勇者周辺五大地獄巡り
俺は魔王討伐のために仲間たちと旅をしていたはずだがその仲間たちとデスゲームをしている。
いやそもそもあいつ等と俺は仲間でも何でも無かったのかもしれない
俺は勇者から離れた木々が生えている藪の中で、携帯用のランプを灯し一人膝を抱えている。
名僧侶である俺の灰色の脳細胞が現状を打破するためいくつかの案を練る。
作戦一、このまま隠れる。
消極的な案だが工夫次第では悪いとは言い切れない、うまく隠れていればもしかして今日の所は助かるかもしれ……
「あ?」
瞬間、俺の思考と視界がぶれる。
遅れて頭に痛みを感じようやく何かがぶつかったと気付く、その衝撃はぶつかるというより突き刺さったという方が正確だろう。
俺はそのまま地面へと倒れこんでしまった。
「……あっけない、こんなものか……」
暗闇から現れたのは斥候だった……、僧侶はそのまま倒れこんだ俺に用心深く距離を取ったまま紐のようなものに石を挟んで回転させてこちらに放る。
その投げられた石が地面に落ちている頭を割ろうと迫り
「俺の灰色の脳が死ぬぅっ!!!!」
俺は勢いよく飛び上がりそれを避けた。
「なに? ……いやお前は僧侶だったな、バレないように自分で回復するなんて器用じゃないか」
「うるせぇ!!! まだ作戦一しか考えてねぇだろうが!!!!」
「またよくも分からないことを……」
「いきなり俺を殺そうとするなんてテメェに人の心はねぇのか!」
「あいさつ代わりに殺そうとしただけだがおかしいか?」
「おかしいんだろ!? この世界では何時からこんにちはと死ねが一緒になったんだ!」
「別に様子を見に来ただけだ。殺したかっただけで死んでほしい訳ではなかった……お前があまりにも無防備だったんでな……」
Oh……out of 基地
「そんな理由で人に石を投げていたら世界秩序は成り立たたねぇよ」
「そんな理由だと!? そもそもお前! ランプなんて小さな火を付けてたらいい的だろ!! 奇襲を警戒するなら火を消して闇に紛れるか逆に沢山の火を焚いて周囲を警戒しなければダメだ!!」
「なんで殺しかけた人間に平気で説教できるのですかねぇ……」
「だから様子を見に来ただけだと言っているだろう」
どうやら話を聞くに斥候はそこまで俺に殺意(頭部への投石による頭蓋陥没)はないらしい、
気を取り直して俺は先ほど立てるはずだった作戦二を実行する。
「まぁ、お前の投石は俺の側頭部の毛を犠牲にしただけで命は残ってる……、水に流そう、……話があるんだ」
「回復で毛は戻らないんだな」
抜けた毛を口にねじ込むぞ、この目隠れサイコ女め……
髪はなぜかすぐに回復魔法で生えず何日かかかってしまう、あとなぜかストレスでハゲた所は魔法では治らない
「なぁ斥候? 今の勇者の周りにいる五人で互いに睨み合っていたら勇者との進展なんて無理だと思わないか?」
「……何が言いたい?」
「お前と俺で組めば俺たちが最大派閥になるだろ?」
そう作戦二は仲間を作ることだ。俺には敵から身を守る術は無いが自分で無いなら持って来ればいい
「たった二人ぽっちで最大派閥か……?」
「どうせアイツらが手を組むなんてねぇから俺たちが最大だ、お前が勇者とくっつくのをそれとなくサポートしてやる」
斥候は少し考え込むと疑わしげな眼でこちらを見る
「……その行為はお前にメリットがあるのか?」
「少なくとも俺を殺そうとするやつが一人減る。それに働きによってはお前が夜にアイツ等から俺をかくまってくれるかもしれないだろ?」
「違うそうじゃない、お前はどうなるんだ?」
「は?」
「私が勇者と……、その……、つっ……、付き合ったらお前は勇者と付き合えないだろ? そんな協定に何の意味がある?」
んもぉー、まだこいつ等、俺が勇者を好きだと思ってるんですかヤダー!
「なんでテメーらは勇者がそんなに世の全ての女からモテるという固定観念にとらわれているんだ……」
「お前こそ正気か? 勇者だぞ?」
だから何だというのだろうか……
「斥候……、お前は男を何で選んでいるんだ?」
「なんだ急に……」
こいつらの勇者への底なしの偏執はもはや宗教の域に達しているかもしれない、一度その深淵を確認するか……
「顔か?」
「別に私は美醜にこだわらない」
「金か?」
「あればいい、しかしそれを笠に着た奴は嫌いだ」
「相性か?」
「私のような汚れた女に合う男などいまい」
「勇者か?」
「勇者だ」
「は~い意味不明ー、コレ完全に宗教ですね~」
……完全に深淵から覗かれて俺の精神は著しく疲弊した。
「お前もじきに分かる」
「別に勇者のことなんて好きにならねぇって」
「信じられんな……誰もが初めはそういうんだ、私が結婚した後、お前は愛人という地位に満足できず必ず私の敵になる……」
なぜ結婚後の話まで飛ぶのかは分からないがスルーする。
「俺は愛人でもなんでいいから手を組もうぜ」
「愛人? ……浮気だと、……貴様、……殺すぞ!」
「お前が言ったんだろ!!!!」
「やはり、お前も勇者を狙う淫売というわけだ、どうせ私の勇者を寝取る魂胆なのだろう!! 仲間にはならんぞ!」
そういうと斥候は話も聞かずにその場から走り去ってしまう
仲間への誘いは断られてしまった。
本来なら仲間ができるまでもう一度斥候を説得するなり他の奴を誘うなりするべきではあるが……今までの勘から他の奴らを勧誘しても意味がないような気がする。
かといってこのまま隠れて夜を過ごすのも危険であることに変わりはない
結局のところ俺に残された道は行動しかないのだ。
たしか吟遊詩人は水場、魔術師はその反対、戦士と騎士は……まぁあいつ等は別にいい、というか行きたくない
とりあえず道具を置いてここから近い吟遊詩人の所へと行ってみるか……
吟遊詩人はガキ共の中でも大人びた方だ、まさか様子を見に来たと言って俺を殺そうとした斥候のような蛮族ではないはずだ。
水場に近づくと何やら物悲しく、しかしどこか心安らぐ音が聞こえる。
音をたどってみるとそこには薪の傍の突き出た小岩に腰を掛け楽器を鳴らす吟遊詩人がいる。
小さくびれのついて無いギターのような楽器、詳しくはないがこちらの世界ならリュートというのだろうか?
吟遊詩人と異国の楽器、確かにお似合いだ。
その弦楽器の哀調と共に吟遊詩人のよく通る声が響く。
俺は説得をすることを忘れてその声に耳を傾けてしまう
お~お~勇者よ~勇者~
君は私の憧れ~いうならばエンゼル~
または私にとっての悪魔なのさ~
勇者と悪魔と天使~まるで君はミックスモンスタ~キメラ~
会いたくて震える私は人間地震発生地~
あ~あ~勇者~勇者~
俺は今すぐ両耳の鼓膜を自分の中指でファックしたい衝動を抑える。
……やべぇ、……くそダサい、……何あれ、……あれ何? ……耳から糞が垂れそう……
人の心を動かし残るのが名曲であるというのなら聞いただけでここまでいたたまれない気持ちにして頭の中で便所にへばり付いた糞のように残る彼女の歌はまさに名曲だろう
糞みたいな歌……、違う、歌のような糞だ。
あの曲を聞いたらケツと耳から糞をひり出す生き物にされてしまう呪いか何かだ。
吟遊詩人の歌は続けて二番に突入している。
本当なら帰りたい、しかしここで諦めては目的を達成することは出来ない、作戦のために俺は警戒されないように両手を挙げながら声をかけようとさらに近づく
「なぁ、吟遊詩人、少し話g」
「だれだ!? 『呪いあれ!』」
吟遊詩人がそう言い放った瞬間に胸に痛みが走る。心臓が締め付けられるような感覚とふらつき、意識が狭まり俺は地面に倒れこむ
「詩を作っていて気付くのが遅れてしまったね……うん? 簡単に死んだと思ったら僧侶だったのかい」
吟遊詩人は気だるげにこちらを見ると少し考え込む。
「墓石にはなんて刻もうか……、不良僧侶……、ズベ公……、いや、破戒女僧ここに眠る……、これだ!」
「これだ! じゃねーぞ!? なんでお前もあいさつと同時に殺してくるんだ!!」
俺は勢いよく飛び上がる。
「ん? 呪いを直に受けたのに生きてるのか……、あぁ! 僧侶なら解呪も使えたね、夏に生える何の役にも立たない雑草を思わせる生命力だ、尊敬するよ」
「無視すんじゃねぇ!!!」
「別にここでは普通のあいさつだろ?」
「異世界だってそんなあいさつはまかり通らねぇ!!」
「それで何か用かね?」
こいつ……、いやこいつ等は本当に話をきかねぇ……
「……雑草から一つお話があるんだが聞いてくれるか?」
「無聊の慰めに葉擦れに耳を傾けることもあるからね、どうぞ」
いちいち気取った話し方をしやがって……
「俺と組まないか? 俺はお前が勇者とくっつくのを助けて、お前は俺の命を助ける……どうだ?」
「一体君に何の得が……」
「俺は別に勇者なんて好きじゃねぇんだよ」
「なにを言ってるんだ? 、彼は勇者だよ?」
「お前が勇者とくっつけば俺は別にいいんだよ」
「君は他人の恋愛のために骨を折るような世話好きには見えない……信じられないね」
「そういっても今の互いを牽制しあう状況のままで勇者とまともに仲良くなれるのか?」
「……私は吟遊詩人だよ? 思いを形にして言葉に紡ぐ専門家さ、勇者と仲良くなるなんて簡単だね」
「あの糞みたいな歌でか……」
あの糞みたいな歌でか……
思わず生物科学を越えた速度で言葉が思考より早く出てしまう
「なんだとッ! 私の勇者への恋の歌、第二十二章三百二十四編を馬鹿にしたのか?」
「あの糞みたいな歌がそんなにあるだとッ!? そびえたつ糞の山じゃねぇか」
「ッ~~~!!! 帰れ! 『苦しみのうちに息絶えよ!』」
どうやら交渉は失敗のようだ……
俺は体にかかる呪いを必死に解呪の魔法で解きながら逃げる。
何とか逃げ出した俺は多大な心臓とその他の臓器への負担により疲弊していた。
つい心のままに言葉を喋ってしまうのは失敗だった。次に生かさねば……、次は、魔術師か……
斥候と吟遊詩人の件で学んだ。
奴らは勇者を自分一人が手にするべきと考えており、他の奴らは無条件で勇者を好きだと確信しているので同盟を信じることができていないようだ。
次はそこら辺を考慮して話を持ち掛けなければ……
魔術師はすぐに見つかった。いくつかの魔法の火球が奴の周りを衛星のように浮遊して周りを照らして立っている。
恐らく次も同じように話しかけたら奴に燃やされるのが落ちだ。
さすがに回復ができるとはいえ全身を焼かれるなど地獄での処刑と何ら変わりない……. どうするか……
普通に声をかける……,ダメだもう試した……
気づかれないように近づく……,こうも警戒されてはできない……
なんとかして相手に攻撃されないように接触する方法は無いのか……
先に攻撃して会話に応じさせるのはどうだ? ……ん?
ここで俺はあることに気付く……,まさか今までの奴らは近づくと殺し合いになるから先に攻撃して会話に入るのか?
うそやん……,あんなゴロツキもびっくりな挨拶が正攻法とかありえへん……
しかしこのままでは近づくことも出来ないのも確かだ……ここは斥候がやったように石をぶつけるか何かをして対話に持ち込むしかn
ここで俺は違和感に気付く、視界の空気がうねるっている、体を包む異様な熱感がどんどんと強まる、その熱が魔術師の魔法だと気付く前に
俺の体が発火する。
体が焼かれるという痛みと恐怖に俺は叫び、熱から逃れるため地面に体を擦り付けながら転げまわる
「人型の熱源があると思ったら案の定、私は近づいた奴は殺すって言ったわ……でも炎で焼かれるのは苦しいわよね、弱火で燃やしたからなおさら……、今一思いに炭にしてあげる」
魔術師が視線を表面だけ焦げた人型にむける。周囲を浮遊している火球が圧倒的な熱をもって近づいてくる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛燃やすのだけは止めてくれ!!!!!!!!」
炭化した表面から肌色の俺が飛び出す
「真っ黒で分からなかったけど僧侶だったのね……でも回復魔法で生き残った? 炎なら再生しても新たな体を燃料に燃え続けるはず……体の表面が燃え尽きて炭化するまで待ってから回復をしたのかしら……ふーんなかなか根性あるじゃない」
「根性? 人を燃やしていう事がそれか!? 俺も善人ではねぇがな!! お前らほどのドス黒い悪を見たことねぇ!! お前らは悪魔だ!!」
「でも私だってアンタに文句やいいたいことはあるわ」
「あ゛ぁ゛!?」
「アンタ私と被ってんのよ」
「どう見ても被ってねーよ!!!!!!」
お前のようなサイコパスが世に二人といてたまるか!!!
……いや……,信じられないことだがあと四人いた……
「よく考えても見なさいアンタは見た目は貧乳で金髪、私もそう、性格は戦士に聞いたけどアンタって嫌だ嫌だと言いながらつい手を貸すんだってね、それって完全に私のパクリじゃない!」
「えぇ……」
「ここまで言っても分かんない? アンタと私の要素が三つも被ってんのよ、これはもう殺し合いしかないでしょ!!」
「てめぇ!!! よく見ろや!!!! お前のいう金髪はテメェの魔法で全部燃えてんだよ!!!!!」
そう回復の過程で毛根などは何とか再生したが金髪は犠牲になった。
現在の俺はスキンヘッドである。
さらに言うなら魔法により武器以外の衣類は燃え尽きて裸だ。
身に着けている物はボロ雑巾より二段階グレードが落ちた布切れで何とか恥部を隠して服としての機能を保っている
「あっ金髪ないのね、よかったわ」
「コイツ……」
「なによ、アンタだって殺されるのは嫌でしょ? その山奥で厳しい修行を積む聖職者風なら私と被らないし」
確かに世界のどこを探してもボロきれを着てスキンヘッドな修行僧風ヒロインなどいないだろう
「というか何の用? 来たら殺すって言ったじゃない」
正直こんな女が仲間になる訳が無いが一応聞いておかなければ燃やされ損だ
「……提案だ、俺と組め、俺がお前と勇者をくっつくのを助ける」
「それってアンたが……」
「利点はあるその代わりに俺を守れ」
「でもそれじゃあアンタがなにも……」
「とりあえずライバルが減るまでの協定だ」
「最後まで喋らせなさ……」
「どうだ? やるか?」
「……ことわ」
「じゃあな!」
「あっコラ! 途中で無視すんじゃないわよ!!」
どいつもこいつも勇者狂いで正気じゃない、仲間への勧誘なんて全くの無意味、そんな簡単なことに気付くのに三回も死にかけた。
今日は頭を砕かれ呪われた上に燃やされたんだ、もういいじゃないか俺を休ませてくれ
安息の地を求めて俺は見つかりにくい場所を探すと丁度良い岩があったのでそこで寝ることにする。
しかし俺の体は睡眠を求めているが斥候の襲撃のようにこのまま寝れば誰かに襲われるかもしれない
どうしたものかと考えているとふと今は懐かしい町での買い出し中での戦士と斥候の会話を思い出す。
斥候が眠る場合は周りに小枝や砂利など踏めば音のなるものを撒いて置くと敵の接近に気付きやすいと言っていたな……
斥候の話は脈絡がないうえに分かりにくいがたまには役に立つ
寝入った俺にそんな小さい音が聞き取れるかと疑問には思うが念には念を、近くに枝があったので細かくしてそこらへんに撒く
これでようやく眠れると俺は座ろうとすr
その時、かなりの質量と速度を持った何かが地面を削りながら接近してることに気付く
それは俺の努力をあざ笑うかのように轟音を立てて周りに撒いた枝を地面ごと吹き飛ばすと俺を岩に叩きつけた。
骨か何かが砕ける音を聞きながら俺は岩に埋没する。
「騎士ちゃんは相変わらず堅いね、タフネスさなら勇者の次くらいあるんじゃない」
「……あなたは本当に化け物じみた馬鹿力ですよね」
「うーん、お父さんが木こりだったから力持ちがうつったのかな……」
「そんなバカな話がありますか、それならきっとあなたの両親は筋肉か何かです」
「……傷つくなぁ……、ボクだって筋肉が目立たないようにゆったりした服とか重ね着とかしてるんだよ」
戦士は長めで分厚いロングソードをまるで天を指すような大上段に構える。
どう見てもその防御を一切考慮していない構えは隙だらけであることは明白である。
しかし不気味なのはバランスの悪い構えでありながら戦士は微動だにしないことだ。
さらに戦士をよく見れば瞬きすらしていないことに気付く、その尋常ならざる雰囲気にうす気味悪さを感じてしまう。
一方の騎士は盾を前に突き出して半身になり、その盾の陰に隠すように細身の剣を握っている。
何より異彩を放つのはその重厚な金属の盾だ。
普通の盾は重さと取り回しなどの関係により金属板などを張ることがあっても木製が基本であるが騎士の持つそれは全て重厚な金属でできているように見える。
その両手で使っても人を選ぶような盾を使いこなす自信があるのか騎士は片手で構えている。
傍目にはお互いの底が見えないのでどちらが優勢なのか分からない
がただ一つ分かるのは
「……壁に埋まってるんです。……だれか助けてください……」
今一番ダメージを受けているのは俺という事だけだ……
戦士と騎士の剣戟はすでに遠くに離れてしまい、残るは岩に埋め込まれた俺一人
この状態は翌朝に、『もはやこのまま石に埋め込まれて化石になってしまうのでは……』と諦めかける寸前で勇者に見つけられるまで続く
あぁ……、現世の方が地獄よりも地獄らしいというのは何たる皮肉だろうか
まだ冒険は一日目、俺の地獄はまだまだ続く……