思い出とは 追い出されない楽園あるいは逃げ出せない地獄である
帰郷とは帰るべき故郷があって成立するのだろう。
生前の俺はろくな生まれではなかったので故郷といえる場所はなかった。
だから別に自分の生産者や生産地に大した思い入れはない
故郷も無いのだから帰省といった行為も今回が生まれて初めてで、正直に言うならその初体験を楽しみにしていた節もあったかもしれない。
時を経て少し変わった村の景色と変わらない顔なじみ
同じ思い出を持つ仲間と会えない時間に何をしていたかを話すなんてどんな気持ちになるのだろうか
いかに寂れた村であろうとそこで暮らしていれば嫌でも慣れる。
生まれた当初はあまりの田舎臭さ、どいつもこいつも頭のめぐりが悪くてイライラさせられたもので、俺はそんな奴らと関わるのが嫌で常に一人で行動していた。
想像してみてほしい、大の大人がガキ共の中にぶち込まれるという拷問を
数の数え方や一たす一を懇切丁寧に時間をかけて教わり
ウンコを見つけて喜ぶガキ共は一日中デカい糞の話題を俺に振り
毎日全速力で休みなしの鬼ごっこをさせられるという苦行を……
あまりの馬鹿らしさに孤独を貫こうにも鬱陶しくこちらに近づいてきては「ねぇ一緒に遊ばない?」などと言われれて断れば泣き出し、呪いのせいで川だろうと泥の中であろうと元気に遊ばなければいけなかった。
結局、見せかけには普通の子供として育っていってしまう俺
村の連中はどいつもお節介焼のお人よし、その日食えるものと家族の時間があれば幸せだと真顔で言うような馬鹿ばかりで遠慮なく干渉してきた。
拒絶し続けても関わってくるので、もはやどうしようもないと諦め、お節介を受けるようになるのは仕方がないだろう……
初めは関わる気も無かった村の奴らの名前と性格を憶えてしまうのをこの村が狭いからだと斜に構えて何年か経ち
そうやって生きてみればなんとも自分の心に名状しがたい感覚が沸いてくる。
恥ずかしい話だが形だけでも普通のガキのように振る舞えば、まるで自分が本当にただのガキになったように感じてしまっていたのだ。
それが良いことか悪いことかは分からないまま村で生きて
まるで自分が出来なかった、まともな幼少期を取り戻そうとしているみたいだと気付いたのはずっと後の話だ。
長々と話して何が言いたいのかと言うとつまり……
「村にこんな格好では入りたくねぇ!」
「その恰好は趣味じゃなかったのか?」
「そんなわけ無いだろうが! いいか! 俺がこんな姿になったのはてめぇの仲間のせいなんだよ!」
俺は理不尽への怒りのあまり、真実を叫ぶ
「僕たちのせい? 聞き間違いかなぁ……」
「よく聞こえんな……」
「すまない、私の耳は音楽的な音しか届かないんだ」
「YO! 現在地は村の手前、俺は半裸で絶体絶命! 終いにゃ頭の毛が死んでるで! Yeah!!」
俺は魂のビートをラップに乗せてぶつける。
「糞みたいな歌だね」
「急に踊りだすとかおかしいんじゃないかしら」
「いつも通りの僧侶さんじゃないですか?」
ファッキン、ビッチの娘ども
あと吟遊詩人この前、俺がお前の歌を馬鹿にしたのめちゃくちゃ根に持ってるだろ。
俺の意見はビッチ共に封殺されたものの、勇者が俺の裸が本意でないと気付くと外套を貸してくれた。
今度は鉄の意思で頭からかぶって村へ行く、あいつらの目線は鉄をも貫通しそうだが気にしない
村の教会に行けば俺の服があるかもしれない……、ハゲは……、時間が解決するしかない……
余談であるがこまめに回復魔法を頭にかけると、毛が生える速度が高まる気がするので、昨日から暇さえあれば頭に魔法をかけている。
今もハゲた頭が定期的に発光する姿を皆が見て『また僧侶が良く分からないことをしている……』と思われているが髪のためにプライドを捨てて村へと向かう
そうこうして里帰りが実現してしまった。
誰にも見られたくないのに早速第一村人が俺の顔を見ると笑顔で駆け寄ってくる。
「うぉ!? 見ないうちにずいぶんと変わったな」
それはそうだろな……俺もまさかこんなに短い間に知り合いがハゲたら病気を疑う
「もっ、もしやそこにいるのは勇者様!?」
「はいそうです。この村でいくつか物を買いたいのですがよろしいで……」
「わぁっ!? 直ぐ皆に知らせます!!」
そこに勇者がいると分かると返事もせずに直ぐにどこかに行ってしまう。
おそらく全員に触れ回っているのだろう。
しばらくするとすぐに人がわらわらと集まって忙しく動き出す。
農家の長男は年老いた家畜を引っ張り出し、村の娘達は大鍋を抱えてどこかへ運ぶ。
最近足が悪い村長がこちらに小走りで向かって今日は歓迎の宴をするのでぜひ顔を出してほしいとこちらに話しかけてくる。
俺は今すぐまともな服を着たいので、さり気無く分かれて教会に向かう、勇者一行が村長に気を取られている今がチャンスだ。
「歓迎は嬉しいのですが過度のもてなしを受けるのは……」
「迷惑だったでしょうか?」
「村を見るに食料も十分に無いんじゃないかな? ボクたちにそこまでしてもらうのは……」
「いえいえ、何も遠慮はいりません」
「だから。赤の他人に気を配ってアンタ達が干上がられても困るのよ」
「僧侶が帰ってきたのならこの宴は身内への祝いです、どうぞこちらに」
勇者が村の中に通されて座ってしまえば最後、次々集まる人に囲まれて抜け出せないようだ
俺は教会へ修道服とハゲ隠しの頭巾を取りに行き瞬時に着替えて戻ってくる
そうすると勇者たちを囲んで村人が質問攻めをしているところであった。
娯楽の少ない村だから外から来た奴の話なんて最高の暇つぶしなのでしばらくは解放されないだろう、こっそりと戻ろうと近づく
それにしてもあいつらなんの話をしているのだろうか、
若い村人の一人が笑いながら話す。
「それにしても僧侶の奴、さっき教会に逃げるのを見たんだがあいつ半裸で坊主だったぞ」
早速ばれてるじゃねぇか……
「あいつのことだからまた良く分からないことをしてあぁなったんだろ、覚えてるか? むかし火薬がどうたら言いだして糞を集めたかと思ったら肥溜めに落ちて大騒ぎしたよな、昔から変な奴なんだよあいつ」
昔、現代の知識で何かできないと試行錯誤をしていた時期があった……、結果は……、自分がいかに文明に頼り切っていたのかを思い知らされただけだった。
その言葉に反応して村の人々が言い合う。
「女の癖に男言葉使ってけっこう乱暴者だし」
「時々よく分からない造語を使うから喋ってて笑っちまうね」
「あいつ食事前の祈りの時は口を動かしているだけだし礼拝の時は基本寝てたよな」
「しかも変なところでみみっちいよな」
「ずるっこで卑怯者だし」
「器が小さいって感じよね」
こいつら……俺がいないと思って好き勝手言いやがって……
「こう言ってはあれですが聞く所によると僧侶さんはこの村の鼻つまみ者なのでしょうか」
それを聞いた村人たちはいっせいに心から笑いだす。
……てめぇらもう我慢ならねぇ……
俺は文句を言おうと物陰から飛び出した。
「そんなわけねぇよ、みんなあいつが大好きさ」
村人全員がそうだそうだと口をそろえる。
「昔から変わってるけど、だからこそ一緒に遊んでいて楽しかったよな」
「いつも新しい遊び方を考えるのはあいつだった。鬼ごっこの新しいルール、釣り、秘密基地で一人指示だけ出してふんぞり返ってた」
「確かに楽しかったな、女も行かないような汚れる所も余裕でついてきて、裸で泥の中を遊んだ」
「一緒に遊んでたけどあいつ結構みんなにモテてたよな」
「あぁ、男勝りなのも逆に気心が知れて良かったし、不愛想だが時々笑った顔にドキリとしてたぜ」
「いつも私が泣いてるとどこからか駆けつけて、王子様みたいだったわ」
「困っていると必ず不機嫌そうな顔で『別にお前のためじゃない……』って言いながら手伝ってくれる所なんて私は好きね」
「おっ噂をすればいるじゃないか、おーい早くこっちにこいよ」
笑顔でこちらに手を振ってくる村人を前に、俺は自分の顔に血が集まっているのが分かる。
こいつら……、人前でなんて恥ずかしいことを言いやがる……、見ろ、あの勇者一行の生ぬるい顔を!
「僧侶……、君の村はとても素晴らしい人々がいる所だな、大切にしなければいけないぞ」
「アンタ……、仲間は……、大切にね……」
「君も人並みの愛を受けて育ってきたんだね」
うわッ、なんだこれ、めっちゃ恥ずかしい!!
小学校の児童参観で、実は家で母親からチャン付けで呼ばれてると発覚したメガネ君を馬鹿にした時があったが、おそらくそんな感じの恥ずかしさを何倍も濃くした感じだ……
「先ほどあなた方は私たちがもてなしをする必要はないとおっしゃいました」
村長が微笑を浮かべる
「私は……、私達はそうは思いません、この子一人で危険な旅へと向かわせた我々が全力であなた方を援助しないことはあり得ません、娘のために尽くすのはこの町の村長であり神父でもあり、また一人の父でもある私にとって当たり前のことなのです」
勇者一行の目は生暖かいを超えて、もはや慈しみの目で俺を見つめ始める。
「……お前にはもったいない親じゃないか」
「良く分かりませんが理想のお父さんって感じですね」
「家族はね……、やっぱり繋がっているんだね、ボク感動したよ……」
ごめんメガネ君、俺は愛されてることがちょっと羨ましかっただけで馬鹿にしたけど、俺は死後ようやく君の気持がわかったよ、両親を弄られるとこんなにも心が抉られるんだね……
俺はもう我慢の限界だった。
「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ!! バーカバーカ!!! どいつもこいつも口に出したら恥ずかしいことばっかりいいやがって!!!!」
どうしようもなくなった俺は顔に手をあてて逃走を選択する。戦略的撤退だ。もちろん逃げる所なんてこの狭い村ではたかが知れているので感涙を流す戦士にすぐに連れ戻される。
村での宴では年老いた労働用の家畜を一頭潰した肉料理を振る舞われた。
献立は森でとれた香草をただ巻いて焼いた肉、肉とあるだけの適当な作物をくたくたになるまで煮込んだスープである。
痩せた土地を耕すために酷使した家畜の肉は固くて苦く現代の基準でうまいとは言えない
だがこの村では数年に一度しか食べられないご馳走だった。
俺のスープの器には煮崩れしてない少し形のいい野菜と、柔らかい腹の肉がこれでもかとよそわれ、肉は焼き立ての分厚い所がデンと乗っている。
このスープと肉自体は大したものではない、だが腹だけではない何かが満たされていくのを感じる。
宴は終わり、人々は最後に旅の成功を祈って大してうまくもない歌を歌う、俺が本職の吟遊詩人がいるからやめておけと言っても歌い続ける村人
それを見て吟遊詩人は伴奏を付けるので奴らは調子に乗ってさらに大きな声で歌いだしている。
うるさい歌だ……、だがそう悪い気分でもない……
結局、宴が終わったのは夜更けだった。
「……じゃあ私はもう行くわ、きたら殺すからよろしくね」
「じゃあボクは森の前で」
「ふむ、じゃあ私は戦士の反対に行こうかな」
「今日は月が出てない……、闇に気を付けるんだな……」
「私は今日僧侶さんを殺します」
「まて! まて! まて! まてぇーーーーい!!!!!」
なんだこいつらなんなんだYO!?
前も同じやり取りをした気がするYO!!
「違うじゃん、明らかに違うじゃん、今日はそういう日じゃないじゃん……」
「……ジャンジャンうるさいぞ簡潔に話せ」
「俺プラス生まれた村イコール感動の再開、OK?」
「故郷で死ねるなんてむしろ良心的じゃないかしら?」
「どう見ても殺し合う流れじゃないだろ!? 傷まないのか? 逆に今日俺を殺して明日俺の親父にどんな顔で会うんだ?」
「ゴメンね、もうボクたちそういう段階はとうに過ぎてるから」
「なんだよ段階って!? お前らの心はどこにあるんだよ!」
「話は終わりましたか、早く殺りましょう」
「そうだよ、君の話はいつも長すぎる」
「話が終わったら俺の命が終わるだろうが!!!!!!」
どうやらこいつらは俺の村で俺をバラバラにしても何の感慨もないサイコパス共らしい
人でなし共だとは知ってはいたが、まさか今日のこの空気の中で殺すことができるほどキマってるとは思わなかった。
落ち着け俺……、ここは死地だッ! ……さっきのホンワカ日常気分を引きずっていたら殺されるッ!
俺は取りあえずこの場を切り抜けるための出鱈目を必死に頭から絞り出す。
「まて騎士、あとテメェ等もだ。自分以外の全員を殺せば勇者を手に入れられると本当に思っているのか?」
「もちろんです」
「どうだろうな、そもそもお前らは本当に勇者に好かれているのか?」
「……なんだと」
全員の視線が突き刺さる。
「考えてもみろ、今の互いに牽制しあっている中で勇者へ自分を売り込むのは至難の業、そんな様子じゃこれ以上親密になるのは不可能だ」
「だからボク以外みんな消えればいいんじゃないかな」
「全員戦士と同じ考えか?」
言葉は発さないが無言の肯定とみていいだろう
「じゃあ、お前らは自分が勇者にとっての一番じゃないと思ってるわけだ」
騎士が剣の柄に手をかける。その機先を制すように俺は努めて冷静な声を出す。
「だってそうだろ、分からないから怖いんだ、自分が選ばれないかもしれないから必死なんだろ? だって勇者が何を考えて誰が好きなんてあいつ以外に分かりようがないんだからな」
やろうと思えば俺は分かるわけだが
「……ここで一回、勇者にどれくらい好かれているか立ち位置を確認するのはどうだ?」
俺の言葉に何人かは思う所があるようで考え込んでいる。
「……その立ち位置とやらをどうやって確認するのかしら」
「まずは牽制しあうのを一旦止めるんだ。一人ずつ勇者と二人きりの時間を作り、その間に勇者に自分を売り込む、その反応で自分の立ち位置を知るんだ」
「……好かれてるならば勇者から自然と好意がにじみ出てしまうと?」
「まぁそうだ」
全員の反応を見るに手ごたえは悪くない、俺は一気に畳みかける
「決まりだな、順番についてなんだが公平を期すためにランダムに決める」
「……確かに一度くらいはした方が良いかもしれません、ですが今日あなたを殺せばより確実なのは変わりません、宣言通り私はあなたを殺します」
「そうはやるなよ騎士、取りあえずは順番を決めるためにジャンケンでもしようじゃないか、集まってくれ」
俺の掛け声でみんなが集まってくる。
「じゃあ行くぞ、俺は絶対グーを出すからな」
「……子供か」
「そんなこと言っても勝負なんて変わらないわよ」
「それはどうかな……行くぞ……じゃん、けん、……ポン!!」
勝負の結果は……
「悪いな俺が一番目だ」
申し訳ないが心を読めてジャンケンに負けるはずがない、瞬時に複数の思考から自分の出すべき手を把握するなど、村の鬼ごっこで鬼になりたくないがために腐るほど練習した。
一番が羨ましいのか周りの目は明らかな敵意がにじみ出ている。
「うっ……六番目……あの時僧侶さんがグーを出さなければ一番か二番だったのに……」
騎士が負けるように立ち回ったがどうやら一番最後に回ったようだ。
俺は肩を落とす騎士のそばにこっそりと近づいて声をかける。
「なぁ騎士、俺はお前と順番を交換してもいいぜ、なんせ早いほど有利だからな」
早ければ有利かなんて全く分からないが、取りあえず自分の物が価値あるように語る。
「ほっ、本当ですか!?」
「あぁ、お前が俺に危害を加えるのをやめてくれたらだが」
「今日の所はやめます!」
「今日のところぉ~? それだけかぁ~?」
「……しばらくは」
「勇者は律儀な性格だろ? 一番目をばっちり決めて惚れさせれば後の有象無象なんて目じゃないぜ」
「クッ……、何が望みですか?」
「勇者に近づかない内だけでいい、俺を守れ、ほかの奴に喧嘩をうって俺に目を向けさせなければそれでいい」
「……あなたが勇者にすり寄ったらすぐに殺します」
「だからそんなことはしねぇよ……、何なら手伝ってやってもいい、勇者の外套もおまけしてやる」
「分かりました!!」
順番の変更を皆に伝えると警戒は俺から騎士へと移った。
しかもその身には勇者の外套をまとってるのが嫌でも目に入る
「……ちょっと騎士? それ何かしら」
「ボクも気になるなぁ……」
「それとは?」
「フンッ盗人猛々しい、どうやって僧侶から奪い取った?」
「何のことですか? これは私の物です。天の道理がそういってます」
「確信犯だね……、話しても無駄さ、あっちで殺ろうよ」
「いいですね分かりやすい、早くかかってきてください」
俺は巻き込まれないうちにさっさと逃げる。昔よく遊んだ秘密基地の大きな洞のある木で寝た。
うまくいったようでその実、もしも誰かが俺の話に乗らなければ、もし騎士が無視して俺を殺していれば……、おそらく明日の今頃は義父である神父に弔われていただろう
それでもしばらく命の保証はできた。
こうして俺は何とか今日を生き残る。
木のうろの中で会ったばかりであるのに村人たちの顔が次々に頭に浮かぶ
それがホームシックという感情であると気付いたとき俺は一筋の涙を流した。
俺の地獄はまだまだ続く




