6-5.黒の当主
ここは……昨日見た場所だ。
非現実的な無色の世界。
空中で、赤と青と緑と茶と白と黒と透明が入り混じっている。
それらは目まぐるしく動き回り、ぶつかり、すれ違い、動き回る。
ちかちかするほど激しい動きに囲まれていると、声が聞こえた。
遠いような、近いような、叫ぶような、囁くような。
男なのか女なのか、若いのか老いてるのか。
どれとも言えない声が聞こえた。
『やっと目覚めた』
目まぐるしく動き回っていた色々が、ざあっと掻き消えた。
色の残滓で目がちかちかする。
残ったのは、無。
何色ではなく、無色。
現実でこんなこと、あるはずがない。
無色は透明で、透明ならば色を透かす。
「……誰ですか」
『君の血の元』
「……私の肉親、ですか?」
『遺伝子上は』
今度は会話になっている。
聞きたいことはたくさんある。けど、何より聞くべきことがある。
ここはどこ、より。
あなたはだれ、より。
「私は……何なんですか?」
『無属性の魔力を持つ人間』
「それだけじゃ、説明がつかないです。
あの靄は、力は……何なんですかっ」
『…………』
姿も形も見えないのに、口を閉ざしているのが分かる。
言いたくないのか、言えないのか、言うべきでないのか。
『無属性の始祖』
「……は?」
掻き消えたはずの色たちがざあっと戻ってきて、それは人間を形作る。
容姿の特徴が無く、服装の特徴も無い。そして何より存在感の欠片も無い。
でも、その身体からは圧倒的な密度の魔力が漂っている。
感じ取りづらい、見えづらい、不思議な魔力。
学園祭の講堂の奥で、僅かだけ遭遇した男。
『黒峰なら知ってる』
「はぁ……」
無表情なのか笑ってるのか分からない表情で、淡々と声を発する。
無属性の始祖なんて、聞いたことが無い。
「それが、私の質問と関係あるんですか?」
『ある』
身体を動かすことなく近付いてきた男は、大きくも小さくも無い手の平を、私の頭に乗せた。
『俺は自分の血の行く末を見ているだけだ。君は気にせず生きろ』
少しの重みがなぜか懐かしい。
そんなはず、ないのに。
そんな記憶、ないのに。
『じゃあな。また、どこかで』
重みを保ったまま姿が消え、すぐにそれも消えていく。
聞きたいことはたくさんあるのに。
意識は再び遠のき、非現実的な無色の世界は消えていった。
目が覚めると、私の身体は再びベッドの上にあった。
今回はチューブを繋がれることなく、ただ寝かせられているようだ。
窓からもれる光は真っ赤で、夕焼けなのだろう。
時計の無い室内では、外の光だけが頼りだ。
「大丈夫かっ!?」
「…………我輩さま?」
首を動かしたことに気付いたのか、ベッドに倒れこみそうな勢いで迫ってきた。
近い、近すぎて、鼓動が速くなる。
「あの、ちょっと、近い……」
「身体はどうだ? 辛い部分は無いか? 些細なことでも言え」
「だから、近いですって……」
真っ白な肌は赤い光を浴びているにもかかわらず、なんだか青白いように思える。
目もなんだか、力が弱い。
我輩さまこそ、体調が悪いんじゃないだろうか。
なんだかんだで無理してるんだから。
「お前は何故そう……無茶ばかりしてくれるのだ。
これでは我輩の寿命が縮む一方では無いか」
「……ごめんなさい」
「……いや、最後に望んだのは父上だったからな。
賠償がどうのと言っておったが、好きなだけ揺するがよい。
それだけに見合ったことをしたのだからな」
不機嫌ながらも、最後にはどこか愉快そうだ。
ベッドに寄りかかるように起き上がると、大丈夫だと気付いてくれたのか少しだけ離れてくれた。
手はしっかり握られていて、お腹がなんだか温かいのは……
「ぷっ!」
「ぷーさん、そんなところで何してるんですか?」
布団の下からもぞもぞと出てきたのは、毛皮を着ていないぷーさんだった。
灰桃色のもこもこが、ベッドの上というのもあってぬいぐるみにしか見えない。
「お前の魔力の調整をしているのだ。
本来ならば、幼子の頃から少しずつ増える魔力が急激に増えたのだ。
器が慣れるまで、時間がかかろう」
じわじわと流れ出る魔力が、するするとぷーさんに吸いこまれている。
そのおかげで内側から圧迫されるような感覚は無く、常にぎりぎりまで満ちている状態を維持しているらしい。
私にとっては大きなものでも、ぷーさんにとっては微々たるものらしい。
「あれから、どうなったんですか」
ぷーさんをぎゅっと抱え、聞く。
私があれこれ暴いてしまった、親族会議。
倒れる前に聞こえたのは、どう考えても穏便な声ではなかった。
暴くべきじゃないことを暴いたのだから、当たり前だ。
あれから、灰里さん……じゃなくて、あかりさんは大丈夫だったのか。
それに、次期当主は決まってしまったのか。
「うむ……まず、あの娘は無事だ。母親も、お前の言うように近くの建物の中から見つかった。
両方、民間の病院に運ばれ治療を受けている」
魔力を持っていない人に、治癒魔術を使うことは許されない。
強い呪いによる魔力汚染の可能性もあるし、普通の病院に行くのが一番か。
魔力を体外に排出する技術は、魔力を持たない人間が最も優先して掴んだものだ。
だから、専門家に任せるのが一番だ。
「そして次期当主の件だが…………」
とてもとても言いづらそうに、顔をしかめてしまった。
苛ついているようで困っているようで、複雑な表情だ。
「……白紙だ」
「白紙?」
「今日話したことは、全て無かったことになった」
「じゃあ……我輩さまのままなんですね?」
「……不本意ながらな」
ぱらりと落ちてきた前髪を乱暴にかき上げると、きつく締めたネクタイを片手で緩める。
やっぱり窮屈なんだろう。いつもいつもきちんとしているのは、立場を考えてのことなんだと思う。
それを緩めることが出来るのは場所のせいか、それとも……。
「お前の言葉は全て事実で、本人たちも認めた。
故に、候補者という立場からは退くしかなかったのであろう。
……あの場に限らねばならぬ事柄ばかりであったからな」
外部に漏れたら問題になってしまうから、か。
私なんかにとってはそこまで隠すべきものには思えないけど、偉い人は偉い人なりに必要なことなんだろう。
犯罪や事業の失敗はそうなんだろうけど、魔獣とか恋人とかは……駄目なんだろうか。
私が言ったことにより、あの人たちの人生は……変わってしまうのだろうか。
「……出来る限りの対応はする。
いつかは漏れる事だったのだ、それが少し早まっただけの事よ」
漏れなかった可能性は……考えちゃいけないんだろう。
それぞれがやったことも、起こしてしまったことも事実なんだから。
「……この力は、なんなんでしょうね」
人の知られたくないことすら見えてしまう、謎の靄。
今でも視界の中にうっすらと存在し、意識して散らさないとまた何かが見えてしまいそうだ。
そのせいで、我輩さまの顔がしっかりと見れない。
我輩さまの知られたくないことを、暴きたくはないから。
「その件について、父上から話があるそうだ。
しかし正直、今のお前を他人の前に晒したくはない」
それはそうだろう。あんなに派手に問題を起こしたんだから。
また誰かの何かを見てしまったら、そしてそれが我輩さまの害になることだったら。
口を閉ざしていることは、出来ないと思う。
「……見たくないことまで見えてしまうのは、負担であろう」
「負担、ですか?」
「あの場で見えたことは、お前にとって何か益になったか?
不愉快な物ばかり見て、なんともないとは言うでないぞ」
繋いだ手に、力が入る。
私の為に怒ったような顔をされると、なんだか少し……気分がいい。
「……私にとって、知ってよかったことでしたよ」
「そんな訳があるか」
「だって……我輩さまの自棄を、止められましたから」
「……自棄ではない。我輩は本当に……」
「全部が全部じゃないのは分かってます。
でも、見えてしまったので。我輩さまがずっとずっと、当主になる為にしてきたこと」
そんな努力を、私が潰していい訳が無い。
そう考えると、あの会議が白紙になったというのは、私にとっては理想的な展開だ。
我輩さまの将来は、まだ変わっていない。
だから、変えさせるわけにはいかない。
「行きましょう。当主を待たせるのは、よくないと思います」
「しかし……」
「このままじゃ何も変わらないって、話したじゃないですか。
ちゃんと話して、それから考えましょう」
我輩さまと、この先も一緒に居る為に。
何か手段が無いか探る為に、知れることは知らなきゃいけない。
無知は弱さで、無知は罪だ。
「……我輩は、お前を手放す気は無い」
「はい。私も離れるつもりはないです」
「それだけは忘れるでないぞ」
手を離してベッドから出て、少し皺の寄ったスカートを整える。
近くに上着がかかっていたのでそれを羽織り、リボンの位置を直すと、すぐに優等生然とした格好になった。
本当に、制服というのは便利な服装だ。
我輩さまもあっという間に身支度を整え、いつも以上にきちんとした格好になった。
部屋を出ると人の気配が無く、ひっそりと静まり返っている。
いつになく緊張した面持ちで手を引かれ、黒い廊下を進んでいった。
会議に使った部屋よりもっと遠い、建物の端に作られた部屋が当主の私室らしい。
その間に誰一人としてすれ違う人間は居なく、この建物には私と我輩さまだけしかいないんじゃないかと錯覚してしまうほどだ。
黒くて大きな両開きの扉を、小さく叩く。
すると中央から割れ、ゆっくりと内側に開いていった。
入れ、ということなのだろう。
いつもより狭い歩幅の我輩さまと一緒に、並んで入室した。
「……身体の具合は、どうですか」
静かに扉が閉じたと同時、正面のソファに座る男性が声を発した。
黒峰家、当主。我輩さまの、お父さん。
一言発するだけで周囲を支配する、圧倒的存在感の持ち主。
低い位置に居るのに、遥か上から落とされたような声。
「平気です。ご迷惑を、おかけしました」
「そうですか。ひとまず、掛けなさい」
三人掛けのソファが向かい合って置かれ、正面には当主が座り、その後ろには女性が一人立っている。
さっきも同じ位置に居た、当主の奥さん。我輩さまの、お母さん。
私も同じように我輩さまの後ろに立っていようと思っていると、繋いだ手を引かれ、そのまま隣に座らせられた。
これはまずいんじゃないかと思ったのに、そう感じているのは私だけらしく、そのまま話が始まった。
「今回は黒峰家の者が、迷惑を掛けた。そして、姪の行方も知れ、保護に至った。
これは貴女の能力のお陰だ。感謝します」
無表情に、淡々と。
違和感を感じる口調は、なんのせいだろう。
そしてこれも、そう感じているのは私だけらしい。
これが通常なのだろうか。
「父上は、あの能力について知っていると仰った」
「……恐らくは」
「ならば聞かせていただきたい。
あれは何だったのか。弥代子の身に、何が起こったのか」
「…………」
沈黙の間に、動く者は居ない。
壁掛け時計の秒針が動く音だけが響き、当主の後ろに立つ奥さんですら微動だにしない。
音が何度も響き、針が何度か回った時、視線を伏せてからその口が開かれる。
「無透という存在が、有る」
「無透……?」
我輩さまの口から、同じ言葉が繰り返された。
むとう。名前だろうか? 有るというならば、物だろうか?
「無色透明の、無透だ。
それは古代から存在し、一定の周期で現れる」
天体の現象だろうか? それとも何かの自然現象?
「それは…………無の始祖とされている」
「無に、始祖?」
火、水、草、土、光、闇。
始祖とされる家系は、その六つしか知られていない。
無は誰もが扱える物なのだから、それに始祖が居るとはどういうことか。
初めて聞く話のはずなのに、なぜか聞いたことがあるような……。
「これは各属性の当主のみに伝わる事柄で、それ以外には知られないよう、厳重に管理されている」
「そんなことを、なんで……」
本家のみではなく、当主のみ。完全に秘密にするべきものだろう。
我輩さまだけならまだしも、なんで部外者である私の前でその話をするんだろう。
「それは人間の姿を持ち、人間として生きている。
神出鬼没で、正体不明。私も遭遇したのは、一度きりだ。
気まぐれなのか、戯れなのか、掴みどころの無い人間だった。
年齢も性別も分からない、思考も理念も分からない、全てであるようで全てで無い、そんな人間だった」
頭の中に、一人の人間が浮かんできた。……いや、まさか。
「それが、どうしたと言うのですか」
焦れたような我輩さまに、当主は一度息を吐いた。
重く暗い、押しつぶされるような空気だ。
「貴女から採取したものを、調べました。
あのような能力を使われては、そうしない訳にはいかなかった。
そしてその結果が、出ました」
違和感を感じる口調は、私に向けた言葉と、我輩さまに向けた言葉の違いからだろうか。
当主であるようで、父親であるようで、ただの人間であるようで、掴めない。
「貴女は、無透の遺伝子を引いています」
「…………」
「無透は、千里眼とでも言うべき能力を持っています。
未来視、過去視、遠見。それは限りが無く、全てを見通します。
恐らくその一端が、貴女に受け継がれました」
だからなんだと言うんだ。
年齢も性別も分からない人間に見える物と私とを、どう結びつけると言うんだ。
きっと、私の父親が不明ということは知っているのだろう。
その事実と能力だけで判断するなんて、ふざけてる。
「遺伝子と言いましたけど、そんなもの、どうして分かるんですか。
何も分からない物と私に、何の関係があるんですか」
「無透の遺伝子は、データバンクに収められています。
気まぐれに提供されたものを、極まれに生まれる異才を持った子供と照合する為に使用しています。
そしてそれが、貴女と一致したのです」
「そんなの、知りません。そんな不確かなもの、私には関係無いです」
「貴女の母親は、育ての親の双子の姉と一致しています。
そして、残る片方が無透と一致したので、今の無透は男なのでしょう。
何か心当たりは無いですか。過去に数件発見された例では、無透からの接触を受けていたようです」
心当たり。
容姿の特徴が無く、服装の特徴も無い。そして何より存在感の欠片も無い姿。
遠いような、近いような、叫ぶような、囁くような。
男なのか女なのか、若いのか老いてるのか。
どれとも言えない声。
「…………」
「ありますね?」
疑問系だけど、確信しているんだろう。
その様子に、我輩さまは私をじっと見て、不安そうな顔をしている。
あれが、そうなのだろうか。現実で一回、夢の中で二回。
さっき、気を失っていた時に見た気がしたもの……。
「自分の血の行く末を見ているだけ」
「…………」
「そう、言われました」
私の血の元。
遺伝子上の肉親。
無属性の始祖。
確かにそう、言われた。
そして、何度も言われた……
『まだ目覚めないのか』
『そろそろか』
『やっと目覚めた』
あれは、これのことだったのだろうか。
「会いましたか?」
「学園祭の時と……夢で」
「ならばそれが、無透という物です。
存在が希薄で、現実でも夢でも、どこでも入り込む」
迷惑な存在だ。
勝手に入り込んで、勝手にかき乱して、跡形も無く消える。
「十夜」
「……はい」
私のことが確定したからか、今度は我輩さまに向いた。
その口調はまた変わり、威圧を感じる。
「無透の娘ならば、問題は無い。
嫁に迎えたいと言うならば、認めよう」
「それは……弥代子が、無透なる物の血を引いているからですか」
「そうだ」
握られた手に力が入る。
小さく震え、身体から薄墨色の魔力が立ち上る。
ぐっと歯を噛み締める音がし、吐き出すように言葉を出した。
「我輩はそんなものの……血の為に、弥代子を選んだのではない。
どんな血を引いていようが関係ない。弥代子が弥代子だから選んだのだ」
「それがなんだと言うか」
「我輩は……っ、そのような理由で認められたくなどない!」
魔力のこもった声を、当主はなんでもないように受け流す。
微動だにしない様子に焦れたのか、再び言葉を続ける。
「初めて愛しいと思えた人間なのだ!
父上には、この感情は理解するに値しないのですか!?」
「…………」
「そのような人間の立場など、継ぐに値しない……っ」
「我輩さまっ!」
どうしてその答えに到るんだ。
私の為に将来を変えないで欲しいって、言ったのに。
一緒に居る為には、それしかないって決め付けてる。
「次期当主は、十夜のままだ。異論は認めない」
「父上っ!」
無表情に断言する。
当主の言葉は絶対で、反論は認められない。
そんな環境で生まれ育った我輩さまには、それに逆らう術は無い。
術はない、けど……どうしてここで、靄が濃くなるんだ?
散らすことが出来ないくらい、広がっていく。
視界に入っているだけで、濃く深く、鮮明な景色が映りこんできた。
色の無い景色。
明暗だけの、白と黒。
その中央に、一人の青年が蹲っていた。
『お前の兄たちは当主の座を競い、共に散った』
『あとはお前しか残っていない。お前が当主になれ』
『医者になる夢など捨てろ。血を守れ』
『すぐに嫁を取り、次代を残せ』
『生め。増やせ。候補は多いほどいい』
響き渡る声はどれも老い、否定を許さない圧を感じる。
その只中の青年は、力なく立ち上がり、涙を流した。
『分かりました……僕が……いや、私が、黒峰を、継ぎます』
よろよろと歩き始めると、一人の少女が現れた。
躓いた青年に手を差し伸べ、その身体を支える。
一目合った時に、景色は色を取り戻した。
黒が目立つ部屋の中で、二人の男女が居た。
青年は大人になり、少女も歳を重ねたようだ。
『貴女には、不自由をさせる……』
『子供は、一人にして欲しい。争うことの無いよう、ただ一人に』
『問題なく当主になれるよう、生まれた時からそう育てて欲しい』
『僕のような、半端な当主にならないように』
『持ち得ない希望を持って、それを砕かれないように』
女性は全てに頷き、悲しい顔に笑みを浮かべた。
言葉だけでは、残酷なものだ。
奪われるのが分かっているなら、最初から持たせない。
ただその声と、顔は……慈愛に満ちている。
それを確信したところで、景色は薄れていった。
「……何か、見えましたか」
気付けばソファに倒れこみ、我輩さまが身体を支えてくれていた。
強く深く見えすぎたのだろうか。気を失わなかっただけましかもしれない。
当主は相変わらず無表情で私を見ていて、その顔はさっきの景色の中で見たものに似ている。
老いた声に返した時の、涙と一緒に見せてた顔だ。
「はい、すみません」
心配そうにしている我輩さまに大丈夫と伝え、姿勢を正した。
きっと、私なんかが言っていいことじゃないんだろうけど、言わないといけないことだってあると思う。
「愛情表現は、裏返してもいいことはないと思います。
私はそれを、我輩さま……息子さんから、教わりました」
分からなくて不安とか。
心配で仕方がないとか。
妬いてしまうとか、愛しいとか。
そういう感情を、ちゃんと口に出してくれたから……ひとのきもちがわからない私が、この気持ちを持てたんだと思う。
「……肝に銘じます」
苦笑を浮かべた当主はどこか諦めたような様子だけど、これ以上は言うべきじゃない。
きっとそれぞれの速度があって、私の能力はそれを妨害することにしかならない。
だから私は、もう一つ、覚悟を決めなきゃいけないんだ。
「……一つ、お願いがあります」




