黒峰と俺
書籍発売記念話・その3
発売日まであと2日!
三年生の三学期。
初っぱなはいろいろあったが、それが済んでからは本当になにも無いもんだな。
授業はほとんど無いし、みんな進路は決まってるし。
ただただ、学園生活を惜しんでんのか消化してんのか、分からない日々だ。
今日は放課後に担任の先生に呼び出しを食らって、俺だけって話だったから刃には先に級長室に行ってもらった。
卒業式の答辞についてって言われた瞬間、なんで刃を連れてこさせないんだよって思った。
んだが……やらなくていいよな? って確認だったから納得だ。
てか、それくらいならわざわざ呼び出すことなくね?
ちなみに今年は黒峰がやるらしい。立場的に妥当っちゃ妥当だが、状況的には……どうなんだろうな。
年明けのあの事件……うん、事件だよな。あれ以来、黒峰の雰囲気がすげー変わった。
あんだけ頑張って連れて帰ってきたのに、そのまますぐに離れるとか……きついよな。
急に魔力が増えちまったとか言ってたから、それならしかるべきところに行くべきだ。
だからその対応は当たり前で、間違ってない。間違ってはないんだが……。
複雑な気分で廊下を歩いていると、曲がり角の向こうから黒い集団が近付いてきた。
冬場の山の上はかなり冷える。だからどの組も実習用のローブを着るようになった。
だから遠くからでも目立つ目立つ。ぞろぞろってか、集ってるってか。
その中心に居るのは……まぁ、当たり前な奴だった。
季節関係なしに羽織ってる黒いローブと、目深にかぶったフード。
その隙間から見える顔は長い前髪で半分くらいしか見えてない。
そんで、その奥の表情が……まぁ、見てらんねーよな。
無表情ってか、無気力ってか、無感情ってか。なのに雰囲気は明らかに不機嫌だ。
周りの何にも興味は無いって言い切ってるような、そんな目をしてる。
なのに周りはそれに構わず、黒の級長サマの近くに居れるってのがさぞ嬉しいらしい。
ったく……。
「おい、黒峰」
すれ違う前に、黒い人だかりの中心に声をかけた。
うわ、周りの目がすげぇ! 何こいつみたいな視線やめてっ!
そんな状況の中、のろのろと黒峰の顔がこっちを向いた。
ぼーっとしたようにこっちを見て、じっとしたままだ。
その代わりに周りがまぁ、わーぎゃーすげーことになってる。
うっせーなもう! 外野が騒ぐなよ! 本人一切喋ってねーぞ!
「ちょい顔貸せよ、な?」
黒い集団の合間から腕を伸ばして、黒峰のローブを掴んでぐいぐい引っ張る。
悪いな、黒の組の奴ら。でもこんな黒峰……見てらんねーだろ。
珍しいことに誰ともすれ違わないまま、緑の級長室にたどり着いた。
これで黒の組の奴らに見つかったら面倒だったからな。あー、よかった……。
「おい刃、客ー」
「いきなり客ってお前…………黒峰さんっ!?」
「おー、入れよ。やっぱ廊下はさみーなぁ」
刃が暖房を入れてくれてたみたいで、級長室はローブを着てない俺でも寒くない。
あれなぁ、動きづらいから嫌いなんだよな。だから授業でしか着ない、邪魔。
されるがままに連れてこられた黒峰を、余ってる椅子に座らせる。
ローブだからあんま目立ってなかったが、いつもは堂々としてんのに、今は姿勢からしてぐったりだ。
身体全体から無気力がにじみ出てるようで、なんつーかこう……なんだかなぁ。
「一言くらい喋ったらどーだよ?」
「…………何の用だ」
ちらっとこっちを向いてから、興味なさそうに視線をそらされた。
椅子に肘をついて、天井からの照明を避けるように俯く。重傷だな、これは。
「なぁ、刃。ちょっと飲み物買ってきてくんね? 今なら売店開いてんだろ」
「それはいいが……」
ちらっと黒峰を見て、複雑そうな顔でこっちを見てきた。
俺一人で大丈夫なのかってことだろ。分かってる。
「さみーからあったかいのな、頼んだぞ」
渋々出て行くのを確認してから、俺も自分の椅子に座る。
木目と緑色ばっかの級長室の中で、真っ黒な黒峰は異様な存在だ。
見た目だけじゃなくて雰囲気まで暗いからな。どうしようもねぇわ。
ただこのままじゃよくはない。から……言っても、いいよな?
「なんでそんな落ち込んでんだよ」
微妙に肩が揺れた。自覚はあんだな。
「あの子のことだろ。えーっと……音無サン」
白空サンはみよちゃんって言ってたが、俺がそう呼ぶのは無理。周りが怖いからな!
「事情は軽く聞いた。仕方ないことだったんだろ?」
予想通り黒峰本家で見つかって、魔力が増えてることが分かって、それが普通じゃない増幅量だから魔力制御の訓練を受けに行った……と。
俺が聞いたのはこれくらいだ。本当なのかは知らねぇけど、そう説明を受けた。
「仕方が無い、と……。そのような言葉で、済ませろと言うのか?」
鼻で笑うような声は、笑ってるなんて思えない、暗すぎる声だ。
「済ませろなんて言うかよ。むしろ済ますなよ」
「……では、どうしろと言うのだ」
ちらっと見えた目に薄紫が被ってきた。
怒ったりすると魔力が変化しやすいんだが、こいつほんと分かりやすいな……。
「俺は詳しいことはよくしらねーけどさ……あの子はあの子で頑張ってんだろ? なのにお前がそれってどうなんだ?」
「……我輩が、何だと言うのだ?」
「なんだじゃねーよ。不機嫌なんだか無気力なんだかよく分かんねーオーラ漂わせてよ。
そのくせ、いつもは寄せ付けない黒の連中を侍らしてるし。あの子が居ないから他で紛らわしてんのか?」
「弥代子の代わりになる人間など居ないっ!」
おー、ようやくこっち向いたな。明らかに怒ってて、黒峰の魔力が更に増えたのが分かる。
やべぇしちょっと怖ぇけど、ここでやめるわけにはいかねーよな。
「なら、会いに行けよ」
「……場所は調べた。しかし、面会は不可能と言われた」
まぁ、訓練してんのにこんな魔力の奴が近くに居たら支障ありそうだよな。
そういう都合は分かるんだが、それで納得できるもんでもない。
「お前、そんなに聞き分けいい奴だったか? 会いたいなら会いに行けばいいじゃねーか。
だからあん時も、教師の命令無視して迎えいったんだろ? 規則違反も無茶すんのも、今更だろ」
そのまま黙ったと思ったら、フードの奥でぽかんとした顔をしてる。
え、俺そんな変なこと言ったか? と思ったら、黒峰が勢いよく立ち上がった。
「…………なるほど。そうだな、規則など関係ない。我輩が会いたいと思うから会うのだ」
憑き物が落ちたっていうのか? そんくらいはっきりと表情が変わって、ついでに小さく笑い始めた。怖ぇ。
でも前向きになったのはいいことだよな。怖いけど。
「早速手配をするとしよう。緑原よ、世話になったな」
「あー、今日はやめとけ。飯食って風呂入って、ちゃんとしてから行け。そんなお前見たら心配かけるだけだぞ」
「我輩に何か、問題があるのか?」
え、こいつ自分がどんな状況なのか分かってないの?
落ち込んでます凹んでますって感じで、見るからにへたってるのに。
確かどっかに鏡あったよな。刃が身だしなみくらいきちんとしろ、って持ってきたやつ。
「あーあった。ほれ、お前鏡見ろ。ひっでー顔してんぞ」
勝手にフードを払って、黒峰の顔の前に鏡を突き出した。
ようやく見えた顔は思ったよりひどかった。青白いし、隈できてるし、髪もバッサバサだ。
超不健康。そういや最近食堂でも見かけてなかったよな。飯、食ってねーのか?
「……このようなことをされたのは、二人目だ」
「ん? どんなことだよ?」
「我輩の着衣に手をかけるなど、誰もせぬ」
まぁそりゃ、黒峰にそこまで近付く奴も居ないだろうしな。でもこれ鬱陶しいだろ。顔全然見えねーし。
「一応聞いてやるが、一人目って誰だよ」
「弥代子だ。それ以外ありえぬだろう?」
うん、知ってた。それでも聞いてやった俺って偉いと思う。
ほんっと嬉しそうに笑ってよ、なにこれ。男なのに恋する乙女とか、需要無いからな?
「しかし……そうだな。これは確かに弥代子に合わせる顔ではない。忠言を受け入れよう」
「そんだけ惚気言えれば大丈夫だろ。もーさっさと帰れ。明日に備えてうきうき準備しろ。ちくしょー」
敷地外に出る時ばれんじゃねーぞ、面倒だからな。
あぁ、でも説教食らって反省文書かされる黒峰も見てみたいか。
「緑原、礼を言う。今日も、前回も」
「あー? いらねーっての。さっさとすっきりさせて、ちゃんと黒の級長サマやってくれよな」
残り少ない三学期でも、卒業式までは級長なんだからよ。ちゃんとしといてもらわないと困るんだよ。
「では、帰る。……我輩は、いい友人を持った」
そう言って、来た時と全然違ういつもの偉そうな感じで出て行った。
あいつ、友人って言ったよな? 俺、友人って認識されてたんか……。
なんかちょっと……いいもんだな。
「黒峰さん、帰ったのか?」
「おー刃、おかえり」
黒峰とすれ違うように、缶を抱えた刃が戻ってきた。タイミングがよかったのか悪かったのか。
「大丈夫だったのか?」
机に置かれたカフェオレとブラックのコーヒー。
普段だったらカフェオレなんだが、なんとなくコーヒーを開けてみた。
「おー、もう平気だろ。……って、にっげ! ちょ、やっぱカフェオレくれ! 残りはお前にやる!」
「素直に最初から選んでおけよな」
くっそー、飲めるかなって思ったんだよ! 刃は普通にコーヒー飲みやがって。大人って言いたいのか!?
あー、カフェオレ甘いうまい。あったかいのを飲んでると、なんかちょっと気が緩んできたな。
「……俺、やっぱ駄目な級長だったかも」
「なんだよ、いきなり」
黒峰みてーにすげー奴でもなくて、茶壁みたいにできる奴でもない。
白空サンみたいにしっかりも、佐々木みたいに努力ができるわけでもない。
この一年、結局刃に頼りきりだったし。
「確かに、駄目だったかもしれないけどよ」
はっきり言うなよっ!? 何気に傷付くだろっ!
「でも、駄目なりにちゃんとやっただろ。組の奴らもそれは分かってるよ」
「そうかなぁ……」
うちの組ってか色の奴らは、どの学年もなんだかんだ優しいからな。
俺がとちっても笑って許してくれてた。でも、それに甘えっきりも駄目だよな。
「今更何ができるわけでもねーけどよ……も少しだけど、ちゃんとしてみるかな」
「なに言ってんだ。卒業式で答辞はやらなくても、級長として喋るだろ」
は? え? そんなんあったっけ?
「前回の級長会議で言ってただろ。覚えてないのかよ」
「そんなの聞いてねーぞっ!? ちょっと刃、助けろ!」
「式までまだまだあるから、ちゃんとしてみろよな。緑の級長」
「ちょ……いやそれは……」
書類とペンを渡されたら、やらざるを得ない。どんと置かれた紙の束は、文字がぎっしり詰まってる。
そんなわけで……俺の緑の級長としての仕事は、まだまだ全然、終わらないらしい。




