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地獄は善意で舗装されていた





 結局夜通し女どもは質問し続け、一睡もできずに朝が来た。


 夜通し恋だの愛だのといったつまらない質問の中で嘘に嘘を重ね続けた結果

 俺の恋愛遍歴はハリウッドセレブばりにすごいことになってしまう


『私は野球部でゴールキーパーをやっているのですが、最後の大将戦でダンクを決めて一本勝ちしました』くらい無茶苦茶な設定が出来上がっているというのになぜか女どもはその矛盾に気付かないどころか丸っきり信じ込んでいる。


 恋は盲目というが、耄碌したジジババ共に高額な浄水器を売りつけるよりも簡単に騙されるこいつらの頭は大丈夫なのだろうか…



「ちょっとアンタ! 話聞いてるの!」



 疲れからか意識が別のところにあったが、魔術師が俺の右腕を引っ張ることで意識が現実に戻される。



「君が私の恋の橋渡し役になってくれるわけなのかい?」

「じゃあボクと勇者をくっ付けて!」

「…武器を選んでやった恩を忘れたか?今それを返す時だ僧侶…」 

「ここは前の順番通り私が先です」


 騎士が魔術師と反対の腕を引っ張る。

 

「ちょっと!ここは先任の私からでしょ!」


 両側から引っ張られることで小柄な俺は宙に浮かび上がる。


「おい待て…!肩が外れてッ!?」

「順番なんて関係ないさ」

「…もう一度決めなおせばいい」


 斥候と吟遊詩人はそれぞれ左右の足を掴んで引っ張る。それは奇しくも暴れる牛を四方に走らせて罪人の身体を引き裂く牛裂きの刑のようであった。


「離しなさいよ!」

「…そっちこそ」

「いいえここで僧侶さんが裂けたとしても離しません!」

「敵に渡るなら僧侶が死んだほうがまだマシさ」

「ボクは頭でも引っ張ったほうがいいのかな?…」



「テメェらあんまりふざけたことばかりすると勇者にあることないこと吹き込んでやるぞ!」


「「「「「……」」」」」


 勇者の威を借りれば女どもはすこし大人しくなり手足と首が無駄に伸びてキモくなった俺は地面に下される


「貴様に利用価値があるから今は見逃しているということを忘れないことだ…」

「いずれ用済みになったら殺します」

「もう…本当に告げ口したら口封じで消しちゃうからね!」

「私なら偶然を装って君の頭を破裂させることができることを覚えておくといい」

「私だって偶然を装ってアンタを自然発火させることができるわ!」


「一体どんな偶然で俺を殺すつもりなんだ…」



 全然大人しくなんてなかった。



 面倒なことになってしまった…


 女どもと勇者の仲立ちなんて目に見えた地雷など踏みたくは無い

 どうせ殺し合いになって俺が死にかけることは明白だ。


 俺がバランサーとして捨身し続ければ魔王の所まで行けるのではないかという見通しも立ってきた。

 ここは話をうやむやにして現状維持がベストだろう


 そんなことを考えていると後ろから声をかけてくる奴がいる。



「何処にいるかと思ったら…こんな所で僧侶を囲んでどうかしたのか?」


 どうやらもう勇者が起きたようだ。集団で囲まれている俺を見て不思議そうな顔をしている。


「…こいつが酒に酔って歩哨に参加しなかったから説教をしてるんだ」

「そうよ、ちょっと弛みすぎよ僧侶」

「ちゃんと反省しましたか僧侶さん」


 もともと見張りなんてしてないだろうがと思いつつも事を荒立てないために不貞腐れた顔をしつつ一応の返事をする。


 しかし、意外にも勇者はそれを聞いて俺に助け船をだした。


「いや…それは俺も悪かった。昨日は僧侶と羽目を外しすぎてな、後の事もあるのに止めなかった俺にも問題があった」

「勇者がそう言うなら…」

「次から注意してくれると助かるね」


 勇者のおかげで女どもが何も言えない様子なので俺は一転して煽るようなしたり顔をみせてやる。


「…とはいってもお前も悪いんだからもっと申し訳なさそうな顔をしろ」 


 勇者は俺の頭に軽く手刀する。勇者の手刀は恐ろしく痛かった。


 こいつ俺の頭を叩きやがって…ハゲが悪化したらどうしてくれるんだ…


 俺は抗議の意味も込めて涙をこらえながら自分より背の高い勇者を見上げて睨み付けると勇者は無言になる。


「…」

「…」


 しばらくの間何も言わずに互いの顔を見る俺たち


「…おい、どうした?」

「…」(なんだ…?)


 いや俺がなんだと聞きたいのだがと怪訝な顔で勇者を見る。


 そして突然勇者が俺の頭部にもう一度手刀を繰り出す。


「あだっ!てめッ何しやがる!?」

「…」(なんだこれは…)


 それは俺のセリフだ!!なんだこいつ!!!喧嘩売ってんのか!!!!

 俺はもう一度勇者を見上げながらも睨み付ける。


「…いや…すまない」

「は? 謝るなら人の頭をポンポン叩くんじゃねぇ!!」

「本当にその通りだ。すまなかった…、みんな起きてるなら早く準備をして出発しよう」


 そういうと勇者はさっさと一人背を向けて離れていく


 怪訝に思った俺は勇者の考えを読もうとする。

 思考を読もうとするが、どうやら勇者は完全に無意識に俺の頭を叩いたらしくよく分からない。



 

 どうやら今日の勇者は様子がおかしい


 今気付いたのは俺だけだがそのことはすぐに他の奴もすぐ知る所となる。



 移動を開始してしばらくした頃だ。


 不意に斥候が馬から降り、耳を地面につけたかと思うと勇者に視線を向ける。


「勇者…、森からデカいのが二匹と小さいのが三匹来てるぞ…」

「…悪い斥候、今気づいた」

「アンタが斥候より先に敵に気付けないなんて珍しいじゃないの」 

「もしかして調子悪い?大丈夫?代わりにボクが始末してこようか」 

「問題ない、任せてくれ」


 勇者はいつものように敵を倒そうと剣を一振りする。

 普段であれば局所的な爆発なり斬撃を飛ばすなどの物理法則を無視した攻撃を繰り出すはずなのだが今日は違った。


 勇者が剣を振れば爆音とともに前方の見える限りの森の一帯を消し飛ばす。 

 その衝撃は今までの比ではなく、そこにいただろう哀れな魔物は塵一つ残さず崩壊した。


 その威力は暴風と共にこちらを通り抜け馬たちが暴れるほどだ。


「やり過ぎです…馬が怯えてしまっています」

「ちょっと飛ばしすぎじゃないかな、勇者」

「…すまん、少し力み過ぎた。」



 ついでに俺は興奮する馬から振り落とされて頭から落馬した。



 それに気づいた連中は笑いをかみ殺したような顔をしているので腹立たしい


「僧侶ちゃん大丈夫?」(笑っちゃいけないけど面白い顔してる)

「フフッ… 転んだせいで顔がドロまみれじゃないか」(見た目と内面が釣り合ってちょうどいいじゃないか)


 お前らの心も薄汚れてるがなと内心毒づきながらも泥パックのようになってるだろう顔を主犯の勇者に向ける。


「………」

「…おい勇者、一言ぐらい謝ったらどうだ?」


 なぜこいつは無言で俺を見てくるんだ?しかも無心で


「…すまん」

「あぁん!? 謝ってばっかりじゃねぇかクリーニング代ぐらい出せや!!」

「悪かった…後で払う」

「こっちは霊験あらたかな修道服が汚れたんだぞ、商売道具汚されたんだからそれなりの金を用意してもらわなきゃ割に合わねぇよなぁ?」

「あぁそうだな…」


 俺は損失に対する正当な補償を受けようとするが斥候が余計な横やりを入れてくる。


「おい…!!貴様は仲間から金を揺すろうとするんじゃない…!!」

「アンタの服なんてどうせ大した値打もしないでしょうが」

「…需要と供給を理解してない奴め…ブルセラというのがあってだな…」

「ぶるせら?何ですかそれ?」

「…どうせいつもの僧侶が適当に作った言葉だろ、気にするだけ無駄だ…」




 その場はとりあえず収まり旅を再開したもののやはり勇者の態度がどこかおかしい、指示のミス、戦闘での失敗、会話の聞き逃しなど、いつもはしないような失敗を連発している。

 

 その様子を見て周りの連中も勇者の様子に気付いて心配するが本人は問題ないの一点張りだ。


 俺もさっきまで勇者の体調が悪いのは体調不良か何かだろうと思っていた……のだがどうしても理解できない事がある。


 理解できない事というのは勇者が徹底して俺と目線を合わせない事だ。


 別に目を反らすなんてことは珍しくもないだろう


 しかし一度程度なら偶然と言い切ることも出来なくはないが本日七回目を越えれば偶然と言い切るには無理がある。


 …まさかここまで無視するとは俺が気に食わないのか?


 酒に飲んだくれて仕事をしない俺に呆れて嫌悪してるのだろうか…

 俺を嫌っているから俺の頭を何度も叩いたりワザと馬を暴れさせたり、露骨な無視をしたと考えれば筋が通る。


 ふん…嫌ってもらって結構、だがよくも俺の顔に泥を塗ってくれたな…コケにされちゃ黙ってられない


 俺は勇者に向かって渾身のガンを飛ばす。

 しかし勇者は真横から睨まれているというのに前を向いて目を合わそうともしない


 ならばと今度は勇者の前に出てから振り向く

 真正面から勇者の顔を見るがあらぬところに顔を向けられ無視される。


「なんか僧侶ちゃんが勇者にインネンをつけようとしてるんだけど…」

「何やっているのかしら…」

「勇者様に見なかったフリをされてますね」


 ギギギギギ…この俺様をシカトしやがって…


「………」

「…おいこっちを見ろや」


 さすがに言葉に出せば流石に無視はできないのか勇者はこっちを見て反応する。


「あぁ…」(…ぜだ…)


 あ?なんだ


「ボーとしてた…」(なぜだ…)


 いやだから何がだ


「それで何の用だ?…」

(なぜ僧侶の顔を見てるとこんなにも胸が弾んで苦しいんだ…)










 ……………………………………………えぁ?




「…なんだ急に僧侶の奴、顔を青くしてるぞ…」

「本当に彼女の行動は意味が分からないね」



 ここにきて俺は勇者の不自然さに対する一つの回答を見つけてしまう




「おい僧侶?」(今朝、涙目で見上げてくる僧侶を見たときなぜか心がざわついた…)



 俺の仮定が真実だとすると今までのことに説明がつくが間違いであってほしいと俺は神に祈る。



「…何か用があったんじゃないか?」

(胸の動悸が激しくて顔をまともに見れない…この気持ちはいったい?)



 あっこれ駄目だわ



 落ち着け…まだ何とかなる…こいつはまだ自分の気持ちに気付いていない…まだ間に合う…まだ軌道修正できる…



「黙り込んでどうした僧侶」(なぜか僧侶のことを目で追いかけてしまう…)

「ナンデモナイデス…」


 今お前に追い込まれてるけどな



 俺はすぐさま勇者と距離を取り旅の最後列に白目をむきながら移動する。

 その間に勇者が何を考えているか覗いてみる。


(今思えば初めて出会った僧侶は小さいし顔色も悪くて脆そうな奴だと思ってた……だが華奢かと思ったのは最初だけで僧侶は気が強くて破天荒な露悪家で芯のある女性で…まるで俺の真逆のようだ…、神は融通が利かない俺に見かねて僧侶のような柔軟な考えを持つ仲間を与えてくれたのかもしれない…)



 うわぁ…めちゃくちゃ俺のこと考えている…



 つい目で追いかけてしまう

 いつの間にか相手のことを考えてしまう

 相手の目を見るのが照れくさい 

 

 これらの症状が指し示す病名を俺は和名で二文字、洋名は四文字で知っている。

 問題はこの病で苦しむのは勇者ではなく俺である上に致死性ということだが…


 このことが周りの連中に知られたら俺は間違いなく消され、もれなくパーティーも瓦解する。


 つまり魔王を倒す勇者一行がいなくなるのだ。


 もはや現状維持なんて考えではこの世界は滅亡するだろう。


 これを回避するには勇者が自分の感情に気付いてしまう前に何とかしなければならない




 俺は必死に知恵を絞り出し一つの決断をした。













 ちょうどその日の夜、互いに殺し合うために散らばって行こうとする女どもに声をかける。


 

「どうしたんですか僧侶さん、朝の話の続きですか」

「…どうせ勇者と近づく方法なんて教えるつもりがないんだろ」

「まぁ考えてみたら恋敵に手を貸すわけがないのは当たり前なのだがね」

「今日ボク僧侶ちゃんを半殺しにしてでもそれを聞き出すつもりなんだ~」

「あら、敵に情報が渡る前にいっそ僧侶を消し炭にしようかしら」


 対話という概念があるか疑わしい野蛮人どもだがそれでも俺は話さねばならない


「信じるも信じないのも勝手だが聞いてくれ」


 信じたいことしか信じないこいつらに長々語っても無駄なだけだ。

 できるだけシンプルに宣言する。






「お前らと勇者に恋をさせてやる。俺の命にかけてだ」




 生きる道は一つ、勇者を俺以外の奴に恋させる。



 俺の本当の地獄はここから始まる。




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