分かち合うものがない人生とは地獄である。
俺は昨日、命の危険から宿に泊まることも出来ずにうろついた所、他の宿に泊まることも出来ずに適当な家の軒先で一晩過ごすことになる。
もう横になれればどこでもいい、俺の体は酷使に次ぐ酷使で既に限界だ、この際デコボコした地面に外套を敷いただけの寝床でもすぐ眠れそうだ……。
というか寝た、即寝た。
そして夢すら見ない熟睡の中で瞬時に起きれたのは冷たいという不快感のおかげだろう
「人の家の前に寝っ転がってんじゃねぇ! この浮浪者が!!」
起きた時、俺の体は水浸しだった。
おおよそ最悪の目覚めで俺の内心はいらだったが争うことには何の益もない
さっさと立ち去ろうとする俺に、軒先の住民はさらに罵倒を浴びせてくる
「テメェら宿無しは職にも就かずに汚ねぇ格好でブラブラして見苦しい……い……んだ…………」(あれ、コイツどっかで見たことあるぞ)
こいつ俺の正体に気づいたな、勇者一行である俺に水なんてぶっかけやがって……、クリーニング代じゃ足りねぇ……搾り取ってやる……。
「テメェ……、誰に水を吹っ掛けたと思う」
「あぁ!!! アンタもしかして僧侶様!!!!!!!」
「うるせぇ! 静かにしろ!!」
周りの住民が何事かと顔を出す。
くそ、人が集まると面倒だ。
これ以上ハゲの範囲が大きくなるのは望むところではない、俺は仕方がなく恐喝を諦めて地面に敷いてあった外套を被って王城へと逃げる。
朝から走らされて俺の気分は最悪だった。
王城についてみるとちょうどすぐ勇者も来る。
「朝からいないと思ったら先に来てたのか、しかしなんで濡れているんだ?」
「いろいろあってな」
「そうだよ、朝からいないからなんか用事でもあったの?」(フフッ勇者と一緒に歩く機会を逃すなんて残念だね)
「どうせなら一緒に来れば面倒がないものを」(さては先に来て罠でも仕掛けたのか? ……)
こいつ等……、わざわざ勇者と一緒に来るだけのために一度宿に戻ったのか
「全員集まったな……明日を出発として今日は必要なものの買い出しや手配をするから……騎士は馬の手配、吟遊詩人と魔術師は消耗品や食料を買ってきてくれ、斥候と戦士は旅に必要なものを僧侶に見繕ってくれないか?」
「うん、任せて勇者」(うーん……)
「……」(なぜ私が敵の装備を見繕わねばならんのだ……)
うわーすげー嫌そう
「旅の準備とその知識は斥候と吟遊詩人が一番知っているが斥候は特に面倒見がいいからな、俺も頼りにしてる。戦士は細かいところによく気が付く、旅以外の不備で足りないものを補ってくれ、二人にしか頼めないことだから頼んだぞ」
「私たちに任せれば問題はない……」
「同じ仲間のためだもん、言われなくとも進んでやるよ」
うわチョロいわ
そうして勇者は俺たちに金を渡して王に資金の確認をすると言い残して去っていった。
「面倒だが雑にやって勇者に仕事の手を抜いたと思われるのは業腹だ、早く終わらせて勇者と合流するぞ……」
「そうだね」
「あぁ、助かる……」
こいつ等が本当に俺を手伝ってくれるとは意外だ、
「早速だが旅の道具を買いに行くぞ」
「武器とかか?」
「うーん、それは最後だね」
はじめに買わされたのは身の回りの道具だった。
背中に担ぐバック、細いロープと太いロープ、スコップ、ランプ、燃料油、水筒代わりの革袋、手ぬぐい、糸と針、食器類など雑多なものだった。
幸運なのは住民が俺の顔を見ると結構な値引きをしてくれたので金に少し余裕が出た。
「聞いたわよぉ~、僧侶様は貧しい人々の心を理解するためにあえて乞食のように外で寝てるって話、人を見返りもなく助けて自分は貧乏暮らしなんてアンタこそ本当の聖女様だねぇ~、安くしとくわよ」
それは隣のこいつらの所為なんですけどね……
「意外だな人助けなど……、貴様はそういうことはしない奴だと思ってたが」
「僧侶ちゃんも優しいところがあるんだね」
これは隣にいるお前らの所為なんですけどね!!
「お前ら昨日はどこで寝てたんだ?」
「へ? ボクは知り合いの家だけど」
「私は詳しくは言わんがセーフハウスがある」
「……そう」
何も言うまい……、勘違いについては心外だがそれで値引きされるのなら我慢しよう……
とりあえずは買ったばかりのバックにこれも買ったばかりのものを詰めて担いでみる
「なんかバックに入れるとそう多くもないな、これだけでいいのかよ、テントとかいらないのか?」
「馬鹿め、旅の装備は最低限が基本だ、それにおまえ……そんなに適当に詰めるな! 重心もばらつくし取り出しずらいだろ!!!」
「そんなこと言われてもだな、教えてくれなきゃ分からんだろ」
「軽いものは外側! 重いものは体側! これは原則だ。さらによく使うもの、すぐ使わなければいけないものは上! 、あと重さの配置に偏りが無いようにも気を遣え! 重さの負担感を考えるなら重いものは上だがお前の場合重い物を上にすると転びかねんから……」
「おっ、おう……」
面倒見がいいとは勇者が言っていたがこうも一気に言われたら口うるさくてかなわない、俺が辟易としていると戦士が助け舟を出してくれる。
「斥候ちゃんの言っていることは基本として押さえてあとは個人の自由だからね……、でもどうしても持っていきたいものとかならかさばらない範囲で持ってきてもいいよ、吟遊詩人も楽器とか持って行ってるし、私も重いけど鍋とかいろいろ持っていくし」
「お前の筋力ならば余裕だろうがこいつは見た目からすでに貧弱だ。余計なものはもっていけないだろ、第一こいつに足りないものはだな……」
「まぁまぁ、いきなり言われても大変だからここで質問時間にしてもいいんじゃない」
「……そうだな、……疑問があれば言ってみろ」
確かに言われてみれば細々したもののを買わされたが使い道が分からないものもチラホラある
「ロープとかどうやって使うんだ、穴に落ちた時とかか?」
「そんな状況なかなかないが……、旅の道には川や山場もある。場合によってはロープを通して安全を確保していく……、それ以外にも用途は多い道具だから必要だ」
「洗濯する時とかひもを張ってね、乾かすときに掛けておくのとか便利だよ」
言われてみればそうか、そういう使い方もあるか
斥候の深い経験と知識からの最良であるが分かりにくい説明をおっとりとした戦士がうまく中和していて俺にとっては非常に分かりやすい、これを勇者が考えて俺に当てたのならよく仲間を分かっている。大したリーダーだ
惜しむらくは恋に関して唐変木であること、もっと違うところの察しの良さも期待したいのだが……
そこまで考えてふと自分をかえりみる
いやいやいや……、いい年した大人が何が恋に関して~だ、なぜ少年少女の恋物語に俺が気をかけねばならないのか
考えると情けなくなったが気を取り直して斥候に質問する。
「……なぁテントとかはないのか?」
「さっき言っただろうが、旅の装備は最低限だと、寝るときはその外套にくるまって寝る」
「寝るときじゃないけど雨の時とかはね、体力がある勇者と私と騎士が小さい雨除けの布を持ってるからそれを合わせて使う時があるかな」
なるほど、全体で使うものはそれぞれに分担して持っていくのか、そのチームワークをぜひ別の方向でも使ってほしいが
「次は身に着ける装備だな……」
「おっ武器か?」
武器屋といったら少し気になるのは男の性だろう、実は初めから気にはなっていた。
「いや違う、武器でなく装備だ」
……どうやら違うらしい、ならば体に着る鎧だろうか
「鉄の鎧とか……」
「何度も言わせるな、旅の装備は最低限だ、そんなもの着ていく余裕はない、あって皮鎧よくて部分鎧がいいとこだ」
「うーん、着こむにもやっぱり僧侶ちゃん力なさそうだしね」
「……うるせぇ」
女に力がないと言われるのは男の矜持を傷つけられるが事実なので仕方ない
それに正直な話、常日頃からこの僧侶のローブのような服が歩きにくくて仕方がないとは前々から思っていた。
どうせなら俺も様になる鎧とか斥候みたいな体の要所に皮が貼られていて動きやすそうな軽装がいいと思っていた所だ
「なぁ服を買うなら俺もこんなローブを辞めたいんだが」
「何言ってる、それは無理だろ」
「は?」
「僧侶ちゃんは僧侶でしょ、神の恩恵を受けやすいその服が魔法の威力を増大するから着なきゃダメでしょ」
「なにそのRPGみたいな設定!? そんなん関係ねーだろ!!」
「アールピージー? 何を訳の分からないことを……、回復使いでもない私でも知ってる基本だぞ」
いやいやいや、さっきまで旅の合理性とやらを語っていた斥候がこんなビラビラな服装にGOサイン出すのはおかしいだろ
「じゃあ魔術師はどうなんだあいつは帽子とマントだけじゃねーか」
「魔女の魔法は精霊の力を借りているのだからお前とは違うだろ」
「都合よすぎない? それぇ!? そんなんで魔法の威力が上がるわけねぇじゃん!!」
「神は信じるものを救うからその信者に力を与えるのは当然だろ」
「俺の知ってる神なんて糞野郎がそんな服くらいで力をくれる訳ねーだろ」
「君って一応は神に仕える神官だよね」
「なぜそれで神職に就こうと思ったのか……、いいからその服を着ておけ」
どうやら俺は皆が動きやすいまともな格好をしているところでコスプレさながらの服で戦わねばいけないらしい
Oh……、私のゴッシュよ
納得できないとゴネてみても相手は動かない、こうなったら隙を見て買っておこうと心に決めておく
服類は下着や靴下以外で買うものは無いと判断されて次に連れられた場所は結構遠い
たどり着いた場所は奥まった場所で、薄暗い路地で斥候が急に振り向いた時は正直とうとうここで消されるのではと思ってしまった。
「ここだ」
「いやどこだよ」
斥候が指をさすのはこじんまりとした家だった。そもそも店の前に商品が置かれてないので本当に店なのか何屋かも分からない、斥候がそのままズカズカと入るので俺と戦士もついて行く
入った家からは腐ったとは違うなんとも言えない……おそらく生物由来と思われる強烈な匂いが充満していた。
壁に掛けてあるのは大小さまざまな靴、靴、靴、その他至る所に材料と思われる皮が置かれている
「靴屋か?」
「そうだ、旅には靴こそに金をかけるべきだ。いい靴ならいくら金をつぎ込んでも惜しくは無いと私は思う」
こいつ……、なんかオシャレ上級者みたいなことを言い出したぞ、おしゃれ上級者は金の9割を足元に掛ける! ! ……みたいな見出しを見たことがある気がする。
「旅の途中で靴が壊れると悲惨だぞ……、足に入る泥や水……、傷口から足の指が腐ったやつもいた……」
「……そういわれたら確かに重要な気がしてきたな」
脅しに屈したわけではないが確かに靴はいいものを買って損はないかもしれない
「うーん、でも買ったばかりだとまだ靴が馴染んでないから、ちょっと慣らしで今日はそれを履いて行こうか僧侶ちゃん」
「フフっ……、ここの店は常にオーダーメイドの良品を売ってくれる。そうそう歩いて足が痛いなどあるまいさ」
「でもオーダーメイドって出発は明日でしょ」
「そうだな、なので、僧侶は日にちを開けてついてくればいいんじゃないか?」
「おいっ……」
幸運なことに本当ならオーダーメイドで時間がかかるのだがピッタリな靴があったのでそれを買った。
どうやらそれは靴職人の習作らしく買い手がつくとは思っておらず、ここまでピッタリなのは道具が俺を選んだとのことでこれも安く買えた、道具が人を選ぶなどという言葉に店主の頑固で仕事に一途な職人気質を見た気がする。
そんなこともありながら、斥候につれられた最後の店はお待ちかねの武器屋、というよりは金物屋に近いほど雑多に物が陳列されている。
「うおっ! スゲー! でっかい剣だ、これかっこいいな」
「おい、僧侶! 何度も言うが……」
「旅の装備は最低限だ! だろ分かってるって、見てるだけだろ」
「僧侶ちゃんには杖だよね、……メイスはどう? それなら神官でも問題ないでしょ」
「しかしメイスは結構重いぞ、コイツの細腕でもてるのかどうか……」
「柄は木製で先端だけ金属の奴があるはずだからそれでどうかな?」
「なるほど……、それならいいな」
俺が自分の身長を優に超える大剣に気を取られているうちにどんどん話が進んでいっていたようだ
「しかし、俺は回復担当だろ? 武器は必要か?」
「後衛だろうが襲われないとは限らない、敵の一撃を防ぐためには必要だよ、それに……」
「私たち同士で争うとき武器がないでは話にならんだろ」
「あっはい……」
そういえばそうだった……、今日はずいぶんと協力的だがこいつらの本質は墨に浸かったカラスも顔面蒼白になる程のどす黒い奴らだ、気を抜いてはいけない
「そうなると私たちはコイツに殺されるための道具を選んでいるのかもしれんな」
「ふふっ、確かにそうだね」
「あっはい……」
こえーよ、お前らのそれはジョークのつもりなのか? 一切笑えないんだけど
「次はナイフだな。生活に使う小口の奴を一本、戦闘用に一本買うぞ」
「メイスで仕留められないならよく切れる奴がいいね、この反りの入ったやつがいいんじゃないかな、神官は戦いで刃物を持たない人もいるけど……」
「初耳だ、しかも俺にはどうでもいい」
「だよねー」
「武器は二本も必要になるものか? 万が一の時用か?」
「全部の持ち物に万が一をやっていたら大荷物だがこれは直接お前の命がかかる道具だ、こいつには万が一をやっても損はないだろ」
戦士も無言だが同意しているようだ、そういわれたらその通りだから素人の俺にはなにもいえない、大人しく道具を選んでもらう、どうやら戦士は戦闘用のナイフ、斥候は生活用のナイフを選んでくれているようだ
大人しくそこら辺の武器を眺めて待っていると二人とも何やらナイフを見て考え込んでいる。
(正直この大型ナイフの方が刃先の光が均一でいいナイフだ、でもこっちの値段だけの作りのわるいダガーなら殺す時に抵抗されずに楽だよなー……)
(このハンティングナイフの方が握りもいいし丈夫ないいナイフだ、しかしこちらの切れ味の最悪な折り畳みナイフの方が罠にはめた時に殺しやすいな……)
((粗悪品を渡して殺すか……))
うわー、とんでもないこと考えてるよー、
これで粗悪品つかまされてどんな顔をすればいいんだよ……、こいつ等の前でせっかく選んでもらった商品を即返品して怒りを買って殺されればいいのか? それともにこやかに受け取って旅の道中で死ねばいいのか?
どっちも殺されるじゃねーか!?
などと一人であれこれ考えていると
「おい僧侶決めたぞ」
「これなんてどうかな」
正直見たくない……、だが見ないことには終わらない、俺は戦々恐々として二人の方をみる
そこには大型ナイフとハンティングナイフを持った二人がいた。どちらも良品だ。
とても薄くか細い、それこそ吹けば飛ぶようなものであるが確かに二人から俺への小さな仲間意識を感じて落涙しそうになる。勇者さえ関わらなければ二人ともよくできた娘じゃないか……、俺は喜びの表情で迎える。
((僧侶はどうでもいいけど勇者の頼みだから))
こいつらは仲間でもなんでもない、俺は静かに落涙した。
心というものを分かち合うことの出来ぬ悲しさに俺は溺れてしまいそうだよ
俺の地獄はまだまだ続く