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我輩さまと私  作者: 雪之
本編
28/50

6-3.約束

 ここは、どこだろう。

 空中で、赤と青と緑と茶と白と黒と透明が入り混じっている。

 それらは目まぐるしく動き回り、ぶつかり、すれ違い、動き回る。

 ちかちかするほど激しい動きに囲まれていると、声が聞こえた。

 遠いような、近いような、叫ぶような、囁くような。

 男なのか女なのか、若いのか老いてるのか。

 どれとも言えない声が聞こえた。


『そろそろか』


 たった一言。

 それをきっかけに、目まぐるしく動き回っていた色々が、ざあっと掻き消えた。

 色の残滓で目がちかちかする。

 残ったのは、無。

 何色ではなく、無色。

 現実でこんなこと、あるはずがない。

 無色は透明で、透明ならば色を透かす。


 これは一体、なんなんだ。

 問いかけたところで答えは無い。

 意識は再び遠のき、非現実的な無色の世界は消えていった。



 唇が温かい。

 そう思うと、口の中に潤いを感じた。

 人肌くらいの水分は、味がしないから水だろうか。

 久しぶりに含んだ水は一瞬で染み込み、乾く。

 もっと。もっと欲しい。

 唇の温かさが離れ再び触れると、もう一度潤う。

 何度繰り返しただろうか。

 渇きが癒えたと感じると、自然と瞼が持ち上がった。


「…………あ」


 ここはどこだろう。

 黒色のレンガの部屋ではなく、ごくごく普通の寝室のように見える。

 背中には柔らかい弾力を感じ、寝具の上に居るようだ。

 蝋燭ではない明かりは自然な光で、窓から入ってきているのだろう。


「もうよいのか?」


 すぐ近くから聞こえた声に顔を向けると、ガラスコップを持った我輩さまが居た。

 その中身はほんの僅かで、縁がまだ濡れている。

 唇に残った水滴を指で拭っているという事は、我輩さまが飲んだのだろうか。

 いや、さっきもういいのかと聞いてきている。

 そして私の口の中は、程よく潤っている。ということは……


「…………私に、飲ませてくれたんですか?」


「水が欲しいと言っていたからな」


「じゃあ、その……」


 唇の温かさは、我輩さま……なのだろうか。


「救命行為は数に入れぬのだろう? そう思っておけ」


 小さく笑い、コップをサイドボードの上に置いた。

 改めて自分の身体を見回すと、ベッドの上に寝かされ、様々な管が身体に取り付けられている。

 それは透明だったり赤色だったり、止まっていたり動いていたり。

 見た感じ、点滴と輸血だろうか。

 目に見える範囲だけでも多くの包帯が巻かれ、頬の辺りもガーゼが貼られているようだ。

 服装はなぜか、制服ではない。


「家の女中に着替えさせた。もうあれでは、着れないからな」


 そう説明してくれた我輩さまも、以前見たスーツを着ている。

 ネクタイは無いし、ボタンも緩めているけど。

 服装だけではなく、雰囲気も緩くなっている気がする。

 ここは我輩さまが気を抜ける場所なのだろうか。


「……礼を言う」


「お礼……ですか?」


「あの時……止めてくれて、感謝する」


 あの時とは……あの時だろう。


「今でも、気持ちは変わっておらぬ。処分できるものなら処分したい。

 しかしそれは、我輩の一存でやってよいことではなかった。

 もしそうしていたとしたら、今こうやって話すことは出来なかったであろう」


 人を殺せば、今までのようには居られない。

 それは人である限り、変えられないことだ。


「私が……我輩さまに、してもらいたくなかったんです」


 一般常識だから、ではない。

 人間として当然だから、でもない。

 我輩さまが手を汚せば、気に病むのが分かっていたから。

 そんな我輩さまを、見たくなかったから。


「やめてくれて、ありがとうございました。

 あと、助けに来てくれて、ありがとうございます」


 横になったままでは無作法かもしれないけど、すぐに言いたかった。

 我輩さまには何度命を救われているんだろう。

 そのお礼を、私は生きているうちに返しきれないかもしれない。


「……お前は……我輩を、恨まぬのか?」


「恨む、ですか?」


「お前が何度も危険に晒されているのは、我輩が要因だ。

 お前を手放せないのも、我輩の我が儘だ。恨まれて、当たり前だろう」


 まだ言うか、この人は。

 前に、ちゃんと言ったのに。とことん疑り深いらしい。


「私は、私の意志で我輩さまの隣に居るんです。

 これからも、離れるつもりはありません」


「……これからもか」


「はい、これからもです。

 そんなに疑うなら、陣でも呪いでもかけてください」


「……いや、もうよい。我輩はお前を、信じる」


「じゃあ、指切りしてください」


 この風習は知っているだろうか?

 小指を差し出すと、しばらく悩んでから同じように差し出され、絡める。


「ゆびきりげんまん、うそついたら……」


「……どうなるのだ?」


「…………どうしましょうか」


 はりせんぼんのます、はただの定型句だし。

 だからといってあんまりにも重い罰も考え物だ。


「ゆびきりげんまん、うそついたら……いちごみるくを禁止しよう」


 考えているうちに始まった言葉は、罰の部分が追加された。

 普通に言ってるけど、魔獣の召喚に影響するくらいの存在感なんだから重すぎるんじゃないだろうか。


「我輩さまにとってそれって、結構重要じゃないですか?」


「嘘をつかねばよいのだろう? 我輩はもう、お前を離さぬし離させぬ。

 故に、嘘をつくことはない」


 ゆびきった、と離して満足気に笑う。さすがに知っていたらしい。

 離れた体温が恋しくて無意識に手を伸ばすと、すぐに指を絡められ、布団の上に置かれた。

 ぴったりとくっついた手から流れてくる、我輩さまの体温と魔力。

 あったかくて、幸せな感覚。

 私があったかいと感じるなら、我輩さまは冷たいのだろうか。

 寒い季節に冷たいものを握らせるのは申し訳ないけど、今はこの温度を離したくない。


「我輩さま」


「何だ?」


 呼べばすぐに返ってくる声。

 それがどれだけ貴重で、どれだけ嬉しいことか、私はようやく気付いたらしい。

 我輩さまが近くに居てくれることが、私にとっての幸せのようだ。

 その幸せを壊さない為にも、私はやらなくちゃいけないんだろう。


「何があったか、教えてください」


 無知は罪で、無知は弱さ。

 知らないといけないことも、知っておくべきことも、今まで以上に多いはずだ。


「……身内の恥どころか、本家の膿を曝け出すことになるが……それでも、聞くか」


「はい、教えてください」

 

 約束を破る無法者にならない為に、私は知らなきゃいけない。

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