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閑話-欺き覆うガールズトーク





 俺は夢を見ている。

 昔の夢だ 俺がまだ男で好き勝手に生きていた頃の一幕




 当時の俺は詐欺集団のメンバーの一人

 その中での役割は直接金を銀行から降ろしたり受け渡しなどを行ったりする使い捨ての人間を集めるリクルーターの仕事やメンバー間の連絡調整が主な担当だった。


 メンバーといってもただ金が欲しいという動機だけで集まった薄い関係だったが互いの役割がうまくかみ合って金が手に入る内に儲け話や情報を共有する程度には信用が生まれてくる。


 その中でも俺と話の合う奴がいたので二人で飲みに行くことになった。


 そいつは傍から見れば好青年といった風貌だがその警戒されにくい雰囲気で相手から金を巻き上げるグループ内で一番の詐欺師だ。

 たしか俳優を目指していた貧乏劇団員だったのだが生活費の為、犯罪に手を出したら元々あった演技力から詐欺の才能が開花し、下手なサラリーマンの生涯収入なんてものは軽く稼ぐ立派な詐欺師になったらしく、最近も結婚詐欺で金持ちのババアを引っ掛けて六千万も稼いだらしい


 今はどっぷりこっち側に浸かって『夢を追うなんて昔の俺はアホだった、結局は金だ。今は抱きたい女を抱いてうまい酒を飲んで好きな車を乗り回してる。俺ほどの幸せ者がどこにいる?』と笑っている。

 

 そいつの言うことに俺も異論はなく、とても羨ましかったので、その手口にあやかろうと俺は詐欺のコツを聞いてみた。

 

 そいつは間髪入れずに『人に好かれればいい』と答える。




 どうやったら人に好かれるのか?




 人に好かれようと思ったこともない俺にはてんで想像もつかずにそう聞くが、そいつに言わせれば簡単な話らしい


 詐欺師は身綺麗、社交的、笑顔を絶やさない、誰に対しても平等、悪口を言ない、さっぱりしてる…などなど、確かにそんな人間がいたら人気者だろうという記号の羅列を次々に並べ立て『人々に好かれる人間像が分かっているのだからその完璧超人になればいい』と豪語した。


 言うのは簡単だが実際にそれを実行できる奴なんていないと指摘する。


 そうすればそいつは人好きするような笑顔をこちらに向けて『勉強も運動も程度の差はあれど努力しなければ向上しないのだから人に好かれるように仕向けることも同じ』と言い切った。


 俺はわざわざ他人の顔色を見て生活した見返りが人に好かれるだけなんて割に合わないだろと話せば向こうはポカンとした顔を見せるが直ぐにニッと笑って

 『俺もそれに気づいたから詐欺師になったんだ』

 とおどけたので、一拍置いて互いに爆笑した覚えがある。


 一通り笑いあってその日は別れる時、そいつが別れ際にポツリと

 『お前も真性のクズだが俺と違って詐欺の中でもっとも悪質な詐欺をしないから俺は気に入ってる』

 と言ったので、俺はそれはどんな詐欺だと聞いた。


 たしかあの後あいつは『思うんだよ…』そう続けて…





 


 なぜ今こんなどうでもいい過去の一場面を思い出しているのだろうか…














「で、どうやったら勇者に好かれるようになるのかな?」

 

 もちろん理由は現実逃避だった。

 世界が色づき、現実へと戻される。


 どうやら意識が飛んでいる間に夢を見てたようだ



 現在俺は戦士のアイアンクローによって宙に浮かんでいる真っ最中


 よくバトル漫画でみられるような片手で頭を掴んで持ち上げるアレを想像してもらえば分かりやすいだろう


 実行するには桁外れの握力と腕から肩回りと腰を通って足に至る全身までのバカげた筋力が必要となるわけだが戦士は表情一つ変えずに俺を持ち上げている。


 もちろんそのような現実離れした状況を体験している俺は無事では済まされない


 人間一人を保持するためのゴリラじみた握力は容易に皮膚を突き破り頭蓋骨を直に掴んでたわませ、頭の一点で持たれている俺は首に全体重がかかることで脱臼を引き起こす。


 瞬時に頭蓋骨の骨密度と厚みを増やし、首の骨が骨折する前に頭蓋骨から頸椎を一つの骨として再形成しなければ死んでいただろう


「なんで黙ってるの…ボクの声聞こえてる?」


 お前が頭をわし掴みにしているからだろうが


「…アンタが頭掴んでるから話せないんじゃないかしら」

「あっ…そうだね」


 魔術師の一言で戦士は俺を地面に投げ捨てる。


「僧侶ちゃんはボク達の誰よりも上手く勇者と打ち解けてた。…僧侶ちゃんにあってボクに足りない何かを教えてほしいんだ」


 このような手荒な真似を俺にしてまるで断られることを考慮していない…いや、断らせる気がないとみていい

 ここでの拒否は死と同義だ。俺は喋るしかない。





「俺にあってお前らに足りないものがある」

「…それはなに」



 戦士のみならず周りにいた他の奴らも俺の会話に興味があるようで聞き耳をたてている。


「いいか…それはだな…」

「…それは」


 緊張感が辺りをつつみ薪のはぜる音だけがする





「………」


「………………」


「………………………」



 



 ふざけるなよ、そんなもの俺が分かるか





 あんなものは酒の勢いとたまたま共通の話題が合っただけで大した理由など無い


 勇者にモテるために何をすればいいかと聞かれたら今すぐストリッパーの様に裸になってパンツに札束でも挟み、放り出した胸で勇者の顔をビンタしろと助言したいところだが素直にそういえば俺の生命がストップされてしまう…


 そろそろ沈黙も限界だ。考えがまとまらなくてもとりあえずの言葉を出さなければならない





「それは俺が最も男心を知っている女だからだ」




 嘘ではない、もちろん全くの真実というわけでもないが…

 もっとましな言い訳は無かったかと思うがこれが今の俺の限界だ。



「…男心?」

「そうだ男心だ」

「ちょっと待ちなさいよアンタみたいな粗野な女が男心を理解してるっていうのかしら?」


 俺と戦士の会話に魔術師が口をはさんでくる。

 

 「当然だ、なんでも答えてやるよ」


 男心というか心が男なので俺が思ったことをただ言うだけなのだがな


 そう思っていると俺を試すためか戦士が質問を投げかけてくる。


「なんで勇者はボクがこんなにアピールしてるのに伝わらないの?」

「たぶんアイツは気づいてないな」

「そんな!!ボク頑張ってくっ付いたり目を合わせたりしてるのに?」

「男は鈍感と女は言うがな男は接触だったり視線にはかなり気づいているぞ」

「えっほんと!?」

「それが何を意味してるかを考えないだけだ」

「結局は鈍感じゃないじゃないか!」

「あぁそうだ、だから男へのアピールはストレートにぶりっ子上等で言葉にだせ」

「ぶりっ子って…でもああいう男に媚びた子って印象悪くないかな…男の人もそう思わないの?…」

「それは女の評価だ。男が嫌いなのはぶりっ子じゃない、ぶりっ子のブスだ。顔が良い女がぶりっ子したら無敵だよ無敵、相当ひねた奴じゃなけりゃ間違いなく落ちる」

「…そうかな…うん…なんか以外にまともな相談するんだね、僧侶ちゃん」

 

 俺のことをなんだと思ってんだこのゴリラ女…


 ついでに俺は相当ひねた奴なので美人だろうとぶりっ子は嫌いなので即チェンジする。

 勘違いしないように言っておくと男受け良く演じる女が嫌いなのではない、あの甘えて間延びしたしゃべり方が耳障りなだけだ。

 

 俺と戦士の会話に興味を持ったのか周りの奴らも会話に参加してくる


「…じゃあ質問だが、なんで勇者は奥手なんだ?他の男どもなんて話しかけてもないのに来るというのに」

「そっちの男どもの方が正常なんだよ、勇者みたいな男は良く言えば真面目 悪く言えば童貞気質で絶望的に女慣れしてない、女の前で下手こいたらどうしようかと考えて自然と距離を取るタイプだ」

「じゃあ私もグイグイ言った方がいいのか…」

「いやそうとも言い切れない」

「お前…適当言ってるな…さっき戦士には媚びろって言ってただろうが!!…」

「これだから恋文と脅迫状を間違えるような女は話を読めなくて困るぜ」

「貴様ッ!!!」

「お前と戦士は違うだろ…俺の見立じゃ 戦士は同郷ってこともあってか勇者も贔屓してる、結構気にかけてる方だ、古参の魔術師もまぁ信頼されてる方だな…だが他の奴らはそうじゃない…」


「えへへへ」「当然ね!」


 この前の一件でどう思われているかは知らないがな


「ああいうバカ真面目な男は女からグイグイこられると引くのもありがちだ。まずは自分に慣れさせろ、だが好意はしっかり伝えとけ」

「ぐぬぬ…」


 うわ…ぐぬぬとかいう奴初めて見たわ…


「そうは言いますけどじゃあ具体的に私達はどうすればいいのですか?」

「まぁ…これには鉄則が二つある」

「なんですか」

「一つ目は相手の好きなものに興味を持て」

「それは…確かにそうですね…勇者さまでしたら本とか…」

「タバコとかな」

「それは僧侶さんが無理やり吸わせただけでしょう」


 この女…、勇者のあの慣れた手つき、どう見てもタバコを吸いまくってるだろうが…


「…しかしこう考えると勇者はなかなか自分のことを話さないからその鉄則とやらも有効とはいいがたいじゃないか、君は勇者とどういう話をして会話を膨らませてたんだい?」


 普段の旅でも勇者は雑談などには応じて笑顔なども見せるがどこか線を引いたような態度で自分からは積極的に話題を出すような奴ではない

 …まぁこんな女の中で男一人投げ込まれれば当然と思わなくもないが


「お前らが女の要領で男に話しかけてるから下手なんだよ、なんというか女の会話っていうのはいちいち面倒でオチねぇじゃん」


 俺の言い方に話を仕事としている吟遊詩人と町のチンピラより容易にキレる魔術師はカチンときたようだ。


「…女は話のオチが無いとよく引き合いに出す男はよくいるけどね…そんなもの関係は無いと思うよ」

「私も同感、そもそも男の話だって大概は面白くもないわ、興味もない自慢か、教えたがりのどうでもいい知識とか自分の言いたいこと言いすぎでしょ」

「そもそも女が面白い話をしたとしても女は男の話を立てて聞くのが良いってどうせ男は言うだろ?」


 こいつらの言ってることは腹立たしいが間違いではない、確かに女と喋るときに自分が大好きで自分の話しかしない男はいる。


 というか俺だ。


 一般的に聞き上手で男のガキの部分を許容してくれる女がモテるし男もそういう女を求めてるということも真実だ。


「最後まで話を聞け、お前らはそこら辺の男にモテたいか、違うだろ? お前らは勇者にモテたいんだろうが」

「…それはそうさ」

「だったら男女を抜きにして勇者に合わせろや、あいつは自分からはあまり話を振らない、なら男の話を笑顔で聞いてウンソウダネ~で聞き上手って方法はできねぇから話を膨らませて場をつなげるしかないんだよ」

「だからその話を膨らませるにはどうすればいいか言いなさいよ」


「やれやれ、これだから放火魔女の単細胞は…」

「アンタぶっ殺すわよ!!!」



「必勝法がある。鉄則その二だ」


 俺の今までの煽るようなしゃべり方を押さえて、できる限りの真剣でよく通る声色を作る。




「奥手な奴を落とすにはそいつの友達と仲良くしろ!」




 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、



「この俺様こそ、勇者とのキューピッドだったんだよ!!!!!」


「「「「「ナ ナンダッテー!!!!」」」」」」





 ふん…馬鹿どもめ…そんな訳がねーだろ






「ってちょっと待ってよ僧侶ちゃん、でも僧侶ちゃんは自分で言ったこと関係なく勇者と仲良くなったよね」

「そもそも今までのアドバイスだって合ってるか私たちには分からないじゃない!!」

「僧侶さんと仲良くして勇者さんと本当に仲良くなれるんですか?」

「…今まで通りでやった方が確実じゃないか」

「言ってること自体はありきたりな助言だしね」


 おっしゃる通りでございまーす。

 

「はぁ…今まで通り? ありきたり? お前らがコツコツ勇者とお飯事をしてる間に俺は一足飛びで仲良くなった…なぜかわかるか?」


 まぁ偶然と酒の力以外の何ものでもないがな、あと俺も男だし…


「実は自分だけ隠してる方法とかあるでしょ!これさえすれば魅力プンプンみたいな!!」


 ないんだな、それが


「いいかよく聞け小娘ども、剣技も魔術も世の中のなんでもだが口開けて待ってればできるようになるか? まさか恋愛にだけは裏技があると思ってるのか? 全部違わねぇんだよ、結局は自分がどれだけ血反吐を吐いたかで決まるんだよ」


 おれ、そういうのが嫌で楽して稼ぎたいから犯罪に手を染めたんだけどね


 俺の一言に全員が思い当たるところがあるのか口をつぐんでいる。

 ……いや俺の一言というかコレ完全に人の受け売りじゃん


「じっ じゃあ…アンタにはその経験があるっていうの…」




「当たり前だ。四人の交際相手を結婚直前でヤリ捨てたこともある」


 


 結婚詐欺のことですけどね



「なん…だと…」

「四人ですって…!?」

「そんな…桁外れすぎだよ…」

「か…勝てっこないです…」

「踏んだ場数が違いすぎる…」


 いや、俺の年を考えてみろや、なんで信じるんだよ


「俺にかかれば必ず勇者と添い遂げられるってことだ」


 何言ってるんだろう… 俺…


 死んだ目の俺、そして急に根掘り葉掘り聞きだしてくる女共


 初めてはどうだった? 

 相手は誰だったの?

 どうして結婚しなかったの?


 なんだろう…この中学生で童貞を捨てた後の男どもの食い付きみたいなやつは 


 俺は男だというのにまるで女の様に自分が初めて膜をぶち抜かれたエピソードを事細かく捏造しなければならない羽目になる。




 俺は嘘を吐き出しながら今まで感じたことのないような違和感を感じる。

 なんだ…この心のどうしようもない息苦しさは…こんな…他人に嘘をつくなんてそれこそ今まで息をするようにしてきたというのになぜ今更こんなにも不快な気持ちになっているのだろうか…




『思うんだよ…あらゆる詐欺のうちで一番に最悪なのは自分を騙すことだって…』




 あぁ…思い出した…たしかにアイツはそう言ってたんだ…


 俺は確かに嘘つきだった。

 でも俺は他人をいくら騙しても、自分のことだけは偽らずにクズを突き通して好き勝手に生きていたんだと今更に気づく





 初めてついた嘘は酷く惨めで苦しかった。






 俺の地獄はまだまだ続く


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