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我輩さまと私  作者: 雪之
本編
32/50

6-6.一時の別れ

 当主と我輩さまで話すことがあるというので、私は先に部屋に戻った。

 部屋の持ち主が居ないのに居るというのは少し気まずいけど、ずっと寝ていたんだから今更か。

 我輩さまが座っていた椅子に腰掛けると、すぐにぷーさんが飛んできた。

 あの会議以来、黒い毛皮は被っていない。

 灰桃色のもこもこが私の膝の上に乗ったから、こちらに顔を向けてから抱きかかえた。


「ぷーさん、聞いて欲しいことがあるんです」


「ぷ?」


 身体をかしげ、問いかけるような声。

 言葉は発さないけど言葉を理解し、出来る限りで返してくれる。


「私は、我輩さまに言ってもらってばかりでした。

 自分が何も言ってないと気付いたのは、死にそうになってようやくだったんです」


 ぎゅうと抱きしめると、するすると魔力が吸い取られる。

 今だ増え続ける魔力は、どこまで増えれば気が済むんだろう。

 あの透明の、圧倒的な魔力に及ぶことは無いと信じたい。


「だから、ちゃんと言おうと思うんです。ぷーさんは、どう思いますか?」


「ぷぷっ!」


 腕の中で上下に動いた。頷いているのだろう。

 ぷーさんがいいと思うなら、その主である我輩さまも、悪いとは思わないだろう。

 こんな予防線を張るような行為、初めてだ。

 でもこうでもしないと、口に出すのが……怖い。


「私、ぷーさんのこと、好きですよ」


「ぷぅっ!」


 嬉しそうにじゃれ付かれ、抱きしめたまま毛並みを撫でていると、背後からとてもとても不機嫌な声が響いた。


「だから何故、ぷーに対してはそうなのだ……」


 聞かれてしまったらしい。

 こんな状態で言ったところで御機嫌取りと取られでもしたら嫌だから、ここは話題を逸らしておこう。


「お話、終わったんですか?」


「うむ。これから、どうする。

 もう一晩ここに残ってもよいが……」


「帰りましょう」


「……そう言うと思ってな、ひとまず下まで降りる手配はしてある」


 この、我輩さまが生まれ育った場所もいいけど、やっぱり私にとっては学園の方が落ち着く場所だ。

 学園を離れてから何日経っただろう?

 級長さんたちやクラスメイトに、心配を掛けてしまっているかもしれない。

 みんなに会いたい。会っておきたい。

 だから、早く帰ろう。



 冬の海は、寒い。

 身支度を整え馬車に乗り、ひとまず喫茶店まで下りると事前に連絡してくれていたらしく、夕食が待っていた。

 夏のように四人で食べ、食休みと車の準備を待つ名目で、海まで来た。

 温かいいちごみるくを飲んだから、身体は少しぽかぽかしている。

 空は高く暗く、海も深く暗い。

 真っ暗で真っ黒な海は、どこか違う世界につながっているような錯覚を覚えた。


「約束、破ってごめんなさい」


「…………仕方がなかろう」


 当主にしたお願い。

 今の私は、自分の魔力と能力の制御が一切出来ていない。

 ぷーさんが居ないと弾けてしまいそうだし、意識して散らしていても靄が見えてしまう。

 そんな状態で、学園生活を送ることは不可能だろう。

 どうにかして制御を覚えなければいけない。

 それで思い出したのが、夢の中で言っていた、黒峰なら知っているという言葉。

 無透の事情を知っているらしい当主なら、相応の対処も知っているんじゃないかと。

 それは当たっていて、突然魔力が増えたり制御が利かなくなったりした人間を保護する施設を教えてくれた。

 保護であり隔離であり、指導する場所でもある。

 そこでなら、急激に増えた魔力の制御方法を学べると。

 魔力が制御できれば、自ずと能力も制御できるとも。

 隔離だから、学園からは離れることになる。

 どれくらいの期間が必要なのかは、やってみなければ分からない。

 私は零からのスタートだから、未知数だそうだ。


「お前の魔力は今も増え続けている。故に、何かの手を打たねばならぬとは、分かっていた」


「しばらく……離れますね」


「……常にぷーを抱えていれば、魔力は問題ない。

 そして、常に我輩と共に、我輩とだけ居れば、能力のほうも問題なかろう。

 お前に見られて困る記憶など無い」


 自分で言って、分かってるんだろう。そんな手段、非現実的だって。

 それでも言ってしまうくらいに、我輩さまは私を必要としてくれているらしい。

 強い風にバタバタとスカートが煽られる。

 タイツをはいているから問題ないけど、冷たい風が入り込んでくるのはよくないかもしれない。

 だけど、ここを離れる気にはなれない。


「会いに行く」


「隔離じゃないんですか?」


「そんなもの、知らぬ。我輩が会いたいと思った時に、すぐに行く」


「授業、さぼっちゃ駄目ですよ」


「この時期はもう授業など無い。ただ今後、級長としての仕事は速度が落ちてしまうな」


「……ごめんなさい」


「そういう意味ではない。お前に頼りきっていたと自覚したのだ」


「私は、頼られて嬉しかったです」


「……今後も、頼りにする。だから、すぐに戻って来い」


 冷え切った手が繋がれた。

 指を絡めて、離れないように。

 両方同じくらい冷たいけど、少しずつ温まっていく。


「我輩さま」


「……どうした」


 今なら、言えそうだ。

 言うなら今日しかない。

 何を言えばいいか。どう言えばいいか。

 そんなことを考えるより、思ったことを全部全部、言ってしまおう。

 もう絶対に、後悔しないように。


「私は、我輩さまに……恋をしています」


「……恋、なのか?」


「はい。一番最初に気付いたのが、それだったので。

 でももっといっぱいあるって、気付きました」


 絡んだ指に力を入れ、隣に顔を向ける。

 暗いのに、僅かな月と星の明かりで顔が見えた。

 真っ白な肌と、真っ黒な髪と、紫色の虹彩を持つ瞳と。

 とても、綺麗。


「我輩さまが、好きです。愛しいです。愛……してます」


 愛しいと愛してるは同じ意味だろうか?

 好きと愛と恋と……あとは何だろう?

 たくさんの気持ちが詰まってて、それが上手く取り出せない。

 好き。大好き。愛しい。愛してる。近くに居たい。離れたくない。

 これを全部伝えるなんて、不可能だろう。

 それくらいたくさんの気持ちが、私の中に詰まってる。

 ひとのきもちがわからない私だったのに、こんなにたくさん、詰まってる。


「…………っ!」


 急に強く手を引かれ、抱きしめられた。

 片腕なのにとても強く、隙間無く、ぴったりと合わさるように。

 繋がった手は離れることなく、どんどん熱くなっていく。


「離したく、ない……」


「……私も、離れたくないです」


「このまま、逃げてしまおうか」


 呼吸が、鼓動が、速くなる。


「駄目ですよ……我輩さまは、ちゃんと当主になってください」


 身体が熱く、痺れるような感覚が全身を包む。


「お前が居ないのに、そんなことをして何になる?」


 縋りつくような声は震え、掠れる。


「それまでに、戻ってきます」


「……本当か」


「頑張ります。だから……」


 片方余った腕を、我輩さまの背中に回す。

 

「待っててくださいね」


 顔を上げて、背伸びをして。ぎりぎり届いた、我輩さまの唇。

 一瞬だけ触れてすぐに離れてしまった。

 救命行為でも緊急事態でもない、能動的なもの。

 びっくりした顔の我輩さまは、少し子供っぽくて可愛らしい。


「世間一般の恋人同士は、抱きしめ合った後にキスをするそうです。

 私は我輩さまと恋愛関係になりたいので、してしまいました」


 駄目だっただろうか。

 じっと固まり、視線は私に向いたままだ。

 繋いだ手と抱きしめる腕の強さは変わらないから、嫌とまでは思ってないと思うけど。


「お前は、本当に……」


「なんですか?」


「我輩の常識を、破りおる」


 覆い被さるように顔を寄せ、噛み付くようなキスをされた。

 絡んだ指が解け、首の後ろをぐいと引き寄せられ、それはさらに強くなっていく。

 唇を押し付け、擦り、時たま食む様な仕草をし、何度も何度もキスをされる。

 ぶつけるような、縋るような。

 乱暴で、儚い。

 速くなる鼓動も、上がり続ける体温も、そんなもの気にならない。

 息が苦しくなるくらい、頭がくらくらするくらい。

 何度も、たくさん、繰り返し、ひたすらに受け止める。


 わがはいさまが、すきです。

 わがはいさまが、いとしいです。

 わがはいさまを、あいしてます。


 全部全部、伝わって欲しい。

 両腕を背中に回し、力いっぱい抱きしめる。

 視界がゆらゆらして、よく見えない。

 ああ、これもあの靄なのか。

 だって、我輩さまの思ってることが、感情が、分かってしまってるから。


「我輩さま……私、ほんと……全然制御、できないです」


「……何故、そう思う」


「我輩さまの気持ちが、見えてしまってるんです。

 私は、ひとのきもちがわからないはずなのに……」

 

 波の音につられるように、視界がゆらゆら波打ってる。

 その中にぼんやりと映る顔に、感情が映りこんでる。

 私のことを、とても、愛してくれてる。


「今は能力など使っておらぬだろう。

 本当にお前は、自分に対して疎いのだな」


 目元に指が触れ、急に視界が開けた。

 はっきりと見える我輩さまの顔は、なんだか呆れているようだ。


「何が、ひとのきもちがわからないだ。

 お前はしっかりと、人の気持ちを感じ取っているだろう?」


「そんなこと……」


「我輩が何度、お前の言葉に影響されたと思っているのだ。

 我輩だけではない。ぷーも白空も佐々木も、級友もそうであろう。

 他人の感情が分からない人間の言う事が、他人に響くと思っているのか?」


「それは……思わない、ですけど」


「五感操作などただの付属だ。

 分からないと自分で決め付けていただけで、お前は最初から、ひとのきもちをわかっていたのだ」


 そんなはず、ない……。

 ずっとずっと、ひとのきもちがわからないから、人の動きで分かるようにしてきたのに。

 ただ我輩さまの言うように、今は視界は普通で靄も無く、なのに気持ちが分かる。

 じゃあ、今まで動きで分かっていたと思ってたのは、間違いだった?

 私は……人の気持ちが分かる?


「他人の気持ちなど、全てを知ることは出来ぬ。

 しかし、一端でも感じ取れればそれで十分であろう。

 互いに分かり合えれば、それでよい」


 腕の力を抜き、今度は包むように抱きしめてくれた。

 温かい布団の中に居るような、とても落ち着ける感覚。

 我輩さまの言うことは、私の今までを否定する。

 けど……それがとても、嬉しくもある。


「我輩さまだって、私の常識、壊したじゃないですか」


「知らぬ。事実を述べただけだ」


 頬に添えられたままの指が、どんどん湿っていく。

 原因は、私の目から流れ続ける涙のようだ。

 どんな感情で流れているのかは分からない。

 我輩さまはそれをただ、ずっとずっと拭ってくれてる。


「我輩さま……お願いがあるんです」


「何だ?」


 嬉しくて、寂しくて、幸せで、悲しくて。

 両極端な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合い、全部が涙に混じっているようだ。

 泣いてるのに嬉しくて、悲しい。


「もう一度、してください。ちゃんと、覚えてたいんです」


 とてもとても幸せだから。

 とてもとても寂しいから。

 離れてる時間を越えられるように。

 近くに居る時間を忘れないように。


「……何度でもしてやる。今だけでなく、今後もずっと」


 もう一度涙を拭い、頬に手をあてた。

 冷たい風から守るように、温かく大きな手の平に覆われる。

 少しずつ顔が近付き目を閉じてしまいそうになるけど、あえて開いたままにした。

 我輩さまのきれいな顔も、目に焼き付けたいから。


 今回は緩やかに、唇が重なった。

 温かくて、柔らかくて、心地いい。

 自然と口元が緩んでしまうけど、それは我輩さまも同じだった。

 何度か触れあい、離れ、もう一度重なる。

 この幸せな感覚を、全部記憶に刻み付けたい。

 五感を強くして、我輩さまをもっと感じたい。


 きれいな瞳を、見て。

 速い鼓動と息遣いを、聞いて。

 整った制服姿の身体を、香って。

 頬に置かれた少し冷たい手の平に、触れて。

 重なる唇を、味わった。


「甘い、ですね」


「うむ。いちごみるくの味がするな」


 小さく笑い、また抱きしめ合う。

 もっとたくさん触れたいし、もっとたくさん触れられたい。

 こんな欲求、初めてだ。


「キスの次は、何をするのだ?」


「さあ……そこまで聞いてなかったです。

 ただ、何か特別で記念になるようなことらしいですけど」


「ふむ……どの者にか聞いておこう。

 今はこのままで、我慢しておくとする」


「十分、幸せですよ」


「……うむ、幸せだ」


 波の音と、木が揺れる音と、我輩さまの声と、我輩さまの鼓動と。

 全部、忘れない。覚えてる。

 またこの幸せを感じる為なら、何でも出来る気がしてきた。


「帰りましょう」


「…………帰らねば、ならぬな」


 帰って、身支度をして、そして……。

 この時間を終わらせると、始まってしまう。

 ただ、始めないと終わらない。

 名残惜しくも身体を離し、替わりに指を絡め、手を繋いだ。

 離れるのは、一時だけ。

 永遠なわけじゃない。

 私が今後、ずっと我輩さまの隣に居る為に、やらなきゃいけないんだ。

 これは、未来の為の行為。

 だから絶対に、乗り越えてみせる。

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