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我輩さまと私  作者: 雪之
本編
3/50

1-3.侵入者

 放課後、野苺を届けること数日。

 すでに日常業務になっているから淡々と収穫し、淡々と部屋へ向かう。

 野苺の最盛期は過ぎたらしく日に日に量が減り、サイズも小さくなっているからか魔獣が悲しそうな様子になって、私のせいじゃないけど罪悪感が湧く。

 かといって他に野苺の生る場所は知らないし、別の物を探すとしても、あの魔獣が苺が好きなのか果物が好きなのかも分からない。

 それに、私がそこまで貢献しなければいけないわけでもない。

 野苺が終わればこの役目も終わるらしいから、何も言わないでおこう。


 今日も部屋の前で様子を伺い、人の気配が無いことを確認してから携帯端末で連絡をする。

 短く入れと言われ重い扉を開けると、相変わらず蝋燭の灯る薄暗い部屋。

 前に入った時の順々に灯るのは演出だったらしい。

 普段はずっと灯ったままで、仕事をする時は机の上のライトまで付けていた。

 真っ黒で無駄な装飾も多い、昔むかしの外国で使っていそうな物だった。


「今日の分です」


 机で何か書き物をしている黒の級長に一応一言かけ、端のほうにビニール袋を置くと、灰桃色の魔獣が一目散に近寄ってくる。

 今日も一度、私の頬に擦り寄ってから袋の上に浮かび、一つずつ野苺を吸い込む。

 ひゅんひゅんと軽快に食べていればすぐに無くなり、今日も何だか寂しそうな表情をした。

 黒目しかないのにそう思うのは何でだろう?

 目の表面の水分の変化なのか、私が勘違いしているだけなのか。


「……そろそろ、野苺は終わるか」


「はい、あと数日かと思います」


「ぷー……」


 新しく実った物は無く、あとは赤くなった分を収穫するだけだからすぐに無くなるだろう。

 これから暑くなれば花を咲かせるより葉を広げるだろうし、次に採れるのは約一年後か。

 言葉を理解する魔獣には酷な会話だったようで、落ち込んだ様子でぷかぷかと部屋の奥へ消えていった。

 そういえば、部屋の奥には何かあるのか?

 思い返せばいつも魔獣はそこから飛び出してきている気がする。


「…………貴様の仕事もじきに終わるか」


「はい」


「我輩の役に立てた事を、誇りと思うがよい」


「いえ、思いません」


「……我輩を何だと思っている」


「黒の級長ですよね?」


 私にとって、それ以上でもそれ以下でもない。

 学年も色も組も違うから、今後は縁もなくなるだろう。

 野苺を届けていることは誰にも知らせていないから、わざわざ黒の級長と関わりがあるなどと声を上げる気もない。

 だから、私にとっては誇りでもなんでもない。


「貴様は……」


「ぷーっ!」


「っぶ!?」


 ため息をつきながら額を押えた黒の級長の後ろから、なにやら妙に機嫌のいい魔獣が飛び出してきた。

 その勢いのまま顔面に体当たりされ、もはやお馴染みな痛みを感じた。


「ぷ?」


「痛いです」


「ぷー……」


「…………もう平気です」


 この魔獣は本当に感情表現が豊かだと思う。

 人間の私より、よっぽど。


「ぷ!」


 そんなことで感心していると、口らしきところにくわえた何かを差し出される。

 これは……お菓子?


「お前! それは我輩の……っ!」


「ぷーぅ!」


 手を出すとぽとんと落とされ、すぐさま部屋の中を縦横無尽に飛び回る。

 その間もどこからか出したお菓子をひゅんひゅん吸い込み咀嚼してから、包装紙だけをゴミ箱へ吐き出した。

 黒目がピンク色に点滅してるけど、あれは食べ物を食べた時の条件反射なのか。

 でもたまに白色にもなってるから、食べた物によるのかもしれない。

 逃げる魔獣と追いかける黒の級長。

 それを視界の端で眺めながら手の平を見ると、ビニールの包装紙に包まれたピンク色と白色のチョコレートだった。

 小さく入ったロゴはどこかで聞いたことのあるお店の名前で、確か結構な高級品だったと思う。


「ぷーっ! 勝手に人の物を食うなといつも言っているであろうがっ!」


「ぷ・ぷ・ぷー!」


「ふざけるな! 今日という今日は許さん! 捕まえて一日監禁だっ!」

 

「ぷっぷー」


 あまり広くない室内なのに、上下左右に飛びまわれる魔獣は一向に捕まる気配が無い。

 黒の級長も善戦はしているようだけど、天井近くまで浮かばれてはどうしようもないらしい。

 肩で息をしつつ睨み上げ、大きく一息ついてから椅子に座り込んだ。


「……あの」


「…………なんだ」


 渋い渋い表情で睨まれた。

 魔獣にお菓子を取られたことがそんなに悔しかったのか。

 黒の級長の上空で満足気にぷかぷかしてるから、怖いやら可笑しいやら分からなくなってくる。


「どうぞ」


 魔獣に渡されたチョコを差し出すと、更に渋い顔になった。なぜだ。


「いらぬ。好きにするがよい」


「はぁ、そうですか」


「……貴様、繰り返し言うが、この部屋の中で起こったことは」


「他言無用ですね、分かってます」


「……ならよい。

 我輩は委員会に書類を出しに行かねばならぬ。あとは好きにしろ」


 そう言うと机に積みあがった書類をいくつか抱え、足早に出て行った。

 ローブのせいか横を通り過ぎる時の風がすごい。

 携帯端末の時計を見ると食堂が開いた頃で、部屋に戻って色々すればちょうどいい時間だ。

 好きにしろとのことだから、帰っても問題はないだろう。

 野苺のビニール袋を丸めてポケットに入れて扉に向かうと、後ろから弱い衝撃が来た。


「ぷ」


「どうしました?」


「ぷー……」


「魔獣さんは留守番ですか?」


 天井付近でぷかぷかしてたはずが、今度は私の周りでぷかぷかしだした。

 元気が無いような動きで、黒目はまたしても寂しそうに見える。


「魔獣さ」


「ぷっ!」


「っぶ!」


 言葉を続けようとすると、顔面に体当たりをされた。

 寂しそうだったのは気のせいだったのかと思ったけど、よくよく見ると不満気な様子だ。

 行動力のある魔獣のようだから、閉め切った部屋での留守番は嫌なのかもしれない。

 けど、言葉の途中で止めたのはなんでだ。


「魔獣さ」


「ぷっ!」


「っぶ……」 


 今度は軽く、口元にぶつかってきた。

 もしかして、呼び方の問題か?


「魔獣さんと呼ぶのが嫌ですか?」


「ぷ!」


 正解らしい。

 魔獣は魔獣だけど、確かに私だって人間だから人間さん、と呼ばれたら嫌かもしれない。

 名前があるのだから、それで呼ぶほうがいいだろう。

 所有者である黒の級長の許可は後でもらおう。


「プラズマさん」


「ぷ……」


 不満らしい。

 そういえば、プラズマと呼ばれていたのは毛皮を被っていた時で、室内では違うと言われた気がする。


「ぷーさん」


「ぷ!」


 呼んでみると、その場でふわんと浮き上がり、緩やかに頬ずりをしてきた。

 愛想がよく人懐こい、愛玩動物のような魔獣だ。

 入学前はよく野良猫を撫で回していたけど、この敷地内には居ないから懐かしい気分がする。


「ではぷーさん、失礼します」


 一応頭を下げてから、荷物を持って扉に向かう。

 魔獣……ぷーさんだけになるけど、蝋燭は消したほうがいいのか。

 こんなことなら全部電気にすればいいのにと思うけど、イメージ的に必要なことなのかもしれない。


「ぷー!」


 またしても背中に軽い衝撃が来る。

 さっきもだけど、私が出て行こうとするのが駄目なのか。

 けどあんまりここで無為に過ごすのはまずい、というか嫌だ。

 放課後にやるべきことは結構たくさんあるから。

 

「ぷーさん、私は夕飯があるので帰ります」


「ぷー……」


「宿題もしなければいけません」

 

「ぷー?」


「では、失礼します」


 もう一度頭を下げて振り返ると、今度は正面に割り込んできた。

 小さく揺れる行動は、ディフェンスなのか。

 狭い通路でそう動かれると潜るか退かすかしかないけど、さすがにそこまでするのはどうかと思う。


『――――――。』


 扉の前で問答していたからか、廊下の気配が意識に入り込んでくる。

 耳だけが強化され、小さな足音を拾った。

 それは少しずつこちらに近付いてきて、この部屋の前で止まった。

 黒の級長にしては軽く、どこか迷うような躊躇うような足音だ。

 つまり、他人。知らない人。


「ぷーさん、一応隠れてください」


「ぷ!」


 毛皮を被っていない灰桃色の姿は、黒の級長にとって隠したいことらしいから、もしもの為に言ってみると一目散に部屋の奥へ飛んでいった。慣れてるのかもしれない。

 足を止めた人物から魔力が流れてき、私をすり抜けて机の上を通り過ぎる。

 あれが念話か……。


『……いらっしゃらないのね』


 小さく呟かれたのは、女の声。

 残念そうな、嬉しそうな、楽しそうな、変な声色だった。

 私も隠れたほうがいいかもしれない。

 そう思った時には遅く、重い扉がゆっくり開かれた。


 薄暗い部屋に差し込む真っ赤な夕日。

 そこから伸びる真っ黒な影。

 その持ち主は、緩やかに波打つ長い長い黒髪に、豊満な身体を制服に包んでいた。

 リボンに挿された色は黒。闇属性の魔力持ちの証。

 私の姿を見つけると、ことんと首を傾げ、艶のある声を発した。


「……あなた、どなた?」


「…………」


「なぜ、この部屋に居るの?」


「…………」


「ここを、どこだと思っているの?」


「…………」


「答えろっ!!!!!」


 突如発された大声と、魔力。

 ぞわりとする悪意のこもったそれは、敏感すぎる私の肌に突き刺さり、鳥肌が立つ。

 即座に触覚と聴覚を鈍らせたけど、一度入り込んでしまった悪寒はしばらく抜けそうにない。


「……勝手に入り込んだの? あの方に何をするつもりなの?」


 元の声色に戻り、首を逆側にことんと傾げる。

 あの方……黒の級長。

 入室許可は念話でとか言っていたけど、不在時に勝手に入り込むような事態を想定していたのか。

 いや、普段ならば鍵でもかけていただろう。普段ならば。

 でも今は、少しの退室で、私とぷーさんが居た。

 そうだったから、施錠しなかったんだろう。

 今日まで一度も部屋を訪れる人を見なかったから、私自身、完全に油断していた。

 

「悪い生徒ね、一年生? 礼儀がなっていないわ」


 唇の端が引きつりながら上がっていく。

 目を見開き、私の目だけを見て、全身から魔力がにじみ出る。

 それがゆっくりと私の身体に纏わり付くと同時、両端がつりあがった口をぱかりと開き、言葉を発した。


「”我が魔力により手足を封じ、我が魔力により拘束をする!”」


 途端、黒く濁った魔力が視覚化され、私の手首と足首にへばりついた。

 それらは短く繋がっているのか、ほんの少しの動きだけはできる。

 だからといって、この状況で何かできそうにも思えず、勝手に質問に答えることもできず、黙って立ち尽くす。


「勝手に侵入した生徒を捕まえたとなれば、きっと褒めてくださるわ……

 ”我が魔力により痛みを与える!”」


 へばりついた魔力から、細く短い棘のようなものが私の皮膚に刺さった。

 たわしを押し付けられたような痛みは我慢できるけど、そこから変な魔力が入ってきそうで嫌だ。


「さあ、質問よ。

 あなた、どなた?

 なぜ、居るの?

 ここ、どこだか分かってる?」


 扉が音も無く閉じて、光源は蝋燭だけになった。

 ゆらゆら揺れる炎に照らされた顔は、ニタリと笑っているから凹凸がくっきり陰影になっている。

 ちくちくした痛みは続き、へばりつく魔力は気持ち悪い。

 この部屋の中のことは他言無用と言われているから、質問には答えられない。

 ああ……なんて鬱陶しい……


『――――――。』


 廊下から気配がする。やっとお出ましか。


「――――此処ここは我輩の部屋で、その者は我輩のめいで此処に居る」


 重い扉がしっかりと開きそこには、真っ黒なローブを纏った黒の級長が居た。

 ローブと髪の奥にある目は、爛々と黒紫色に瞬いている。

 夕日の赤に全く劣らない、眩しく強い光だ。


「若様……!」


「貴様こそ何者だ。誰の許可を得て入室した」


「わ、わたしを覚えていらっしゃらない……?」


「知らぬ」


 一言で切り捨てるも女子生徒は縋りつき、あの時会っただこの時話しただということを名前と一緒に言っている。

 もはやどうでもいい。

 それは黒の級長も同じ気持ちらしく、怒りと苛つきが沸々と湧いている様子なのに、彼女は気付かないらしい。


「貴様が来た理由は何だ」


「わたし、若様のお手伝いをしたくて……!

 そう申し上げに来たら御不在で、この女が入り込んでいてっ!」


「先程の言葉を聞いておらぬのか? その者は、我輩の、命で来ている」


「で、ですが……こんな色気の欠片もない女、若様には相応しくありませんっ!!!」


 色気って……確かにこの女子生徒を基準にすれば、私なんてそんなもの欠片もない。

 だからといってそれをこんな場で言うか? そんな問題じゃないだろうに。


「無属性なのだから、当たり前だ」


「む、無属性、ですって……?」


 さらりとした答えに、女子生徒の視線が私の制服を這いずり回る。

 リボンは灰色一色。無属性の証。


「ありえない! そんなのありえないわっ!!」


「貴様にそれを決める権利があると言うか?」


「あります! 若様ともあろう御方がなぜ、無属性なのですか!

 若様には闇の一族の者が相応しいです! わたしを選んでください!」


 真っ黒な床に膝をつき、手を合わせて懇願する。

 その様子は教会で懺悔するようで居て、その実正反対だ。

 自分の願望を押し付け、認めさせようという、とても傲慢な。

 なぜこんなことをできるんだろう。無様すぎて笑いたくなる。


「貴様は分家筋の末娘と言ったな?」


「はい! 闇の血筋を引いています!」


「色に狂った雌に興味はない。失せろ」


「…………え」


「聞こえなかったか? 即刻、我輩の視界から消えるがよい。

 今なら不問にしてやろう」


 ひざまずく女子生徒の脇を通り、私の正面に立つ。

 高い身長と真っ黒なローブで女子生徒の姿は見えなくなり、浅い呼吸だけが聞こえた。


「……何故、そのような格好をしておる」


 両手を脇に揃えているならまだしも、中途半端な位置で止め、直立不動の私を見て言う。

 間抜けな格好なのは自覚しているけど、これ以上の動きができないのだから仕方がない。

 

「いや……」


 視界の先から声が聞こえる。


「いやよ……」


 呟くような大きさが、言葉を重ねる毎に大きくなっていく。


「いや、いや、いや、いや……」


 黒の級長も気になったのか、後ろを振り返った。


「いやよっ! いや! いや! いやなの!

 わたしは! 若様の! 隣にいるのぉぉぉっ!!!!」


 声と共に発されたのは、真っ黒な魔力だった。

 全身から弾き出されたそれは私に向かい、手足の拘束に吸い込まれていく。

 と、同時に拘束が大きく強くなり、久しぶりに激痛を感じた。


「…………っ」


 痛い。すごく痛い。

 触覚を鈍らせていたのにこの痛みということは、多分気を失うくらいには痛いはず。

 棘は深く刺さり、圧迫感が強まり、奥のほうでビキリと音がした。

 多分、折れた。単純骨折だったらいいんだけど。


「この場で、我輩の前で、そのような真似をするという意味を分かっているか?」


「若様の隣はわたしっ! 他の誰でもないっ! わたしだけなのっ!!!」


「不愉快だ。”黙れ”」


「――――っっっ!!」


「目障りだ。”跪け”」


「っ……!!」


 単語単語に魔力が込められ、たった一言で女子生徒はその通りになった。

 さっき私にかけられたものは、同じ言葉をだらだらと言っていたのに。


「この程度すら撥ねられないとは、分家筋とは哀れだな。それとも貴様だけが無能かも知れぬか」


 蹲ったまま声を塞がれた女子生徒は、はらはらと涙を流して嗚咽を上げているけど、黒の級長は全く気にしていない様子だ。

 それどころか、小さく何かを呟きながら四方八方に魔力を飛ばしている。

 それは女子生徒の物と比べるのが失礼なくらい、純度が高く鋭い物だった。


『――――――。』


 それから十数秒くらい経った時、扉の向こうから数人の足音が響いてきた。

 極力音を殺したような走りは生徒とは思えない。

 けど、扉を開けて入って来たのは制服と、真っ黒なローブを被った人たちだった。


「連れて行け。親族会議で晒し上げろ」


「畏まりました」


 力なく涙を流し続けている女子生徒の首に触れると、ごとりと音を立てて崩れ落ちる。

 その瞬間、私に纏わり付いていた魔力も霧散し、急に開放されたせいで身体のバランスが取れず、そのまま膝をついた。

 女子生徒が静かに担ぎ出されるのをぼんやりと見つめ、しっかり扉が閉まると同時……背後から甲高い声が聞こえた。

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