一、橙の部屋
いくつも並ぶほおずきのランプに、橙色の火がともっている。
たたずむ扉は正三角形で、まんなかにはでっかいオレンジの絵が描かれている。
「おいしそうなオレンジだ! 食べられそう」
食べちゃおうか。でも、見た目に反してすっぱかったらいやだなあ。
「そう言ってもらえると嬉しいな。私が描いたんだ」
紅狐さんが描いたのなら、とびきり甘いにちがいない。ぜんぶ終わったら、お土産にいただいて帰るとしよう。
「たのもー!」
扉は重かったから諦めて、床に穴をあけて侵入した。もちろんそんなの一瞬さ。
扉を壊したら、せっかくのオレンジが台無しになってしまうからね。
「誰だね、君は」
へんなじじいがいた。ああ、ちなみにぼくから見れば、二十歳の青年だってじじいさ。なにせ一才だからね!
ああ、はやくぼくも大人になって、りっぱなじじいになりたいものだ。
話が逸れたね。すぐに戻すよ。
へんなじじいは、これまた目に痛いオレンジ色の背広をびしっと着こなしている。
でもその豊満なおにくがたっぷりと、ベルトの上にはみ出して、ぼくよりお腹がポッコリしてら。
「ぼくは翠狸さ! 一才のたぬきだよ!」
へんなじじいに負けじと、ふんぞり返って名乗ってみる。
「ふうむ? 聞いたことのない名だな」
そう言うと、ばかにしたような目でぼくを見た。
「紅狐よ、いったい何をしているのか。こんな奴、ここに足を踏み入れることすら値すまい。さっさとつまみ出してしまいなさい」
とりつく島もない、とはこのことか。はじめて体験したぜ。なにせ一才だからね。
「まあまあそういいなさんな。いったいぜんたい、ぼくのなにを知ってるっていうのさ。せっかくだし、ちょっくら中を見さしておくれよ」
じゃないと、あいつは心が四畳半、なんていいふらしちゃうぞ。
そういうと慌てて、しぶしぶ道を開けてくれた。気前はわるくないが、随分と見栄っぱりなじじいだ。
部屋の中には、オレンジの木がずらりと並んでいた。どれもつやつやとした美しい実をたわわにつけている。もうすぐ収穫なのだろう。
「ひとつ食べてもいい?」
「駄目に決まっとるじゃろうが!」
やっぱり心が四畳半。こんなにあるのに、ひとつくらいいいじゃんね。
「この実はなあ、わしが丹精こめてつくった自慢のオレンジだ。ひとつとして無駄にはせん」
「ぼくが食べるイコール無駄にするってことかい」
いやなじじいだ。やっぱり心は四畳半もないや、せいぜい一畳くらいだな。
「じゃあせめて、どんなふうにがんばって育てているかをおしえてよ」
それを聞けば、少しは納得できるかもしれないし。
「まず、わしが種をまく。して芽が出たら紅狐に世話をするよう指示をだす。そうして実がなったら、傷がないか、十分甘いかをわしが見極めて収穫し、各方面へ送り出すのだ」
絶句。このおしゃべりなぼくがだぜ。
丹精とは。はたしてどの辺にこめたのだろうか。そのぱっぱらぱーな頭にか。
呆れてくるっと振り返り、今度は紅狐さんに問う。
「こんな奴でも、認められないとまずいのかい?」
紅狐さんは気まずそうにもじもじとして、何も言わずこっくりと頷いた。かわいい。
「ねえおじさん、ぼくらさっさと遊びに行きたいんだよ。どうしたら紅狐さんを認めてくれる?」
「それは既に契約済みだろう。オレンジをあと三千個収穫したら、認めてやるとも」
三千個とな。いま生っている実の数が、せいぜい百個くらいだろうか。途方もねえな。
足元をみるとはこのことか。ふてえ野郎だ。この言葉はじめて使った。なんせ一才だからね。
さて。
「わかった、三千個だね!」
今すぐ収穫してみせよう。
どこかのお猿さんの真似をして、ぷちぷちとおしりの毛をむしり、ふーっと息を吹きかける。すると、ぼくよりずっと小さな豆粒みたいなたぬきがたくさん生まれて、きゃっきゃとはしゃいで駆け出した。
いやなじじいのぽっこり腹を目がけて、一目散に。
「なあああああああああ!?」
もぎもぎもぎもぎ。
驚き叫ぶじじいのはらにくがもぎ取られ、そのひとつひとつがオレンジへと変わっていく。
うわ、あれは絶対食べたくないな。
「ほら、これで三千個だよ」
全てのはらにくをもぎとられて、へなへなと座り込むじじいの横に、うず高くオレンジを積み上げた。
スマートになって、オレンジの背広が少しは様になっているんじゃないかね、よかったよかった。怪我の功名というやつだ、きっと。
無事契約は履行され、紅狐さんの持つ契約書に、自動でぽんっと太鼓判がついた。
せっかくなので、ちゃんと木に生っていたオレンジも豆たぬきたちが収穫して、ぼくの隣に積み上げる。
「紅狐さんが育てたオレンジは、ぼくが食べちゃってもいいかなあ?」
「もう食べはじめているじゃないか……もちろんいいよ」
どの実もつやつやぴかぴかしていて、ずっと嗅いでいたいくらいいい香りで、ほっぺたが落ちるくらいに甘くて、大変おいしゅうございました。
「もぐもぐほれしゃあほろほろふひひひほうはもぐもぐもぐ」
「喋るか食べるかどっちかにしなさい」
食べきれなかったオレンジと、扉に書いてあった大きなオレンジを頂戴して、背中の風呂敷に詰める。
さあ、お次は濃ゆいぴんく色をした、まんまる扉のあの部屋だ!