メリルに託された物
メリルはロロアの家に行く。
そこには『ロロア』が『ロロア』たらしめる秘密があった。
それはメリルにとって理解できなくて大きなものだった。
メリルはこの先、どうやってロロアと接して行くのだろうか。
「ロロアちゃん!ロロアちゃんいますかぁ!?」
私はロロアちゃんの家のベルを鳴らした。
しばらくの沈黙。
そしてインターホンからヴン。
と言う音がした。
家の住人が外出先で使うオンライン回線を使っているみたいだ。
「あなたはメリルさんね?いつもロロアがお世話になって!」
「いえいえ!私こそ、日頃からロロアさんと仲良くさせていただいて!」
インターホン越しにロロアのお母さんの努めて明るい声がした。
「今日はみんなでブルーベリーを育てたんです!ロロアちゃんのブルーベリーもありますよ?」
私は光触媒で育てたブルーベリーの苗を見せた。
「ありがとう!きっと・・きっとロロアも喜ぶわ・・。そうだ!冷蔵庫にモンブランがあるの!ロロアもメリルちゃんがモンブランを食べたと聞いたら嬉しいと思うし・・さぁ、あがって頂戴!」
私が遠慮しようとすると、ドアの電子ロックが外れる音がした。
エアーカーテンが作動し、部屋の電気が点く。
壁にはいろいろな写真が飾られていた。
私は(おじゃまします)と小さく言いながら入ってゆく。
カイン博士と奥さんの若い頃の写真。
カイン博士が喜ぶ写真。
赤ちゃんが写っている写真(ロロアちゃん?)
病院のベッドで寝ているロロアちゃんにキスをするお父さんの写真。
ロロアちゃんが犬と遊ぶ写真。
ロロアちゃんが遊園地で笑っている写真。
ぬいぐるみを抱いたロロアちゃんとお父さんが映っている写真。
自分の家がすごすぎるのか、かなり落ち着いた色の家具が並んでいる。
飾られている写真も几帳面なくらい真っ直ぐ飾られている。
まるで美術館のようだ。
この違和感はなんだろう?
テーブルが下から出て来て、来客用なのか白い布巾とモンブランが置かれた。
エアコンが作動し冷たい空気を出す。
ソリッドが落とされる音が聞こえ、オレンジジュースがキッチンにあった。
「モンブランなんて季節外れと思ったでしょう?ロロアが発電所に行くと聞いて送ってあげたの。『勝ち栗』と言って縁起の良い食べ物なのよ。」
「へぇ!そうなんですね!いただきます!」
私はテーブルにモンブランとジュースを置くと食べはじめた。
食器の置く音が響く。
「ロロアも、あの日モンブランを美味しそうに食べていた・・」
「・・・ロロアちゃん、あれから戻ってきてないのですか?」
「・・えぇ。ロロアは今、必死になって戦っているから。」
私はモンブランを食べる。
オレンジジュースを飲んで一息つくと。
布巾で丁寧に口を拭く。
「メリルちゃん。きっとあなたが家に来たのは運命ね・・。あなたに全てを話すわ。あなたは、ロロアの『友達とのデータ』のバックアップをしてほしいの・・。ロロアが生まれ変わっても円滑に学校生活がおくれるように。」
「えっ!?ロロアちゃんが生まれ変わる?」
ガシャ!
と言う音がした後に、先ほどから気になっていた厳重そうな扉が開いた。
「ここは、カイン博士のラボです。ロロアの全てがつまってるわ。」
ラボに通され部屋の真ん中に長方形の台。
何かの独立した機械。
壁には細かい作業をする為か、小さな台が四方の壁に向かい合うようについている。
何かの写真が乱暴に貼られている。
難しい事が書かれたスケッチ。
不意に思い付いたのか、何かの数式がデタラメに壁に書いてある。
『ガチャ』
次の扉が、開いたようだ。
まるで他人の頭の中にいるみたい。
エアーカーテンを抜け、今度はさらに精密そうな部屋だった。
ガラスで仕切られた部屋を通るのだが、ガラス越しに足や背骨の骨格パーツや私と同じくらいの背丈の全身骨格から成人男性くらいの、そして人間とは思えないものもあった。
セルユニットの家なので、後から増設したんだ。
そして、カプセルが何本も立っている不思議な部屋が突き当たりにあった。
中にはピンク色の内臓のようなものが入っていて。
それが床から天井までカプセルがのびて、酸素を送っているみたいにブクブクしている。
奥にもオレンジの液体の満たされたガラスがあり、細長い何かや、チューブ状の何かが収まっている。
まるで趣向を残らした水族館のようだ。
そして。
「きゃあ!!」
私は驚きのあまり、座り込んでしまった。
「ロ、ロロアちゃん!?ロロアちゃんが・・どうしてここに!?」
そこには、一際巨大なカプセルの中に女の子が入っていた。
いつもの装甲姿ではなく、ラバースーツ(?)に全身を身につつみ、様々なチューブが体から出ている。
いつものぷっくりとした頬や赤みがなく、どこか違う人のような印象もうける。
「彼女はロロアのDNA情報で作った人形。人間で言う所の、魂を入れていない偶像ね。ロロアちゃんが第二次成長期から取り残されないように博士が作ったの。」
「だいにじせいちょうき!!」
私はロロアちゃんを見た。
そんなに変わってない気がするけど・・
。
「ロロアは今・・危機的状況にある。記憶のバックアップがとれないかもしれないの。」
「つまり、ロロアちゃんがロロアちゃんじゃなくなっちゃうんですか!?」
「残念だけど、あなたや私達の記憶は『基本情報』を残して全て無くなる・・。ここにいるロロアが、あなたの認識するロロアになる。」
カプセルのロロアが口からブクブクと泡を吐いた。
私は草原で幸せそうに遊ぶロロアちゃんを思い出した。
リクトと真剣な顔をしながら特訓をし。
給食の時はなんとも言えない顔でユミルや私を見ていたっけ・・。
ロロアちゃんがロロアちゃんでなくなる。
私達は、どうやって接すればいいのだろう。
「実は、ロロアが記憶を失うのは、今回が初めてじゃないの。」
「えっ?」
部屋が暗くなり。
ロロアちゃんのお母さんが、天井から下に向かってホログラム(立体映像)を出した。
そこには道路の真ん中に巨大な穴と、大破した車があった。
奥にある巨大な塔は『メルヴィア国立芸術堂(音楽堂)』だろう。
「この日パパと私とロロアは、私のコンサートを終えた帰りだった。音楽堂を出た途端、突如として巨大なエネルギー体が私達の前で炸裂したの。」
ホログラムには、穴が『グラウンドゼロ1km』と書かれ、放射性物質は『なし』
原因は『???』となっていた。
「私とロロアはその時『死んだ』。カイン博士は余程辛かったのでしょうね。私の『心』をAIに学習させ、ロロアの脳とDNAは生きているうちにデータにしてロボットに流し込んだの。だから、私は厳密に言うと人間の記憶を学習したAI。ロロアは人間のオリジナルに近い魂(データ集合体)が入ったロボットなの。私達の間ではロボットに人間のデータを入れる行為を総称して『開眼』と言うわ。」
ホログラムの中ではカイン博士が、ラバースーツを着た寝ているロロアちゃんに話しかけている動画が映っていた。
うつろな目をしたロロアちゃんは、カイン博士の手を目で追っている。
「でも、完璧かと思われた『開眼』でも、ロロアの記憶は戻らなかった。
私達は、それを逆手にとって。私を『世界を旅している料理家』ロロア自身を『病気から回復した女の子』と言う定にする事にした。ロロアには悪いけど、一番そうしたかったのはカインだと私は思う・・。こうしなければ、きっと・・彼は壊れてしまっていた事でしょうから。」
ホログラムが消え、部屋が明るくなった。
「だから・・メリルちゃん。もしもロロアが戻らなくて、新しい『ロロア』が来ても仲良くしてほしいの。趣向や性格は変わるかもしれないけど・・あなたが前のロロアを語る事で、よりロロアはロロアらしくなるだろうから・・。」
天井からの声が静かになる。
この家の違和感の原因が分かった。
ロロアちゃんにはお母さんがいるのに、家に生活感や女性らしさが無いんだ。
綺麗に並べられた額、統一され置かれた家具。
確かに一般的にあるものだけど人間らしさが無い・・。
私のママだったらきっと、花の一輪でも添えるだろうし・・。
「わかりました。私、ロロアちゃんが新しくなっても変わらず接します。」
部屋を出て、リビングに戻る。
外は日が暮れかけていた。
「いきなり、沢山の事を言ってしまってゴメンねメリルちゃん!確かに私はAIだけど、ロロアが居なくなると思うと体が張り裂けそうになるの・・私にはロロアを産んだ記憶も育んだ記憶もある。そのロロアがいなくなるなんて私には考えられないの。メリルちゃん、ゴメンね・・。私、居てもたってもいられなくて。」
「大丈夫ですよ。大丈夫!きっと・・ロロアちゃんなら戻ってきますから。」
「そうよね!さぁ、夕方になってしまった!そろそろお帰りメリルちゃん!また遊びにきてね!ロロアも・・きっとロロアも喜ぶわ!」
私は玄関に置かれているブルーベリーの苗を見た。
もしも記憶が無くなったら、誰がブルーベリーを届けたと思うのだろうか?
「長居させてしまってゴメンなさいね!新しいロロアになっても、何卒よろしくお願いしますね!」
「わかりました!」
私は玄関に向かって一礼すると、外に出た。
暫く無言のまま歩き。
街の区画の間にある道祖神の前で膝に手をついた。
「く、くはぁああ!」
「あっ!いた!おーいメリルぅうー!!」
「メリルちゃーん!」
「メリルさん!!」
リクトに呼ばれ、私は顔をあげる。
そこにはユミルと、リクト。
そして学級委員をしているルルがいた。
ルルは女神メルヴィアに信仰深く、白髪を三つ編みにして繋げて円にし。
下から上にあげてある。
「ロロアちゃんの家に行ったんだろ?俺らも行こうと思ったんだけど緊張しちゃってさ!」
「メリルちゃんが入ったのを見て『見守ろう』って事になってぇ。」
「それで、どうでしたか?メリルさ・・わぁ!」
ルルがびっくりした顔をして私を受け止める。
もうこのまま、ルルの体で寝てしまいたかった。
「わ、私。たくさんの情報を聞いて疲れちゃっ・・た。」
「ちょっ!ちょっとー!寝ないでください!!」
それから公園に移動して、リクトがコーヒーを買ってくれて。
無理やりシャキーンとした私は、ようやく皆に語りだした。
日は暮れて、公園にある半月型の街灯が点く。
太陽エネルギーがなくて弱ったのか、ベンチに野生の鳥型メカニ(ロボ)がいた。
「うーん。」
みんな唸る。
「ロロアさんが、そんな事になっていたなんて・・。」
「ニュースでは、ロロアちゃんの事言ってないもんなぁ。」
ルルとリクトが言った。
「一番の問題は、私達がロロアにしてあげられる事がなにもない事ね。ロロアは独りで戦っているのに・・」
私が皆を見ながら言う。
「紅茶を出してあげる事しかできない。」
とユミル。
「わかりました。ロロアちゃんが帰ってきたら『私達の出来る事』をしましょう。今、何も思い付かなくとも、きっと時が来れば私達の出番は来るはずです!1人が困っていたら、皆で助ける。それがうちの組のスローガンですから!」
「よっ!学級委員!」
リクトが言って、拍手が起こった。
私は夜空を見た。
ロロアも夜空を見ているのかな・・。
メリルの違和感を文章にするのは難しいが、たとえばCMに出てくる部屋などは良い例だと思う。
普通の家具が置かれ、一般的な家。
しかし、普通とは違う違和感。
たとえばCMのセットの『家』にはゴミ箱が無く、照明がおかしい。
そんな違和感は、小さすぎて普通の人は気付かないのだ。