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我輩さまと私  作者: 雪之
本編
5/50

2-1.食堂

 黒の級長……我輩さまは、そのまま私の制服にバッジを付け、用は済んだとフードを被って退室した。

 魔獣……今はプラズマさんはその隣を静かに……パリパリ静電気を放ちながらついていく。


 ……とんでもないことになった、らしい。

 無知は罪だ。無知は弱さだ。

 バッジの中には我輩さまの純度の高い魔力と共に、妙に揺らぎのある魔力が漂っている。

 もしかしたら、これが私の魔力なのかもしれない。

 自分の力では体外に出せないから、感じ取るのは初めてだ。

 さっきの女子生徒の足元にも及ばない薄い魔力は、なるほど私の力に見合ったものだろう。

 そこまで意識してからふと、前を行くプラズマさんから漂う魔力に気付いた。

 我輩さまと同じ、純度の高い魔力なのに少し違っている気がして……それをつい、口に出していた。


「我輩とプラズマの魔力の質が違う、と?」


「なんとなく、ですけど……」


 今まで魔力の有無だけなら五感で感じ取っていたけど、それは有るか無いか、濃いか薄いか程度だった。

 けど、今感じているのはそれとは少し違う感覚だ。

 私と我輩さま程顕著ではないものの、絶対に同一ではないのは分かった。


「魔力を魔獣に移す時、多少なりとも変質するものだ。

 我輩の黒い魔力は、プラズマに移る時、プラズマの体質に染まることもある。

 もしくはその時の我輩の魔力の色にもよる」


「魔力の色、ですか」


「左様。故に、小娘の感じる違いは色の違いであろうな。

 色の魔力持ちであれば自然と違いが分かるのだが、小娘は今までどうであった?」


「多分……魔力の密度くらいでした」


「密度が感じ取れれば恐らく色も感じ取れるであろう。

 丁度よい、今後小娘を呼び出す時は我輩の魔力を飛ばすとしよう。こういった風にな」


 ひゅっと指を振り、こちらに小さな魔力の塊が飛んできた。

 それは純度の高い……だけじゃない。ぼんやりと色が付いてる?

 グレーではない、薄墨色……?

 私が目視したのを感じ取ったのか、それはすぐに霧散した。


「これを見たら部屋に来るがよい。

 さて、今日はもう仕事も終わりだ。帰るぞ」


 窓の外を見ると、もう真っ暗だ。

 食堂も閉まっているから、今日は部屋に置いてあるお菓子でしのぐしかないだろう。

 怪我をしたせいか妙に身体がだるく、栄養を欲しているらしいけど仕方がない。我慢しよう。


 下駄箱で靴を履き替え、すぐ右手にある食堂の奥が寮だ。

 木々と塀に囲まれているお陰で外からは一切目に入らず、そもそも山の上にあるのだから関係者以外は訪れることもない。

 そんな隠されたような寮へ向かっていると、我輩さまは怪訝そうな顔をした。


「小娘、夕飯は採らぬのか」


「もう閉館時間ですよ。部屋でお菓子でもかじります」


「先程の話を聞いておらんかったのか?」


 先程……食堂の話? なんだっけ。


「全く……ついて来るがよい」


 すたすたと食堂へ向かう後姿を眺めていると、プラズマさんがぽいんとぶつかってきた。

 多分、同じ事を言ってるんだと思う。

 今更寄ろうが寄るまいが帰り時間に大差無いし、とりあえず言われた通りについていこう。

 このまま無視したら明日が怖い、気がする。


 シンプルと言えば聞こえはいいけど、実質ただ簡素なだけ。

 そんな食堂の扉を潜ると、案の定人の気配は無く、薄暗い中テーブルが並んでいる。

 百名は入りそうな広さだけど、その分カウンターからの距離に差がありすぎて、近い場所は上級生、属性持ちのA組、次にB組、一番遠くに無色となっている。

 ヒエラルキーと言えばそれまでだけど、あんまりにも露骨な格差に入学当初は少し、ほんの少しだけ苛立ったものだ。

 そんなことも最初の数日程度で、慣例に従ったほうが居心地がいいと気付いてからはなんの不満もないけど。

 すたすたと歩いていたと思ったら、カウンターのすぐ脇にある扉に手をかける。

 やけに高級そうな金のドアノブは、きっと教員用なんだろうと思っていた。


「この部屋は、教師と級長、そしてその補助役専用の部屋だ。

 此処ならば時間外でも問題なく食事が出来る故、忘れるでないぞ」


 音も無く開いた扉の中は、さっきまで居た応接室のように煌びやかだった。

 綺麗な布張りの椅子にレースのテーブルクロス。更に頭上にシャンデリア。

 前の部屋はなんだったのだと思うほどに違いのある部屋は、教室と同じくらいの広さだった。

 密度の濃い魔力に満ち満ちて、私にとっては少し息苦しい。


「何を突っ立っておる。さっさと座らんか」


 背もたれに黒い布のかかっている椅子に座り、その正面を指差された。

 部屋をよく見てみれば、二人用のテーブルに様々な色が対になってかかっているようだ。

 赤、青、緑、茶、白、灰、そして黒。

 級長と補助役、なんだろう。

 それ以外の四人用のテーブルは教員用か。柄の入った布がかけられている。

 おずおずと椅子に座るとやはり柔らかく、普段使っているクッションすら無い板張りの椅子とは雲泥の差だ。

 痛いからあまり長居しないんだけど、もしかしたら長時間溜まらないようにとの対策なのかもしれない。

 椅子に座ってすぐに食堂の女性がお皿を持ってきて、静かに料理一式を並べて去っていく。

 出来立てほかほかの和風ハンバーグにほうれん草の胡麻和え、切り干し大根、ご飯と味噌汁。

 いつもと同じようなメニューなのに、プラスチックではない綺麗なお皿に乗っているというだけで、格が変わったように見える。

 茶碗とお椀も妙に高級感があって、絶対に高い物だ。


「さっさと食わんか」


 じっと見ていると我輩さまからお叱りを受ける。

 確かに、せっかくの出来立てを冷めるまで待つのはおかしいことだけど、小さく目礼をしてから箸を取る我輩さまに、私もさすがに口を出した。


「フード、取らないんですか」


 今日まで会ってきて、ローブを脱いでいたのは一番最初に廊下で遭遇した時だけで、それ以外は常に着ていた。

 それもフードを脱いだのはさっきの一回きり。

 目深に被っているから目元は見えず、鼻から下しか出ていないから表情が読めない。

 もしこんな格好の人が一クラス分揃ってたら、かなり不気味だ。


「む……そうだな、無作法であった」


「では、いただきます」


 フードを脱ぐ素振りを見せたから、私も素直に箸を取る。

 ハンバーグを切り分けようと箸を刺すと、肉汁がじわりと溢れ、湯気が上がった。

 普段の冷め始めて少し油っぽい物とは大違いだ。

 各テーブルに並んだ調味料からポン酢を取り、刻んだ大葉の混じった大根おろしに少し垂らし、薄茶色に染まった物を乗せて口に運ぶ。


「……美味しいですね」


「外で出されている分と物は変わらん。不公平だからな」


 口の中で火傷しそうなほど熱い肉と、それを優しく冷やす大根おろしとを堪能しながら顔を上げると、我輩さまは素顔を晒していた。


 真っ黒い髪と目、紫色の虹彩。

 そして何より、あれだけ光から遠ざかっていれば納得できる程の真っ白い肌。

 切れ長の目は結構威圧感があるけど、陶器のような肌に収まっているとそれ程でもない。


「……美人ですね」


「ハンバーグに美醜なんてあるものか」


 勘違いされたけどそれはそれでよし。

 恐らく男子に美人という言葉は、可愛いの次に言ってはいけない言葉だろう。

 正直、人の美醜に対して興味はない。ただ、ああ綺麗だな、程度のものだ。

 平和で平穏で平均的な生活においては避けたい存在だけど、普段は隠されているし、気にしなければそれでいいだろう。

 冷たい胡麻和えと、生温い切り干し大根はいつも通りの味で、ご飯と味噌汁を堪能してから箸を置いた。

 食事と言うものは温かさでこんなにも変わるものか。

 羨ましい、けど、ここでは気が休まらないだろう。

 いくら温かい食事と柔らかい椅子があったとしても、いつも通りの冷め始めた食事と硬い椅子でクラスメイトと食べる食事のほうが落ち着く。

 ここは、煌びやか過ぎる。


「お、本当に補助役居るね」


 背後から届いた声は男子のもので、少しだけ振り返ると三名の生徒が居た。

 我輩さまと違ってローブなんて着ていなく、ネクタイには色が入っている。

 赤が一人と青が二人。

 ここに居るという事は、級長と補助役なんだろう。

 位置的に少し離れたテーブルについたものの、わざわざ椅子をずらしてこちらに向き直り、並べられた食事に箸をつけつつ喋り始めた。行儀が悪い。


「だよなぁ、補助役必要だよなぁ。俺も補助役には世話になってるけどなぁ、ちょっと鬱陶しいよなぁ」


 赤の席にだらりと腰かけ、面倒くさそうに箸を操る男子生徒は、口調もだらけている。

 一口食べてはため息、二口食べては頬杖。

 半分残して両肘を付き、その上に顔を預けた。


「それは君が働かないからさ? 僕は補助役を鬱陶しく思ったことは無いよ。

 むしろ、必要不可欠の存在だよ」


 青の席にきっちり腰かけ、丁寧な作法で食事を進める男子生徒は、おだやかに言う。

 その正面に座った男子生徒は、関係ないとばかりに黙って静かに箸を進める。


「でぇ、その女子はどこのクラス? 黒峰の取り巻きには居なかったよねぇ?」


「これから何かと関わるんだから、自己紹介しようよ。ね?」


「…………」


 ちょうど半分背を向けているから、私のリボンが目に入らないのだろう。

 我輩さまは静かに食事を終え、運ばれてきたお茶をすすっている。

 普段は自分で取りに行くものでも、ここでは何も言わずに出てくるらしい。


「我輩の補助役が、赤と青の者と関わることは無かろう」


「そうでもないよ? イベントの度に色分けされるんだから、横の繋がりは大事だよ」


「そういう場合は専門の係が居るはずだ」


「俺はぁ、ただの興味心。

 黒峰はこのまま一人かと思ってたからぁ、意外だったかなぁ。

 きっと俺以外もぉ、そう思ってるだろぉ?」


 そこまで言ってまたため息。小さな動作ですら面倒だといわんばかりの態度は、なかなか珍しい。

 赤茶色の髪と焦げ茶色に混じる赤の虹彩を持つ目。

 会話の感じから、この人が赤の級長か。

 もう一人は、黒い髪に青の光彩を持つ目。その隣はもっと青の薄い目。

 その色が濃いほうが偉いのかもしれない。


「しばらく仕事をして、我輩の手には余ると感じたのだ。

 手が足りぬから補充した。それだけだ」


「分かってるよ、だからその人選が気になっているんだよ。

 そこの子、名前は?」


 三人の視線が私の半身を刺し、正面では渋面を浮かべて視線を逸らしている人が居る。

 こんな只中で味方は無しか。連れて来た責任を果たさないのはどうかと思う。

 好奇心に似た視線は私を刺して止まないし、正面は相変わらずだ。

 自己紹介くらい、いいか。いつかは分かることならば、聞かれた時に自分で言うほうが礼儀に則ってるだろう。


「音無み……」


 名前の部分を言おうとしたら、正面から薄墨色の魔力が飛んできた。

 何の効果も持たないただの魔力の塊だけど、私の意識を向けるには十分だった。


「簡単に名を名乗るなと言ったであろうが」


「音無です」


 我輩さまがそう言うなら従おう。この場は級長の場所だ。

 口に出した分は今更だろうから、苗字だけに留めておく。


「俺らは黒峰と違って呪いの類は苦手なんだから、フルネームくらいいいと思うけどね。

 それにしてもその名前ってことは……黒の系列じゃないの?」


「おぉ、その子無色だ。通りで色気の欠片も感じないと思ったぁ」


「無色……? うわ、本当だ!

 黒峰、君ってばいくら同属嫌悪が激しいからって無知で無垢な無属性を生贄にするんじゃないよ」


 ……今、またしても貶された気がする。

 色気が無いと言われたのは今日が初めてだけど、それは普通ならばはっきり口にする事柄じゃないからだろう。

 たとえ思っていても、口に出していい言葉じゃない。

 これは言葉を返していいものか。それとも、級長に刃向かうわけにはいかないか。


「……青川様。音無嬢は誤解しているようです」


「誤解?」


「何がぁ?」


 黙っていた青の補助役の人が、よく通る声で言った。

 誤解? 言葉の通りに受け取ったから誤解も何もないはず。


「魔力持ちにおいて色気が無いとは、色の気配が無い、つまり属性が薄い、もしくは無いという意味です。

 決して、魔力を持たない人間の言う、性的魅力の欠如という意味ではありません。

 本家に近しい方ほど、魔力を持たない人間社会の常識が欠如しています。

 努々、お忘れなきよう」


 淡々と語り、そしてまた口を閉ざすと、きょとんとした顔が三つ並んでいた。

 言わずもがな、三人の級長だ。

 赤と青の二人は顔を向け合い、我輩さまは一人私を見ている。

 そうか、そういう意味だったのか。


「色に狂った……女、とはどういう意味になりますか?」


「家格に拘り、高位の家、例えば本家筋相手に無理な婚姻を求める女、と言う意味合いを持ちます。

 あちらの世間での玉の輿狙いの女、と同義でしょう」


 雌と口にするのは憚られたので言い換えたけども、なるほど。

 魔力持ちの世界では色=属性、家柄の意味なんだろう。

 級長が揃ってデリカシーが無いという訳ではないらしい。


「すっきりしました。ありがとうございます」


「いえ、私は青川様の名誉をお守りしただけの事。

 礼を言われる謂れはありません」


「固い、固いよ清水。ごめんねー音無さん、こいつ僕のことばっかりで男色なんじゃないかって心配するぐらい僕ばっかなんだよね。

 悪気はないし根はいい奴だから、よろしくね」


「青川様の付き人兼補助役をしております、清水です」


「はぁ……よろしくお願いします」


 青の級長、青川さん。補助役、清水さん。

 水属性の本家と、関係がありそうな名前と。

 というか、この学園において級長に就く人は全員そういうのなんじゃないだろうか。

 属性持ち、特にA組はプライドが高い、らしい。

 そんな中でトップに立てるのは、他者が何も言えないほどの能力と家柄が必要なんじゃないか。


「俺は赤山ぁ。補助役は今度ねぇ。そろそろ帰るわぁ、眠いぃ」


 話しながら食べ進めたものの、四分の一を残してくたびれた様子だ。

 さも重たいように身体を引きずり、扉に手をかけると急に背筋を伸ばした。


「はぁ、級長ごっこやるかぁ…………じゃ、またな!」


「ああ、息災でな」


 扉を開けて元気に出て行く赤山さんの後ろから、苦笑を浮かべて追う青川さんと無表情な清水さん。

 誰も居なくなった食堂に響いたのは、我輩さまの言葉だった。


「赤山のあれも秘する事柄だ。この部屋の中の事も、他言無用だ」


 級長と言う立場は、思った以上に大変な役割なのかもしれない。



 普段なら確実に寝ている時間帯に帰った私に、隣近所の部屋のクラスメイトがどっと押しかけてきた。

 口々に何かあったのかとか、苛められてないかとか、落し物でもしたのかとか、たくさんの事柄を問いかけてくる。

 全てに、何も問題は無いと答えると、安堵にも似たため息が出てきた。


「弥代子ってば最近帰り遅いし、何かに巻き込まれたんじゃないかと思ってたんだよ」


 それは正解。我輩さまに目を付けられた。


「今日なんて放課後、保健室に生徒が担ぎこまれたらしいよ?

 そのままおうちの人が引き取りに来て、どうしたんだって噂が流れてたし」


 あの女子生徒かもしれない。黒いローブの制服姿の人が連れ去ったけど、結局保健室だったのか。

 ……いや、それさえも隠蔽工作の一つなんじゃないかと思うほど、手馴れた様子だった。


「何かあったら言ってね? 外のことはあまり手伝えないけど、それ以外のことなら協力するから!」


 そう言われ、もしかして心配してくれたのかと聞くと、少し怒った様子で頷かれた。

 今日だけでこんなにもたくさんの人に心配してもらったなんて……これからの人生分を全て使い切ったんじゃないだろうか。

 そうに違いない。心配なんて、そうそうしてもらえるものじゃない。


「何かあったら、言うかもしれない」


 とだけ言うと、みんな口々に了解の意を答えてくれた。

 何度も思うが、このクラスは仲がいい。

 ただのクラスメイトにここまで親身になってくれるだなんて。

 それに私が何か返せるかは疑問でしかないけど、もしそんな機会があったら……できるだけ頑張ってみよう。

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