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我輩さまと私  作者: 雪之
その後
35/50

9-X.級長連中と俺・学院生活

 今年もまた、この季節が来た。

 出会いと別れが繰り広げられる、そんな季節だ。


「おい、さっさと仕上げろよ」


「うっせー今やってんだろっ!?」


 窓の外を眺めて風流なことを思ってたら、正面に座る刃が速攻叱りつけてきた。

 そりゃ、レポート提出期限を忘れて再提出期限に間に合わなくて教授の温情でどうにか再々提出日を設けてもらってそれにも間に合うかギリギリの今、そんな余裕はないのかもしれない。

 だからこその息抜きってのは必要なんじゃね? 現実逃避って言うなよな、本当だから。


 魔研学院に進学してからそろそろ二年。

 最初の一年は結構甘やかされてた感じがしたが、二年になってからはそんなの欠片もなくなった。

 全属性学べとか無理じゃね? いらなくね?

 俺、実家の畑継ぐ気満々なんだけど? いっそ普通の農業大学の方がよかったんじゃね?

 なんて言ったところで、一応これでも緑原。なかなか選びづらい進路だったな。

 緑原当主……あ、無理これ、親父。親父なんかは一応慣例に沿ったほうが楽なんじゃねーの的な軽い感じだった。

 そう考えると、いくら後継者から外れたとはいえ放浪の旅してる茶壁はすげーよな。

 時たま届く写真は北から南へ東へ西へ、離島孤島も当たり前のように行ってるらしい。


 変わらず一緒に居る刃は一度、外部進学も考えたらしい。

 けど俺の……我ながらひどい有様に即座に考えを変え、進路を同じにした。

 だって願書とか分かんねーよ! 書類? 判子? 写真? なんでそんないるんだよ!

 もう、な……俺もう刃居ないと生活できないんじゃねとか思った。やべぇ。

 よく車の免許取れたなって思った。あれは教習所のおばちゃんが懇切丁寧に教えてくれたからだよな。ありがと、おばちゃん。


 そんなこんなで、今は学院内のカフェテラスの机に陣取ってレポート作成に励んでる。

 お洒落な名称ではあるけど、結局これ、食堂だけどな!

 進学しても寮ってなんだよ、仕方ないんだろうけど。

 今回は山の上じゃなく海のそば。黒峰ん家を思い出す地形だな。

 森、崖、海、磯、ちょっと砂浜。

 夏場はアバンチュールとかあるもんかと期待してはみたがな……考えてもみろよ、男女比ひでーの忘れてた。

 女子なんてほんと、僅か! ちょっと! 希少!

 それもわざわざこんなとこに進学するってのは、ガチな研究者志望か既婚者! 入りこむ余地無し!

 いやまぁ、そろそろ俺も勘付いてきたんだ。学院生活に加えて女子とどうこうとか、無理じゃね?

 時間とか能力とかそういう面で、無理だろ?

 だからもう、卒業までは高望みしないことにした!

 ただ不安なのは、卒業後は実家に戻るだろうし、そうすると出会いが皆無っていう恐ろしい……


「余所見してんじゃねーよ。オレ帰るぞ」


「悪かったって! やるって! 見捨てるなっ!!」


 いっそ海なんて視界に入るから駄目なんだよな。

 でっかい窓に背を向けて、もはや見慣れたカフェテラス(食堂)を視界に入れておこう。

 煩悩退散!



「あー、もうこれでいんじゃね?」


「評価を気にしないならそれでいいだろ」


 長々と作業したのに、そんな俺の苦労を一切労わない刃の評価にやる気が失せた。

 あーもういいだろ! 出す! これでいい!!

 遠くの教授の部屋まで行く前に何か飲むか。疲れた。


「清水は居るか?」


「おー黒峰、どうした?」


 椅子で伸びをしてると、カフェテリア(食堂)の入口からこっちを覗く黒峰が居た。

 なんだかんだで元級長は学院でも結構顔を合わせてたりする。

 そりゃ、生徒数がそこまでじゃないし、ここは生徒のたまり場だからな。

 学院では制服は決まってなくて私服でいいのに、こいつはいつもぴしっとした服を着てる。

 スーツってわけじゃないが、大体似通った服装だ。あれか、服装考えるのが面倒な性質たちかもな!

 かくいう俺もそれで、大体ここでは作業着にパーカーだ。土いじりするし。


「呼び出されたのだが……早かったか」


「俺ずっと居るが、見かけてねーよ。ちょっと待ったらいんじゃね?」


 手招きしたらこっちに来て、近くに何組か居た生徒がざわっと逃げていった。

 ちなみにこれ、いじめとかじゃないからな? 恐れ多いとかいう不思議な理由らしい。

 俺にはなんの遠慮も無いのにな……人徳ってやつか?


「オレ、飲み物持ってくる。黒峰さんも何か飲みますか?」


「うむ。頼む」


 四人掛けのテーブルの余った椅子に座って、極々自然に脚を組んだが……脚なっげ!

 学園ではローブとフードで全然人相が分からなかったが、実はこいつってイケメン様なんだよな……。

 黒の次期当主で、覚醒しちゃった嫁さんが居て、スタイルよくて、顔がよくて……神様って不公平だよな……。

 あ、でももう嫁さんにぞっこんだからいいのか。ライバルにはならんしな! なれないがなっ!!


「緑原よ……何故今そのレポートをやっている?」


「忘れててよ。刃にせっつかれてやってたとこ。もう出しちまうけどな」


「ふむ……ペンを寄越せ」


 ぱらーっとページをめくったかと思うと、渡したシャーペンでちょんちょんとチェックを入れていく。

 おい、多いぞ?


「さすがにこれだけ間違えていると、いくら甘い教授とて受け取らぬ。直したほうがよかろう」


「うぇ……マジか」


 こいつは速読でも極めてるのか? 実際見直してみると確かに全部間違えてた。すげーなおい。

 直してる間に刃も戻ってきて、出来る奴らは出来る奴らなりに話してると、またしても誰かが入ってきた。繁盛してんな、ここ。


「黒峰様、お待たせして申し訳ありません」


「構わぬ。して、何用だ?」


 珍しく清水が一人で、なんかすんげー荷物抱えてる。

 カバーのかかった本と……DVDか? イメージ合わねーな。

 ちらっと周りを見てから、隣のテーブルにどんと荷物を置いて黒峰の為に椅子を引いた。

 うん、そりゃな。ここの周りはがらーんとして、離れたところは埋まってるからな。ここらしか使えねーよな。

 て、この距離だと聞こえるがいいのか? 移動した黒峰は一切気にしてないみたいだけどよ。


「若奥様の卒業が近いかと思いまして」


「うむ。数日後に卒業式だな。それがどうかしたか」


「おめでとうございます。

 つきましては、かねてより御質問を頂いていた件、そろそろお答えすべきかと」


「……ようやく、か」


 あー、そろそろそんな時期か。

 俺にとっちゃ、在学生で身内と言えるのは刃の妹の咲くらいだから、今年はあんま気にしてなかったんだよな。

 ただまぁ、そっか……嫁さん、卒業か。

 何かと苦労した子だし、無事卒業できるならよかったよな。


「なぁ刃、卒業式に顔出しにいかね?」


「レポート通ったら考えてやる」


 素直じゃねーな。今年の卒業生以降はほぼ知らない奴らになるし、行くなら最後だよな。

 んじゃま、真面目にやるかな。あ、カフェオレ冷める前に飲むか。


「キスの次の行為ですが……」


「ぶはぁっ!? うわっ、レポート! 刃、布巾くれっ!!」


 ぎゃーっ! 端っこ茶色くなった! やめろ、染まるな!!


「なんだ緑原、騒がしい」


 なに平然と注意してんだよっ!? てか、これまだ続いてたのか!? 清水センセーの恋愛講座!

 真昼間にこんな場所でそんな話されりゃそりゃカフェオレふき出すわっ!!!


「しかし清水。お前の事だから卒業してから話があると思っていたのだが、どういう風の吹き回しだ?」


「次の行為は、お話しするだけで済むものではありませんので。

 最大限の注意を払わねば、若奥様をひどく傷つける恐れがあります」


「何故、弥代子を傷つけるような行為をせねばならぬ。

 そんな恐れがあるのならば、する必要は無かろう」


「黒峰様にとっては、必要ない行為ではありません。

 それどころか、人として生きる男女には避けて通れないものです」


「ふむ……では聞こう。それはなんだ?」


 なぁお前ら……口調だけは真面目だけどな? 話してること、嫁さんとの付き合い方か?

 そんな厳めしくしてどうすんの? 頭固い奴らってこんなんばっかなの?

 あー、どうにか染みの進行は防げたから端っこ寄せておこう。疲れた、喉渇いた。


「生殖行為です」


「ぶはぁっ!! うわおい刃レポート守れ染みる汚れる助けてっ!!」


 端っこに置いたのにそこまで届いちゃったよおい! もうそれしまって! 隠して!


「緑原、先ほどから騒々しいぞ」


「お前らなぁっ!? そんな話こんなとこですんなよっ!!」


「何故だ? 男女交際の何たるかを聞いているだけではないか」


「そこまで行ったらもはや開けっぴろげに話すもんじゃねーだろっ!?」


「こちらは至極真面目な話をしているつもりです。

 黒峰家次期当主様へ、子孫の残し方についてお教えするのですから」


「言葉は変えてもそれって……あーっ、俺には言えねぇっ! 刃!」


「オレだって言えねーよ……」


 もうやだこいつら。一般常識どこにやったんだよ。あ、そういや黒峰は箱入り息子だった。

 昔から常識外れなことばっか言ってたもんな、ははー、分かる分かる。いや分からねーよ……。


「ここに資料を御用意しました。まずはこちらの本を熟読し、その後こちらの映像資料をご覧ください。

 映像資料に関しましては、自室での視聴をお願い致します。

 以前にも申し上げましたが、一般常識も重要ですが、お二人の常識も重要です。

 若奥様の反応を逐一確認し、御無体はなさいませんよう」


「心得た。我輩はもう、弥代子に痛みを感じさせるつもりは無い。故に、全力で学ぼうではないか」


「是非、そうなさってください」


 話が終わると黒峰は、すげー量の資料・・を抱えて出て行った。

 大人しく部屋でひっそり学んでくれ、本当に。


「おい清水……あれで本当にいいのか?」


「周囲に下世話な話題をするような方もいらっしゃらないようですから。

 出来る限り低俗でないものを御用意したつもりです」


「低俗でないって……ちなみに、どんなん渡したんだ?」


「清水家は古来より青川家に仕えておりますが、魔力を持たない人間社会の常識をお教えする立場にもあります。

 青川家に限らず、要請さえあれば他の家にも伺ってきました。

 その時にお渡しする資料が、実家には保持されています」


 つまりそれを渡したってことか……。ずい分古いものかもしれないな。


「それって俺も見れたりしねーの?」


「緑原様ですか…………お相手が見つかりそのような事態に陥ったとなれば、要請にお答えいたします」


 興味心で言ったもののカウンター食らったぞコレ。

 どーせいねーよ! 予定もねーよ! つかそんなん教わらずとも勝手に学ぶわ!!


「まぁ、いいや……ただこれ以上のこと話すなら公共の場はやめろな?

 今はちょうど黒峰クレーターのお陰でどうにかなってるが、他の連中に聞かれたら困るだろ」


 黒峰が帰ったにもかかわらず、まだ周囲はすかすかのままだ。

 そんな怖がるなよ、崇めるなよ。ただの男子だぞ? 今更思春期真っ只中だけどな!


「こうなるのが分かっておりましたので、少々遅れて参りました。

 ですので、今後も何かありましたら同じようにさせて頂くつもりです」


 では、って言ってさっさと帰っちまったが……清水、確信犯かよ。

 青の連中まじで腹黒い! 怖い!


 その後しばらく、カフェテリア(食堂)に来る度にひたすら本を読む黒峰を見つけた。

 周りの連中は遠くから尊敬の眼差しで見てるけどよ……あいつが読んでるの、嫁さんとのあれやこれやだからな?

 いわゆる成人向けのあれやこれやだからな? 可哀相だから言わねーけど。

 そんな話を茶壁にメールしたら、わざわざ電話してきて大爆笑だった。

 価値観同じ奴が居るって幸せだよな……。

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