断章 一
断章 一
これは、誰かの記憶。
群青に染まる「冥府」の星空の下、ある建物の「大部屋」で、「彼」は冷たい台の上に横たわる一人の女性を見つめていた。
彼女の体は、もうすでに淡い光に包まれている。仰向けになったまま、力ない様子で、その女性が「彼」へと語りかけた。
「……ごめんね。私、みんなを助けられなかった」
「彼」は、そんなことない、と、彼女に言いたかった。しかし、流れ出る涙が邪魔をして、うまく感情を言葉にできない。そうしている間に、静かに、冷めた空気に溶け込むような声で、女性はまたゆっくりと語った。
「あーあ。ここで私も死んじゃうのかぁ。嫌だなあ……もっとテレビとかアニメとか楽しみたかったのに」
「…………」
「――そうだ。もし私が生まれ変わるとしたら、『あっち』の世界に行きたいな。それで、恋愛?ってやつをしてみたい。……いやー、アニメとかの主人公ってさ、女の子を助ける理由が『好きだから』とかじゃん?それって、私たちにはわからない感情だから。まだ知らないものを知ってみたい、っていうのは、発明家としての性っていうか……」
とめどなく語り続ける彼女の顔を、「彼」は直視できなかった。
かわりに、恨み言のような言葉を、誰に向けてでもなく語る。
「――どうして、俺たちが死ななくちゃならないんですか。俺たちが……なにかしたっていうんですか」
「彼」の心は、ぐちゃぐちゃになっていた。自分を拾ってくれて、受け入れてくれて、そしてひとりの人間にしてくれた彼女が死ななければいけない理由が、「彼」にはわからなかったのだ。
歯を食いしばる「彼」に向けて、女性は優しく、諭すように告げる。
「――私たちは、まだ、死への抗いかたを知らない」
「え……?」
「死というものが、わからないから――私たちは、こんなにも無力なんだ。だからあなたは、これから生きていくなかで、死へと立ち向かう方法を知らなくちゃいけない」
「……それは、どうやって」
「さあ?私にもわからない。……けれど、どうしようもなく理不尽な『死』に対して、全力で抵抗できるような人間と出会うのが、いちばん手っ取り早いんじゃないかなぁ」
そこで、彼女の体が、より一層強い光に包まれた。
それは、彼女がこの世界を去ろうとしている予兆だった。
涙で覆いつくされる彼の視界の中で、彼女は確かに、笑みを浮かべていた。
「私があなたに望むのは……泣くことなんかじゃないよ。どんな状況でも、かっこつけて、みんなのために戦って、そうして『私たち』が生き延びる道を探す。それが、私の最後の願い」
広い部屋が、眩いばかりの光で覆いつくされる。
そこで、「彼」の記憶は途切れていた。
「だから、笑って。――私の、太陽」




