メラク・トリリオン邸での宝探し①
目の下に大きなクマを作った少年の拳に、黒い魔法陣が宿る。彼に相対していた黒縁メガネの少年は、振り下ろされたその拳を間一髪で避け、少年の脇腹に向けて手刀を突き出した。しかしそれも不健康少年が蹴り上げた足によって阻まれ、黒縁メガネの少年の腕に痛みが走る。
「おおおおっ!」
雄叫びをあげながら、不健康少年は青いタイルを蹴って、膝に展開した黒い魔法陣によってメガネの少年を弾き飛ばそうとした。――瞬間、彼の顔面に向けて小さな拳銃がつきつけられる。
「うおっ!?」
それが何の威力をもたないと理解していてもなお、「銃をつきつけられた」という事実によって、不健康少年の体が固まる。追い打ちをかけるように甲高い銃声が響き、彼の思考は一瞬の間だけ白く染まった。
その隙を見逃さなかった黒縁メガネの少年は、相手の膝裏に向けて小さく足を突き出す。
「奥義――秘座喝勲」
そして、その直撃を受けた不健康少年は、膝からガクリと崩れ落ちる。
それ自体にはほとんど攻撃力はなかったものの――いま、不健康少年の膝頭には、触れたものを弾き飛ばす黒い魔法陣が展開されている。その能力が、地面の青いタイルと触れ合った瞬間……彼の体が、思わぬ方向に弾き出された。
「うわああっ!?」
予想外の展開に、戸惑いと叫びの声をあげながら、不健康少年が宙を舞う。やがてひとつの建物の壁に激突した彼は、そのまま地面に落下して崩れ落ちた。
「ふはは。甘いな、京。我が二十三の奥義のうち、最弱の秘座喝勲に敗れるとは。それでは、俺の真名など到底知ることなどできんぞ?」
黒縁メガネの少年は、勝ち誇ったように笑う。心の底から馬鹿にしたようなその物言いに腹をたてた不健康少年は、間近にあった建物の瓦礫を掴み取ると、黒い魔法陣を手の平に展開して、砲弾のようにその塊を打ち出した。
「まあ、シスコン野郎が俺に勝つなど、千年はや――うえぶ!?」
見事にその弾は黒づくめの少年の頬にあたり、彼もまたその場に崩れ落ちる。しばらくの間続いた二人の少年の攻防は、勝者が決まらないままそこで終わった。
――「蒼魔の塔」での戦いから、二週間が経った。あれから、京はことあるごとにハイツ・デネブの面々に稽古を挑み、能力を含めた「強さ」を磨いている。最初は一発も攻撃を当てられなかったガイに対しても、これまでの実戦の成果がでたのか、稀にではあるが「反定立」を当てられるようになってきた(十六能力を使われると、その姿をとらえられないまま一方的にやられるが……)。
そして、最もよく稽古をつけてもらうのが、黒縁メガネ、黒い服装、そして黒い拳銃の十六能力を使う少年――サンだった。彼は能力こそ「冥府」において最弱レベルだが、トリッキーな戦法と、虫のようなタフさによって、意外にもしぶとい戦い方をするのだ。面と向かってそう言うと調子に乗りそうなので言わないが、京は彼の戦い方を吸収しようと考え、そのヒントを得ようと尽力している。――面と向かっては、言わないが。
「おいサン、今のは俺の勝ちだろ。俺が最後に攻撃して終わったんだから」
「馬鹿言え、先にダウンしたのはオマエだろ、シスコン。俺の勝ちに決まっている」
そして、サンとの10回目の「稽古」で、さすがに緊張感がなくなってきた二人は、「賭け」をすることにしたのである。
サンが負ければ、謎に包まれた彼の本名を。
京が負ければ、彼の恥ずかしいシスコン話を。
お互いが暴露するという、その約束のもとに、彼らは崩壊したハイツ・デネブ付近の道で戦い始めたのだ。
「はいはい、引き分け引き分け。……どっちも、本当のことを吐いちゃいなさい」
そこで、横から割って入ってきたのは――栗色の髪をなびかせた少女、鳴滝 厘だった。以前、石田 刹那との戦いの際に負った傷はほぼ完治しており、外側からは傷跡も見えない。あれだけの重症だったのに、たった二週間ちょっとで治ってしまうとは、「冥府」はやはり恐ろしいところだな……と少年は考える。
とにかく、心身ともに元気になって良かったと、京は心の底から思う。あるいは、まだ心の傷は治ってはいないのかもしれないがーー彼女は彼女なりに、また強く生きていこうと決心を固めたようだ。
と、彼女に感心すると同時に、京は不満の声を漏らした。
「なんで引き分けなのに、両方言わなくちゃいけないんだよ」
「そうだ。五十歩百歩だとしたら、百歩譲ることはできないぜ」
ついでにサンも続いたが――栗色の髪の少女は、少しニヤニヤしながらこう告げる。
「私が、おもしろいからよ」
「八千代さんみたいなこと言うなよ……」
ガクリと肩を落とす京だったが、そこですかさずサンが口を開いた。
「俺の本名は、三田サンバイザーだ!――ほら、俺は言ったぞ、シスコン!早くオマエも言え!」
「嘘だ!卑怯だぞ、それ絶対に偽名だろ!」
ワーワーギャーギャー、と口喧嘩を始める二人を前にして、厘は胸元にかけられていた「輝石」を握りつぶす。そして、「実体化」した紅蓮の槍を二人のほうに向けて、
「……はやく言って?」
有無を言わせぬ圧力で、笑いかけた。
その微笑みに冷や汗を流し、京はしどろもどろになりながらも口を開く。
「……中学生になっても姉ちゃんと風呂に入ろうとして、さすがに怒られたことがアリマス……」
「――思ったよりえげつなかったわね。……なんか、ごめんなさい」
白状させたのは自分であるにも関わらず、厘は少し後悔したように顔をふせる。
そしてまた、気をとりなおしたように顔を上げて、
「……そ、それで!サンの本名はなんなの!?私にもまだ言ってくれてないじゃない!初めて会った時は、『俺の本名は「サン・デなんとか」だ。忘れるな』とか言ってたよね?まさかアレが本名なの?」
「おい、忘れてんじゃねえか。……いいだろう、特別に俺の『府民証』を見せてやろう」
そう告げて、サンは黒いズボンのポケットから小さな端末を取り出す。予想外にしっかり名前を見せようとしてきたな……と思いつつも、京はサンから差し出されたその画面を食い入るように見つめる。
「No.903 サン 十六能力名 『小人の親指』」
「いや、なんでだよ!」
あまりにも意外な展開に、京は思わずツッコミを入れてしまう。虚しい響きが、「冥府」の青い闇に溶けていった。
「……まあ、という訳で、俺は二つ名こそ六十個くらい持っているとはいえ、本名はサンであり、それ以上でもそれ以下でもないのさ。わかったら、俺のことは『太陽を焼き尽くす黒点』と呼びな、お二人さん」
黒縁のメガネを「クイッ」と指で上げながらも、サンは格好つけるようにそう告げた。
これ以上は、何を言っても仕方ないな……と思いつつも、京が「府民証」の画面から目を離した、その瞬間――
ピロリン、という軽快な着信音のようなものが、京の耳に届いた。
数は三つ。そのどれもが、各々の持つ小さな端末から聞こえてきたということは――
「明晰夢!?」
一気に緊張感を高め、少年は右手に「反定立」を展開して周囲を睨む。……だが、京のそんな反応に対して、残りの二人は落ち着いた様子で彼に語りかけた。
「大丈夫よ、京。今の音は、明晰夢が来ることを知らせる音じゃないわ」
「だったら、一体なんの……?」
「『イベント』よ。――『府民証』を見ればわかると思うわ」
聞き慣れない響きに首を傾げながらも、少年は警戒を解き、自らの『府民証』をポケットから取り出してその画面を見る。そこには、相変わらず胡散臭い文章で、「イベント」の到来が告知されていた。
『こんばんは、「府民」No.936 嵐山 京さん!今月のイベントについてお知らせします!』
「なんとかならんのだろうか、このインターネット黎明期のHPみたいな文言は……」
同じく画面に目を通しながらも、サンがぶつぶつと文句を言った。
それを聞き流しながらも、京は続きを読み進める。
『今月のイベントは!じゃじゃん!
「メラク・トリリオン邸での宝探し」です!!
明日、午後12時に、地図に記載された場所に集合してください!詳しいルール説明は、そこで行います!』
「これが……『イベント』?」
一通りその文言を読み終わった京が、隣に立つ厘に向かって尋ねる。問いかけられた厘は、「府民証」に目をやったまま、静かに首肯する。
「そう。一か月に一回くらいのペースで、この殺し合いの『ゲーム』の主催者が、私たちに与える『チャンス』よ。他の『府民』と競争して勝てば、大きなポイントが手に入る。……その内容は、回によって違うらしいわ。私はまだ、一回しか参加したことがないけど――前回は、すぐに脱落してしまったわ」
その言葉を聞いて、京はもう一度小さな端末に表示された文字列を眺める。そこから読み取れる「イベント」の内容は、せいぜい「何かを探し当てた者が勝ち」ということくらいで、具体的な手段や方法はわからない。……だが、「冥府」にいる全ての人間に対して告知される以上は、一筋縄ではいかない連中が集まってくることは想像に難くなかった。
「……なあ、厘、サン」
それでも、少年は臆することなく、はっきりとした意志で、二人の仲間に告げる。
「俺は、これに行ってみようと思う。もちろん、危険なことはわかってるけど……でも、俺は強くなりたいんだ。どんな奴と戦っても、何かを勝ち取れるくらいに」
それは、純粋な決意だった。これまでの悲壮で壊滅的なそれとは違って、今の少年には共に戦う仲間がいる。だから、ただやみくもに突っ走るだけではなく――相談し、共に解決策を探す選択肢が、京には存在した。
「だから、前回の『イベント』のことを、教えてくれないか?今回にも、それが役立つかもしれない」
「……教えるだけ、じゃないわ」
それに対して、栗色の髪の少女は、「府民証」から顔をあげて、まっすぐに少年を見据える。
「私も行く。もう怪我も治ったし――私だって、誰にも負けないくらいに強くなりたい。ポイントを勝ち取って、現世に生き返りたい。あの刹那さんが届かなかった場所に、自分自身の力で辿り着きたい。……だから、今回の『イベント』じゃ、仲間でありライバルでもあるわね、京」
そう言って、鳴滝 厘という少女は、彼女らしい強い笑みを浮かべて、両の拳を強く握った。




