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行き止まりの夜が来る





 装備の買い出しを終え前回の反省を生かした俺は、別の宿で宿泊し、日の出より早くに勇者が泊まっている宿屋に向かう。


 宿に到着してみるとすでに勇者たちが馬や装備の確認などをしていた。


 日の出と同時に出発するのでその前にある程度の道具は馬に乗せておくらしい、今はそれぞれ持ち物に不備がないか斥候が読み上げて確認している。


 魔王は人間から奪った極西の国の城とやらを住処にしているらしく、旅の計画としてはそこへ向かってそれぞれの国や町を経由して行く。

 現在地は東の国、目的地とは正反対であるが魔王から離れたここは人にとって最も安全な土地という話だ。


 ちょうど日が昇る。馬にまたがる勇者たちを真っ赤な日の出が逆光で黒く塗りつぶす。

 次第に小さくなる黒いシルエットに赤い背景、そこに異国の街が加わればなんとまぁ絵になると思う。


 それを見て俺は呟いた。




「……俺、馬に乗れないんだが……」




 全員がまるで当然のように馬にまたがるので非常に言いにくい、周りの目、特に勇者以外の軽蔑の目が突き刺さる。


 勇者が気を利かせたのか、とりあえずのフォローをしてくれた。


「まぁ……、僧侶は旅が初めてだしな、少し練習するか……誰か教えてやれるか?」

「じゃあボクが……」(昨日一応助けに入ってくれたからね)


 なんと俺に手を貸してくれるとは……


「本当に初めて? 乗ったこともない?」

「馬はよく見てたが乗ったことは無い」

「村にはいたんだね」



 俺に乗馬の経験は無いがお馬は大好きだ。お舟や自転車も好きだが、やはり一番はお馬だ。教えてもらえばすぐ乗れるのではないかという予感がある。


「任せてくれ……俺は馬に全財産を3回は投資した男だ」

「投資? いやそれより……君は女でしょ」


 ここからは俺の奮闘をダイジェストでお送りしよう。






「じゃあまずは左から乗って……、あっ手綱は引っ張らないで!」


「手綱はバランスを取るための紐じゃないから、だから体勢が崩れても……、あぁ! そんなに引っ張らないで! またバランスが……」


「ふくらはぎで軽く馬の胴を締めると歩くから、いやそんな風にしたら走って……、あっ! 止まって!!」


「重心をね、後ろにすると馬は止まるから、……いや、急にしたら倒れちゃ……、あー……」






 分かってはいたが俺が今まで馬に賭けた多額の馬券と馬に乗れるかは関係ないらしい、落馬25回目にはもう日は完全に出ていた。


 町から出る前に俺の様相は既に泥と擦り傷で満身創痍と化している。


 勇者がなんとも言えない顔で話を切り出す。


「僧侶は空いた時間に練習してもらうとして今日は戦士と一緒に馬に乗ってくれ……」

「……馬車とかないのかよ」

「……しばらくは街道があるから大丈夫だが、魔物が多い場所では道が荒れて馬車がつかえないんだ、諦めてくれ」






 締りは無いがこうしてようやく勇者一行の旅が始まった。






 危険な旅と聞いて身構えてはいたが周りはそんな雰囲気はなく、自然な態度で時に談笑などしている。

 俺は戦士の馬に乗るがその上下の揺れに非常に体力を削られてそれ所ではない


 明日あたりに筋肉痛が来ることを案じているとふと勇者が皆を止める。


「魔物だ」


 勇者の声に俺はすぐに馬上では邪魔にしかならない杖を手繰り寄せて握りこむと辺りを見回す。


 しかし敵らしい敵は見当たらない


「どこにいるんだ勇者?」

「向こうの岩陰に隠れてるぞ」


 なぜそんなことがここから分かるのかは突っ込まないが、初の戦闘ということで俺は警戒を強める。


 ……がよく見れば周りの女は武器すら抜いてなく警戒もした様子もない


 こういったことは慣れっこで気負うほどの物ではないという事だろうか……


 俺がそう考えていると勇者が馬に乗りながら剣を振る。


 戦闘前の精神統一か何かだろうかとおもいつつ見ているとそのまま剣を鞘に戻す。


「……これからどうするんだ?」

「まぁあれを見てよ僧侶ちゃん」


 一緒に馬に乗っている戦士が俺の疑問に答えず敵の隠ている岩場を指さす。



 そこに先ほどまであった岩がいつの間にか音もなく消し飛んでいた。



「は?」



 見間違えだろうか……確かに先ほどまでは岩があったのに今は何もない荒れた更地にしか見えない

 唖然としている俺に女どもが次々声をかけてくる。


「やっぱりどんな新人もあれを見ると驚くわね」

「ボクも最初見た時は驚いたからね」

「まぁこの手のやり取りも何度やったという話だな」

「勇者様の強さは何度見ても素晴らしいです」

「物語で人の活躍を誇張して歌うことはあるが、彼の場合は逆に抑え目にしないと冗談と思われてしまうから困るのだがね……」


 勇者から事前に説明があったが思ってしまう……もうアイツ一人で魔王倒せばいいんじゃねーか


 そんな俺の心を読んだのか勇者が言い訳のようにぽつりと話す。


「……一人で何でもしようというのは間違いというものだ」


 そう一言だけ言うと馬を歩かせる。


 その後は魔物が出ると勇者の斥候を越えた索敵能力で先制し、戦士以上の膂力や魔術師以上の魔法で敵をせん滅していく、おそらくやる必要がないだけで、初めに言っていた通り回復も自己強化や敵への弱体化さえも俺たち以上にできるのだろう。


 いやマジで俺たちいるのかよ……


 旅の緊張など全くなく、次第に俺は敵の存在などを忘れ、馬に揺さぶられて大変なことになっている己のケツにのみ注意を割くようになる


 そうする内に時間は過ぎ去っていき……




「勇者、確かここらに水場があるはずだ、今日はここを仮の宿としよう」


 まだ日没までには時間があるが吟遊詩人が野宿の提案をする。勇者もそれを認め、周りの奴らが荷を下ろしてテキパキと動き出す。


 もちろん勝手が分からない俺は開き直って休憩する。正直疲れて動く気は一切ない、こんなものは体力の余裕があるやつがすればいいとすら考えていると、脳天に衝撃が来る。


「おい……何を怠けている、お前は薪でも集めてろ……」


 斥候が俺の頭にチョップをするので仕方がなく俺も働く


 ケツと腰への強烈な痛みに耐えながらそこらにある木片を一抱えぐらい拾って戻ってくる頃には、魔術師が何やら風防のための石を積んで足つきの金属鍋を置いているところだった。


「やっと薪を集めたの、早くよこしなさいよね」


 ……このアマ、偉そうだな


 俺は不満をこらえて薪を渡す、すると魔術師は魔法で着火すると薪はすぐに燃え始めた。


 それを見て、……宴会芸で指先から火を出したらバカ受けだろうな、などとしょうもないことを考えていると次第に辺りに日が暮れてくる。


 他の奴らは馬の世話を終えて木に馬をつなぐと火の回りに各々腰を下ろす。


 今日の飯は乾燥して木片と見間違う肉、水分に親を殺されたカチカチのパン、魔術師が作ったよく分らないキノコのスープの三つだ。


 俺もこの世界で多少は生きているので食えるだけ不平は言わないが、非常にアゴが疲れる献立だ。しかもこの謎のきのこスープは見た目が非常に怪しく実は毒の類ではないかと思い、周りが食べるまで手に取らないでおこうと警戒する。


「じゃあ出来たからみんなで食べるわよ」

「ちょうど僧侶さんがいるからお願いします」

「は? 何を」

「……自分の職業を考えろ……、食事前の祈りに決まってる……」


 そういえばこの世界はそんな文化だったな……、神に祈るのが生理的に受け付けないので教会暮らしでは基本口パクだったので忘れていた。

 この世界の人間は結構信心深い、まぁ勇者と魔王や魔法やらの人知を超えた物がポンポンある世界だから当然なのか


「え~、なんだっけ、今日の神に、いや、神の恵みを……、違うな……、神が感謝で……」

「『今日の恵みを神に感謝します』でしょ僧侶ちゃん……」

「おまえの着ているその服は飾りか……」

「飾りだろ、そもそも別に神なんて用意も調理もしてないないのに感謝するなんておかしいと思わないか?」

「君は本当に神に仕える神官なのかい?」

「飯を食う時は奪った命と食料を作った農家や調理した奴に感謝して『いただきます』食い終わったらそいつらへ『ごちそうさま』そっちの方がよっぽど自然だろうが……、というか神に感謝なんて俺は真っ平だね」


 まぁ、いただきますなんて、いちいち言う人間ではなかったが、神に感謝するのに比べればいくらもマシだ。


「……冷める前に早く食べよう、僧侶は……、そこまで言うならそのいただきますでいいじゃないか」


「じゃあ手を合わせて、何ぼぉっとしてんだ? 手を合わせんだよ」


 俺が料理に手を合わせると皆が未知の生命体を見るような眼をしてこちらを観察している。


 合掌している俺に向かって、なにやらひそひそと話をしているのが聞こえた。


「……やっぱり僧侶ちゃんって別の宗教の人だよね……、なんか、文化の様式が違うっていうか……」

「この前もワインは神の血とか聞いたこともない宗教の教義を言っていたな」

「邪教の類を信仰しているからコチラの神を憎んでいるのかもしれないね」

「もしかして魔王崇拝とかあり得るわよ……」

「やはりあの人は悪魔なのですね……」

「やめておけ、信仰は自由だ俺たちに彼女の信仰を否定する権利はない」



「うるせぇ!! いいから手を合わせていただきますをしろ!!!!」



 こうしてようやく飯にありつけた。

 

 キノコだらけの鍋に初めは不安であったが、案外食ってみると飯がうまかったので機嫌を直す。



 特に魔術師が作ったスープの出来が予想外にうまくて驚いた。キノコの出汁がきいて非常に日本人的な俺の舌に合っているし、干し肉とパンをふやかせばちょうどよい塩気でなかなかいける。大したものが作れない外で食べる分には十分だろう、思わず称賛の声が出てしまう。


「このスープ案外いけるな、料理はいつも魔術師が作ってるのか?」

「あぁ、魔術師は料理もやれる、すごいだろ?」

「いやなんで勇者が自慢してんだよ」

「コイツの料理を一番長く食べているのは俺だからな」

「ヘッ、なんだそれ惚気か?」


「ふっ、ふん! このくらい当然よ、料理できるのは私ぐらいだからね!」(でかしたわハゲ僧侶!!)

「クッ……」

「誰にも得手不得手はあるものさ……」

「料理は冒険には不要と教えられてきました……」


「ボクだって頑張れば……」


 その一言に周りの人間は泡を食ったように戦士の発言を諫める。


 後から聞いた話ではどうやら鍋も持参している戦士の料理の腕は異次元のレベルでやばいらしい


 しかし魔術師以外は料理ができないのか……、俺は教会の炊き出しがあり、適当に料理をする機会があったので代わりに作ってやって負担を減らすのもいいかもしれない


「そういえば昔、料理人が仲間になった時があったな……」

「でもあの子すぐいなくなっちゃったよね」

「料理の腕はあっても戦闘面で活躍しないといけないのさ」

「ご飯はおいしかったです」

「……まぁ、……料理は私がするから良いじゃない……」(アイツが私の仕事を奪って勇者に擦り寄るから……)


 ……大変な仕事だからこそやりがいを感じる人もいる。別に俺が料理をする必要はないそうに違いない死にたくない





 それぞれの食事が終わると早いもので勇者はすぐ寝るらしい


「じゃあすまないが後は頼む、俺が必要ならすぐに起こしてくれ」


 一言残して一瞬で寝入る。


 すごい寝つきの良さだ。一種の才能と言えるほどに勇者は静かに寝息を立て始める。


 俺たちもこのまま寝るものだと思ったらどうやら違うらしく、勇者の睡眠時間を確保するため勇者を除いたそれぞれで分担して歩哨に立ち、可能なら俺達のみで迎撃、無理な強敵なら勇者を起こして倒すらしい


 最強戦力の勇者を温存して魔王とぶつけるのが俺たちの役目なので一応の納得は出来る。

 お互い補い合うことでチームとしてより強固になるのだろう













「……じゃあ私はあっちに行くわ……きたら殺すから」


「ふむ、じゃあ私は水場にいこうかな」


「私は戦士さんを殺しに行きます。いい加減幼馴染面は鬱陶しいです」


「嫉妬かな、いいよ殺してあげる……、音がすると不味いからあの丘の向こうでやろうよ……」


「勝手に盛るのは構わんが敵が一人とは思わんことだ」



「まて! まて! まて! まてぇ────い!!!!!」



 なんだこいつらなんなんだYO!? 


「お前ら正気か? てめぇらが勇者ほっといて魔物が来たらどうすんだよ!?」

「この辺りの魔物に後れを取る奴はいませんし、そんな奴がいたら勇者様にふさわしくないです。死んで当然です」


 このガキ……、俺は剣を握って戦うなんて出来ねぇぞ……


「待て! 近接戦闘が得意な奴らはいいが俺と吟遊詩人や魔術師はやばいだろ!?」

「私は近づく奴らは魔法で皆殺しにできるから別に問題は無いわ」

「同じく、私もある程度の自衛は出来るのさ」


 いやだからわたくし回復しかできない……


「ねぇ、なんでボク達のパーティーに僧侶や純粋な支援職がいないのか分からないかな?」

「あ?」

「それはね自分の命を自分で守ることができない奴は死ぬからだよ、今までも僧侶は五、六人ぐらいいたけど……」

「皆、私たちの奇襲か魔物に襲われて死んだな……」

「は?」



 やばい……こいつ等の心を見ればわかる。心の底から他人は殺して当然だとそういってやがる……


 もうこの際勇者の近くに居て殺されそうになったら勇者に助けを呼ぶのはどうだろうか……


「夜の間、勇者様の近くは不可侵です」

「近づく者がいたら誰であれ殺す……」

「魔物を通しても、そいつを通した奴をボク達は許さない」


 なんか死にたくなってきたわ(笑)


 こんなん俺が死ぬにきまってるだろ、地獄に落ちろ阿婆擦れども


「……そういうことでもう行くわね、いつまでも勇者の近くに居たら殺すわよ」




 魔術師の一言を皮切りにそれぞれが散らばっていく




 俺は立ち尽くしている。まさかこの剣と魔法の世界でデスゲームが始まるとは……



 一人残された立っていると頭の横に風を切る音がした。


 後ろを見ると礫が木に深い傷を残している。こんなものを頭に受けていたらどうなっていただろうか……


 俺は自分の荷物を急いでひっつかむと、急いで勇者の中心から離れようと駆け出す。






 暖かい薪の明かりから暗闇に向かって駆け出している俺は、奈落へと自分が落ちているのではないかと錯覚する。



 そしてそれは悲しいことに正解なのだろう



 まだ夜は始まったばかりである。










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