いかけた。しかし、手ごたえのあるような反応は返ってこない。


「……ごめんなぁ、新入りくん。今ここにいるほとんどの子は半年以内に『冥府』に来たばっかりで、知り合いも少ないねん。古参の連中にしても、うちはこんな格好やし、ガイくんはあんなんやし、交友関係はおろか敵対関係もほとんど持ってないんよ」


 肩をすくめて、八千代がそれに答える。


「そもそも、君のお姉ちゃんが『冥府ここ』にいるっていうのは、なんでわかったん?厘ちゃんに聞いたとこやと、君はお姉ちゃんを追ってこの世界に来た、って言ってたみたいやけど……」


 その質問に、どう答えるべきか――しばらく思案してから、言葉を選ぶように京は返事をした。


「それは……今は、言えません。だけど、姉ちゃんは確実にこの『冥府』にいるはずなんです。俺は、生前にこの世界の存在を知りました。そして、この世界に来るために『自殺』をした」


 これでは、何も答えていないどころか、質問攻めにされてもおかしくない返事だな、と内心で京は考えたが、八千代はそれ以上なにも追及してこなかった。ただ、柔らかな笑みで、こくこくと頷く。彼女の頭に飾られたかんざしが、外から漏れ出る星の光を受けて煌めいた。


「まぁ、言いたくないことのひとつやふたつ、()()()()()でてくるもんやろ。あえて追及はせんよ。……せやけど、いつか時がきたら――聞かせてもらうわ」


 その言葉に、深く頭を下げる。生前も「先輩」と呼べるような関係の人はいなかったし、目上の人への接し方を知らないとまで思っていた京だったが、不思議とこの八千代という女性に対しては素直な態度をとることができた。


「そうだ、オマエの『十六能力イザヨイ』。『輝石』を使わず、実体化しないだけじゃなくて、能力が二つもあるらしいじゃねーか。純白と漆黒の魔方陣なんて、オマエもなかなか『素質』があるんじゃないのか?」


 全身黒づくめの少年・サンが、黒縁メガネを光らせる。なんの素質だ、とツッコみたかったが、ここはあえて堪えて、右手に純白の魔方陣――「定立テーゼ」を展開させる。


 周囲から、おおー、と歓声があがる。少し照れ臭かったが、それを実演するため、青く染まった壁に向けて掌を突き出す。


「これが、『定立テーゼ』。俺の手と、他の物体を磁石みたいにくっつける能力みたいなんですけど」

「テーゼ、ねえ……」


 八千代が、何かを考え込むようにして呟く。

 消えろ、と念じると魔方陣が消失し、壁から手が離れた。自分の手をまじまじと見つめながら、京が質問する。


「実体化ってのは、なんなんですか?」

「『輝石』を潰したときに生まれる光の粒が、決まった形に収束することよ」


 答えたのは、厘だった。


「私の『烈火矛槍レッカムソウ』は、槍の形。サンの『小人の親指サムズアップ・トリガー』は、銃の形。ガイさんの『人見知らず(シャイニングチキン)』だって、全身を覆うように小さな粉みたいな粒子が実体化する。……だけど、キミのは『輝石』を必要としないだけじゃなくて、魔方陣も実体化しない。いったい、どのクラスに分類されるのかな……」


 クラス? と、新たな疑問が生まれた直後、ガイが「も、もうひとつは……」とつぶやいたので、一度その疑問は置いておき、今度は黒い魔方陣を拳の上に展開させる。


 ふたたび、おおー、という歓声。


「これが、『反定立アンチテーゼ』。さっきのとは逆で、手と物体を反発させる力みたいなんですけど……」


 この力については、京もよくわかっていない。「装甲の男」を吹き飛ばした直後、自分の「府民証」を思わず確認すると、その文字列がいつの間にか出現していたのだ。


「テーゼと、アンチテーゼ。……ドイツやったかな?ヘーゲルっちゅう哲学者が提唱した概念やね。ある立場や理念、命題と、それに反するもの。――能力の名前がどれだけその本質に関係あるかは一概には言えんけど、むつかしい十六能力イザヨイやねぇ」


 八千代が、すらすらと解説を述べる。さすがは年長者、と思ったが、よく考えるとこの世界に来たときには彼女は16歳だったはずで、その時点でそんなに難しいことを学校で習っていたとは考えにくい。一体、どこでそんなことを覚えたのだろう。


「ちょっと、うちにそれを使ってみぃや」


 どこかワクワクしたような調子で、八千代が京に語りかける。いや、それは……と戸惑う京であったが、彼女は退こうとはしない。


「ええから、ええから。遠慮せんで大丈夫やで、新入りくんの『十六能力イザヨイ』でやられるほど、うちはヤワじゃないねん」


 そこまで言われると、もはやせざるを得ない。だが、車椅子の女性に対して、大男を吹き飛ばしたほどの技を使うのはどうなのだろうか。


 以前は思いきり殴るような形で使った「反定立アンチテーゼ」だったが、ゆっくりとした動きで使えば、いくらかは威力が抑えられるだろう。そう考え、両の掌を交差させて守りの構えをとる八千代に向かって、黒い魔方陣を合わせ――



 ブウン!という風切り音と共に、八千代が車椅子ごと後方へと吹き飛ぶ。


「おおっ!?」


 その場にいた誰かが、驚きの声をあげる。それは、「反定立アンチテーゼ」の威力に対してか、それとも、壁に衝突しそうな八千代に向けてか。


 ――やばい。


 京が、自らの行いを猛烈に反省しようとしたとき――



 八千代は、車椅子を華麗に操作し、吹き飛ばされた勢いを利用して……()()()()のまま、壁を()()()()()()()()()


「うん、思ってたよりも()()()()能力やねぇ」


 壁の中央で静止しながら、余裕の表情で八千代は告げる。

 そして、そのまま重力に任せて壁に沿うように降下した後、ふたたび京の前まで車椅子を進めた。


「最初にしては上出来の威力やわ。君、えげつない死に方したんとちゃう?」

「……そ、その車椅子は」


 驚愕のあまり、足が震える。手から嫌な汗が噴き出す。

 その様子を見て、八千代は満足げに答えた。


「ああ、これ?もちろん、『十六能力イザヨイ()()()()()。うちの能力は『じゃじゃ馬』でなぁ、普段は滅多に使わんねん」


 京の口から、乾いた笑いが漏れる。全身の力が抜け、思わずその場にへたりこんでしまった。


「君の能力がなんで実体化せんのかは、うちにはよう分からん。けど、『十六能力イザヨイ』ってのは、その人の『生き様』と『死に様』がよぉく反映される。深くは詮索せぇへんけど、お姉ちゃんを見つけるために『自殺』した君の覚悟は、本物やと……うちはそう思うよ」


 そう言ったきり、何かを噛みしめるようにして、八千代は窓の外を見た。


 そこには、群青に染まる世界と、満天の星空。




 ――死者と死者の出会いは、世界に何をもたらすのだろうか。




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