地獄の一丁目(宿屋)
怖い先輩方に絡まれて非常に疲れた俺は、とりあえず今までの仮の宿である王城へと向かう、今日はもう疲れたので寝たい。そう思ってすでに顔なじみとなった番兵に入れてもらおうとするが、相手は申し訳なさそうな顔でこちらに話しかけてくる。
「申し訳ありません、パーティーに合流された僧侶様は勇者様の管理下となりますので今後はそちらの方で宿を借りるなどして自活していただくことになりまして」
「なに? 聞いてないぞ」
「私共も心苦しいのですが何分こちらも無駄な出費を抑えるために城の者にも暇を出すくらいでして、一応の支度金をはじめにお渡ししてあると思いますのでお願いします」
「……わかった」
相手は本心から申し訳なく思っていることは分かった。これ以上ごねても仕方がない、たしかこの町の入り口付近に宿屋があったことを思い出す。
確かに王からは世界を救う勇者の仲間にしては少なすぎるが、小市民としてはそこそこの小金をもらっていた。
結局金なんて食事以外で使う暇もなく、初めてなにか買ったのは住民の目線を避けるために買った全身をすっぽり隠すための旅人の外套
俺はその件の外套で姿を隠しながら宿屋に向かう、城門から王城までの道は防衛上の設計か一本道にはなっておらず微妙に分かりづらい、まぁ主要な道は石で舗装されているのでそれをたどれば大きくは道を間違えない
ゆっくりと歩いていく内に、そういえばこのように何かに追われずに自分の時間を持ったのは久しぶりだと気付く
ふと気が抜けたからだろうか、俺は自分の腹が減っていることを思い出したかのように自覚する。
酒場ではクソ女どものせいで食事どころじゃなかったからな……
近場の出店で適当な食い物を注文し、待ち時間が暇なのでそこら辺を見て待つ
大通りは一応の活気が見れるものの売っている品ぞろえは売り切れや品切れが目立ち、人々も働きもせずに酔っぱらっている奴や浮浪者がチラホラいてよく見ればこの活気が空元気のようにも感じる。
俺にこの町の元々の様子は分からないが住民の漠然とした不安や焦燥感といったものが俺の胸を締め付けるような痛みと共に伝わってきた。
けっ……、陰気くせぇ
俺は用が済んだら不快感を隠そうともせずに小さな体の大股で宿屋に急ぐ
そんな風に乱暴に歩いていたからだろうか、俺はつい曲がる道を一本間違えてしまう、幸い道が舗装されずに土がむき出しなので すぐに気づいて引き返そうとするが嫌なものを見た。
道端に纏められた小さなごみ袋のようなそれは、目の前に亀裂の入って使えない木皿を置いている。……なにか、すぐに分かった。
……乞食か、なんとも汚らしいガキだ、金をせびられる前に退散するか
さっさと宿に行こうとしたのだが乞食がこちらに気づく
「おねえさん……、お金……、お金下さい」
別に俺は募金は嫌いではない、ゆう君2歳のためのアメリカでの心臓手術の募金にも関わった時もある。……募金詐欺をする方だったが
もちろん俺自身が募金をしたことなんぞ一度もない
一歩、そして二歩、歩きだして違和感を感じる。
なんだ、全然体がなんともない、俺の強靭な意思がとうとう閻魔の悪だくみを打ち破ったのか?
不思議に思って俺は後ろを振り返る。
そのガキの目を見て合点がいった。心を読まなくてもよくわかる
「お金……、お金下さい」
虚ろな目、こっちの助けなんてものは微塵も期待してない諦めの無表情
こいつの目はこちらを見るようで実は何も見ていない、つまりこいつは俺に何も望んではいないのだ。
「あっそ、じゃあな」
欲しくもないものをあげる必要はない
心は痛まない、それにコイツの心も別に傷ついてないので無問題だ、俺はさっき買った揚げ芋みたいな食い物を取り出して食べながら歩きだした。
小道から抜けようと思った時さっきの酔っ払いが、わざと俺にぶつかってすれ違う、拍子に手に持った物を落としてしてしまい揚げ芋に砂がつく
俺は落ちた揚げ芋を見て立ち止まった。
男は乞食のもとに歩いていくと酒焼けしたダミ声で何かを叫びつける。
「おいテメェ! こんな端っこで金なんざ恵んでもらえるわけねぇだろ、もっと大通りでやるんだよ!!」
「……兵隊さんにどかされました」
「だったら別の道でやれ! このウスノロ!!」
男が子供を平手で打つ音が路地に響く。
「……ごめんなさい」
「なぁ、もっと同情されて稼げるように片足でも取ってみるか?」
「……ごめんなさい」
その時乞食はちらりと男の後ろの方を見る、それに気づいた男は振り返らず、背中越しにせせら笑いながら話す。
「……なんだ、まだいやがったのか」
男がゆっくりと大通りの方に振り返る。
その時俺は……
既に小道を抜けた大通りで揚げ芋の土の付いた部分を剥がしながら歩いていた。
何やかんやで王城のベットはふかふかだったからな、街の宿屋となるとどの程度になるか……
今日はとにかく疲れたので眠い、俺は今日の睡眠の質について考えながら道を歩く。
今度は問題なく宿屋まで着くが、何やら見覚えのある奴らが騒いでいる。
「なんだ僧侶も結局は同じ場所に泊まるのか」
大問題がいた。
勇者一行もどうやら同じ場所に泊まるらしい、
「やぁ僧侶ちゃん、さっきぶりだね」(やっぱり勇者に擦り寄ってきたね……)
「もしや勇者様を追ってきたのですか?」
「どんな偶然かしらね」(やっぱり勇者が好きなんじゃない!!)
「実は城で泊まる予定だったんだがな」
俺は城で泊れない理由を勇者に話す。
「結局一緒か……」(どうりで匂うと思ったぞ……やはり勇者目当て……)
「やはり私たちは奇縁があるね」(結局は殺し合う運命か)
メスどもは一切話を聞いて無いようだが
「そういう話か、パーティーとしては明日からと思っていたがそういうことならそれでいい、勇者である俺はパーティー運営の資金が預けられてる、そこから出させてくれ」
「いいのか?」
「いやちょうどいい、先ほど部屋決めの話をしていてな、この宿は今は二人部屋しか空いてないんだがな、僧侶が来てくれたおかげで男の俺は一部屋を独り占めできる。まぁ節約とはいえ男女で同衾するのはどうかと思ってたんだ、それでいいだろみんな?」
「ボクは大歓迎だよ!」
「そうですね」
「私もかまわないわ!」
「勇者にはゆっくりと休んでもらわないとね」
……おかしい、こいつらの裏の声が聞こえない、それどころか俺へ喜びの感情が向けられてるだと……? こんなことはありえない……。
「ボクたちの部屋決めのじゃんけんが無駄になったけどしょうがないね!」
「無効試合です」
「来ちゃったものはしょうがないわね!」
そして俺はそれに気づいてしまう……、皆が喜ぶ中にうつろな目をする斥候がそこにはいた。
「………………ス」(殺す)
鋭く猛烈な殺意が俺をとらえる。
やばい、何とかしなければ
「なぁ勇者! 俺さ急用を思い出したからさ! やっぱり一緒になるのは明日でいいかな!」
「急用? しかしどうせなら部屋だけ借りるだけ借りたらどうだ?」(さすがに男女同衾は問題だろう……)
「別にいいんじゃないか?」(よく言ったぞ淫売)
「……そうだよボクは僧侶ちゃんと一緒がいいな」(泊まらないと殺す)
「そうよ、寂しいじゃない」(いっそ半殺しにすれば泊まらざる得ないわね)
「急用がすぐ済んで帰ってくるかもしれないだろ」(君の命のためにも泊まるんだ……)
「あなたは泊まるべきです」
「わーいどうしようかなー」
今度は一人の殺意が四人の殺意になるだけだった。
熱された油をぶちまけるような強い怒りが俺に集まる、何とか生存の道を探らねばいけない。
「なぁ勇者……旅の仲間としっかり二人で向き合ったときはあるか?
仲間を知ること……それは旅を円滑にするうえで非常に重要なことだと思わないか?
人類の模範たる勇者のお前が二人部屋を独り占めしたいなどセコイ考えはどうなんだ?」
「一理あるが……、急にどうした」(しかしみんなは男の俺と本当にそれでいいのか?)
いいんだよ、むしろそれでいい奴しかここにはいねぇよ
「なぁみんなもいいよな? もう一度俺たちの中で部屋分けをすべきだよな?」
「いいんじゃない、たまには勇者と話したいこともあるし」
「うんうんそうだね」
「君と話して話題は尽きないからね」
「……チッ」
「勇者様と泊まりたいです」
斥候は不満がまだ残っているがとりあえずの怒りが霧散していく
「みんなが言うならそれでもいいが……」(俺の方が気を使ってしまうんだがな……)
「はい! 言質取りました~それではジャンケンお願いします!」
心が読める俺はジャンケンにはかなり有利に働く、そして万一勝ってしまっても適当な理由をつけてほかの奴等に部屋の権利を譲れば角は立たない、とりあえず俺は殺されずには済む
「僧侶、それなら俺はお前と一緒に泊まりたい」
(僧侶はなんだか女として意識しなくてよさそうだしな)
「は?」
時が止まる
今度の殺意は五人からだった
背骨と氷柱を取り換えたぐらいのやばい寒気がするのに、脂汗は異常なほど出ていく。
ここで返答を間違えたら俺は間違いなく死ぬ、そう確信した。
「馬鹿野郎勇者!! 女にホテル行きたいとか俺に気があるみてぇじゃねーか! そんな気がなくともな! お前にそんな気がなくともそう聞こえてしまうよな! なぁ勇者!?」
「あ、あぁ……純粋に僧侶とは互いのことをあまり知らないから誘っただけだ。言葉が足りなかったな……すまん」(僧侶は意外にそういうことを気にするタイプなのか……)
気にしねーよ!! 馬鹿野郎!!
「なぁみんな聞いたか!? 勇者も言葉がたりねぇよな!?」
(切り殺す)(焼き殺す)(刺し殺す)(叩き殺す)(呪い殺す)
oh…… くたばれ聖なる糞よ
「ちょっと急用できたわー」
「……ボク僧侶ちゃんを見送るよ」(あの世までだけどね)
「そら……早く用事を済ませろ……」(これが今生の分かれだ……)
「早く逝ってください」
「ちょっと急用きえたわー」
どうやらもはや逃げることすらかなわないようだ。このままでは勇者の目が離れたところで俺は消されてしまう……、俺からの言葉は意味を成さないのはもう分かりまくった。勇者の口から直接説明させねば
「なぁ勇者? 俺を誘った理由はお互いのことを知らないってだけか?」
「そうだが」(正直な所、女所帯で気の休まる場所がだな……)
「嘘だな、それだけじゃなくて他にも俺に失礼なこと考えてただろ」
「……さっき?」(僧侶が女って感じがしないから……はッ!? ……)
「思いあたる節があるな」
「いっ……いやそれは」(!?)
「嘘つきは地獄に落ちるぜ……」
「……」(僧侶は怒っているのか?)
「正直に言えよ、お前は俺のこと女とみて無いだろ? だから平気で俺に泊まれだの言えんだよな?」
「確かに……、そうだ……、すまん、俺は君のことを女性として見ていなかった……」
僧侶の強い詰問口調はそのまま自分への怒りであると勇者は考えた。
自分の都合を優先した軽薄な考えで一人の女性を傷つけてしまったことに気づき、そして強い自己嫌悪に陥りかけるがその前にすぐさま目の前の女性に謝るべきだと彼の善性の心は体に働きかける。
「本当に済まn」
「ヨッッシャァァァァァァァ!!! 聞いたかお前ら!! こいつはぁ!! 俺にぃ!! 興味ないんだよ!!!」
ものすごく喜んでいる僧侶がいた。
俺は賭けに勝った……。
「まぁ落ち込むことはないわよ僧侶!」(アーハッハッ、ざまぁ見なさい)
「勇者に言われたことなんて気にしなくてもいいと思うよ!」(ボクだったら死んじゃうけどね)
「分かり切っていたことです」
「しかし……、クッ……、残念だったな、クク……」(一人脱落だな)
「女を感じないとは裏を返せば友情を結べるかもしれないよ」(私は真っ平だがね)
部屋決めは荒れに荒れ、結局は勇者が一部屋使うことになった。
こいつらのこの態度は微妙に腹が立つがもはやこの際どうでもいい、何故俺が振られて落ち込んでいると思われて声をかけてくるのかは知らないが俺は寝たいのだ……
確か俺と相部屋になったのは魔法使いだったのだが
「テメーらもさっさと部屋で寝ろや……、おいっ、早く寝るぞ魔術師」
「あんた何言ってんの? 私はアンタが無防備に寝てたら殺すわよ?」
「は?」
「これは旅の途中でも言えることだが私たちは互いに殺し合う関係なのは分かるな……」
いや分かりません。
「君も一応は旅の仲間になるわけだから覚えておくといい、私たちは基本互いを警戒し合って勇者を中心に距離を取り単独で行動する」
いやそれは仲間じゃないと思います。
「じゃあ旅の途中で寝ずに戦ってるのかテメーらは!!」
「旅を続ければ気配を察知して起きれるぐらいはあなたもすぐ慣れます」
いや慣れないです……。
「もちろん互いに勇者に手を出さないように相互に監視もしてるからね」
「その時、隙を見せてる間抜けなどいたら絶好のカモだな」
「まて!? 俺は勇者の眼中になかった! お前らの争いには関係ないだろ!?」
「つまらないことを言うね、あれば少しでも自分たちが不利になる可能性があるものを残すと思うかい?」
「命が惜しかったら今すぐ逃げるのね、でももしパーティーに居続けるならアンタも残念ながら私たちの仲間よ」
一方的に喋った後は各々狭い部屋から出ていく、俺は思わず放心しながら床に立っている。
そうするとひょっこりと金髪のツインテールがドアから生える。
「アンタ、そこで寝てもいいけど覗いた時に寝てたら殺されるわよ」
本日の宿は満点の星を天蓋にして寝ることになった。