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地震と親不孝者

作者: 親不孝者A

 いきなりだが、親不孝者な俺の話を聞いてくれ、俺の父親の話だ。

 俺の父親は自由な人間だった。好き勝手やって、俺の母親に迷惑かけて、自由に生きていた。おとなになった俺が、一人のおとなとして見るなら、それこそ親父はくだらない人間だったんだろう。だけれども、子供として俺は良くしてもらった。人並み以上の恩はあった。親父が親父であったことは俺にとって一つの幸運だったと言ってもいいくらいだ。母親にとっては溜まったもんじゃなかったかもしれないけどな。

 その父親だが、俺が高校に入学するかしないかのころ、我が家からいなくなった。すこし図体が大きくなった子供だったその時の俺には、その理由は知る由もないことだったし、今の俺も無理に知ろうとは思わない。とにかく、いなくなった。このことが大事なことだった。そのまま月日は流れ、大学入学。地元を離れ、東京の大学に進学した。地元に父親との思い出を置き去りにしたように、父親の存在が私の中で希薄になりつつに。

 その頃になると、親父からCメールが届くようになる。いまだとSMSというやつか、その頃はわからないが、とにかくEメールなどという高尚なものは使えなかった親父が、頑張って打ったような、説教臭いメールだった。

 その時の俺には、そのメールはとても面倒で億劫なものだった。返信を忘れていたこともある。しかし、今思うならば、それはたしかな、父親とのつながりとして、たしかにそこにあったものだった。悲しいかな俺は、そのことになんとなく安住していたのだろう。

 大学生活も慣れてきた頃、地震が襲った。東北で大変な災害だったらしい。俺の身の回りでは家の本棚が壊れ、コンビニからカップ麺が消えた。電車も止まり、帰ることが大変だった。東京にいる俺にとって、この地震というのはまずそういう事件だった。被災地の人には申し訳なく思うが、どこか遠く、そして古い言い方かもしれないがブラウン管の向こうの出来事だった。普通の人のように募金に寄付をし、ニュースで様子を知る。そういう出来事であった。

 しかし、そのように隔離された自分ではいられなかった。高校の頃消えた父親が、宮城にいたのだ。その知らせを受けた時も、俺はどこか他人事のように思っていた。そして一度は避難所に身を寄せたものの、そこから失踪したこと、そして少しの後に遺体となって発見されていたこと。すべて何か別の世界の出来事のように感じていた。

 地震でのゴタゴタがあったため、葬儀は地震の日よりちょうど百日の後に行った。親戚が集まり、自分が喪主をしているその時ですら、俺はどこか他人事だった。父親の収まっている骨壷を見るまでは。

 その小さな、とても人間が入るとは思えない容積の中に、これまでの思い出のすべてが詰まっているような気がした。俺にとっての地震のすべてが詰まっているような気がした。別に東北の震災で起こった悲劇の、ほんのすこし、自分に降りかかっただけであるのに、この有様だ。家族を失い、家も失った人もいるだろう。俺は親父ひとりだけだ、なんて軽微な損害だ。なんて、思うことはできなかった。実物を目にするまで、俺の中で他人事だったその事件が、悲劇に生まれ変わった瞬間だった。

 どうして地震が起きてから連絡することはできなかったんだろうか、住んでるところに探しに行けなかったんだろうか。どうしてあのときメールを返信しなかったんだろうか。いろいろなことを思った。地震が起きてから百日経って、ようやく現実に地震があったのだと実感した。なんと愚かなことだろうか。

 そして月日はまた下り、今度は九州にて地震が起きた。やはり、この愚かな俺には被災地の、被災者の気持ちなどわからない。どこか他人事で、ブラウン管の向こうのどこかに思いをはせるような気分すらある。やはり普通に寄付をし、ニュースで様子を知る日々だ。

 被災した人の気持ちが、ほんの少しでもわかる、なんて言わない。俺にとっての親父の死は、俺が親不孝だったゆえの咎で、被災した無辜の人々とはわけが違うだろう。このくだらない独白を呼んでくれている人に望むことはひとつ、俺みたいな親不孝者にならないでほしいということだけだ。偉そうにいうこともはばかられる。が、周りの大切な人はいついなくなるかわからない。俺が現実に気づいた時には、いつかの親孝行はなくなってしまっていた。俺みたいに今後一生を親不孝者の咎を負い生きるより、できるときに後悔なく大切にしてほしいと、心の底から思っている。


これを呼んで、不快になった方がいらっしゃいましたら申し訳なく思います。

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