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我輩さまと私  作者: 雪之
本編
33/50

7-1.卒業

 少し温かくなってきた時期の、晴れた日。

 私は久しぶりに外に出た。

 数ヶ月ぶりの制服は、なぜかやけに身体に馴染む。

 今日は、学園の卒業式。

 一年生の私には関係ないけど、三年生にとっては何より大事な日。

 式に参加することはさすがに許されなかったから、外で終わるのを待つことになった。

 広く開いた中庭の端の、小さなベンチに腰掛ける。

 するとすぐに膝の上にプラズマさんが納まり、静かだけどご機嫌な様子だ。


『――――。』


 遠くから、たくさんの人の声がした。

 聞いたところによると、式が終わってから中庭に集まり、学園に残る人間と最後の交流をするそうだ。

 だからどんどん人が集まり、いたるところで人だかりが出来ていく。

 たくさんの色のローブには、揃って薄ピンクの花が飾られていた。

 卒業おめでとうの花は、属性や組など関係なく、みんな一緒だ。

 いくつかの人だかりはどんどん大きくなり、その中心に居るのは級長のようだ。

 赤の級長、赤山さんはいつもの級長ごっこに励んで叫んでるからよく目立つ。

 他の級長もそれぞれ、同じ色のローブを羽織った集団と仲睦まじくしている。

 もうしばらく、落ち着くのを待ったほうがいいか。

 遠くに見える黒い人だかりも、やっぱり大きくなっている。


 あの夜……黒峰本家から学園に戻り、級長さんたちやクラスメイトに会い、すぐに荷物をまとめた。

 名目上は病気療養。級長には全て伝わってるから、あくまで外向きの理由だ。

 学園から遠く離れた、山とも海とも離れた場所の、やけに白い大きな建物。

 それが私が今、保護されて、隔離されて、指導されてる場所だ。

 黒峰家を通して入ったから、格別の待遇ではある。

 部屋も食事も指導内容も不自由は無い。

 ただ、我輩さまに会えないだけ。

 何度も挑戦はしたらしい。

 けど、私がまだまだ未熟だから。迷惑をかけるから。そういう理由で許されなかった。

 悔しくて、悲しくて、申し訳なくて、今まで以上に努力して。

 ようやく外出を許されて、今、ここに来れた。


「――――?」


 プラズマさんは、今も外では毛皮を被っている。

 そして、我輩さまの元を離れ、私とずっと一緒に過ごしている。

 増えすぎる魔力を吸う為にか、一人離れる私を気遣ってくれたのか。

 ただ、そのお陰で指導は順調に進み、一人で寂しい思いをすることも少ないのは事実だ。


「もう少し、待ってましょう」


 真っ黒な毛並みを整えるように撫でると、小さな静電気を発する。

 痛くも痒くも無い、ただの意思表示。

 日向でのんびりと、遠くの喧騒を感じて過ごす。


『――――。』


 ざわりと、どこかで声が上がった。

 それは遠くからゆっくりと近付き、一番近い人だかりまで伝わってきた。

 何かあったのだろうか。

 視線をそちらに向けると、ばらばらと人波が割れ、真っ黒な姿が駆け込んできた。


「弥代子っ!」


 真っ黒なローブを羽織って、深く被っているはずのフードは勢いで脱げて、少し長い髪を乱して。

 胸元に薄ピンクの花を付けた、我輩さまが居た。

 夏休みより少し長いくらいしか、離れてないのに。


「我輩さま……っ」


 なのに、会えてこんなに嬉しい。


「……久しい、な」


「はい……」


 人だかりは遠くからこちらを見ていて、様々な視線をぶつけてくる。

 だけど、本家の大人の視線に比べたらなんてことない。

 そんなものより、もっともっと大事なことがある。


「卒業、おめでとうございます」


「……うむ」


 ベンチから立ち、一歩進む。

 少し、痩せただろうか? 仕事が忙しいのだろうか?

 級長の仕事を一人でさせてしまっているから、負担になっているのかもしれない。


「少し、痩せたな」


「それは我輩さまのほうですよ」


「我輩はさして変わらん。

 しかしお前は、以前より細くなった……いや、魔力が増えたからそう思えるのか?」


「多分、そうですよ。ご飯、ちゃんと食べてますし」


 胸が苦しい夜がある。

 寂しくて悲しくて愛しくて辛い、そんな夜。

 これが、恋煩いとでも言うのだろうか。


「……会いたかった」


「……私もです」


 話したいことはたくさんあるはずなのに、言葉が出ない。

 我輩さまを見るだけで、恋しくて愛しくて、胸が苦しくなる。

 離れてるのが辛くて、また一歩進む。

 ああ、やっぱり少し、疲れてる。


「来れるかもしれないとは、聞いていたのだ。

 その日からどうも……うまく眠れなかった」


「ちゃんと、寝てください。身体を壊したら大変ですよ」


「うむ……」


「――、――――!」


 ぎこちない雰囲気を壊すようにぷかぷかと、プラズマさんが漂ってきた。

 気を遣ってくれたのだろうか。

 我輩さまもそれに気付き、手を伸ばした。


「プラズマも、よく働いてくれているな」


「――、――――」


 ピリピリ、パリパリ。それで会話が成立してる。

 これを見ると、やっぱり主は我輩さまだなって感じた。


「…………さて、やるべきことを終わらせよう」


「やるべきこと、ですか?」


「うむ……お前に言わずに動いたのは、咎めてよい。

 しかし、近いうちに必要なことだったのでな」


 そう言うと、どこかに魔力を飛ばした。

 久々に見る薄墨色は、前に見たものより鮮明に見えた。

 私の魔力を感じる力も、強くなっているのだろう。

 すぐに聞こえた、三つの足音。

 押し殺したような小さなものと、重たい物を抱えたようなものと、それに追随するものと。

 個性的な音に振り返ると、そこには……懐かしい、顔が居た。


「…………久しぶりね、弥代子」


 一年前に見た、一年前に別れた、顔。


「おかあさん……」


 一年前と違う、お腹。


「……ごめんなさい」


 ゆったりとした服装。


「あなたが入学して、しばらくしたら……」


 険の消えた表情。


 きっと、私という圧を感じる存在が居なくなったことにより、ストレスもなくなったのだろう。

 結婚前には親族の、結婚後には私の。

 それから開放され、ようやく望んだ存在を得たようだ。

 大きく膨らんだお腹は、その中に確かな命を感じる。


 驚いた、が一番だろう。

 居るなんて思わなかったし、妊娠してるとも思わなかった。

 おかあさんもおとうさんも、私が知ってる怖い顔じゃなくなった。

 穏やかで、でも不安で、申し訳なさそうな表情だ。

 多分、私に気を遣っているんだろう。

 それが分かるくらいには、私だって成長している。


「……おめでとう」


 素直に、口に出た。

 普通の何倍もの重圧に耐えてきた夫婦が、やっと手に入れた幸せなら、祝って当然だろう。

 その後の言葉が続かないのは、私が話し上手じゃないのが原因だ。


「弥代子は、黒峰が貰い受ける」


 隣に立った我輩さまが、無感情に言い放つ。

 威圧的なその様は、黒峰の次期当主に相応しいものだ。


「当主からの許可も得た、正式な物だ。断るならば、相応の理由を述べよ」


 ピリピリと肌を刺す威圧に、私まで力が入ってしまう。

 貰い受ける、って……解釈が難しい。


「……娘を、よろしくお願いします」


 おとうさんが頭を下げ、おかあさんもそれに続いた。

 娘。そう、言った。


「詳細は後に使いを送る。……弥代子、何か話すことがあればしておけ」


 私と両親の関係を知った上での言葉だろう。

 学園に居ないことを教えていないし、黒峰家とのことも教えていない。

 丸一年の空白を考えて、無理に話せとは言わないのだろう。

 私はきっとこのまま、両親との縁が消えるのだろう。

 子供が生まれて、家族になって。部外者である私は居場所がなくなる。

 いや、居場所を作ろうとしなかった私に問題があったんだ。

 ひとのきもちがわからないと思って壁を作り、近寄ることを恐れた。

 そんな子供に、手を差し伸べる余裕のある大人がどれくらい居るのか。

 私自身が負担になっているのに、それ以上何を求めるんだ。


「育てづらくて、可愛げのない子供で、ごめんなさい」


 おかあさんが小さく首を振った。


「何の縁も無い私を、育ててくれてありがとう」


 おとうさんが目を伏せた。


「私は私で、幸せになるから……二人も、そうして欲しい」


 おかあさんとおとうさんの視線が、私の視線とぶつかった。


「今まで、ありがとうございました」


 深く深く、頭を下げる。

 本当に、感謝してる。

 辛いことばかりが浮かぶけど、それ以外の事だってたくさんあった。

 おかあさんはちゃんと私を育ててくれた。

 おとうさんはちゃんとそれを助けてた。

 だから、これでいい。感謝と、別れを言えれば、それで。


「駄目な母親で……ごめんな、さい……っ!」


 引きつる声で涙を流すおかあさんの肩に、おとうさんがそっと手を置いた。

 二人は静かに泣いていて、ひどく、辛そうだ。


「……お腹によくないから、泣かないで」


「でも……っ!」


「元気な子を産んで、幸せになって」


 小さく頷いたのをきっかけに、付き添っていた黒峰の人が退席を促した。

 その姿が見えなくなるまで追って、それから隣に身体を向ける。

 

「我輩さまも、ありがとうございました」


「勝手に奪うわけにはいかぬだろう。……先日、父上と話したのだ」


 少し気まずそうな表情は、困惑も混じっている。

 一体、どんな話をしたんだろう?


「何故か、身の上話をされた。父上の経歴は覚えている故、ほとんどが確認作業のようなものだったが……。

 その後、お前の話をされた」


「私の、ですか」


「俄かには信じられぬのだが……我輩が求めるのならば、望む人間と籍を結べと。

 お前の血を認めての事かと思い言葉を返したのだが、そうではないと。

 例えどのような血でも、我輩が望む人間でよいと……そう言ったのだ」


 我輩さまのお父さん。黒峰家当主。

 靄から見えた景色には、望みを断たれた姿が映っていた。

 我輩さまがそうならないように、言ったのだろう。

 上手く伝わってないみたいだけど。


「我輩は、お前以外を望む気など無い。故に……」


 手が伸びて、指が絡んだ。

 引かれるままに近付き、顔を見上げる距離で止まった。


「我輩と、生涯を共にして欲しい」


 緊張した、真剣な表情。

 両親への言葉と合わせて考えればこれは……プロポーズ、なのだろうか。


「必ず、当主に相応しい人間になる。その為には、隣にお前が居て欲しい」


 もう十分、相応しく思えるのに。

 なのにもっと、頑張るらしい。


「普通に生活できるようになったら……そうなったら、ずっと隣に居ます」


「……うむ」


 未確定な返事。

 条件付の返事。

 もっとはっきり答えたいのに、答えられない。


「私、進級できるみたいなんです。

 出席日数はどうにか足りてて、テストは問題ないからって。

 我輩さまが、たくさん教えてくれたお陰ですね」


「……そうか」


「二年生になったら今の場所と学園を行ったり来たりして、ちゃんと進級できるように調整してくれると言われました。

 我輩さまは、進学……でしたっけ」


「すぐにまた、寮に入ることになろう。しかし、こことは違い出入りは自由だ。

 故に……お前がここに戻る時、必ず連絡しろ」


「じゃあ、携帯端末使えるようにしておいてくださいね」


「…………致し方あるまいか」


「頑張ってください。私も……頑張るので」


 渋い顔で頷く姿が、愛らしい。

 そう感じているのに、絡んだ指が震えてしまいそうだ。

 幸せなのに、悲しい。

 悲しいけど、幸せ。

 もう靄の制御は出来るようになったから、我輩さまの顔がはっきり見える。

 その顔もどこか、悲しそう。


「……怖いんです」


「……何がだ?」


「私がちゃんとしたら我輩さまと離れないでいいって分かっても……本当に出来るのかとか、どれだけかかるのかとか、考えて……」


 順調ではあっても、それは今の段階では、だ。


「先にあることが、とても嬉しいから……その分、耐えるのが……辛い、です」


 幸せが見えるから、それに届かないのが怖くて。

 今が苦しいから、それを諦めたくなって。

 でも、幸せに届く為には、諦めるわけにはいかなくて。


「……大丈夫だ」


 手を引かれ、真っ黒なローブの中に包まれた。

 真っ黒で真っ暗で、温かい。

 背中に回った腕に力が入り、距離がなくなった。


「お前は我輩が選んだ人間なのだぞ? 出来ないわけがあるまい。

 我輩の目に狂いは無い」


「そんな、理由……ですか?」


「我輩の言葉が信じられぬか?」


 耳元で囁かれ、温かい吐息が耳をくすぐる。

 久々の感触に胸が詰まり、同じくらい幸せを感じてしまう。


「……頑張らないと、いけませんね」


「うむ、励め」


 ローブの中から見上げる我輩さまは少し笑っていて、少し無理をしているようにも見える。

 無理にでも笑わないと、越えられない。

 だから、私もどうにか口元を緩める。

 腕を回しても、いいだろうか。

 抱きしめても、いいだろうか。

 腕をゆっくり動かすと、ポケットの中から小さな電子音が鳴り響いた。


「あ……」


「何の音だ?」


「時間、です……行かないと」


 外出の条件として、場所と時間の制限がかけられている。

 もう少ししたらもっと緩くはなるんだろうけど、今の時点ではまだこうして管理されたままだ。

 多分、門の前で迎えが待ってる。

 行かないと、いけない。


「会えて、嬉しかったです。我輩さまの制服姿、最後ですから」


 この真っ黒なローブも、これで最後なのだろうか。

 いつもいつも羽織っていて、いつもいつも深く被っている。

 我輩さまの一番見慣れた姿は、この敷地から出れば止めてしまうのだろう。


「じゃあ……行って、きます」


 帰ります、じゃない。

 だって私が帰る場所はここだから。

 我輩さまの、隣だから。

 腕を回すのは諦めて一歩後ろに下がると、ようやく周囲の状況が見えてきた。

 ここは卒業生と在校生が集っている場所で、我輩さまの通った道はざわめいていて、その終着点であるここは視線が集中している。

 そんな状況で……なんてことをしてしまったのか。

 これはなんとも、恥ずかしい……。


「れ、連絡先、送ってください。じゃあ、また……っ」


 急がなきゃいけないから急ぐ。決して恥ずかしさで逃げるわけじゃない。

 そう言い訳しながら門へ走ろうとすると、その直前で……捕まった。


「弥代子」


 長い腕がお腹に絡んで、引き寄せられて。

 くるりと回されたと思ったら、目の前には我輩さまの顔があって。

 ふわりと、温かくて柔らかいものが、唇に触れた。


 周りからものすごい声が聞こえてきた。

 女子の悲鳴と、男子の冷やかしと、男女関係無い歓声と。

 こんな、衆人環視の中……何をしてしまったのか、この人は……。


「愛している」


「わ……我輩さまっ?」


「すぐに戻って来い。これは、命令だ」


 もう級長と補助役の関係は途切れたのに。

 だけどこんなことを言われると、従わなきゃとも思ってしまう。

 そう思ってしまう時点で、私はやっぱり、どこかおかしいのかもしれない。


「ぜ、善処します……」


 どうにか搾り出した返事に頷くと、もう一度キスをされた。

 またしても歓声が上がり、もう……どうしていいのか分からない。

 満足そうな顔で離してくれたから、プラズマさんを掴んで全速力で走った。

 嬉しいより恥ずかしい。けど……なんだか、頑張れるような気がした。




 初夏より少し早い時期の夜は、少し肌寒い。

 灰色のローブの合わせを重ね、冷たい風が入りこむのを防いだ。

 川の水の流れる音と、木々が風に吹かれる音と、人間のざわめき。

 私が二年前に経験したものだ。

 教師に誘導され指定された場所に向かうと、興味のなさそうな顔ぶれが並んでいる。

 それはそうだ。私だってそうだったんだから。


 二年生を施設と学園の往復で過ごし、三年生になったのを機に、寮に戻った。

 定期的に検査は受けなければいけないけど、ようやく通常の生活に戻れた気分だ。

 我輩さまは文句を言いつつも進学先で寮生活を続け、当主を継ぐ為の勉学と人脈作りに励んでいるらしい。

 お互いに忙しい生活を送っているからいつもは会えないけど、あの長い長い期間に比べたらなんてことない。


 私の後ろには、緑色のローブを羽織った女の子が居る。

 二学年上の緑の級長、緑原さんから紹介された子は、私の一つ下の二年生だ。

 三年生と二年生が、一年生の前に立つ。

 目の前に居るのは、灰色のジャージの生徒。

 かがり火を背に、口を開いた。


「初めまして、こんばんは」


 渋々と上げた顔はやっぱり興味がなさそうなままで、そんな生徒にも声を投げないといけないのは面倒な立場だ。

 これから言う言葉は、少なからず騒ぎの元になってしまうだろう。

 平和で平穏で平均な生活を送ろうとして送れなかった私が、こんな言葉を口にする日が来るなんて。



「――――無属性の級長をしています、三年無のB組、黒峰弥代子です」

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