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我輩さまと私  作者: 雪之
本編
26/50

6-1.誘拐

 互いの気持ちが分かったところで、何かが変わるわけでもない。

 級長として小さなイベントに駆り出されたり、日常的な作業をしたりと、変わらぬ生活を送った。

 その間、二人で部屋にいる時にやたらと抱きつかれるようになったけど、仕事が進まないと言うとちくちくと文句を言われるようになった。

 後ろから抱えられるならまだしも、向かい合って抱きしめられたら何も出来ない。

 あんまりにも不満を零すので、一日の作業がきちんと終わってからと約束を作ると、今まで以上に仕事が早くなった。

 余った時間は下校時間までくっつき、一緒に夕飯を食べる。

 クラスメイトとの関係はそれ以降の時間帯となった。

 あと……茜先輩に一応報告すると、自分の気持ちをきちんと分かったことを褒められ、我輩さまの言動にお怒りが飛んだ。

 

 

 気付けば学園は冬を向かえ、冬休みに入った。

 私は夏休みと同じように寮にこもると決めていた。

 お正月に来ないかと祖母に誘われたけど、親戚付き合いなんて今までした事がないし、何より祖母は母方で、つまり両親が来る可能性がある。

 雪だるまの絵葉書をしばし眺め、無地の葉書に行けない旨を書き、送った。


 夏以上に人の少ない寮はどこか寒々しく、自分の部屋から出る気力をなくす。

 やけに少ない宿題はもう終わってしまった。

 あとは予習復習かと思ったけど、案外頭が悪くなかったらしく、大してやることも無かった。

 さて、どうしよう。

 年末の定番らしい大掃除をするほどの荷物は無く。

 もはやこれは読書でもして過ごすしかないのだろうか。

 今日のところはもう夕方だから諦めるとして、明日は朝一で図書室へ行こう。

 こんなことなら、我輩さまからぷーさんを預かっておくべきだった。

 なんでも、留守番ばかりで不満が溜まってしまうらしい。

 緊急事態でもないのに女子寮に入れるのはどうかと思って断ったけど、気にする必要が無いくらいに人が居ない。

 我輩さまは夏と同じく、家の仕事で忙しいらしい。

 夏と変わらないはずのに、冬はなんだか……うん、寒い。


 なぜか重い脚で食堂へ行くと、ふわりといい匂いが漂ってきた。

 休み中は面倒だから一日二回しかご飯を食べないようになった。

 そのせいか、夕飯がやけに美味しい。人間、我慢も調味料なのかもしれない。

 料理を取りにカウンターへ向かうと、後ろから少し荒っぽく扉が開かれた。

 なにかあったのか、と振り返ると、そこには真っ黒な人が居た。


「……弥代子」


「……おかえりなさい」


 小さなつぶやきに返したこの言葉は不適切だろうか。ここは家ではないし、部屋でもない。


「…………」


「我輩さま?」


 片手で数えるくらいしか居ない生徒の視線がこちらに向いているのが分かったけど、それよりなにより無言の我輩さまのほうが気になる。

 じっとこっちを見ていて、耳をすませてみると少し荒い呼吸と鼓動が聞こえる。

 急いでたんだろうか? 眉をきゅっと寄せると、私の腕を掴んですたすたと歩き始めた。

 たった数歩で辿りついたのはいつもの別室で。

 冬休みらしく誰も居ず、普段ご飯を出してくれる人が出てくる場所にはベルが置いてあった。

 どうやら、用事があれば呼んで欲しいという意味のようだ。

 つまりここは今、私と我輩さましか居ない。

 それに気づいた時にはもう遅く、真っ黒なローブの中に抱え込まれていた。


「…………こんなところで、なにしてるんですか」


「何日していないと思っているのだ」


「そんなの、数えてないです。我輩さまは数えてたんですか?」


「数えると気が狂いそうだった故、途中でやめた」


 どうやら重症のようだ。

 ぎゅうぎゅうと締め付けられる腕に、本当にそう思っていたんだと分かるけど、納得できるかといえばどうだろう。

 まだ休みは始まったばかりで、連休と同じ程度しか経っていない。

 こらえ性が無いにも程がある。


「冬休みなど無くなればよいものを」


「夏休みの方がよっぽど長かったじゃないですか」


「今と夏では状況が違っておろう。今や我輩は、日に一度はこうせねばならぬ」


 そんな訳があるか。

 そういうなら土日はどうしていたんだと言いたいけど、何かしらの言い訳を返されるだけだろうから黙っておこう。


「……明日より、家に戻る」


「そうですか」


「お前はどうするのだ?」


「夏と変わらず、寮にいます」


「そうか……今回は年始の雑事がある故、帰りは始業前日になる」


「大変、ですね」


「お前の居ない場所に居なければならぬのが大変だ。

 いっそ病にでも倒れてしまおうか」


「子供みたいな事言わないでください……」


 これが学園の黒の組の生徒が崇め奉る級長の姿なのか。

 級長はこの部屋で、外での偽りを剥がしすぎなんじゃないか。

 我輩さまのこれは、誰も居ないからなんだろうけど。


「ちゃんと、頑張ってください。休みなんてすぐに終わりますから」


「……ならばしばし、このままでいさせろ。足りぬ」


 嫌だと言っても無駄な気がする。

 扉一枚向こうでは他の生徒が普通にご飯を食べていると思うと、どうもいたたまれない。

 もし誰かが来たらどうするつもりなんだろう?

 けど、この真っ黒なローブの中は心地いい訳で。

 なかなか強く断れない自分が情けない。

 ようやく離れたのは他の級長が食べに来た時で、脚が疲れる程度には長時間拘束されていたらしい。



 次に我輩さまを見たのは、始業式の舞台の上だった。

 前日に帰ると言っていたから、クラスメイトと宿題の見せ合いをしつつ気配を探っていたけど、消灯時間になっても見つけられなかった。

 多分、帰って来たのは深夜だったんだと思う。

 相変わらず見世物にされていてなのか、それとも疲れているのか、舞台上の我輩さまはものすごく機嫌が悪い。

 放課後が少し怖い。

 級長が舞台から下り、先生からの話になると途端に周りに会話が広がる。

 冬休みに出かけた話とか、宿題の話とか、様々な事柄が意識せずとも耳に入り込んでくるのは、こんなにも人間が集まっているんだから仕方がないだろう。

 そんな中、ふと気になった会話があった。


『級長、婚約したんですって』


『えー、誰? どこの級長?』


『白空様ですって。年始の会合で発表されたみたい』


『ええっ、マジかよ』


 声のほうを見てみると、白の組の生徒のようだ。

 会合、と言うならば正式なものなのだろう。

 茜先輩……焔さんに、恋はできたのだろうか。


『あと、ここだけの話なんだけど……』


 ここだけの話をこんな大人数が集まる場所でするべきではないと思う。

 さっきより声を小さくはしているけど、ここにそれでも聞こえる人間が居るんだから。


『黒の級長も、だって』


『うっそ! 白空様の相手って黒峰様!?』


『違う違う、それとは別件。さっき黒の組の前を通りがかったら、なんか話してた』



「…………弥代子? おーい、弥代子ってば!」


「え? あ、ごめん、なに?」


「もう終わったんだから戻ろうよー、寒いし」


 周りを見てみると、舞台の幕は下りているし空席が目立つ。

 いつの間に終わってたんだろう。

 今日も普通に授業があるから、のんびりはしていられない。

 けど……どうしてだろう、身体が重い。


「どうしたの? 体調悪い?」


「ううん……そういう訳じゃないんだけど」


 体調は、普通だ。風邪を引いているわけでもなく、寝不足でもなく。

 ただ、重い。身体と……心臓の辺りが、重い。

 勢いをつけて立ち上がると、喉元まで苦しくなった。

 何かの呪いだろうか? でも、何の魔力も感じられない。

 どこもかしこも重くて、苦しくて、何も考えられなくて。

 嫌な、気分だ。分からないは怖いはずなのに、それ以上に、嫌な気分がする。

 私の身体に、一体何があったんだろう。

 クラスメイトが気にしないように、出来るだけちゃんと歩き、教室へ向かった。

 放課後……どうすればいいんだろう。


 きっちりいつも通りの授業をこなした放課後。

 我輩さまからの呼び出しが来るよりも早く、我輩さまの部屋に来た。

 帰りの会が終わったらすぐに、最短距離で、早足で。

 お陰で呼吸が荒くなり、嫌な気分を上回ってくれた。

 携帯端末での入室許可なんかとらず、そのまま扉を開ける。

 ぼぅ、ぼぅ、と小さな音を立てながら広がる蝋燭の明かり。

 この演出の為に、実は蝋燭立てには面倒な術式が施されてると聞いたのは、どれくらい前のことだったか。

 灯りきった先に居たのは、相変わらず真っ黒なローブを羽織り、目深にフードを被った我輩さまだった。

 ぷーさんの姿が見えないけど、隣で寝てたりするのかもしれない。


「……こんにちは」


 急に、苦しくなった。

 喉が絞まって声が出しづらく、心臓がぎゅっと縮んだように感じる。

 そんなはず、ないのに。


「そんなに急いで、どうした」


 なのに、我輩さまはいつも通りだ。

 いつものように椅子に深く腰掛けて、いつものように分厚い本を開いている。

 我輩さまにとって、あの話は、なんともないことなのだろうか。


 どうして私は、いつものようにできないんだろう。

 重くて、苦しくて、嫌な気分がして……何かが溢れてしまいそうだ。


「何事か、起きたのか」


 鋭い声と視線が飛んできたけど、それは私に対する心配だ。

 自分の事では、ないのか。


「起きたのは……我輩さまのほうじゃ、ないんですか?」


「何……?」


 知らない?

 当事者なのに?

 それとも隠してる?

 どうして隠す必要がある?


「婚約、したと……聞きました」


「ああ、白空の話か。赤山の当主に嫁ぐのだそうだな。

 その様子では、聞かされていなかったのか?」


 違う。その話は、とっくに聞かされてた。

 私が言ったのは、そっちじゃなくて……


「我輩さまが、婚約したと……」


 窮屈な喉から絞り出された声は、どうにか聞こえたようだ。

 眉を寄せ、首をかしげた。


「何の話だ? そんなものしておらぬ」


 嘘はついてない。

 本当に知らないらしい。

 じゃあ、黒の組での話が、でたらめだったのだろうか。

 そうか、こっちが本当か。

 ただの噂話を鵜呑みにするなんて、馬鹿馬鹿しい。

 本人の言うことが一番正しいんだ。

 そう、胸を撫で下ろした時、突然部屋の端末が鳴り響いた。

 古風な真っ黒な端末はアナログな音を立てていて、思いの外うるさい。


「……やはりこの機械はいらぬな」


「駄目ですよ、そんなこと言ったら」


 明らかに渋々と受話器を取ると、どうやら先生からのようだ。

 静かな部屋の中だから何もせずとも聞こえてしまい、なんだか気まずい。


「……黒峰の者が、訪ねてきているらしい。何かあるなら昨日の内に済ませばよかったものを……。

 お前は少し、待っておれ。勝手に帰ることは許さん」


 家の用事なら時間がかかりそうだけど、今日は帰る気分になれないから待っていよう。

 普段だったら用事が無ければすぐに帰ると言っているのに。

 なんだろう……今日は、もう少し我輩さまと同じ場所に居たい。

 久しぶりだからだろうか。それとも、妙な気持ちが解消されたからだろうか。

 ああ、でも我輩さまが疲れてるなら、戻ってきたら早めに帰るように言おう。

 ごねるようなら、一緒にご飯を食べると言えばどうにかなるだろうし。


『――――――。』


 まだ体温の残る椅子に座ると、廊下から足音がした。

 極力音を殺したような走り。

 そして今なら分かる、黒の魔力。

 多分、扉の前に居るのは前に我輩さまが呼んでいた人たちだ。

 何の用だろう? 我輩さまは居ないのに。

 しっかりとかけてあった鍵がカチャンと動き、重い扉の隙間から現れた。

 制服と真っ黒なローブを被った、生徒とは思えない人たち。


「……黒の級長は、不在です」


 一応声をかけてみるものの、返事は無い。

 そして、明らかに分かるように放たれている、鋭く尖った魔力。

 この人たちは、私に……敵意を持っている。


「何の用ですか」


 きっと私には太刀打ちできない。多分ほとんどの生徒が敵わない。

 だから、理由だけ、聞く。

 答えてくれるとは、思えないけど。

 案の定、何も言わずに一番前に居た人が脚を進める。

 この大きな机の下に隠れた所で、何の抵抗にもならないのだろう。

 ポケットの中の携帯端末を握ってはみたものの、それからどうすればいいかなんて思いつかない。

 我輩さまの端末は引き出しの中だし、それ以外の誰に連絡をすればいいのだろう。

 そんなことを考えているうちに、真っ黒なローブに包まれた手が、私の首筋に添えられた。

 ああ、これ、見たな。

 記憶の中の女子生徒と同じように、ごとりと床に崩れ落ちた。

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