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 壁の向こうから、歯車が回る音がする。その壁に手を当て、イルシオンは周囲を見回した。蒼い壁に囲まれた四角い部屋。天井には煌々と光るランプがずらりと並んでいる。

「……凄いですね」

 その四角い部屋は、畑だった。床には細長い、ガラスの枠にはめられたプランターのようなものが並んでいる。細い通路以外は、そのプランターがぴったりと床を覆っていた。

「これが、この都市の食料を支えている畑です。ここは小麦ですが」

「成程……電素のランプが、太陽の役割を果たすのですね」

「ええ」

 部屋の隅は、やはり透き通った水が流れる水路に縁取られていた。

「地下三階まであります。上層が麦や野菜、中層が果物、下層が動物となっています。ご覧になりますか」

「いや。充分です。それより、都市の方に行きたいのですが」

「ええ、分かりました。それでは昇降機へ」

 その部屋を出て、狭い廊下を抜けるとその先には蒼い箱がある。側面と壁には歯車が埋まっており、二人が箱に入ると、入り口に柵が降りて歯車が動き出す。

 壁の歯車に持ち上げられて、箱は上へと上っていった。地上に着いて柵が開くと、イルシオンはほっと息を吐いて外に出る。

「御心配には及びません。この昇降機は常に点検を行っておりますから」

「……はは、すみません。どうも、慣れなくて」

「じきに慣れますよ。では、外へ向かいましょうか」

 アリアが先だって歩き、イルシオンを見かけた従者達が、愛想のいい笑顔を見せる。イルシオンは愛想笑いを返して、手帳を片手にアリアの後を追う。

 都市の様子は、昨日とは打って変わっていた。中央の大きな通りや広場の周辺には、布の屋根の露店が建ち並んでいる。売られているものは、食材や服、食器など様々だ。

 皆一様に、蒼い服を着ていた。髪の色は金や銀、茶、赤などだが、目はやはり一様に蒼い。子供達は、汽車を模したおもちゃを持って道を走り回り、開いた窓からは、椅子に座って体を揺らす老女が見えた。イルシオンとアリアが近くを通ると、開いた窓の奥から住民達が手を振ってくる。

 暖炉には火が入り、井戸の周りでは水を汲みに来た住人同士が井戸端会議をしていた。時折喧嘩のような声も聞こえてくる。

「……まるで都に帰ったようです」

 イルシオンはぽつりと零した。

 昨日の、痛いほどの静寂が嘘のような喧騒だった。

「……昼食は、屋台にしましょうか。鳥の焼いたものに、特製のたれをかけるのです。城の料理ほどではありませんが、とても美味しいですよ」

「へえ……この都市にも屋台の文化はあるのですね。ではいただきましょう。アリアさんも、ご一緒しますか?」

「えっ? ……いえ、私は。案内人が、お客人の前で食事をする訳にはまいりません」

「そうですか……」

 イルシオンは顎に手を当て、そう言えば、と呟く。

 アリアは勿論のこと、この都市に入ってから、人が食事をする風景を見ていない。客人として扱われているのだから、使用人達とは食事の時間も場所も異なるのだろうが、こうして都市の中を歩いていても、誰一人として、何かを口に入れている様子が見られないのだ。食事を出来る屋台も、食材を売っている露店もある。そこで買い物をしている人もいる。だが、食事をしている姿はない。

「この都市の、食料は十分なのですか?」

 城の地下の農場が、見せられた場所以外果たしてどれ程広いのか。分からないが、自由な商売ができる程度には潤っているようだ。

「ええ、勿論。ですからお客人にもあのような食事をご用意できるのです。この都市で食料が枯渇することはありません」

「……成程。いや、失礼しました。この都市のテクノロジーあればこそですよね」

「ええ。折角ですから、午後はこの都市の中枢をお見せいたしましょうか」

「いいえ、できれば、午後は自由に歩きたいのですが――――」

 すっ、と、アリアの顔から笑みが消えた。

「いけません。この都市は広いですから。きっと迷ってしまわれます」

「……いや、しかし。城は、都市の何処からでも見えるでしょう?」

「いけません」

 ぐっ、と腕を掴まれて、イルシオンは息を飲む。少女の細指とは思えないほどに、硬く、強い指先だった。

「……申し訳ないが、あなたの案内の速度だと、今日中に都市を見て回れない。中枢は夜に見せていただきたい。心配させてしまうし、明日には帰りたいんです」

「何故、明日には帰らないといけないのですか」

「いや、この谷まで案内してくれた人が言っていてね。三日後までに戻らなければと」

「……ガーデナーですか」

 アリアは手を離し、すっと姿勢を正す。

「分かりました。それでは、午後はご自由に」

「……? ああ、本当にすみません」

「いえ。暮れの時間に鐘が鳴ります。そうしたらお城へいらしてください。道が分からなくなった時は、皆に尋ねてください」

 お昼はこれで、とアリアは蒼いコインをイルシオンに差し出すと、さっと路地裏へその姿を消した。

「……やはり、何か『ある』な」

 コインを握り、イルシオンは眼鏡を押し上げる。

「……伝承は本当でした、それだけではやはりつまらないからね」

 手帳を開き、唇を舐める。自然と頬が緩み、笑みがこぼれていた。

「俄然、面白くなってきた」

 イルシオンは一先ずの腹ごしらえへと向かう。その背をじっと、蒼い瞳が見詰めていた。



 都市の路地をしばらく歩いていくと、やがて喧騒は遠ざかり、またしんとした静寂がイルシオンを包んだ。

「……このあたりは居住区だと思うんだが」

 とん、と手帳にペンの尻を当てる。そこには、簡易な都市の地図が作られていた。昨日から歩いたもの、城の窓から朝見えたものから地図を作り、外観からの憶測、家の形や道幅から、どのような地区であるのかも推測している。

 歩いてきた路地は、いずれも両端に細い水路があった。水は一様に澄んでいる。無人の家でも窓は開いており、物音がするからと窓から覗くと、無人で糸車だけが勝手に動いていた家もあった。完全な静けさは訪れないが、それでも、人の姿がない異様さはある。

「……まさかな」

 違和感が、また一つピースとなって頭の中の枠にはまる。あまりに清潔な空気を吸って、ゆっくりと吐き出した。

 やはり、この都市は心地が良い。客人の自分を、まるで以前から知り合いのように受け入れて、接待し――――飲み込んでいく。

 食事も一級、気候も快適だ。街は清潔で、ここでこのまま暮らせたらさぞ、と思う時も、無いことはない。

 だが。

「……確かめる必要がありそうだ」

 イルシオンは手帳を閉じ、視線を城へと向けた。



 国王の部屋で、再びレースのカーテン越しに、イルシオンと国王は対面していた。

「突然の謁見の申し入れを受けていただき、ありがとうございます」

「……ああ、構わんよ」

「……一つ気になることがございまして」

 言うと、イルシオンは椅子から立ち上がった。壁際に退いていたアリアが、驚いたように顔を上げる。

「国王様。お身体の調子が優れないのですよね」

「……ああ、そうだ」

「では」

 イルシオンが、静かに国王のベッドに近付いていく。レースの向こうの人影は微動だにせず、アリアが慌てたように、両手を広げてイルシオンの前に立ちはだかった。

「いけません。いくらお客人といえど、それは」

「すみません。でも気になることは確かめたいのが学者のサガです」

 イルシオンはアリアの肩を掴んで退かせると、伸ばした腕でレースを引いた。

「あっ……」

「……やはり」

 座っていたのは――――虚ろなガラス玉の目をした、人形だった。

 関節や口回りはからくり人形のような作りだ。髪はきらきらと光る銀の糸、豪奢な服も着せられている。だが、いかに人の服を着ようが、人の形をしていようが、それは魂を持たない人形(ヒトガタ)だった。

「さて……残念ながら憶測が当たってしまったようだ」

 イルシオンはアリアを振り返る。アリアはじっと、大きな双眸でイルシオンを見上げていた。イルシオンは目を細め、その瞳の無機質な色に息を吐く。

「この都市に、人間はいないのではないかな? 君も、街の人々も。全て、機械人形(アンドロイド)なのではないかな」

 まるで人間のような白肌と、艶やかな髪。蒼い大きな双眸。よくよく覗き込まなければ、それが作りものだなどとは見抜けないだろう。

「詳しい話を聞かせてもらえないかな――――案内人さん」

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