メラク・トリリオン邸での宝探し⑦
おかしい。ありえない。
目の前で不敵な笑みを浮かべる猫背の青年を視界に捉えながら、厘はひたすらに自身の十六能力に起こった現象を否定する。
「ハハ、そういう顔は何度見ても痛快だねエ」
耳に届くのは、不快な声色。それを掻き消すべく、厘はもう一度「輝石」を握り潰して、紅蓮の槍を「実体化」させる。そのまま青年の胸元へと高速の突きを繰り出すが――またしても、彼が持つ「褐色の左手」に阻まれ、その動きは止まった。
その十六能力は、まるで肉食獣の口と牙を模した手袋だった。固い宝石のような外観の中にうっすらと透けて見える青年の親指は下顎に、それ以外の指は上顎に。青年の手の動きに合わせて、鋭い上下の歯が厘の持つ槍をとらえる。
そして、ギリギリという、石同士が削れ合う音が聞こえたかと思うと――
厘の「烈火矛槍」が、その穂先からぼろぼろと崩れ落ち、その残骸が赤いカーペットの敷かれた床に散らばった。
「く、そっ……!」
少女が歯ぎしりをするその間にも、長い槍はどんどんその形を失っていき――ついには、その全てが紅い破片と化し、光に包まれながら厘の胸元のペンダントに戻った。
「十六能力――『C-LEX』」
背中を丸めた青年は、目の前でなすすべなく自分を睨みつける少女への嘲笑の意味を込めて、その力の名前を口にした。
「これでお前も理解しただろ?俺の力は、噛みついた他人の十六能力を強制的に『輝石』へと変換させる能力だ。この力の前じゃ、どんな強力な十六能力でも、ただの石ころに成り下がる」
恐竜の口ようなその「手袋」を開閉させ、ガチガチと音を鳴らしながら、青年は心底楽しそうな口調で少女へと語る。
「お前、新人の中じゃなかなか有名なヤツだよなあ?『冥府』に来て三ヶ月足らずで、もう『鮮光』が使えるそうじゃねえか。才能に溢れた有能な人材、ってか?羨ましい限りだぜ」
青年はそう吐き捨てて、近くに転がっていた黒づくめの少年を蹴り飛ばす。戦闘が始まってから、「褐色の手袋」による打撃一回で気絶させられたこの少年――サンは、目を覚ます気配もなく、その蹴りによって無残にも転がった。
「……だが、そんなエリート様の足を引っ張り、蹴落とすのが俺の趣味でねえ。生前はどうしようもない『弱者』であった俺が、この世界では才能に溢れた人間を倒せる。もちろん、正当な手段じゃないが……だからこそ、今のお前みたいな表情が見れると思うと、笑いが止まらねェんだ」
不快な笑みを顔に貼り付けたまま、猫背の青年は厘へと近づいていく。
焦りの表情を浮かべて、厘はもう一度「烈火矛槍」を展開するために、「輝石」を握りつぶす。――だが、短い時間で何度も「実体化」を行ったためか、光の粒子は槍の形には収束せず、ただ虚空をさまよった挙句に、厘の胸元のペンダントへと帰って来る。
「う、おおおおっ!」
それでも、鳴滝 厘は諦めなかった。十六能力が使えないと分かると、右拳を握り、猫背の青年へと殴り掛かる。
「あーあー、痛ましいな。実に痛ましいぜ」
襲い掛かってきた栗色の髪の少女を、彼は左手に展開した十六能力で殴り飛ばした。恐竜の顎のようなその能力は、その特殊な能力を使わずとも、鈍器として絶大な威力を発揮する。実際に、この戦いの最初に手を出してきた黒縁メガネの少年は、その一撃で完全に気を失ってしまった。栗色の髪の少女は、膝をつきながらもなんとか耐えたものの――その視界は揺れているようだ。
「これまで、十六能力に頼り切った戦いをしてきたのがバレバレだぜ。……自分の能力に胡坐をかいて、本当に生き残るための強さを身につけてこなかった証拠だ」
少女を見下しながら、彼はその顔面に蹴りを入れた。鈍い音が響き、厘の体が投げ出される。
「は、ハハ、良いねえ。天才と呼ばれてるヤツをいたぶるのは、やっぱり最高だ。――おい聞けよ、『天才』。俺は生前、どうしようもない『弱者』だった。凡才どころじゃねェ。人並み以上のことはできず、環境にも恵まれなかった。もちろん、俺なりに努力はしたがーー学校の体育祭では運動神経のなさを馬鹿にされ、第一志望だった難関校にはかすりもせずに落第した。要するに負け続けだったんだよ、俺の人生は」
感情を昂ぶらせながら、彼は抵抗できない厘を痛めつけていく。少女の体に痣が生まれ、じわりと黒い内出血が広がった。
「死ぬ時だってそうだった。ある事件に巻き込まれて……突然に、前触れもなく、理不尽に、俺と妹の命は摘み取られたんだ。――そうして生まれた俺の十六能力は、あまりにも単純に、俺自身の願望を表してくれた」
そう告げて、彼は恐竜の口を模したかのようなその能力を愛おしげに眺める。
「つまりは――『他人の才能を、力を、否定する』こと。天才を、才能を憎んだ俺自身の劣等感が形になったモンが、俺の十六能力――『C-LEX』だ」
猫背の青年は、「才能」に溢れた少女に、憎悪の籠った蹴りを浴びせ続ける。彼女の傷が増えていくたびに、彼は満足そうに黒い笑みを浮かべた。広い空間に響くのは、痛ましいまでの鈍い音だけ。
やがて少女は動かなくなり、青年は気がすんだかのように動きを止める。そして、ぽつりと、誰に向けてでもなく、彼は静かに呟いた。
「……ま、俺がいくら『強者』をいたぶったところで、俺自身は――――」
その続きは、言葉になることなく空気に溶け去っていく。青年は倒れた彼女に踵を返すと、部屋の奥に光る「宝」を目指して歩きはじめた。
だが、その時。
「……ま、だ……」
もはや力など残っていないかのような栗色の髪の少女の腕が、ゆっくりと動いた。その華奢な手で、猫背の青年の足首をつかむ。そして、もう片方の手で、胸にかかるペンダントのような紅い「輝石」を握りつぶして、紅蓮の槍を「実体化」させた。……しかし、それは度重なる使用に耐えられず、槍ではなくもはや棒のような形となって収束する。それでも少女は構わないといった強い目で、青年のほうへと下から突きを繰り出した。
その様子を眺めながら、青年は心底うんざりしたような目で厘を見下して――褐色の十六能力を展開した、その左手で彼女の槍を受け止める。
肉食獣の口ようなその「手袋」が槍の穂先を捉えると同時に、いとも簡単に紅蓮の十六能力は崩れ落ちていった。
だが。
「……あれは」
たとえ、傷だらけでも。自信の力が無に消えても。相手を倒せる策がなくても。
――それでも、鳴滝 厘は諦めていなかった。
「あれは……京が、お姉さんと会うための、ポイントなんだ。あなたに、渡すわけにはいかない……!」
彼女の瞳に写るのは、部屋の奥で眩い輝きを放つ「宝」。
彼女の脳裏に写るのは、姉のために死力を尽くして戦う少年の姿。
この部屋に着いた時点で、もとより厘の頭には自分が「宝」を手にするという選択肢はなかった。それを手にして、1000ポイントを得るべきは、自分ではなくあの少年のはずなのだ。「蒼魔の塔」に入るためには、多くのポイントが必要であり、この「イベント」に勝利できなければ、あの少年は大きなチャンスを失ってしまう。
だから、彼女は――鳴滝 厘は、諦めるわけにはいかなかった。
そんな彼女の様子を見て、猫背の青年は大きなため息をついて、心底不快そうに呟く。
「……俺は、お前みたいなヤツが一番嫌いなんだよ」
純粋な憎悪が、少女に向けて放たれた。
「才能があって、どこまでも真っすぐで、諦めの悪い人間。――そんなやつに、『弱者』がどう勝てっていうんだよ!!」
青年は、あらゆる負の感情を体現したような叫びをあげて、左手に展開された褐色の十六能力の「口」を開いた。そこに手加減はない。それまでは鈍器として殴るために使っていたそれを、本来の使い道で――つまりは、肉食恐竜のような牙が並んだ箇所で、少女の頭を噛み砕くべく、硬質な塊を彼女に向けて振り下ろす。
次の瞬間。
ブゥン、という聞き覚えのある音が少女の耳に届いた。
それと同時に視界に入るのは、深い青に透き通った宝石のような腕と、その拳の上に展開された黒い魔法陣。それらは、今まさに振り下ろされた褐色の十六能力の持ち主の横腹を捉えると、数メートル彼方まで吹き飛ばした。
「待たせてごめん、厘」
拳を振り抜いた姿勢で、目の前に立つ少年は告げる。その姿は、今まで見てきたどの彼よりも頼もしくて。
「――京!」
厘は、思わずその名前を叫んでいた。




