俺は一切の望みを棄てた
今、俺は酒場で勇者様が言うには俺加入おめでとうパーティーに参加している。
「というか普通断んない? これ一応さ魔物討伐の打ち上げじゃん、なんで関係ない奴いるの?」
どうやら違ったようだ。俺は魔術師様が言うには魔物討伐の打ち上げに参加しているようだ。
「ボクは別に今日はいてもいいと思うよ、ただ次はもうこないでね」
どうやらまた違ったようだ。俺は戦士様が言うに俺のお別れ会に参加しているようだ。
「どうせ誰かが消すんだろ、人生最期の酒だ。好きに飲ませてやれ……」
なんということだろうか、斥候が言うには俺は俺の葬式に参加しているようだ。
「最初からここに居るのはいつもの五人だけ、そう私は思ってたのだが、君たちは誰のことを言っているのかな?」
一体どうゆう仕組みだろうか、吟遊詩人様によるとどうやら今日は何の集まりでもなく、俺はいないようだ。
「……私は騎士、あなたを殺す女です」
女騎士様によると俺は……、
もうめんどくせーよ、なんだよこれ、頭おかしいだろ、なんでこんなに嫌われているんだよ、最後に至っては殺害予告じゃねーか。
この丸テーブルに座ってるやつなんで全員真顔なんだよ、座ってる位置もおかしいだろ、なんで丸テーブルなのにこっちに誰も座ってないんだよ、面接みたいになってるわ。
酒場の空気が最悪で客は帰っていくし、マスターとかコップ磨きが五週目に突入してるじゃん、そろそろガラスに穴が開くだろアレ
そんな強烈な殺意が場を満たす中、入口から新たな客が入ってくる。
「すまん、待たせたな」
どうやら勇者のようだ
「遅い! 待ちくたびれたわ」
「ううん、全然待ってなんかないよ」
「早く始めろ……」
「そうだね、君を待ってお腹が減ってしまったよ」
「勇者様が食わぬ間に私たちだけでなどあり得ません」
「ウス……お疲れさまっす……」
えぇ……、なにこの豹変ぶり……、こっわぁ……
などと考えているとこっちに勇者が来て隣に座ろうとする。
やめてくれ、あっち行ってくれ、なんでよりによって俺の隣なんだ。
「席がないから隣いいか?」
ですよねー、忘れかけてたわ、俺の周りに誰も座ってないから席が空くのは当然だよなー
「こらこら僧侶ちゃんの隣はボクの物だよ勇者!」
(ねぇ……勇者があなたの隣に座ったのは貴方が哀れだからなんだよ……勘違いしないでね……)
こいつ、ナチュラルに俺と勇者の間に入ることで勇者の隣に入りやがった……
「全く、アンタが僧侶に変なことしないか見張らないとね!」
(少し優しくされただけで調子乗るんじゃないわよ……)
追って二番手、勇者の脇にがっちり組み付いたー
「戦士、そんなに僧侶の隣がいいなら代ろう……」(勇者に脂肪の塊なんてくっ付けやがってこの売女め)
「別にいいよ、勇者のブロックは任せて!!」(うるさいな……)
「ふふっ、勇者にそんな度胸は無いと私は思うがね」(節操がないね彼女たちは……)
「勇者殿から離れてください」
なんだこれ今度はあっちに人の山ができた。たのむから全員まとめてどこぞへでも消えてくれ。
「なんだ結構、みんなは僧侶とも仲良くなってたか」
Oh…… 節Hole……
「じゃぁ自己紹介も俺だけでいいか」
「フンッ、私たちも遅れたあんたに付き合ってもう一度してやるわよ」
いや、あいさつなんぞしてなかったろ、唯一の自己紹介は騎士の殺害予告の名乗りだけだった。
「私は魔術師、チームの遠距離魔法担当、勇者とはチーム立ち上げからいる腐れ縁よ、私が一番の古株なんだから尊敬しなさい!」
金髪、ツインテール、貧乳、勝気な性格が見て取れ、身の丈に合わない大きな魔女帽子は非常に似合ってる。
「ボクは戦士、チームの役割は前衛、勇者とは昔幼馴染で別れちゃったんだけど魔王討伐で呼ばれた時に再会したんだ。よろしくね」
胸がでかい……、とてもデカい、栗毛のショートで一人称がボクと、なかなかニッチな女の子であるが外見上の物腰は非常に穏やかな女の子だ
「斥候だ……、いわゆるレンジャーやスカウト、弓もやるが近接もやれる……、敵の索敵や道案内なども私の仕事だ……私だけは勇者に腕を見込まれて引き抜かれて加入した。説明は以上だ……」
目つきが悪いがなかなかにかわいい顔立ち、フードを被っているのがもったいない、いやむしろそこが良いという好き者もいるかもしれないか
しかしなぜこいつらは自己紹介にいちいち勇者との関係を誇示してくるんだ……?
「私は騎士です。前衛で勇者様をお守りします。私が加入したのは私の家が勇者様を守るために存在する家系だからです」
うなじの所で一つにまとめたポニーテール、どちらかと言えば美人系の顔立ちだが、幼さが抜けきらないかわいさも持ち合わせてる。言動も佇まいも真っすぐそうだ
「私は吟遊詩人、歌と共に各地を流浪するバードさ、歌に力を込めて味方には加護を敵には呪いを与えるよ、勇者とはたまたま会って意気投合してね、面白そうだから着いて行くことにしたのさ」
黒の長髪をまとめずに流している。立つだけで絵になる女の子、ミステリアスでアダルトな雰囲気を持っている。
あぁ、これでこの五人が見た目と正比例したまともな内面を持っていれば俺は喜んで加入したのに……
「俺のために二度手間になって済まない、俺は勇者、一応はこのチームの顔役だ」
見た目はイケメンというより精悍な仕事人といった印象を受けた。
若く見えるが引き締まった顔つきが男として侮れない存在だと感じさせる。どちらかと言えば男が憧れる男といった感じだ。
あいさつが終わって勇者がこちらをみる、どうやら最後の大取は当たり前だが俺らしい、……できればこのまま帰りたいところではあるが……
「えー俺は僧侶、今回はこのような歓迎会を開いてくれて感謝するぜ……だがな」
ここで一度溜めて周りを見渡す。十分な視線が集まったところで俺は力強く宣言する。
「俺はこのチームに入ることを辞退させてもらう!!!」
当たり前だが俺が命を懸けて魔王討伐なんてやるわけがない、王城ではお偉い方の手前言い出せなかったが、ここで俺はおさらばさせてもらう
勇者の反応は堂々としている。怒りも悲しみもない泰然とした口調で俺に問いかける。
「責めるわけではない、覚悟無き者には難しい使命だ、ただその理由が聞きたい」
理由は主に勇者の両脇に固まっているソレだが馬鹿正直に話せる訳がない。
「ただ命が惜しいだけだ……、急に腕にできた聖印だか何だか知らない物一つで命なんて張れるわけねーだろ」
生きる上で必要な技量はそろった。
あとは安全なところで回復に金を要求する仕事でも始めてぼちぼちの人助けをして細く長く生きれば別に魔王など倒すために命を張らなくとも地獄には落ちないだろう。
「なんだと聖印!? 君は聖印に導かれてここまで来たのか!?」
なぜか勇者とその一行が急に驚愕の表情をこちらに向けてくる。
わーこの展開なんか見覚えあるー、主人公には当然と思ってた力が実はすごい奴だ~
「お師匠様から聞いた時があるわ……、聖印は初代勇者とその仲間の中でも神により魔王討伐には不可欠とされる選ばれしものに与えられる力……」
「歴史の中でも聖印を持つものは初代勇者からの最も信頼が厚く最後まで戦い抜いたという話……」
「道理でボクたちにあれだけ言われても無視してたわけだよ……」
「私たちとはそもそもの格が違うと見下していたのですか……」
「これは困った。強力なライバル出現というわけだね」
たぶんこれ呪いの一種だよ、俺知ってる。
「頼む! 僧侶!! 俺たちのチームに入ってくれないか!!!」
いやだ! 絶対にやだ!! こんなところに居られるわけないだろ!!!
俺は勇者からの願いを必死で拒絶する。
「……い……やだ」
言ってやった! 体の中を駆け巡る不快感を超えて俺の心は爽快だった。
「頼む! せめて話だけでも聞いてくれ!!」
さらなる願いに体の不調が強くなり、それに押されてポロリと言葉をこぼしてしまう
「……話だけなら」
そういうと勇者は語り始める。
「君は勇者の仲間の役割がどんなものか知っているか?」
「……そんなの一緒に敵を倒すための戦力だろ」
「実をいうとそれは違う、俺はどんな強い魔物が何体きても倒せるし、回復も魔法も剣もすべて一人できるし、君の得意な分野であっても俺は君より使いこなせる。俺と一緒に戦う必要はない」
「は?」
こいつは何を言っているんだ? そんなに強いのならそもそも
「そもそも一人で戦えばいい、……だろ?」
……図星だ。そんなに強いなら一人で魔王を倒せばいい。
「君は例えば誰にも負けない最強の人間がいたとしてそれだけすべての生物に勝てると思うか?」
「最強なんだからできるだろ……」
「例えば俺が行く先々の食べ物を全部燃やしたり飲み水を枯らしたらどうだ、一人に向かって延々と魔物を小出しで攻め立てて眠らせなければ?」
「そんな非効率なことを相手がわざわざしてくる訳が……」
「もうされている」
「は?」
「現に魔王城周辺の土地はすでに草木もない不毛の土地にされて補給は出来ない、外に出ればこちらを休ませないように絶え間なく敵が送られている」
俺は思わず絶句してしまう、勇者は感情がこもってない声で続けて話す。
「俺だってかろうじて人間だ、睡眠もとるし飲み食いもする。どうしても活動限界時間ができてしまう」
「そのフォローのために行動するのが仲間の役割だと?」
「あぁそうだ」
「……なら王国の兵たちを動かして全員で魔王を倒しに行けばいいだろ、なんでこんな小人数でやらなきゃいけないんだ」
「それもすでに試した」
「……」
「結果として数が多いとそれだけ行軍が鈍り、敵の範囲が広がって俺の強みが出し切れなかった。魔王軍の焦土作戦と物量に敗北、もう魔王の軍団と正面で戦える兵力などこの世界には残ってない、魔王がいる限り魔物は無限にわき続ける。これは比喩でない、本当に相手の物量には限りがないんだ」
俺は田舎暮らしで知らなかったがこの世界はどうやらかなりの崖っぷちだったようだ。
通りでえげつない割合の食い物と人を取られていると思ってはいたが……
「……ならもう人類はもう積んでるな、その軍団で攻め立ててもうすぐ俺たちは終わりなわけだ」
「今、戦う全ての人たちがモンスターの駆除を行ってわずかな人類生存の時間を作り出している。……その限られた時間の中で魔王を倒せる最強の刺客、それが神が作り出した最高の暗殺者である俺だ」
ガキの癖にガキらしさを感じさせないのは、今までの体験がそこまで壮絶なものだったのだろうか、少し同情はする。
その感情が見通されたのか勇者はさらに畳みかける。
「確かに、命の保証は出来ない旅だ。過去にも何人もの仲間が死んでいる」
今まで感情を顔に出さなかった勇者が初めて年相応の少年の顔に戻る。
「今回の旅でも死人が出た……格闘家というんだがな……いつも俺の後にくっついてきて妹みたいに思ってたんだ……でも俺が起きた時にはすでに魔物に見分けがつかないぐらいズタズタにされてた……俺の責任だ……」
その自分を痛めつけるような態度に周りが反応する
「そんなの勇者のせいじゃないよ! 、ボク達のせいだよ」(あの子が勇者の寝込みを襲おうとするから……)
「そうよ! 一人で勝手に背負いこんで馬鹿じゃないの!」(私たちを殺そうとして死ぬなんて自業自得よ)
「人はいつか死ぬ……、あいつは自分に正直に生きただけだ」(だから殺した)
「今までの仲間の死を独り占めするなんて不平等だと思わないかい」(まぁ今まで始末してきたのが私たちだがね)
「勇者様が責任を感じる必要はないです」
知りたくなかったがマジで勇者の責任ではないようだ。
「みんな……しかし俺が目を覚ました時、冷たくなった仲間の死体を何度も見るのはもう嫌なんだ……、頼む……、僧侶……、仲間になってくれ」
勇者がこちらの肩を力強く握る。
俺の願望に対する強制はその大きさと純粋さで決まる。いかにその気持ちが強かろうと欲望にまみれたものならその強制力はぐんと下がる。
……ないわけでないが
例えば俺は現在、五人に猛烈に死んでくれと願われても死にたいほど憂鬱になるだけで耐えられている。
がしかし、勇者のように誠実で純粋な願いを向けられた俺は、その先に地獄の門が待ち受けていても断ることができない
「…………分かった……」
「本当か!?」
あぁ言ってしまった。もう後戻りはできない、この先に恐らく一切の望みはない、
俺の冒険という皮を被った地獄が始まってしまった。