友のために自分の命を強制的に捨てさせられること、これ以上に大きな地獄はない。
「お前らと勇者に恋をさせてやる。俺の命にかけてだ」
少女漫画も赤面し、少年漫画よりも臭いセリフを吐いた俺はポカンとした顔を晒している女どもに背を向けて歩き出す。
正直、恥ずかしさで悶え死にそうになるのを何とかこらえている所だ。
何が恋だ、何が命にかけてだ。
我ながら言ってて頭が痛くなる。
早歩きになりながら女どもから距離を取ると、自然にため息を一つつく
勇者が俺に好意を持ちかけていると考えられる今、なんとしてでも俺以外の女をあてがわなければ俺は死ぬ
詰み一歩手前だ。
より正確に言うならたとえ勇者が一人の女と付き合っても選ばれなかった女共が嫉妬に狂ってパーティーは崩壊し、世界が終わる。
詰み半歩手前では…
つまり俺は勇者と他の女を取り持ちつつ一線は超えさせない、かつ勇者に俺への好意を気づかせないというバカげた難度の曲芸に挑戦しなければならないということになるわけだ。
詰んでるだろコレ
「こんなに追いつめられたのはクスリを流通させてるのが俺だと本職にバレかけた時以来だ…」
身を崩してまでヤクを買いあさる馬鹿どもを見てボロイ仕事ではないかと軽い気持ちで始めた当時の俺
栽培が容易な植物のアルカロイドを抽出したものを独自の配合で混合、いわゆるパーティードラッグに絞って多売薄利を目論んだが、かかるヒトとモノ、約束を守らない薬中ども、顧客の新規開拓、他の売人との品質とサービスの差、他にも多くの理由はあるがとにかく苦労の割には儲からない仕事ですぐに見切りをつけたと記憶している。
などと昔を懐かしみながらしんみりしていると不意に後ろから人の気配に気づく
「薬? 僧侶ちゃんの村の畑は薬草を採ってたの?」
「ヴァッ!?」
俺は跳ね上がり、すぐさま距離を取りながら後ろを振り向いた。
「女の子が出していい声じゃないよ僧侶ちゃん」
俺に悟られもせずそこにいたのは戦士だった。
「殺しに来たわけじゃないよ、ボクが聞きたいのはさっきの話のこと、私と勇者をくっ付けてくれるんだよね?」
(しなかったら殺すけど)
殺しに来たわけではないが殺すつもりらしい
「まて戦士、作戦を立てようにもまずは情報だ。お前の知る勇者とか今までの関係とかそういうことを知らないと適切な助言は出来ない」
「うん! 分かった。軽くまとめるね」
とりあえずは話を聞いてからどうやって戦士と勇者をくっつけるか考えることにする。
「まずねぇ、ボクと勇者の馴れ初めについてなんだけどね!!」
話し始めた戦士をよそに、あっこれ絶対長くなる奴だと直感した。
彼女の一番古く、そして強い記憶、それは少年との約束の記憶である。
その記憶の中で少女と少年は二人で向かい合い、片方は大粒の涙をこぼし、もう片方は慰めながら手をつなぎ合っていた。
「僕たち家族じゃないの? うぅ…いやだよぉ…」
泣いている理由は彼らの悲しい勘違いに起因する。
少女の生まれは子宝に恵まれない木こりの夫婦の一人娘
少年の生まれは木こりの親友である狩人の息子であったが母は出産の際に、父親はそのすぐ後に流行り病で死んでしまったため親無子であった。
少年を不憫に思った木こりは亡き友のため、そして幼子のためにと彼を引き取ることにする。
斯くして少年と少女は互いに同じ家で同じご飯を食べて同じ寝床で寝ていた訳で、二人は当然のように互いのことを家族であると考えていた。
「しかし木こりの奴も大した男だ、親友とはいえ他人の子を育てるなんて」
だがある時、どこからか少女は二人は血が繋がっていないという真実を村人たちの何気ない会話から聞いてしまう
「オレたちが他人だなんて…」
「……グスッ 僕たち家族じゃないから一緒にいれないの?」
「泣くな!オレが何とかする!!」
不安から出た質問に片方の子が強く頭をワシャワシャと撫で、子供とは思えぬ決意を持って宣言する。
「別に血が繋がってなくたって家族になれる!!」
「……嘘だよ、そんなのできっこないよ」
「オレと結婚すればいい!!」
「えっ……」
「そうすれば血が繋がらなくたって本当の家族だ!」
「けっこん……」
「いい考えだろ?ずっと二人一緒だ。どうする?」
「……うん、する……、結婚する」
「よし! オレがお前をずっと守ってやる」
幼いながらになんという男気だろうか、邪気のない二人の約束はいっそ神聖さすら感じさせた。
「……でも」
「ん? どうした」
愛らしく小さな口をつぐみ、手で衣服の裾を握りしめて上目使いでこちらを見る姿は庇護欲をかり立てる。
「その顔は反則だろ」
「えっ……」
それをみればさっきまでの男らしい顔つきも照れたように赤らんでしまう
「僕……、あの……、その……」
「どうした? ゆっくりでいいぞ」
なかなか言い出さないことに焦らせずに安心せるような力強い声に押されて不安そうに一言
「僕が結婚したらそっちがお嫁さんになるんだから男の僕が守らないといけないんじゃ…」
「そういうのはオレの身長をこしてからだ」
瞬間、腰に手をまわし引き寄せるとそのまま抱きしめ、耳元でつぶやく
「俺から離れるな、お前はこれからオレだけの男な」
戦士、推測年齢五才、誰よりも男気溢れる乙女であった。
「いや!逆だろうが!!」
時代は現実に戻り、見張りを行いながら水平線には太陽の明かりが見え始めていたころだった。
「あ゛ぁ~、あの頃の勇者は泣き虫でいつもボクの後ろを一生懸命にトコトコ付いてきて可愛かったなぁ」
「……聞いてねぇし」
「この約束の後、さっき言ったようにボクたちはいろいろあって離れちゃうんだけど、また再開したんだ。まさに運命だよ」
「おい」
いくらなんでも長すぎる。軽くまとめるといいながら朝まで話してるじゃねーか
話は当時の勇者がいかに可愛かったかを力説し始めていくところから脱線をはじめ、このような事態になってしまった。
「僧侶ちゃんこれで作戦立てられるの? 勇者の可愛さの話はまだ十分の一ほどしか話せてないんだけど」
僧侶の話を全部聞いていたらそれこそ作戦なんて立ててられない、こいつの話をまとめるとこうだ
幼馴染であった二人の村は魔物に襲われ生き別れになった。彼らは互いに死んだものと思い、戦士は勇者の復讐のためひたすらに力を追い求めることになる。幾年か経ち、力におぼれた戦士は暴虐の限りを尽くしていたがそこに現れた勇者によって改心させられる。感動の再開をはたした二人は魔王討伐の仲間となったのだった。
地味に重い、なのに話の割合で言ったら98%は勇者の可愛さについて語る戦士
いやもっと力を求めたくだりとか、殺された村のやつとか他に話すことあるだろ。
「まぁそれは過去のことだからね、そんなことより早く作戦を教えてよ!」
メンタル強いなこの女
「お前は幼馴染なんだからその強みを生かせ」
「ボクの強みって?」
その胸にぶら下げた脂肪、と言いかけそうになる自分を抑え、適当にそれっぽい言葉を並べる。
「幼馴染だったらアイツの好きなものとか……」
「好きな食べものなら」(この前ボクがつくった料理……、うっ……)
「ウォホンッ!! あと性格とかも付き合いが長けりゃ分かるわけだな」
「あっうん、ボクが一番付き合いが長いからね!」
落ち込みかける戦士を何とか盛り立てながら俺は今後どうやって戦士と勇者の仲を取り持つかを考える。
幼馴染の美少女、結婚の約束、大きくなってからの偶然の再開
うむ
なんというか
この状況から勇者と戦士の関係を要約するとこうだ。
『幼いころに婚約した美少女の幼馴染と偶然再会した、しかも今だに慕っているようだ』
仲とか取り持つ必要ある……?
こんな状況で告白されて断る男はいるのかおい、戦士が運命とかクソ恥ずかしい言葉を吐き出すのもあながち自惚れと言い切れねーぞ
これは下手に手伝ったら成功してしまう
「戦士はなんで勇者に告白しないんだ」
「えっ、それは……」
「なんつーか勇者も戦士のことは気にかけてるだろ」
「だって……」
「だって?」
「久しぶりに会ったらすごく男らしくなってるし……、口調も、雰囲気も大人っぽくなって」
なにやらモゴモゴと口を動かして下を向いている戦士に俺は呆れたような顔を向けると言い訳がましくまくし立て始める。
「だってあんなに小っちゃかったんだよ!! ボクがお姉ちゃんだったのに!! なのに久しぶりに会ったらボクの背なんて軽く越してるし! あんなにかっこよくなってずるいでしょ!! ボクなんて強くなるために戦い続けて女の子らしさなんて全然ないんだもん!!!」
「あー、はいはい、そういうのいいから、つまり度胸がないんだろ」
「そういうのってなんだよ! ボクだって色々可愛くなろうと努力してるんだ!!」
戦士の張り手で俺の首が1080°右回転する。
おれは自分の首を元に戻すためねじる。キャーキャー騒ぐ戦士の声が遠のいたり近づいたりで頭にキンキン響いてしまう
「努力って具体的に何してんだよ」
「例えばこの剣!」
「重そうな長剣だな」
只でさえバカでかいツーハンデッドソードをさらに厚くしたそれはもはや巨大な刃のついたこん棒と言ってもいい、こんなのを使う奴は自分の筋肉を誇示したい筋肉ダルマに違いない
「本当は武器なんかより私の拳の方が堅いし鋭いけど、手づかみで敵を殺すなんって下品に見えちゃうから気を付けてるの」
間違いなく両手で持つことを想定されたそれを片手でぶんぶんと風を切りながら振るその姿に俺はかけらも女性を感じなかった。
さらに言えば敵を殺す際に下品、上品などの話を始めるこいつを、俺は人間としてすらみるのが厳しい
「他にはこの話し方」
「話し方?」
「ボクのこの喋り方かわいいよね」
お前のそのボクっ子しゃべりはわざとだったのか、言われてみれば戦士は昔はかなりやんちゃなオレっ子だったらしいのでそれに比べればまだ女性的なのか
「なんたってボクがこの世で知る一番かわいい子供の頃の勇者を参考にしてるからね! 間違いなくかわいいでしょ!!」
「お前はアホなのか?」
想像以上に意味の分からない理由だった。
「その可愛いの価値観はお前の者であって勇者の趣味ではないだろ」
「エ゛ッ!?」
「あと武器の選択で別に可愛さは関係ない」
「う、嘘だよ!」
「そもそも勇者の女の趣味を知った方が早いだろ」
「うぅ……」
しまった言い過ぎたか
「……それなんだけどもしかして勇者の趣味って僧侶ちゃんみたいな子なんじゃないのかなって思うんだ」
「そそそ、それは違うとおもいますけどね!」
「うん、勇者ってやっぱりかわいい子が好きなんでしょ、私みたいに背の大きくない小柄な子」
「あぁ、背の低さの事か、それはあまり関係ないだろ、そもそも勇者が一番に背が高いじゃねーか」
「そうかな……」
なんだそっちか、ひやひやさせやがって
「まぁなんだ、てめーら幼馴染が積もる話をすれば適当に仲良くなるんじゃねーの」
身もふたもないが確実なアドバイスだと思うが戦士の反応は俺の想像よりも芳しくない
「それなんだけど、再開した勇者は昔のことを話したがらないの」
「まぁそれも別におかしなことじゃねぇな、久しぶりに会ったら話が合わないなんてよく聞く話だ」
「そうだけど……、違和感があるっていうかさ」
「お互い変わっちまったってことだろ所詮は他人だからな」
「でも……、だからこそ勇者の好物だった故郷のスープを作れば少しは昔に戻れるかなって」
「昔のように戻りたいってか?」
「うん……」
戦士の望みだがこれは非常に難しい
戦士は勇者が変わってしまったかのように言うがこの手の昔馴染みに違和感を覚えるというのは、会わなかった間に自分が変わってしまったということも往々にしてある。
その差を埋めることとははつまり新しい関係を作ることであり、昔に戻るということではないのだ。
「もう面倒だから夜這いでもかけちまえば……」
「ふん!」
言い終わる前に張り手が飛ぶが、すでに頭部を回転できるように頚椎を改造してある。
「そういうエッチなのはダメ!!」
「はいはい、エロ以外な」
その胸を放り出せばいいのにと思いつつ俺は頭の回転を高める。
「………………」
当然のように思いつかなかった。というか景色が回転しすぎて酔った。
痛々しい沈黙を破ったのは戦士だった。
「もしよかったらなんだけどさ、実はボクに考えがあるんだ」
「どうするんだ?」
一呼吸置き、戦士は口を開く
「もう一度、料理を作ってみたいんだ。それで味見役を……」
「ダメです」
「『俺の命にかけて』って言ったよね」
「なぜ味見に命をかける前提なんだ」
「ボクの料理を食べるかボクに切り刻まれて死ぬかどっちがいい?」
「切り殺された方が断然いいです」
「なっ、そこまで言わなくても……」
拷問死か安楽死ぐらいの差がある。
「うっ……、そうだよね、ロクに作れないボクの料理なんて食べたくないよね」
「……」
戦士は勇者に手料理をふるまうため料理の味見役が欲しいと心から願ってる。
そう、願ってしまったのだ。
俺は先ほどからどんどん強くなる体の痛みと胃からこみあがる不快感を耐え続けた。
この程度戦士の毒に比べたらまだ楽だ。耐えられる。
「ボク料理が下手だから、だから頼めるのが僧侶ちゃんしかいなくて」
「うぐっ……」
まだ、まだだ。まだ俺は
「お願い、勇者においしい料理を食べて欲しいだけなの!」
「オロロロロロロォォォロォ!!!!!!!」
「えっまだボクの料理の味見すらしてないのに吐いたの!?」
「ゲェッ! オ゛エェェ 分かった手伝う!! やりゃあいいんだろ」
「えっ、うん、ありがとう」
俺の吐瀉物は長く続くストレスのせいで血が混じり、チョコレートのようであった。




