酒は飲んでも飲まれるな、言ったもんだが無茶言うな
「フンッ…でかい口を叩いて上手くいくかしら…」
旅の途中、今日に入って何度目か分からない陰口を叩かれる。
「…さんざん人を馬鹿にして自分が失敗した時に泣きっ面を晒さないといいがな」
もはや取り合うのも面倒なのでシカトして旅の道を進む
「自分だけ上手くいくなんて思い上がりほんとに信じてるのかい?」
「ボクも失敗したんだから僧侶ちゃんは大失敗してよ」
「失敗してください、そしてあわよくば死んでください」
これ陰口じゃない…ただの罵倒と恐喝じゃん…
「俺は別に勇者とサシで話し合うことなんてないんだが…」
そう俺が言うと女共が無言でにらんでくる。
「一人勝ちなんて私たちが許すと思うのかしら」
一人勝ちではなく俺以外が勝手に負けただけなのだが…
「そもそも俺と勇者なんて一番話してねぇから仲が良いも糞もないだろ」
「そんなことありません!!私見てました!あなたの故郷で勇者様と二人で会話しているところを!!」
「ボク達が勇者の回復から起きたとき二人仲良く会話してたよね…」
「…私達と会話するときに比べてずい分と舌が回ってたじゃないか」
それは仕方が無い、そもそも女との会話が窮屈すぎるのがいけないのだ
「大体な、女ってのはなんで互いの仲が悪いのにわざわざくっ付いて仲良さげに話すんだよ」
「はぁ…そんなことも分からないなんて君は女を何年やってるんだい?」
俺は女よりは男の方が長いという事実を口に出したいが頭がおかしいと思われるだけなのでこらえる。
ガールズトークとかいう名の同じ話題に延々と愛想笑いを返す単純作業は俺にとってはただの拷問だ
「とにかく!私たちがやったんだからアンタもちゃんとやりなさい、そして失敗するのよ!!」
「はいはい…やりますよ」
つまりは俺は勇者と仲良くならなきゃいいだけなのだから何もしなければ問題はないということだ。
ちょうどよく勇者が敵を殲滅して帰ってきたので声をかける
「勇者、ちょっといいか」
「なんだ僧侶」
「今日の夜に俺と話す時間を作れるか」
「…俺は構わんが」(今度は僧侶か…いったい何の用だ?)
さすがにここ毎晩、次々と女が来れば不審に思って警戒もするか…
俺は適当な理由でもでっちあげて勇者を丸め込もうとする。
「新入りだからお前との親交を深めろと姉貴分どもに言われたんだよ」
「あぁ…なるほど、そういうことなら食事の後にいくらでも時間をとろう」
「助かる、じゃあまたあとで頼むぜ」
勇者との会話を下手に長引かせると面倒なので俺は伝えたいことだけを伝えるとそのまま勇者と距離を置く、旅の途中は平穏そのもので、つまらない女共の世間話を半分寝ながら相槌を打っていれば時は直ぐに流れた。
そうして俺と勇者が薪を挟んで二人胡坐を組んで座ることとなる。
女共から余計な恨みを買うので、できれば話したくないが親交を深めようとこちらが言った手前、無視するのも不自然だ。
何か話しかけるべきだろうか…いや…そもそもこの状況は元をただせば勇者の所為だ。
ストレスの根源ともいえるコイツにどう思われようと構わないからさっさとこの場を終わらせてしまおう
「あぁ…誘ってなんなんだがこれはあいつ等が勝手に気を回したことで実を言うと特にお前と話すようなこともない、勝手にお互い時間を潰そうぜ」
「俺はいいが皆がそれで納得するか?」(…今も俺と僧侶を心配して皆が見ているから後で言われかねんぞ)
俺への心配は欠片もされてないことは分かっているので気にしなくていいぞ
「いいんだよ」
「そうはいっても一応は親睦を深めるため互いのことを多少は話すべきだろう」
面倒な奴だな…
「私の名前は僧侶です。好きなものは自分の時間で嫌いなものは他人との会話です。これでいいか?」
「…真面目にやれ、俺たちは互いに命をあずけ合い、協力して魔王を倒す必要がある」
「へいへい」
「だからこそ俺たちは互いのことをよく知らねばいけない」
「ふーん」
「…おい…俺たちの肩にはこの世界の命運がかかっているんだぞ」
勇者は本気で怒りかけているが俺の知ったことでない、むしろぜひ俺を嫌ってほしいものだ。
「それなんだがよぉ…なんで他人のために命なんか張ってんだ?馬鹿らしいだろ」
どうせ世のため人のためとかこいつは言うんだろうと思うが…
「勇者は清廉潔白にして人の為に尽くすべき存在とされているからだ。俺の意志は関係ない」
「あ?」
…こいつはいったい何を言ってるんだ?
あっけにとられた俺の様子を聞こえなかったと判断したのかもう一度勇者は繰り返す。
「だから勇者という存在が清廉潔白であるべきだからといってるだろうが」
「は?んな建前、聞いてんじゃねーよ、お前の話だよ」
「その建前を大真面目にやるのが俺の責務であり人生の意味だ」
マジか…コイツ…本気で言ってやがる…
「責務ねぇ…大した人生ですこと…」
「神から力を渡されてその力でしか魔王は倒せない、ここまで揃えられているんだ こんなに分かりやすい人生の意味はないだろ? お前も聖印が出たのだからある意味で俺と同じじゃないか」
勇者は熱のこもらない目で淡々と口だけを動かしている。
その姿に俺は反骨心にも似た苛立ちを感じるが直ぐに思い直す。
…まぁ魔王を倒してもらわないと困るので都合がいい、俺にその思想を押し付けてこなければ勝手にしろってもんだ。
俺は勇者の言葉を無視して手持ちの荷物から酒とタバコを取り出す。
ろくに吸う時間も酔っている暇もなかったので、村から選別でもらった肴と合わせて晩酌にしよう
その様子を見て会話をする気がないと勇者も分かったのだろう、俺たちは互いに無言で座りこむ。
しばらくすれば勇者も何やら自分のカバンをあさり出したので俺も勝手に酒とつまみを頂いてくつろぐつもりであった。
…が向かい合って座っているのでお互いの姿が嫌でも見える。
どうやら勇者は荷物から本を取り出して読書をしようとしているようだ。字を読める奴も少ないければ本自体が貴重なこのご時世で珍しいと思いながら酒をあおる。
すると勇者がこちらに気づいたのか本から目を離す。
「なんだ、何か用か」
「いや別に」
目も合わさずに俺はタバコを吸おうとパイプを取り出す。
しかしこのパイプという奴が実に厄介で実際に吸おうとすれば非常に手間がかかった。
時間をかけてタバコの葉を手でほぐし、それをいちいちパイプに詰めて軽く葉の表面を焦がしてから着火する。
ようやく吸えると思ってタバコのようにふかせばすぐに火が消えてしまいロクに喫煙できない
俺がイライラしながら試行錯誤を繰り返し、もはやこのままでは怒りでパイプを叩き割ってしまうので諦めて今日は酒だけにしようと考えているとふと勇者がこちらを見ていることに気づく
「なんだよ、なんか用でもあんのか?」
「…いや、別に何もない」
なんかさっきもこんなやり取りをしたな…と考えていると勇者がさらに話しかけてくる。
「僧侶もタバコを吸うのか」(女で吸う奴は珍しいな…)
『へぇ…タバコ吸うんだね』これに続いて『なんで辞めないの?』と続く一連の流れを嫌というほど経験しているので俺はうんざりしながら聞き流す態勢に入る。
しかし、勇者はそれ以上は何も言わずにこちらのタバコをチラチラとみてくる
なんだコイツ…
(…タバコが吸いたい…)
これは予想外だ…
「…お前もタバコ吸うのか?」
「…いや…その」(まぁ、このパーティは皆タバコが好きじゃないみたいだから辞めてたんだが…)
「男一人で気を使ってるわけか」
「……まぁ…そうだ」
勇者とは馬が合わないと思っていた所に意外な共通点を見つけてしまい、思わず会話を続けてしまう
「禁煙なんて体に悪いぜ、さっさと吸っちまえよ」
「いやしかし…」(皆が見てるのにそれは…)
「俺も吸うんだから、我慢する必要はないんじゃねぇか?」
なぜか喫煙者というものは禁煙してるやつに吸わせたがる。
もちろん俺もそのうちの一人なのでパイプを渡して一人でも肺を黒く染める同志を増やそうとする。
「…一服だけ、お前がパイプに慣れてないようだから教えるだけだ」
そう一言俺に言う勇者はタバコをこちらからひょいと取り上げる。
禁煙者の失敗というものは大抵は他の奴らからタバコを貰ってズルズルと吸い続けてしまうのはこの異世界でも変わらないようだ。
しばらくして俺はパイプの吸い方を勇者に教わりながらタバコをふかす。
もちろん勇者もガンガンに吸っている。
「そうそう、吸うだけじゃなくて吐かないと火が消えるから気を付けろ」
「こうか?…なんか熱くて持てなくなってきたんだが」
「吹き込みすぎだ、もっとじっくり燃やさないとタバコが不味くなる…あぁもう、貸せ」
今度は勇者がパイプを使い、しばらくして俺に返す。
そのようにパイプを交互に手渡しながら吸っていけば自然とお互いの物理的距離は近くなった。
「素焼きじゃなくて陶器のパイプは高かっただろ」
「いやパイプの種類なんて知らねーよ」
「おまえの買った奴はだな………」
「なに?だったらおまえ………はどうなんだ?」
「それは……で……わけだ」
「へぇ…じゃあ……なのか…」
距離も近づけば話をしだす。
「…」(タバコを吸っていたらアレが欲しくなったな)
「なぁ、俺の酒飲むか? 」
「いやそれは…」
「つまみもあるぞ」
「…今日だけなら」
酒を飲めば話が盛り上がる。
「本が貴重なこの時代、わざわざ読書なんてよくやるな」
「まぁ…我ながら気取った趣味だと思うが…、そういうお前だって趣味くらいあるだろ?」
「ギャンブル、あとピンサロ」
「ピンサロ…?…なんだそれは」
「売春宿だ、今度の町に着いたらいこーぜ」
「無理に決まってる…立場を考えろ…」
「勇者様がその気になれば女なんてより取り見取りだろ?」
「いや…それはだな…」
「ん?……なぁお前ってさ」
「…なんだ」
「まさか童貞か?」
「…」(…うるさい)
「がっははははははは!まじかよ!!もったいねー」
「うっ うるさい!」
「いいってことよ、おら!飲め!飲め!」
話が盛り上がれば際限なく酒が進む
これから先は際限なく酒と馬鹿話の循環が加速するだけである
「お前、お堅い奴だと思ってたら案外話せるじゃねーか」
「お前は女とは思えんな…」
「いいか!勇者!!」
「なんだ…」
「ガキのくせに陰のある男を演じるなんて十年早いんだよ!!!」
「お前も同じくらいだろうが!!」
「何が聖印だ!あんなのダサいから皮から剥いだわ!!!!」
「おまっ…それは…」
「なぁんだぁ?文句あっか」
男同士特有の幼稚な話、下ネタを連発する俺に酒で顔の赤くなった勇者は相槌を打つ
「あっはははははっはははっはははは!」
「…ふふっ」
なんだガキらしい顔で笑うこともできるじゃねーか
俺たちの価値観は大きく違ったが酒が入れば案外すぐに打ち解けた。
…いやはや酒の力は偉大だなと思いながら、疲れ切った体に入る酒のお陰でいつの間にか寝こけてしまう
そして目覚める
「ずいぶん楽しそうだったじゃない…ねぇ僧侶?」
起きたとき、俺は囲まれていた。
俺は恐怖から失禁した。
「全てを察した顔をしてるな…もうこれから何が起きるかわかるだろ?」
「言い訳を言わせてくれ…」
「どんなのですか? 言ってみてください」
「俺は勇者なんざ好きじゃないんだ……」
「そんなつまらない言葉が最後の遺言でいいのかい?」
「待て!!!!」
全員が全員抜き身の凶器を握りしめているのが恐ろしすぎる
「思えば貴様はパイプの使い方を知らない癖にあれほど欲しがっていたのは不思議だったが…すべてこの時のためとは恐れ入ったよ」
いやそれはマジで偶然なんです。
「私の『薄暗い明りの中で肩を寄せ合う恋人状態』も完璧に近く再現されました」
酔っぱらって偶然肩がぶつかっただけなんだ…
「初めに素っ気ない態度を取ってから手のひらを返したように優しくするなんて私の作戦を真似たのね…」
いやそれは…あれ…確かに言われてみればそうだわ
「私の無言作戦も見事に模倣してくれたね」
「それはお前がテンパってただけだろうが」
「……」
めっちゃ睨んできてる…
「ともかくだ…初めから私たちの作戦を見て後出しで勇者に擦り寄ったわけだな、私たちの作戦を妨害しながら…」
「お前らが勝手に失敗しただけじゃ…」
「うるさいわよ!!アンタの罪はそれだけじゃないわ! 勇者のくっ、くちをつけたパイプをっ!! あれだけ何度もふしだらに咥えるなんて!!!」
「そうです!!卑猥です!!恥ずかしいと思わないのですか!!」
その程度でピーピーとガキみてぇなこと言ってるんじゃねぇよ…
「そこまでにしておけ騎士…魔術師…」
斥候がいつの間にか俺の背後へと移動していた。
「もうお前は喋らなくていい…直ぐに楽にしてやる」
武器を構える気配がする。
今にも殺されるという状況に俺の皮膚が粟立っている。
「ストーリーはこうだ、酔ったままでは足手まといだから安全な場所で休むように私たちはあれほど言ったのに、君はおぼつかない足取りで用を足しに行ってしまう、本当に困ったものだよ」
酔いも君たちのお陰で吹き飛んだんですけどもね…、尿意も出したから無いです…
「そこで不幸にもモンスターに襲われてしまう、酔いの回ってる君は反撃もできずに死んでしまう、悲しいことに僧侶は今日死んでしまうんだ」
斥候が後ろで微かに動く気配がある。…武器を振りかぶっているのかもしれない
いつ殺されるか分からないという恐怖に体中から汗が吹き出していく
俺は最後の足掻きとして命乞いをしようと頭を地面にこすりつける準備をする。
「ちょっといいかな僧侶ちゃん」
その時、今まで無言を貫いてきた戦士が口を開く
「ねぇ…前に僧侶ちゃんが言ってた私たちと勇者をくっ付けてくれる代わりに僧侶ちゃんを守るって約束、ボクはまだ聞かれてないんだけど」
「えっ…」
「もし僧侶ちゃんが手伝ってくれるならボクが助けるよ」
その発言に周りの連中からの敵意が戦士に集まる。
「…正気か、戦士?」
「君は僧侶の言うことを本気で信じているのかい」
「う~ん…そうじゃないんだけどね」
「だったらいつものように殺して終わりでいいじゃないですか」
戦士は困ったように魔術師の方に顔を向ける。
「魔術師ちゃんは勇者の笑顔を見て何にも思わなかった?」
「…確かにあんな勇者の笑顔を見たのは初めてだったわ、…だからこそコイツは危険よ、ここで消すべきだわ」
「ボクは初めてじゃないんだよね」
「…なんだいつもの自慢なら聞き飽きたぞ」
「違うんだよ」
戦士がこちらを見る。
体中を観察されるような視線に思わず目をそらしてしまう
…が戦士はその瞬間俺の頭をわしづかみにして無理やりこちらの目をのぞき込んでくる。
生えたばかりの髪を引きちぎりながら、戦士のぽっかり空いた虚のような目と合うように固定されれば俺は恐怖と腕力で動けない
「そうじゃなくてね、あんな風に笑った勇者を見るの子供の時以来なんだ、勇者が勇者になってしまってから一度も見せなくなった顔…、悔しいけど僧侶ちゃんはそれを引き出した…そこだけは評価しなきゃいけない………ねぇ…教えてよ…やり方」
ここで俺は理解する。
こいつは別に俺を助けたなんてつもりなんてものはない、その心にある殺意はこの場にある誰よりも俺を殺したがっている。
勇者の笑顔のさせ方というただ一点によって俺は生きながらえることが許されているだけなのだと
「ボクがずっと引き出したかったその笑顔を…最近ふらっと現れたテメェにだ…オレが…オレが勇者を笑顔にさせるはずだったんだ」
この近距離でその激情をぶつけられる俺は意識が飛びそうになるのをなんとかこらえる
「教えてほしいのだけど…もちろん全力で協力してくれるよね…僧侶チャン…」
はい…、その一言を肺から吐き出して俺の意識は怒りの奔流によって塗りつぶされた。




