定立《テーゼ》
十六能力は、所持者の性格や経験、そして死因が基となって発現するものであるらしい。
……ならば、この、直径15センチメートルほどの、白い魔方陣のような円が示す、京自身のそれは――
「『輝石』なしでも十六能力が使えるなんて、聞いたことないけど……それが、キミの能力なのね、京」
いまだ驚きが収まらない様子の厘は、まじまじと「定立」を見つめる。
「それに、実体もなさそうだし……こんな十六能力、はじめて見た」
それほど、珍しいものなのだろうか。京としては、厘の「烈火矛槍」のように、わかりやすく「武器」と呼べるもののほうが良かったのだが、その言葉は心の中にしまっておく。
いや、この魔方陣のような能力。もしかすると、とんでもない威力が秘められているかもしれない。京は、掌の上に展開された「定立」を、すぐ隣にある建物の青い壁に向けて突き出した。イメージとしては、張り手をするような感覚だ。
謎の魔方陣が建物の壁に接触すると同時に、その壁が勢いよく破壊される――ようなことはなく。
ただ、ぺたりと、京の掌が壁に触れただけであった。
「……なにも、起きないわね」
軽く苦笑いのようなものを浮かべながら、厘がコメントする。
「い、いや、時間差攻撃?ってやつかもしれないじゃないか!」
そう弁解し、京は1分ほど掌を壁に押し付けたまま静止する。
――だが、何も起こらない。
「おっかしいな……」
首をかしげ、手を壁から離そうとしたとき、異変は起こった。
「……ん?あれ?離れ、ない。んん?」
京の掌が、壁に吸い付いたままびくともしないのだ。接着剤で貼り付けられたような感覚とは違った。
それは、例えるならば磁力だ。粘着力によってお互いがくっついているのではなく、それぞれが持つ見えない力によって引き寄せられている感覚。
「なるほど!これがあなたの十六能力なのね」
納得したように声をあげたのは、厘。
「自分の体と、他の物体をくっつける能力。それが『定立』よ!」
ばーん、という効果音でも聞こえてきそうなテンションで少女は叫ぶが、京は落胆を隠せない様子で呟く。
「こんなので、どうやってあの石の怪物と戦えっていうんだ……」
「それは、ほら、相手が逃げないように捕獲して、そこを私が『烈火矛槍』で貫く!とか」
「それって、俺も一緒に刺されてないか……」
この世界で一か月間生き抜いてきた厘でさえそれくらいしか思い浮かばないならば、京が今の時点で考えられることなど、ほとんどない。
一体なぜ、こんな能力が自分に宿ったのだろうか。心当たりなど、すぐには思いつかない。
……と、その時、ふいに白い魔方陣のような円が消滅し、京の手が自由になった。
「お、消えた。時間経過で効力が切れるのか?」
「そうみたいね。たぶん、訓練すれば自由に出し入れできるようになったり、持続時間を増やせると思う。私の能力も、最初は5分くらいしか槍を実体化できなかったけど、今は一時間くらいなら余裕だし」
訓練。これまでスポーツや勉強に励んでこなかった京に、その言葉が重くのしかかる。
「……それって、壁以外にもくっつけられるのかな?たとえば、私とかにも」
何気なく厘が提案すると、少年は急に慌てだした。
「え、まあ……うん、たぶん」
この少女の体のどこに、自分の手をくっつければいいというのか。姉以外の女性とほとんど関わってこなかった京には、その答えが見つからなかった。……あるいは、意識しすぎというものか。
――人と関わるのを恐れずに、いろんな人に歩みよりなさい。
思い出す、姉の言葉。
そうだ。ためらってはいけない。
「……手を」
ぎこちない動きだったが、確かに、京から厘へと手を差し出した。「定立」を展開すると、厘は少年と掌を合わせる。
「おー、やっぱりくっついたね!……ん?どうして顔が赤いの?」
「な、なんでもない!」
厘の手は、驚くほどに暖かかった。死んでいるはずなのに、脈打つリズムまでも伝わってくる。それが錯覚なのかどうかは、京にはわからなかった。
人に歩みよる。――「定立」とは、もしかすると、人と和解し、歩みよるための力なのかもしれない。
「……悪くないな、こんな力も」
少し笑って、京はそう呟いた。
――その瞬間。
周囲の壁に、数十個もの半透明の石の刃が突き刺さった。
「!!」
驚きのあまり、「定立」が解かれる。
京が、襲ってきた「敵」を視認する前に――厘は早くも槍を実体化させ、明晰夢に向けて駆け出していた。
「さっきのヤツか!?」
「そう!キミは逃げて!」
ここは二つの大きな建物に囲まれた、路地裏のような場所だ。その片側から、先ほども見た石の怪物が姿を現した。厘は一直線に敵まで突進を続けながら、飛来する石の刃を深紅の槍で打ち落としていく。
連続で響く金属音。恐ろしいほどの速さの攻防に、京は逃げることもせずに見入っていた。
「すげぇ……」
これが、この戦いこそが、「冥府」での日常。生き残り、生き返るために命を燃やす闘い。
「シッ!」
突進によって勢いをつけた、厘の「烈火矛槍」が煌めく。人型の宝石のような体をした明晰夢は、心臓部に槍の穂先を受けると、多くの破片を飛散させ――その動きを止めた。
「よし」
怪物が動かなくなったことを確認すると、厘は深紅の槍を地面に突き立てる。ふたたび、槍は光の粒となり――ペンダントへと姿を変えた。
「このくらいの大きさ、強さだったら、5ポイントくらいしか稼げないのよね。世知辛いわ」
余裕の表情で、厘がそう呟く。
……さっきは自分をかばっていたために、じゅうぶんな実力を発揮できていなかったのだ。
京は目の前の少女の強さに驚愕しながらも、頼もしく感じていた。
この少女に、戦いを教えてもらおう。俺も強くなって――
「……強くなって、どうする?」
ふたたび、頭が焼け付くような感覚。
なにかを、忘れてはいけない何かを、思い出すような……
その時。
「み、み見つけたぁ……!」
上から、声。
京が、とっさに声の聞こえた方向を見る、その前に――
上方から飛来したその男が、厘をめがけて落下してきた。