Some Day My Prince Will Come
あぁ、なんて美しいんだろう…。
純白のドレスを身に纏い、穏やかに笑う彼女は、私が良く知る彼女であるにも関わらず、まるで別人みたい…。
10年来の親友、有馬 凛の晴れ姿に、なんとも言えぬ感情がこみあげる。
すごく嬉しいのに、ちょっぴりさみしいような、でもやっぱり嬉しくて。
「感慨深い」なんて一言で済ませたくはないけれど、うまく言えないこの気持ち。
凛の幸せそうな姿を見ていると、私もすごく幸せ。
彼女の隣に立つ、新郎の草津 伊織に凛が笑顔を向ける度、伊織に対してほんの少し嫉妬してしまったりもするのだけれど。
「真琴、もう泣かないでよぉ〜。」
「だって…幸せそうな凛と伊織見てたら涙が止まらないんだもん。それに大好きな凛が伊織にとられちゃったみたいでなんか悔しい…。」
「真琴がヤキモチ妬いてくれるなんて嬉しいな。」
「凛は俺が幸せにするから、それより真琴は自分の事もちゃんと考えろよ?」
「そうだよ、真琴もちゃんと幸せにしてくれる人見つけなきゃ…だからほら、もう泣かないの。」
嫉妬するも何も、私の幼馴染である伊織を凛に紹介したのも、「可愛くて伊織と波長が合いそうな子がいる」と言って彼に凛を勧めて仲を取り持ったのも紛れもなくこの私。
今となっては、お互い思い合っていたくせに、なかなか恋愛に進展しない2人の関係がもどかしくて堪らなかったあの頃が懐かしい。
頭の中を駆け巡るのは、そんな凛と伊織とのたくさんの思い出。
チャペルでの挙式中、感極まって人目を憚らず泣いてしまう程に私は2人の晴れの日が嬉しくて堪らなくて…。本日の主役である新郎新婦にすら、号泣するにはまだ早いと笑顔で突っ込まれたばかりなのに、私の涙腺は再び崩壊寸前である。
「真琴、さっきからずっと愛娘を嫁に出す父親みたいな顔してるよ?」
「父親って…私、モーニング着てたら凛と一緒にバージンロード歩けたかな?」
「そんな事したら凛ちゃんのお父さんが可哀想でしょ?」
「真琴のモーニング姿とか似合い過ぎてシャレにならないから。凛ちゃんも喜びそうだし、真琴が男前過ぎて伊織くんの立場なくなっちゃう!」
間違いない、そう言って友人達は笑った。
正統派美女の凛と、童顔でカワイイ系美男の伊織。
守るべき家族ができたせいか、以前と比べてずっと精悍な顔つきになった伊織。いくら友人達が私を『男前』と評してくれても、今日の伊織の方がずっとずっと男前に決まっている。
「そう言えば一時期、真琴のあだ名『お父さん』だったよね〜。」
「そうそう、真琴の中身知らない人は『王子』って言ってキャーキャー騒いでたけど。アレは絶対に王子ってキャラじゃなかったよね!」
披露宴会場への移動中、高校時代の思い出話が止まらない。
私が王子と呼ばれるきっかけとなったのは、1年の時の文化祭。
担任が某歌劇団のファンだった為、私達のクラスは演劇をする事になった。因みに、私と凛が通っていた高校は女子校である。
担任の指導の元、ミュージカル仕立ての「白雪姫」を上演、王子役を演じたのが私だった。
私は役作りの為、低い声を出す練習をしただけでなく、長かった髪をバッサリ切った。もともと、身長も低くないし、まな板だったせいもあって、自分でもなかなか様になっていたと思うし、実際、周りには大大大好評。
その上、びっくりするくらいノリが良いクラスだったので、文化祭が終わってもしばらく、皆が演劇風のノリを引きずって学校生活を送っていた。
そしたらいつの間にやら、王子= 里見 真琴という図式が全校に広がってしまったのだった。白雪姫を演じた凛も同じ理論で、凛=姫という図式も広がっていたっけ。
まぁ、王子を演じるのは割に早く飽きちゃったんだけど、周りが求めるから、時々ヤル気の無さを前面に押し出して王子キャラを演じていたら、「それじゃあ日曜日のお父さんだよ!」と怒られ…いつの間にかクラスで私は『お父さん』と呼ばれる様になっていた。
「凛ちゃんってさ、今も昔も変わらず『姫』だよね〜。」
「今日の様子だと真琴だって変わらず『お父さん』じゃない?」
「それ、間違いないわ!」
移動中、受付で受け取った席次表を眺めていた友人が、少し驚いた様子でこちらを見る。
「あれ、披露宴の席次…真琴だけテーブル違うんだね?」
「って言うか、真琴だけリアルお父さんと同じテーブルとか超ウケるんだけど!」
どっと笑う友人達との温度差を少し感じながら、私は披露宴会場に足を踏み入れた。
今日の席次について、以前から凛と伊織に打診されていた。それを二つ返事で承諾したのは私。
通常だったら、私の席は新婦の友人として、彼女達と一緒のテーブルに着くはずなのだけど、設置できるテーブルの数や1卓に着ける人数等、諸事情により私が新婦の家族の卓に着くと都合が良いのだそうだ。
凛の両親はすごく私を可愛がってくれているし、私も小父さんと小母さんが大好き。そうなれば当然断る理由なんてない。
昔はよく、「真琴ちゃんが男の子だったら凛のお婿さんになって欲しかった」なんて言われていたっけ。
凛の4歳上の有馬 宗、通称宗兄、そして宗兄の奥さんの唯さんとも超仲良し。2人とも、私を妹の様に可愛がってくれる。
自他共にシスコンと認める2歳上の有馬 蒴、通称蒴兄と私は、当初こそ犬猿の仲と言うか、ハブとマングースみたいな天敵同士だった。けど、誤解が解ければ凛を溺愛する同志として意気投合したというか、ライバルとして認められたというか、宗兄とはまた違った意味で仲良しだ。
蒴兄の誤解とは、私を凛の彼氏だと思った事。当初私は、凛の彼氏、即ち『最愛の妹を誑かした悪い野郎』として朔兄に認識されていた。
確かに、私と蒴兄が初めて会ったのは、高校1年の文化祭で、王子な私と姫な凛が腕を組んでイチャイチャしながら歩いてた所だけど。実際、凛と私は友人として相思相愛だったけど。
凛にクラスメイトって紹介されたのに、男と間違えるとか酷いと思う。いくら見た目とか、マコトって名前とか、振る舞いが男っぽかったからって、私と凛の通ってた高校は女子校だからね?
理解してもらうのに、数ヶ月かかったとかあり得ない。理解してもらってからも、私のビジュアルが男前(←自分で言うな)だからって、何かと突っかかってきて。凛と私が出かけるっていうと、何故かいつも蒴兄が付いてきてたし、バレンタインにもらったチョコの数で張り合ったりとかした。因みに、チョコは完全に私の圧勝。
だって女子校の「王子」ですもの…周り女子しかいないし、友チョコもカウントしてちゃったからね!いくら朔兄がモテるからって、チョコレートの数を競って負けるわけがない。
そうそう、伊織と凛が付き合い始めた頃にもやたら絡まれたっけ。「余計な事しやがって…」なんて怨みがましい目で睨まれたし。まぁ、蒴兄が伊織を認めてからは感謝されたからいいけど。
ここ数年は、自分の恋愛面の悩みを相談したりとか、元彼の愚痴を聞いてもらったりとかもしてもらってたし。
あまりに辛辣なレスポンスに喧嘩した事も多々あったけれど、蒴兄の意見が正論すぎて毎度ぐうの音も出ないのがデフォルト…。
そんな超仲良し(!?)な蒴兄と私。だけど最近はなんだか気不味い。私が一方的にそう感じているだけなのかもしれないけれど。
基本は今まで通り普通に話せるんだけど、時々変に意識してしまうというか…。
よりにもよって、今日の披露宴の席は私の右隣が蒴兄だったりする。なんだかちょっぴり気が重い。
まぁいいや…会話に困ったら、左隣の唯さんと宗兄に絡もう。
***
気まずさの原因は2週間前に遡る。
夜勤明けだった私は、仕事を終えたその足で、凛と伊織との約束に向かっていた。
凛のお気に入りのカフェに着くと、蒴兄も一緒だった。4人でブランチを取りながら、凛と伊織の結婚式で配るプチギフトについて話し合っていた。
凛にお願いされて、スノーボールクッキーを一緒に作る事になっていて、その件に関しての相談。
余談だが、料理は豪快な男の料理的なものしか作れない私なのに、何故かお菓子作りは得意だったりする。ほんと、どーでもいいけど。
ともかく、ブランチを終え、包装紙とかリボンの下見に行こうかってカフェを出た時だった。
「あの…サトミさん、ですよね?」
カフェから出てすぐ、私は知らない女の人に呼び止められた。
見た事も無ければ、名前を聞いた事もない、そんな女性に、「森 大翔さんの事でお話があります。」なんて話しかけられて。
森 大翔とは私の元彼だ。だけど、既に別れてから半年も経っているし、職場が近いからたまーに見かける事はあっても、話す機会もないし、連絡はもちろん取り合っていない。何を今更?とは思ったんだけれど。
彼女のあまりに鬼気迫る様子に放っておく訳にもいかず、カフェから目と鼻の先にあるファミレスで話を聞く事にした。
凛と伊織、そして蒴兄を巻き込んでしまった事は本当に申し訳ないと思う。だけど、顔色が悪い上、目のすわった彼女が怖くて…一対一じゃ心細かったからすごく助かった。
大翔の名前が出た時点で嫌な予感はしていたけれど、案の定、安っぽいドラマの様な展開となり…。
大翔を大切にしない私が許せないから始まり、大翔を振り回す私が許せないとか、自分が如何に大翔に愛されているのだとか、大翔との子を妊娠してるというトンデモない発言まで。
まぁ要するに大翔を自分に寄越せと言いたいらしい。
とっくに縁は切れているし、あまり良い別れ方をしていない大翔に、今でも私が未練タラタラで付きまとっているみたいな誤解をされている事は非常に気分が悪いし、全くもって心外である。
だけどいくら説明しようとも、こちらの話なんて全く聞いてもらえず…。
途中、式の打ち合わせの予定が入っていた凛と伊織が抜け、蒴兄と私で延々と話を聞かされるハメになってしまったのだった。
―――私と大翔は半年前、大翔の浮気現場に私が鉢合わせしたのが引き金となって別れた。あくまで浮気は引き金でしかなかった。
彼の浮気は初めてではなかったし、浮気が原因で別れようと思った事はない。
別に火遊び程度の浮気なら全然されても平気だったのだから。というのも、私の母は浮気できる様な甲斐性のある男の方が魅力的だ、自分の所にちゃんと帰って来てくれればそれで良いなんて考えだったし、実際に父親がそんな人だった。
こちらが気付かない、もしくは気付いても気付かぬふりをできる程度に上手く誤魔化してもらえれば、浮気なんて私的には全く問題なかった…筈だった。
だけど、友人と旅行に行って帰宅したら、自分の家に居候している彼氏が女を連れ込んでお取り込み中とかは勘弁して欲しい。
いくら何でも、私はそこまで寛容じゃない。
そんなベッドで自分が睡眠をとるとか…生理的に無理でしょ、普通。
とりあえず、大翔とその相手を正座させてそのまま三者面談。
その場の勢いで不用品引取り業者を呼んで、ベッドと布団を2人の前で処分した。
浮気をしたことではなく、私の家でした事を咎めたら、大翔に逆ギレされた。浮気をしたのは私のせいだ、と。
『海外旅行今年何度目だよ?俺は時間も金もある真琴とは違うんだよ。拘束時間長いし、仕事はキツイのに給料安いし。ホテル代だってバカにならないじゃん、居ない時にベッド借りて何が悪いんだよ?…っつうか、怒るとこそこかよ…浮気した事は怒らないのかよ!何でそんなに余裕なんだよ!いつもどーんと構えてさ、俺ばっかり焦ってばっかで…真琴といると、俺は劣等感に苛まれる。』
同じ病院で働く看護師の私と介護福祉士の大翔。同じ職員であっても、持っている資格で待遇が随分違ってくる。
私といると惨めになる。だから、一緒にいて優位になれる女と浮気した。大翔は暗にそう言ったのだ。
因みに海外旅行は今年2回目で、国内のちょっとした旅行に行くよりリーズナブル。
大翔が浮気相手に私に内緒でプレゼントしたブランド物の財布より、私の2回分の旅行代金の方が安いなんて口が裂けても言えなかったのはココだけの話―――
目の前の彼女はその時の女性とは別人。言ってる事から推測するに、彼女は本命ではなく浮気相手っぽい。
ちょっと待て。鉢合わせした女性の名前…聡美さんだったような?
「あの…もしかして、人違いされてませんか?私、サトミですけど…里見 真琴と申します。大翔とは、半年前にスッパリ別れてますけど…。」
動揺する彼女を見るに、どうやら本当に人違いだったようだ。
彼女の話によると、最近彼の部屋で大量の私の写真を見つけ、本命の「聡美さん」だと思ってしまった。聡美さんの存在は、彼が時々彼女の愚痴をこぼしていて知ったのだとか。
それで今日、たまたまカフェから出てくる私を見つけ名前を確認したところ、私も苗字ではあるけれど大翔の知り合いの「サトミ」だった。
よりによって、産婦人科で妊娠が決定的になってしまった帰りで気が動転してた彼女に、きちんと確認する余裕などなかったのだろう。しかも、受診を先送りにしていたらしく、結構な週数が経過しているのだから、相当焦っていたに違いない。
そうと分かれば、彼女が話し合う相手は私ではなく大翔だ。見るからに体調の悪そうな彼女を見兼ねて、蒴兄と一緒にタクシーを拾い大翔の家まで送って行った。
幸か不幸か、インターホンを押すと出てきたのは聡美さんだった。
私の顔を見て「今更何?」と鼻で笑われたので、最大限の嫌味を彼女にも告げた。本当はもっと色々言いたい事があったけれど、蒴兄に睨まれたので止めた。
聡美さんは、大翔の部屋に私の写真があることも、大翔が浮気をしていた事も知らなかったらしい。私の手前、泣くことは彼女のプライドが許さなかったのだろう。必死で涙をこらえて震える様子の彼女に思わず同情してしまった。
大翔に更に事細かに事情を話して妊娠中の彼女を託したのだが、彼は私の顔を見て驚き、彼女の妊娠を知り顔が青くなり、蒴兄の真っ黒い笑顔と「別れた真琴に迷惑かけるな」の一言で魂が抜けてしまった様だった。
その状態でスムーズに話し合いが出来るとは思えないけれど…どうにかしてもらうしかない。悪いけどそこまで面倒見る義理も道理も無い訳だし。
その後、面倒な事に巻き込んでしまったお詫びを兼ねて、朔兄と飲みに行く事にした。
適当な店で、適当な料理を頼んで、とりあえず生ビール。
夜勤明けでそのまま寝ずに24時間以上。私は酔っ払ったのか寝落ちしたのかわからないけれど、その夜の記憶はそこでぷっつり切れている。
翌朝、目が覚めると、何故か私は自分の部屋に居て。
目の前には、蒴兄の顔のどアップが…。
……気付けば、私が蒴兄に抱き付いてフレンチじゃないキスをしていた。
私、痴女じゃん。朝っぱらから無意識で親友の兄を襲っちゃうとか、どんだけ欲求不満なんだろう…。流石に自分でも引いた。
だけど、言い訳させて欲しい。
始めは夢の中の出来事だった。相手は…覚えてないけど、私が「大好き」だって告白したら、優しく抱きしめられて、キスをしてくれて。それがどんどん深く情熱的に…なっていったところで目が覚めて、目の前には朔兄の顔のどアップが…(以下略)
そんな状況でも蒴兄はグッスリ眠っていていたので本当に助かった。
無意識の条件反射であんなキスが出来ちゃうとか、相当女性に慣れているに違いない。蒴兄、モテそうだもんな…。ともかく、この状況はマズい。蒴兄が起きる前に離れなければ…と、少しずつ起きる体勢へと立て直していく。離れる時、唇からチュッ…なんて艶かしい音が聞こえたけど…きっと気のせいだ。
慌てて服装を確認すると、私も蒴兄も昨日のままで一切着衣に乱れは無かった。まさに、「安心して下さい、履いてますよ!」ってな状態に心底ホッとして。部屋を見回しても、何かが起こった形跡は無さそうだ。せいぜい、ビールの空き缶が2つ3つ床に転がっていただけ。
シャワーを浴びて身支度を超特急で整えてから蒴兄を起こした私は、起きた蒴兄にさりげなーく昨夜の事を尋ねた。
話によると、ビール1杯で寝落ちした私を家まで送り、帰ろうとしたところ目を覚ました私にもう一杯飲もうと引き止められたらしい。
私がゴネて煩かったから、付き合ってくれたそうだ。私が寝たら帰るつもりだったらしいけど…要するに蒴兄も寝落ちしてしまったらしい。
どうやら蒴兄は熟睡していて気付いていない様だ。
かくして、私の中で寝起きの出来事は夢であり、「なかった事」として処理されたのであった。
***
厳かな雰囲気で行われた式とは一変、披露宴は賑やかで楽しい雰囲気だ。
来賓の祝辞も、伊織の上司は所々に笑いをぶち込んでくるし、乾杯の音頭を取った凛の恩師も笑いを誘う様な前置き。
ケーキ入刀は友人達と一緒にちゃっかり最前列で、凛と伊織の仲睦まじい姿をカメラに収め、ファーストバイトでは顔中生クリームだらけの伊織と、腹を抱えて笑う凛をバッチリ撮った。
ドレスは同じものであるのに、ベールを取り、髪型が変わってティアラを付けただけで、綺麗から可愛いへと変貌を遂げた凛。もう可愛くて可愛くて、歓談中に思わず抱き付いたら伊織に怒られ、蒴兄に引き剥がされた。
蒴兄のシスコンっぷりは今でも健在だ。あの頃とは違って、髪だって伸びたし…胸は相変わらずボリュームには欠けるけど、女っぽくなったはず。なのに私が抱きつくのはアウトなんて意地悪だ。
蒴兄に引き剥がされた際、掴まれた肩と腕から全身に熱が伝わる。やばい、蒴兄の顔、まともに見れないや。超可愛い凛の兄だけあって、蒴兄だってカッコいい。しかも、今日は大好きな妹の晴れ舞台とあって、いつも以上に気合が入って10割増し。
あの日以来、私は変だ。なかった事として処理した筈なのに、蒴兄の顔を見ればドキドキするし、蒴兄の手が私に触れるだけで身体中が熱くなる。
意識しちゃダメとか、思い出さない様にすればするほど悪循環で、唇の感触とか無駄に長い睫毛とか、諸々思い出してしまう。
これがどういう事なのか分からないくらい私は子どもじゃない。だけど、相手は蒴兄だ。かつて妹についた悪い虫だと思われていた私に望みなんてある筈ない。今ですら、妹どころか弟みたいに扱われてる節すらあるのに。
この気持ちを本人に気付かれる訳にはいかないから、照れ隠しで精一杯の悪態をつく。
「蒴兄、自分が凛に抱きつけないからって、私にヤキモチ妬かないでよ。」
そこでなぜか、蒴兄だけじゃなくて、凛と伊織の方からも溜息が聞こえたのは気のせい?
ほぼ同時に、司会者から着席を促されるアナウンスがあった為、確認する事が出来なかった。どうやらこれから余興が始まるらしい。
…と思ったら、蒴兄に手首を掴まれる。
「ほら、席に戻るぞ。」
ちょっと放してよ、自分で戻れるから…そう言いたいのに、言葉が出ない。振り払いたい様な、このままでいたいような複雑な気分。
ぶっちゃけ嬉しい…。
だけど、平常心を装うのに必死で。やっぱり蒴兄の顔はまともに見れなかった。
伊織の友人のギターの弾き語りとか、凛の大学時代の友人のスピーチとか、今日来れなかった友人からのメッセージビデオも上映された。
再び号泣した私に、凛のお母さんがハンカチを貸してくれた。私のはもう既に涙でぐちゃぐちゃだったのだ。だけど…なぜか貸してもらったハンカチは取り上げられて、蒴兄に涙を拭かれている。
ウォータープルーフの化粧品を使っているけれど、顔はグチャグチャじゃないだろうか…。グチャグチャな顔、好きな人にこんな近くから見られたくない。
「化粧なら崩れてないから安心しろ。」
蒴兄に心を読まれたのだろうか?蒴兄にそんな特技があったら非常に困る。もしそうなら、恥ずかしくて死ねる。
「俯いてないで、いい加減泣きやめよ。落ち着いたら料理食え。凛がこの会場選んだの、料理が美味いからだろ?ちゃんと食べて感想言ってやってくれ。」
そっか、俯いてバッグの中の鏡を探してたのがバレただけか。
心を読まれていない事に安堵しつつ、やっぱり蒴兄は凛が大好きなんだなと思ったら、意識せずに彼の顔を見る事が出来た。2週間ぶりに、蒴兄の顔を見てちゃんと笑えた気がする。
料理は本当に美味しくて。美味しい料理って会話が無くても笑顔になれるし、なんだかんだで会話も弾むから、すごく助かった。
意識さえしなければ、蒴兄は一緒にいて楽しいし、波長が合うと言うか、肩肘張らずに自然体でいられる存在なんだよね。
居心地が良いから、手放したくない。そんな理由で素直になれない私。だけどそんな事言ってたら、そのうち蒴兄は誰かにとっての『最愛の人』になっちゃうんだろうな。
今日こうして、凛が伊織の、伊織が凛のそれになった様に。
結婚願望が無いわけじゃないけれど。自分には結婚なんて縁がない様にも思える。
そもそも、私みたいな可愛げのない女、誰がもらってくれると言うんだろう。気が強くて大雑把、庇護欲を掻き立てる様なタイプとは真逆だし、男顔でツルペタだし。
高校の頃は無駄にモテたなぁ…同性にだけど。男として産まれていた方が幸せだったのかもしれない。そしたら蒴兄を思って、色々悩まなくて済んだのかな…なんて思ったりして。
いつの間にか余興は終わったようで、会場の照明が落とされると、真っ白くて大きなスクリーンが天井から降りてきた。
新郎新婦のプロフィールムービー、いわゆる生い立ちDVDの上映が始まる。
伊織が頑張って作ったらしい。私の実家からも、色々写真持って行ったって母が言っていたっけ。
ポップでハッピーなメロディにピッタリ、楽しげな凛と伊織の笑顔の写真がメッセージと共に現れる。
そして、産まれたばかりの伊織が登場。赤ちゃんの伊織がどんどん成長してゆく。所々に私が写っているけれど、大概男の子みたいな姿だ。
今度は産まれたばかりの凛の写真。宗兄と蒴兄に囲まれて、大事に大事に育てられてきたのが良く分かる。
凛の高校以降の写真には、どう見ても少年にしか見えない私が多数写っていて。腕を組んでいたり、頬をくっつけていたり、蒴兄が嫉妬するのも仕方なかったのかも…なんて思った。
付き合い始めてからの凛と伊織の仲睦まじい姿を中心に、凛や伊織の家族を交えた写真、友人達とワイワイ盛り上がる写真、式の準備をする写真や、婚姻届を持って幸せそうに笑う写真などへ次々変わっていき、ゲストへの感謝のメッセージが映し出された。
もう終わりかと思いきや、映像が暗転し、曲調が変わる。
オルゴールバージョンの『いつか王子様が』だ。凛の大好きな曲。そして、真っ黒い画面に浮かび上がってきたのは写真ではなくて文字だった。
◇◇◇
『凛にオススメの人がいるの!』
12年前 私の王子様(仮) は
そう言って ホンモノの "王子様" を
つれてきてくれました
◇◇◇
文字が消えると、プリンセスな凛と王子な私の写真が浮かび上がり、その後、凛と伊織と私のスリーショットへとクロスフェードした。
そして再び画面が暗転、ゆっくりと文字が浮かび上がってきた。
◇◇◇
『伊織と絶対波長が合うって!』
12年前 凛の王子様(仮)は
そう言って 彼女の隣を
僕に譲ってくれました
当時は 私の王子様(仮) だったけれど
今はもう 王子様じゃなくて
プリンセスに変身してるって気付いてる?
今日 こうして 大切な人達に囲まれて
私達が幸せな 時間を過ごせるのは
私達のキューピッドである
あなたのお陰です
だから 今度は私達に
あなたが幸せになるお手伝いをさせて欲しいから
プリンセスになった あなたにも
きっと 王子様が現れるはず!!
じゃなくて…
もう ずっと前から 現れてるんだよ?
真琴の王子様は
実は今もすぐ側にいるんだって気付いてる?
ヘタレな王子様だから
不器用な王子様だから
素直じゃない王子様だから
ちゃんと伝えられないだけで
真琴の事
誰よりも大切に思っているんだよ
『真琴にオススメの人がいるの!』
『真琴と絶対波長が合うって!』
ねぇ 気付いてるでしょ?
真琴の王子様は
今 真琴の隣にいること…
◇◇◇
スクリーンに映し出される文字に、会場中がざわめいて…そして、次の瞬間浮かび上がった4人で写った写真、その一部がどんどんズームされていく。
凛と伊織も写っていた筈の写真が、気付けば私と蒴兄のツーショットの写真に。
いつの間にかすぐ側に凛と伊織がいて。伊織は、胸に挿していたブートニアを外すと、それを凛に渡し、凛がそのブートニアを、ブーケに挿し込んだ。
「はい、蒴兄。」
伊織に促されて立ち上がった蒴兄に、凛がブートニア付きブーケ押し付けた。そして、凛に手を引かれた私も立ち上がる。
「ほら、蒴兄。ヘタレ卒業するんでしょう?」
「この状況で有耶無耶にするとかナシですよ?」
伊織と凛の笑顔が怖い。
えぇぇぇぇー!??なにこれ、この状況…。
蒴兄の表情もすごく固い。
急に静まり返る会場に、蒴兄の声が響く。
「真琴、好きだ。結婚しよう。」
蒴兄の口から飛び出した言葉が信じられなくて。私は夢を見ているのかも?なんて思わずにはいられない。
だけどちょっと待て、嬉しいけど…嬉しいけれども、色々すっ飛ばし過ぎじゃないか?
伊織がが蒴兄の耳元で何か囁くと、蒴兄の顔が見る見る真っ赤になった。
そんな蒴兄に手を取られ、先程まで凛の手にあったブーケを渡される。
「真琴がずっと好きだった…だから、側にいて欲しい。俺と付き合ってくれる?」
騒つく会場で、かき消されそうな位小さな蒴兄の声。だけど、私にはハッキリと聞き取れた。
ずっと好きだったってどういう事?
私も蒴兄が大好きだから、側にいたい。
溢れる涙のせいで、上手く言葉に出来ない。かわりに、コクリと頷いた。
次の瞬間、会場が大きな拍手と歓声に包まれる。
「真琴、おめでとう。ブートニア、蒴兄の胸に挿してあげて。」
ニッコリ笑う凛の目にも涙が浮かんでいる。
凛にブーケを預け、蒴兄のジャケットにブートニアを挿す。
「花嫁のブーケの始まりは、その昔、青年が思いを寄せる女性にプロポーズをする際に渡した花束に由来すると言われております。そして、結婚を受諾する返事として、花束から一輪の花を抜き、男性の胸に挿したのがブートニアの由来だと言われております。……新婦、凛さんのお兄様の有馬 蒴さんのプロポーズが、凛さんのご友人、里見 真琴さんに受諾されました。皆様、蒴さんと真琴さんに改めて盛大な拍手をお送り下さい!花嫁のブーケを受け取った女性が次の花嫁になる、そんな言われがございますが、凛さんから真琴さんへ、無事、幸せのバトンが繋がりました。……それでは、ここで新郎新婦はお色直しの為、蒴さんと真琴さんのエスコートで皆様の前より一度失礼させて頂きます。どうぞお近くをお通りの際は拍手やお祝いの言葉でお送りください」
大きな拍手、そして蒴兄と私までたくさんの人達から「おめでとう」と声をかけられて。
想像すらしていなかった、突然降って湧いた様な幸せ。
諦める必要のなかった恋心は、今まで抑えつけていた反動で更に大きく膨らんで…。
それに少し戸惑う私と、赤面して俯く蒴兄。
こうなる事を分かっていたのか満足げに笑う凛と伊織。
4人で一礼して退室してもなお、しばらく拍手の音が聞こえていた。
***
「真琴、最近俺を避けてた…だろ?」
「避けてた訳じゃないけど…恥ずかしくて、ちゃんと顔、見れなかった。」
「ごめん。あの時はあまりに嬉しくて…思わず…。」
「…何の話?」
「寝言でも、真琴に名前を呼ばれて大好きなんて言われたら、思わず…な?あの時直ぐに、真琴が起きなかったら、我慢出来ずに襲ってた。」
「…ちょっと待って!?あの時、起きてたの?」
「…あまりに気まずくて寝てるフリしてた。マジで俺、ヘタレだわ…。」
「てっきり私が蒴兄を襲ったものだと…そうならそうと早く言ってよ!この2週間悩んで損した…。」
「たった2週間だろ?俺はどんだけ悩んだんだと思ってるんだよ…とにかく、やっと捕まえたお姫様、絶対手放すつもりはないから覚悟しとけよ?」
この会話の1年後、義理ではあるけれど、私と凛が姉妹になったのは言うまでもない。
Fin.