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我輩さまと私  作者: 雪之
日常
41/50

はなればなれ

書籍発売記念話・その4

発売日まであと1日!

 学園から遠く離れた、山とも海とも離れた場所の、やけに白い大きな建物。


 この建物は、魔力に異常が出た人間を保護する場所だ。

 生まれつき膨大な量を持っていたり、突如増えてしまったり。

 そんな、本人や周囲の人間だけではどうにもできない問題を抱えた人間のみが集まっている。

 ひっそりと作られた門の前に、夕闇に紛れるように一台の車が停まり、黒く染まったガラスの奥で人影が動いた。

 ゆっくりと開いた扉から出てきたのは、真っ黒なローブを羽織った青年。

 普段は深く被っているフードを払い除けると、口を開くことなく建物を睨み、大股で入り口へと向かった。



「何故、許可が下りぬのだ」


「面会謝絶となっておりますので」


 外観と同じくやけに白い室内の簡素な受付で、それは始まった。

 怒りを露わにしつつ面会を希望する青年と、淡々と理由を述べ拒絶する女性。

 どんなに言葉を連ねようと、返ってくる言葉は同じだ。


「我輩を誰だと思っている?」


「存じております。その上でお答えしています」


「何故だ」


「面会謝絶となっておりますので」


「……話にならぬ!」


 受付の奥には、同じく白い扉と、大柄な男性警備員の姿。

 魔力を使えば大抵の障害は除けるだろうが、生憎と機械には弱い。見慣れない物が張り付いている扉は、どうにかできるのだろうか。

 そう考えたところで詮無いこと。できなくても、やるしかない。

 青年がゆらゆらと魔力を纏わせても、相手は一切動じない。視線すら揺らがず、ただただ部外者である青年を見ていた。

 手始めに目の前の女性を拘束でもしようかと動くと、背後から声が響いた。


「――――黒峰君」


 青年がちらりと視線を向けると、見知った顔があった。

 魔導学園の級長を監督する教師。本来なら学園内に居るはずの人間が、なぜかこの場に居た。


「何の用だ」


「それはこっちの台詞だよ。無断外出に敷地外での魔力の行使なんて、ばれたら停学ものだ」


「そんな事は知らぬ。我輩は、我輩の求める事をするまでだ」


「それを音無さんが求めてると思うのかい?」


 その言葉に魔力を収めて振り返るのを確認すると、教師は浅いため息をつく。それは呆れなのか安心なのか、どちらとも取れる音だった。


「どういう意味だ」


「言葉の通りだよ。ここで問題を起こして、音無さんの生活に支障が出てもいいのかい?

 そうなれば、普通の生活に戻ることも遠くなる」


「……それは、本意ではない。しかし、会う事すら許されぬとはどういう事だ」


 ただ、会いたい。それだけですら、叶わない。

 問いに対する答えは、いつの間にか立ち上がっていた受付の女性の前へ促すことだった。


「本来ならば漏らすべきではない事案ですが、貴方様のご指示とあればお答え致します」


 女性の視線は先程とは変わり、それは青年の背後に向かう。


「貴方様、と。妙な所で力を残しているのだな、青川よ」


「僕の名前は青川じゃないよ。顧問の名前を忘れるなんて、酷い級長だな」


 後ろに立っていた教師はどこか自嘲気味に苦笑を返す。

 青年はほとんど呼ばれることの無い名前でも、知識としては知っていた。


「名を変えたとて、青川の血は消えぬ。まして、当主の筆頭候補であった貴様なら特にな」


「……やっぱり、黒峰君は知っていたか。さすがは次期当主だね」


「こんな事、本家に属する人間であれば誰であっても知っている事だ。興味が無ければ知らぬかもしれぬが」


 実際、今の級長の中でも知っているのは僅かだろう。何年も前に、青の家でひっそりと交わされた話なのだから。

 しかし当主を継ぐ人間にとっては無関係のことではなく、知っている者も居る。

 教師と、生徒。当主候補だった男と、次期当主の青年。

 一見深く交わることのない関係だが、幸か不幸かここで交わった。


「黒峰君を止めるのは、ここに居る誰であっても不可能だ。でも、音無さんに会わせることはできない」


「ならばどうする。我輩は全力をもって貴様らを凌いでも良いのだぞ」


「それは困るよ。ここは今、音無さんにとって家も同然の場所だ。そこを害すのは、君も本望じゃないだろう?」


 教師が白い扉の横に居る警備員に目を向けると、静かにノブに手をかける。


「会うのは駄目だ。ただ、見るのだけなら……特例として、認めよう」


「…………分かった」


 白い扉が音も無く、しかし酷くゆっくりと開いた。

 その奥に続く白い道を、教師と青年は進んでいった。



 広い床と、高い天井。その真ん中にはテーブルと椅子。そこから少し離れた壁沿いの場所には、ベッドが置いてある。

 そのベッドに力なく横たわるのは、一人の少女。近くには灰桃色の魔獣がぷかぷかと浮かんでいる。

 数多くある照明は今は消え、高い天井に着いた小さな天窓からの月明かりだけが光源だ。


「ぷ?」


 少女は小さな声に寝返りを打ち、灰桃色の魔獣と視線を合わせる。その目はどこか、ぼんやりとしている。


「ぷーさん、どうしましたか?」


「ぷぅ……」


 灰桃色の魔獣はゆるりと動き、テーブルの方へ向いた。そこには木のトレーに乗せられた皿がいくつも並んでいる。

 学園の食堂で見るより豪勢な食事だが、完全に冷え切ってしまっているようだ。


「夕飯ですか……すみません。食欲が、ちょっと」


「……ぷ、ぷ」


「大丈夫ですよ、お昼は食べましたから。それに魔力操作の練習って体力、あまり使いませんし」


 その分精神力が試される。身体から溢れ出る魔力を自身の体内に無理矢理留めるのだから、そう簡単な作業ではない。

 本来であれば幼少の頃から少しずつ、ゆっくりじっくりと覚える作業だ。

 それを短期間で覚えようとすれば、自ずと無理が必要になる。そうまでして急ぐ理由は、一つだろう。


「……一人は、寂しいです」


「ぷ?」


 少女は白いカバーの付いた枕を抱え、膝を丸める。そのすぐ近くに、灰桃色の魔獣が寄り添った。


「隣に居るって……離れないって、言ったのに……」


 靄ではない物で、視界が歪む。ただそれをそのままにしておくことはなく、瞬きを繰り返した。


「我輩さまを、一人にして……なのに私は全然、成長しなくて……」


 再び身体を動かし、天窓を仰ぎ見た。眩しいほどの光に目を細めると、そこには月が写っていた。

 星々を隠してしまうくらいの、大きな満月。その光に照らされてしまえば、隠したい顔が晒されてしまう。


「……我輩さまに、会いたいです」


 一つ瞬きをすれば、一つ涙が流れる。それを幾度も繰り返したところで、灰桃色の魔獣がそっと頬を摺り寄せた。


「ぷ……」


「ぷーさん……我輩さま、元気ですか? 魔力の繋がりで、分かったりしませんか?」


「ぷぅ……」


 魔獣の困ったような仕草に、少女の顔に小さく笑みが浮かんだ。

 枕を離して魔獣をぎゅっと抱き締め、ふわふわの毛並みに顔を埋める。


「私は元気ですって、伝えてください。だから我輩さまも、元気で居てくださいって」


 涙は毛並みに吸い込まれたようで、少女の顔に涙は残っていなかった。

 少し腫れた目は隠しきれないが、それでも表情は緩んでいる。


「泣き言を言いました。ちゃんとご飯を食べないと、元気になれないですよね」


「ぷ!」


 ベッドから立ち上がると、食事の並ぶテーブルへ向かった。

 その横に付き添う灰桃色の魔獣は、どこか一点を見つめたあと、再び少女に寄り添った。



「もう、いいかい?」


 小さな画面を凝視する背中に、教師が声をかけた。黒いローブの肩は小さく揺れ、細く長く、息を吐く。

 画面を射貫いてしまいそうなほどの視線は、ようやく外れた。


「……弥代子は今、どうなのだ?」


「本人は気にしているみたいだけど、進みがそう遅い訳じゃない。魔力はあまりにも急激に増えたけど、魔獣の効果もあって悪くない状況だよ」


「ならば、先は見えているのだな?」


「すぐにとはいかないけど、ここから出て行くことになる。必ずね」


「そうか……」


 そう呟くと、青年は画面に背を向け、外へ向かって歩き出した。


「どうしたんだい、黒峰君」


「帰る。我輩は黒の級長として、そして……黒峰の次期当主として、やらねばならぬ事があろう」


「……音無さんのこと、迎え入れてあげてね」


「貴様に言われるまでもない。が……今日の事は、礼を言う」


 青年は黒いローブを翻し、大きな歩幅で歩く。それは未練を断ち切るような、振り切るような姿だった。



「黒峰の次期当主と無透の娘か……まるでどこかの恋物語、かね」


 すべてを俯瞰する位置に、一つの存在があった。

 容姿の特徴が無く、服装の特徴も無い。そして何より存在感の欠片も無い姿。

 遠いような、近いような、叫ぶような、囁くような。

 男なのか女なのか、若いのか老いているのか。

 どれとも言えない声。


「見るのは簡単だけど、先が分からないからこそ生きてる意味があるんだよな」


 とんと宙を蹴ると、ふわりと身体が漂う。それは空間に混ざっていくようで、すべてが透明になっていく。


「二人の未来は、この目で見たいもんだ」


 先を見通す能力ではなく、現実に起こっていることを、己の目で。

 そう願った存在は、月明かりに溶けていった。

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