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シークレットマンション  作者: 蜂矢ミツ
3/5

二、桃色の部屋

「ここは、なんなんだろうね?」


 扉はまんまる無地で濃いめの桃色。辺りには不思議とやわらかい光が宙に浮いていて、まるででっかな蛍が飛んでるみたい。でも虫はついていなくて、光だけが飛んでいる。


「ここは、“安眠室”だよ」


 安らかに眠るための場所。もう生きていないものたちが、新しい旅にでるまで、横になって静かに過ごす。


 あんまり騒いじゃまずい場所っぽいなあ。ぼく静かにしていられるかな。


「こんにちはー……」


 おそるおそる、今度はちゃんと扉を開いておじゃまする。


「いらっしゃい。あら、紅狐じゃないの! ちょうどいいところに来たわね」


 扉とは違い、うすいピンク色の無地のワンピースを着たご婦人が、忙しなく走り寄ってきた。急いでいても、そのしぐさはとても品がある。


「なにかありましたか」

「一〇七のベッドの子が、泣きじゃくって眠らないの。まわりの子もみんな起きてしまって、あそこら一帯涙の海よ。ちょっと歌ってきてくれる?」

「わかりました」


 紅狐さんの歌が聴けるとな! こんな機会はまたとない。

よくわからないから、とりあえずなにも口を挟まずに、おとなしくしていそいそと、彼女の後をついていく。


 部屋はとても長く入り組んでいて、どこまでつづいているのかわからない。

 真ん中に通るための少しのスペースを残し、部屋の両側にたくさんのベッドがずらりと並んでいる。

 大きいベッド、小さいベッド。まるい、しかくい、さんかくベッド。ふかふか、かため。ベッドはそれぞれ違っている。そこに眠っているひとりひとりに合わせてあるようだ。


 一〇七のベッドにたどり着く。今にも消えそうな白い影の子どもが、ひたすら泣きじゃくっている。きっともうすぐ、どこかに生まれるのだろう。

 そのまわりの子たちも、釣られてえんえん泣いている。


「何もこわいことはないよ」


 紅狐さんはそう言葉をかけて、子どもの頭をやさしく撫で、静かに子守唄を歌う。

 やわらかくて今にもとろけそうな、透きとおったやさしい声だ。


 ぼくも釣られて少しだけ、ぽこぽこ腹太鼓を叩き、違う音を重ねて歌い、わずかに彩りをつけてみる。

 しばらくそうして歌っていると、やがて子どもの涙がとまり、静かに寝息をたて始めた。


「いつも、こうしているのかい?」

「ああ、ここのところはね。どうしても、悲しくなってしまう子は多いから」


 大変なお仕事だ。

 それでもぼくはへこたれてはいられないので、長い通路を抜けて、先ほどのご婦人のところへ戻る。


「おねえさん。紅狐さんを、認めてはくれないだろうか」


 ぼくは彼女と、一緒に遊びに出かけたい。

 そう懇願すると、ご婦人はとても困って、悲しそうな顔をして答えた。


「紅狐はとてもよくしてくれているわ。そうしたいのは山々なのだけど、今は紅狐の他に子守唄を歌える子がいないの。彼女がいないととても困るわ。だからまだ、認めるわけにはいかないの……こちらの勝手な都合で、本当に申し訳ないのだけど」


 今にも泣きだしそうな顔をして、本当に申し訳なさそうにしていらっしゃる。

 ぼくに代わりがつとまるはずもなく。というか代わりになったら遊びに行けないな。分身とかできないしな。その上ぼくってなにをどこまでできるのか、自分でも、いまいちよくわかっていないんだよな。


 話が逸れたね、すぐに戻すよ。


「おねえさんは歌えないのかい? とても綺麗な声だけれども」

「わたしも昔は歌っていたわ。でも気管の一部が腫れてしまって、それが手の施しようのないところにあってね。歌えなくなってしまったの」


 ふむ、ふむ。ふむ?

 なんとかできそうな気がしてきたぞ。


 紅狐さんの育てたオレンジから、果汁を絞ってジュースをつくる。

 手持ちの葉っぱの一番甘そうなものを選んで、この上なく細かくちぎり、そのジュースにまぜまぜする。


 完成! 特製! たぬきつね汁! だと語弊があるから、たぬきつねジュース! とかでどうかね。


「これ、飲んでくれるかい?」

「? ええ」


 ご婦人はジュースを受け取ると、躊躇いもせずぐびっと一気に飲み干した。勇ましい。ステキ。

 飲み干したのを見届けて、とんとんと気管のあたりをぼくの手でたたく。こうしてからしばらく待てば、わるいものが溶け落ちる、ような気がする。たぶん。おそらく。


「今晩、泊めてもらっていいかなあ?」

「ええ、どうぞ。空いているベッドは好きに使って大丈夫だから」


 これ幸いと、紅狐さんにかわゆい子どもアピールをふりまいておねだりして、一緒にやすむ権利をゲットした。やったぜ。一才でよかった。


 ぼくのこと、彼女のこと。たくさんたくさんお喋りして、日もとっぷり暮れ、夜が深くなったころ。彼女のもふもふなしっぽに抱きついて、ぐっすり眠った。

 そして夜が明けた。


「おねえさん、どうかな?」

「すごいわ! 音程がちゃんととれるし、息もつづく。わたし、歌えるわ!」


 ご婦人は、とても嬉しそうにしている。ぼくも嬉しい。紅狐さんもとても嬉しそう。


「それじゃあ、紅狐さんのこと認めてくれる?」

「ええ、もちろん! 本当にありがとうね。ここを出た後も、時々でも訪ねて来てくれると嬉しいわ」

「もちろんです」


 契約書に、大きな花まるが描かれる。

 ご婦人と紅狐さんは笑い合って、握手を交わしている。うつくしい情景だ。


「ぼくも一緒にきたいー」

「ふふふ。ぜひまた来てね」


 やったぜ。

 帰りもきちんと扉をくぐり、手を振ってご婦人とお別れした。

 お土産にもらった綿菓子をぱくぱくしながら、階段をのぼる。


 危ないからと、紅狐さんが手を引いてくれたので、ここぞとばかりにぎゅっと握ってみた。

 しあわせー。


 さあ次は、あそこに見える、かくかく四角い黄緑色の扉だな!


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