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我輩さまと私  作者: 雪之
本編
23/50

5-5.学園祭

 級長と補助役が指定された席に着き、他の生徒が集まり始めた時には始まっていた。

 ざわざわと、ひそひそと。

 予想はしていたけど今更なんじゃないか。

 いや、一年生はキャンプでの騒動で知っているだろうけど、他の学年は知らないままだったのかもしれない。


『黒の隣に無色が居る』


『間違えてる? それにしては誰も騒いでいない』


『属性持ちの補助役に、無属性?』


 久しぶりに聞く言葉に懐かしさを感じていると、両隣から嫌な魔力が漂ってきた。

 片方は我輩さま。勿論ながら真横に座っている。

 もう片方は……茜先輩だ。一つ席を空けたところに座っている。

 明らかに不機嫌な魔力を漂わせて、白の補助役があたふたとしているようだ。

 白の級長は感情を出さない印象が浸透しているから、今の状況はまずいだろう。

 いや、もしかしたら茜先輩のこの様子を初めて見るのかもしれない。


「大丈夫ですから」


 気持ち大きめに言った。

 私たちの前は舞台で誰も居なく、後ろは数列席が空いていて、近くに居るのは級長と補助役だけだ。

 その全員が私のことを知っているし、それこそ今更だろう。

 ここで騒ぎ立てるわけにはいかないし、正直な話、こうなるのは分かってた。

 分かっててやったんだから、意地でやってるんだから、これでいいんだ。


『これより、魔力指導学園、学園祭を開催いたします!』


 いつの間にか、実行委員が舞台上に立ち、スポットライトの下で宣言をした。

 後ろの生徒と来園者からの拍手は講堂内に響き渡り、反響してすごい大きさだ。

 それほどまでに期待の持てる出し物なのかと思えば、こんな場所でこんな立場で見るのも、悪くは無いのかもしれない。


 一番最初は、赤の組。

 炎を使った演舞だそうだ。赤のイメージとしてしっくりきて、体育会系の雰囲気がする。

 いたる所から吹き上がる炎の熱が間近に感じられ、迫力満点だった。

 炎の操作だけでなく、本人達の身体能力もすごい。

 舞台上を曲芸士のように飛び回り、その合間に複雑に炎が巻き起こる。

 女子生徒がひらひらと舞う様子はつい見入ってしまい、終わった時には無意識に拍手をしていたようだ。

 これは確かに、すごい。

 こんなのがあと六クラスあるなんて、手の平が痛くなりそうだ。

 手元のプログラムによれば次は青の組だけど……大きなスクリーンが下りてきて、何かの映像を流すようだ。


「出し物は確か、映像を使うような物ではなかったですよね?」


 隣の我輩さまに小声で聞くと、周りに配慮してなのか、ぐっと耳元に近寄ってきた。

 そこまで近付かなくても、聴覚を強化すれば聞こえるのに。


「舞台上には今、魔力が充満している。そこに属性の違う魔力が流れると、何がしかの反応を起こしてしまうことがある。

 あまりにも密度が上がれば、それはそれで問題にもなるからな。

 故に、それが散るまでは時間潰しにと文化部の作品などを流すのだ」


「散るまでどれくらいかかるんですか?」


「あの場は狭いからな、密閉空間であることを考えれば、同等の時間が必要であろう」


 一つの出し物をしてそれと同じ時間の休憩時間を挟むとは……安全面を考えれば仕方が無いんだろうけど、だったら場所とかやり方とかがもっとあると思う。

 と、思っていたんだけど。

 自分の席に戻った赤の組の人たちは、一息入れる暇もなく、ちらほらと現れた大人と話をしている。

 盗み聞きはよくないけど、単語が耳に入り込んでしまう。

 我が社にとか、うちの学校にとか、なんと養子にとか結婚とかまで言っていた。

 このような話をする為に、わざわざ無駄な時間を設けなければならない場所を選んだのだろうか。

 優秀な人材を手に入れたい大人と、将来を拓きたい生徒と、功績を残したい学園との利害の一致というものか。

 三年生があんなにも力を入れていた理由は、これなのだろう。

 だとしたら、級長はどうなるのか。

 前提として本家との関わりがあるという立ち位置だから、わざわざスカウトを待つような真似は必要ないのかもしれない。

 スクリーンには様々な作品が映し出されているのに、それを目にする暇がある人間は優秀ではないと言わんばかりの雰囲気は、なんだか可哀相になってきた。


 青の組が始まるとアナウンスされ、ようやくざわめきが収まった。

 色よい返事をもらえた人間は穏やかな、そうでなかった人間は悩ましげな雰囲気だ。

 こんな状況で出し物をする組は大変そうだと思ったものの、そんなのは全て無くなるくらいのものだった。

 青の組は水芸。といっても、とても大規模なものだ。

 噴水のようにいくつも水柱が立ったかと思うとそれが複雑に動き、透明な彫像が出来上がる。

 赤の組は演舞らしい衣装を着ていたけど、青の組は揃ってローブを羽織っている。

 だからこそ、水と青との色の調和がとても綺麗で、水の底にでもいるかのようだ。

 最後は全ての水を霧状にし、講堂全体へ撒いた。極細の粒は一瞬で消え、どこか新鮮な空気を感じた。

 またしても拍手喝采、そして勧誘。

 さっきと同じようにスクリーンを眺めていると、横では我輩さまが審査用紙に書き込みをしていた。

 そういえば、級長は審査員なんだった。

 ただの観客のつもりで見ていたけど、我輩さまはちゃんと見るべきところを見ていたようだ。

 なんでも、魔力の使用量とか精度とか、あとはチームワークとか。

 分かるのかなと思ったけど、そういう部分を見る目はあるらしい。

 多くの文字をすらすらと書き綴っていく。


「…………む、どうした小娘」


「いえ、少し手持ち無沙汰なので」


「確かに、今年はただ見るだけだからな。三年になればそんな余裕は無くなるであろう。

 まあ、級長になれば話は別だが」


「私はそういう器ではないので」


「周りがどう見るかだな。補助役経験者は級長に選ばれやすい。

 そして無色は成績が第一だ、拒否権は無い」


「じゃあ、程ほどの成績を目指します」


 記入を続けながらの会話はぽつぽつと続き、気付けば次の出し物が始まる時間だった。

 緑の組は、なんというんだろう……即興のガーデニングとでも言えばいいのか。

 粉状の物を撒いたかと思うとそれが空中でぱっと芽吹き、床に着く頃には大輪の花を咲かせていた。

 床を草花で埋め尽くし蔓の柱のアーチを作り、その中央に大きな鉢が置かれると、そこからにょきにょきと芽が出て大木になった。

 草が茂り花が咲き、散る。

 植物の一生が一瞬のうちに過ぎていく様は、どこか儚かった。


 次は茶の組。こちらも即興での創作と言えばいいのかもしれない。

 いつの間にやら舞台上は土が撒かれていて、それを使うらしい。

 ぽこぽこと盛り上がると勢いよく伸び上がり、あっという間に巨大な柱が立った。

 動き続ける土は壁を作り装飾を作り、美術品と評される建造物のレプリカを仕上た。

 遠目から見ても繊細な作りは、高度な魔力操作が必要になるだろう。


 昼休憩を挟んで、最初に始まったのは白の組だ。

 全員真っ白なローブを着ていて、二つに折った譜面を手に並んでいる。

 聖歌隊のようだなんて思っていたら、オルガンの伴奏が流れ始め、歌が始まった。

 最初は普通に歌っていて、それに段々魔力が乗ってくる。

 白の魔力は癒しの効果を持っているそうで、それが歌と一緒に講堂中を駆け巡る。

 透き通るような高音と、響き渡る低音とが混ざり合い、とても耳に心地よい。

 今までの組のような派手さは無いけど、清廉で純粋な歌は、ここが高名な教会になってしまったかのように思えてしまう。

 最後の音が消えた時には、この場に居る全員の精神が癒されただろう。


 次に始まったのは、白の対極にある黒の組。

 白が癒しなら黒は……と思いがちだけど、決して悪い物ではない。単純に明暗の暗だ。

 魔力で暗闇を発生させ、眩しいはずの舞台上が真っ暗になっていく。

 そしてその中心から突如、大きな塊が飛び出してきた。

 それは物質化させた魔力ではなく、闇そのものだった。

 闇はすぐに形を作り、黒馬へと変わって講堂の中を走り回る。

 その間にも次々と塊が飛び出し、様々な形になっていった。

 鳥、蝶、蝙蝠、果ては人間と、たくさんの闇の生物が散らばると、最後に講堂全てを闇で被い、すぐにそれを消し去った。

 どれだけの魔力を使えば、この広い講堂を埋めることが出来るのだろうか。

 始まった時とまるで変わらない舞台は、魔力で溢れかえっていた。


 黒の組の魔力を散らすのに時間がかかるようで、休憩時間が延びたらしい。

 昼食後の午後とあって、出番と勧誘が終わった生徒からはどこか気だるげな雰囲気を感じる。

 今日までずいぶんと張り切って準備をしていたんだ、疲れていて当たり前だろう。

 審査表を埋め終えた我輩さまも少し疲れているように見えるけど、フードを深く被っているから周りからは多分、分からない。


「級長の皆さん、少しご相談が」


 リハーサルの時に説明をしていた実行委員の人が、中腰のまま話しかけてきた。

 舞台の脇で忙しそうに作業をしていたから、何か問題でも起きたのか。


「補助役の人が少し……立っているだけというのもあまり見目がよくないかと思いまして。

 せっかくですので、補助役の人をそれぞれ属する生徒に見立ててみてはと」


 続く説明によると、各級長が一人ずつ台詞を言う場面で、補助役の手を取り隣に引き寄せる、という動作を組み込みたいそうだ。

 級長だけの術ではなく、みんなと一緒に成功させるとかいうのを匂わせたいようだ。

 立っているだけでも嫌だったのに、そんなことまでしなきゃいけないなんて……やっぱり何かで抜け出そうか。

 どこかでさっくり怪我をするのもありかもしれない。いや、それは他の人に迷惑がかかるか。


「逃がしはせぬぞ」


 フードの下からぼそりと響いた声は、確実に私に向けてだろう。

 口に出してしまっていたのだろうか? いや、私の行動が予測できてしまったのだろう。

 嫌だ、ああ嫌だ。

 既に目立っているのに、これ以上なんて。

 我輩さまの隣に居るのは私が決めたことだから、それはいい。

 でも、舞台上でまでする必要があるかといえば否だ。

 私に拒否権があるわけがなく、一通りの指示を受けてから席に戻ると、最後の組の出し物が始まった。


 無色。無属性。

 そのほとんどは肉体強化に特化している。

 属性を持っている人間でも肉体強化は可能だから、その地位は高くない。

 今までの六クラスは魔力を存分に使った、非現実的とも思える出し物ばかりだった。

 けど、無属性に出来るのは自分の中に作用させるのみ。言わば身一つで挑まなきゃならない。

 順番とはいえ、最後に持ってくるのは消化試合とでも思われているのだろうか。

 学園がそんな采配をするわけ無いとは思っているけど、どうしても疑ってしまう。

 事前に見た企画書では、演技となっていた。

 詳しくは書かれていなかったからどのようなものかは分からない。

 意味も無く不安になりながら、始まるのを待った。


 最初に、曲が流れた。

 誰もが聞き覚えがあるような、ごくごく一般的な音楽。

 舞台袖から出てきた数人の生徒は、それぞれ別の衣装を着ている。

 誰もがどこかで聞くようなお話の、一番盛り上がるシーンの再現をしているようだ。

 それは踊りであったり戦いであったり、とても激しい動きを要するものばかり。

 赤の組の演舞ですごいと思っていたけど、比べられないほどに高度なものだった。

 まるで飛んでいるかのように跳ねる生徒や、作り物ではない大岩を軽々と持ち上げる生徒。

 肉体操作以外の能力らしい生徒も、それぞれが持つ力を活かし、舞台上の補助をしているようだ。

 無属性は極めればここまでになるのか……。

 肉体操作しか出来ない、で止まるのではなく、肉体操作が出来る、と思えばいいのだろうか。

 いくつかのお話の、いくつかの名場面を目まぐるしく演じきったところで、曲と照明が消えていった。

 後ろからは今までの組と同じくらいの拍手が鳴り響き、しばし固まっていた一年生も遅れて続く。

 横目で佐々木さんのほうを伺うと、とても満足そうな表情をしていた。

 そして休憩時間が知らされると、さっきと同じように勧誘が始まった。

 少し違うのは、企業からの勧誘が多いことだろうか?

 属性持ちと違って、汎用性が高いからかもしれない。


「これで一年生の考えも改められるであろう」


 さっきの余韻がまだ残っていたところに、我輩さまの呟きが聞こえた。

 考え……無属性は劣っているという考えは、かなり少なくなった。


「毎年こうして、無属性の力を見せ付けるのも学園祭の目的の一つだ。

 この後は無属性だからというだけの理由での偏見は少なくなるだろう。

 ……決して無くなりはせぬが」


 学年が上がったところで、根底の認識は変わらない。

 薄れてはいるけど、無くなることはない。

 だからこそ、黒の級長の隣に無属性の生徒が納まることをよしとしない。


「それでも、十分だと思います。偏見を持つ人は、多分なんであろうが持つでしょうし」


「属性持ちは確かに優れている。しかし、無属性にも優れている部分はあるのだ。

 それを互いが理解出来ればいいのだが……凝り固まった風習は易々とは変えられぬ。

 一般人と魔力持ちの間に居る小娘たちは、恐らくその橋渡しに一番適していると思う。

 それを一番分かっているのは、あのように群がる人間やもしれぬな」


 世間知らずになりがちで属性を誉れと掲げている人間より、無属性の人間のほうが断然、一般社会に順応しやすい。


「さて、全ての組が全力を尽くしたのだ。こちらも名に恥じぬ術を使わねばな」


「……トイレ行ってきていいですか」


「時刻までに戻るならばな。逃げ出すならば相応の覚悟の上でするがよい」


 信用が無いらしい。あれだけ嫌がってれば、そうもなるか。

 逃げたいくらいに気が進まないけど、逃げた後のことを考えれば我慢したほうがよっぽどいいだろう。

 今までより短い休憩時間を挟んでからの出番だから、あまりのんびりしていてはまずい。

 講堂の奥のほうにある、一般の生徒が入ってこない位置にあるトイレで用を済ませ、早足で席に向かう。

 なんだかこのあたりは魔力が濃い。

 そういえば貴賓室が設けられていて、相応の地位の人がそこで見学するとか聞いたかもしれない。

 相応の地位……当主が出てくることはあるのだろうか。

 たかだか学園祭の為にと思いたいところだけど、さっきの勧誘の嵐を見た後だと無くはない気がしてしまう。


 そんなことを思っていたからだろうか。正面から歩いてくる人間の存在に気付くのが遅れたのは。

 狭くて明るくない廊下に、男の身体の影があった。

 容姿の特徴が無く、服装の特徴も無い。そして何より存在感の欠片も無い。

 あえて言うならば、この場に居るほとんどが制服か正装に近い服装なのに対し、この男は街中を歩くような簡素な服装だ。

 見た目だけでは魔力を持たない一般人と判断できるだろう。

 でも、その身体からは圧倒的な密度の魔力が漂っている。

 感じ取りづらい、見えづらい、不思議な魔力。

 嫌な感じだ。分からないは……怖い。


「……ここは関係者以外立ち入り禁止です」


 部外者が立ち入っていい区域は、とっくに通り過ぎている。

 どう見ても学園の生徒ではないから、ここに居るのは不自然だ。

 知らないで入ったとは思えないくらいに堂々としているから、目的を持って来ているのだろう。


「まだ目覚めてないのか」


 どこか中性的な声は、高くも低くも大きくも小さくもなく、耳に残らないくらい平坦で平均な物だ。


「……なんのことですか」


 魔力がじわじわと、周囲に立ち込める。

 色が分からなくて、存在が掴みづらい。

 息苦しい……はずなのに、どこか馴染むのはなんでだ?

 分からない、分からない。

 色が分からない……? 色が、無い?


「その時になれば分かる」


「待ってください!」


 ふらり、と歩いていく。

 早く動いているわけじゃないのに、後姿を目で捉えづらい。

 目覚めるって、なんだ。

 その時って、いつだ。

 そんな中途半端な言葉だけ残して立ち去るなんて、どういうつもりだ。

 とっさに追いかけ道なりに角を曲がると、その先に人影は無かった。



 探そうにも探す場所が無く、そもそも何者かも分からない。

 ならば私がどうこうするよりも、学園側に不審者として報告しておくほうがいいのかもしれない。

 そう思い自分の席に戻ると、我輩さまが首を傾げていた。


「小娘よ、何事かあったか」


 早足のつもりが駆け足だったらしい。

 椅子に座ってようやく、息が苦しいことに気付いた。

 冷たい汗が背中を流れ、心臓が妙に強く動いている。


「……色が無い魔力って、なんですか?」


「色が無い……ならばそれは無属性であろう」


「無属性は、体外に魔力は出せませんよね?」


「基本的にはそうだ。しかし、体内に収め切れない分は自然と放出されるであろうな」


 あの人は……無属性、なのか。

 姿形がもはやうっすらとしか残っていない、でも忘れられない魔力を漂わせた男。

 あれは、誰だ。あの言葉は、何だ。あの人は私を、知ってる?


「さっき廊下で……よく、分からない人に会いました。

 学園の関係者ではなかったと思うので、報告してきます」


 近くに居た実行委員に伝えると、警備員への報告と立ち入り禁止区域付近の確認をしてくれるそうだ。

 多分、見つかりはしない……気がする。

 ただ、今は得体の知れない人間に気をとられている場合ではない。

 腰の低い実行委員から舞台袖への移動を指示され、順番に進んでいく。

 今は緞帳が下りていて、遠く聞こえる喧騒の中、指定の位置に立つ。

 赤、青、緑、茶、白、黒。

 それぞれの級長の魔力が漂っているけど、息苦しいとまではいかない。

 少しは慣れたのか、それともさっきのが強烈だったのか。


「……佐々木さん?」


 級長が円を描き、その外側で補助役がまた円を描く。

 その一点が抜けていて、補助役だけが少し居づらそうに立っていた。

 思えば、言葉に魔力を乗せることによって術を使うということは、無属性にはそもそも不可能なんじゃないだろうか。

 リハーサルでも、そして書類上にも何も書かれていないけど、どういうことだろう?

 他の人は特に気にする様子も無く、緊張すらしていないようだ。


「待たせたね」


 舞台袖から早足で位置へつき、補助役に小さく声をかけた。

 その声はいつもと違う響きが乗っている。


「喉に放出機をつけているのだ」


 私の疑問に気付いたのか、我輩さまが説明をしてくれた。

 なんでも、無属性でも意識的に魔力を体外へ出せるようになる機械があるらしい。

 それは口の中……というより喉に装着し、声帯へ干渉するもので、喉の粘膜にいくつもの針を刺さなければならないそうだ。

 使う為には相当な量の許可と最高位の医者の施術が必要な代物で、その上でさえ相応のリスクを背負わなければならないと。

 物理的な傷、声質の変化、過去にはひどい後遺症に見舞われた人間も居たらしい。


「今の技術であれば、そう問題は起こらぬだろう。

 しかし、危険が無いわけではない。故に、この中の誰よりも強い覚悟の上でここに居るであろうな」


 実行委員がほっとした様子で駆けてくると、その手に箱を抱えていた。

 その中身を一つずつ級長に渡し、行き渡ったところで最後の説明を始めた。

 なんだか凝り性なのか、またしても変更点があるらしい。

 腰を低くしつつも自分の意見をしっかり通すあたり、なかなか強かな人なのかもしれない。

 今回は単純に、素手ではなくローブと同じ色の手袋を付けるそうだ。それも級長だけ。

 ローブに手袋は、古き魔力持ちの最正装だからとかなんとか。

 今やそんな認識は無いし、知らないのにやっても意味は無いと思うけど、自己満足なのだろう。

 ぶつぶつ文句を言いつつつける我輩さまや、なにも言わずに従ってくれる級長たちは、人がいいのかもしれない。


 一通りの準備が揃い、アナウンスが響く。

 緞帳越しの喧騒もすぐに静まり、実行委員の声だけが聞こえた。


「これより最後の演目、各級長による誓いの言葉が始まります。

 皆さま、ご静粛にお願いいたします」


 舞台上にマイクは設置されていない。地声でやるようだ。

 広い講堂の後ろのほうまで届くのだろうか。

 そんな今更過ぎることを考えている間に、静かに幕は開いた。


 真っ暗な講堂、真っ暗な舞台。そこに七つのライトが当てられた。

 眩しくて眩しくて、舞い散る埃がきらきら輝くほどだ。

 七人が中心に向かって右腕を出し、術が始まる。


「”我ら七つの属性の長が、ここに宣言する”」


 七人の声は耳に心地よく響き、穏やかに空気を揺らし、どこまでも伝わっていく。

 間近に居ても決して痛くなく、そして遠くにも聞こえているようだ。

 それぞれの手の平にゆらりゆらりと魔力が漂い、一人ずつ呪文を続ける。


「”愛する友よ”」


 赤の級長の言葉。

 オレンジ色の魔力が太陽のように光っている。

 半身で振り返り、補助役の手を握る。


「”愛する仲間よ”」


 青の級長の言葉。

 水色の魔力が波打つように渦巻いている。

 半身で振り返り、補助役に手を差し出す。


「”愛する同胞よ”」


 緑の級長の言葉。

 黄緑色の魔力が蔦のように絡まりあっている。

 半身で振り返り、補助役の手首を掴む。


「”愛する同士よ”」


 茶の級長の言葉。

 濃茶色の魔力が山のように連なっている。

 半身で振り返り、補助役の手を掴む。


「”愛する子らよ”」


 白の級長、茜先輩の言葉。

 クリーム色の魔力が繭のように包まっている。

 半身で振り返り、補助役に手を握らせる。


 一人ひとりゆっくりと間を開け、手の平の魔力を高々と掲げている。

 次は我輩さまの番だ。


「…………」


 ほんの少し、間が空いた。

 まさか忘れたわけではないだろう。ならどうして、このまま続けないのか。

 そう思っていると、右手に魔力を光らせたまま、左手を口元に持っていく。

 予定に無い行動に級長も訝しげな視線を送っている。

 一体何をするつもりなのか。

 客席から不自然に見えない程度の視線を送られる中、小さく口を開け、手袋を歯で掴んで取ってしまった。

 真っ黒なローブと髪の間から覗く、真っ白な肌と歯。

 手袋の黒により一瞬全てを黒く覆われ、すぐに真っ白な手が現れる。

 その行動に舞台上の人間は怪訝な顔をし、しかし一瞬でそれを隠す。

 音も無く手袋が床に落ちると、素肌の手を、私の手に絡めた。


「……愛するものよ」


 魔力のこもらない、小さな小さな声。

 無意識に聴覚を強化していた私と、両隣の級長くらいにしか聞こえなかっただろう。

 言葉は同じ。でも、響きが違う。

 私の役目は、我輩さまに手を取られること。

 決して指を絡めた繋ぎ方をすることじゃないはずだ。

 熱でもあるんじゃないかと思うくらい熱い手の平は、私の体温をどんどん侵食していく。

 苦しい。

 さっきとは違う意味で、前にも経験した意味で、苦しい。

 我輩さまの体温が、そっくりそのまま私に移ってしまったのだろうか。

 熱くて、苦しくて……なのに嫌じゃない。

 混乱の最中、我輩さまはやけに機嫌のよさそうな表情で、ようやく言葉を続けた。


「”愛する物よ”」


 薄墨色の魔力が濃霧のように密集した。

 ようやくの言葉に舞台上はほっとした雰囲気になり、術が続く。


「”愛する人々よ”」


 無の級長、佐々木さんの言葉。

 半透明の魔力が揺らぎながら丸くなる。

 半身で振り返り、補助役の手を取った。


 手を引かれた補助役が、一歩前へ。

 横に並んで一つの円になったところで、七人が声を揃えた。


「”私たちは此処に、平和と繁栄の礎になることを約束する”

 ”七つの属性が此処に合わさり、此れを友好の証としよう”

 ”契約を胸に、祈りを空へ”」


 七つの魔力がふわりと手から離れ、円の中心に集う。

 七つの色が混じり合い、それが輝きながら大きさを増し、複雑な色を映し出した。

 虹色と言えるのか、どちらかというとシャボン玉に近いかもしれない。

 ライトより眩しく、舞台上を覆い隠してしまうかと思った時、それは弾けた。

 弾けたとしか言いようが無いだろう。

 集まって、膨らんで、限界が来て、弾けた。

 勢いよく飛び出してきたのは、様々な色の欠片だった。

 赤色、青色、緑色、茶色、白色、黒色、そして透明。

 キラキラと、ちらちらと、講堂の中に舞い落ちる。

 淡い光を放ちながら降り注ぐ様子は雪のようで、互いに反射しあい、目まぐるしくその色を変えていった。


「きれい……」


 ため息が出てしまう光景は一瞬では終わらないらしい。

 うっとりと眺めるだけの余裕は与えてくれるようだ。


「ふむ……悪くない」


 腕を下ろした我輩さまは、やっぱりフードを深く被ったまま眺めている。

 こんなに綺麗なんだから、ちゃんと見ればいいのに。

 こんな舞台上で顔を晒す勇気は無いから、私は狭い視界でもじっくり見るとしよう。

 他の級長も、補助役も、舞台の下の観客も、今は何も言わずに眺めている。

 誓いというのは、こんなにも綺麗なものなのか。

 全ての色が無くなると、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。



 追い立てられるように舞台から下り、急いで自分の席に座ると審査発表が始まった。

 今年の優勝は茶の組らしい。

 級長としては嬉しいことだろうと思い様子を伺ってみると、笑っているような眉をしかめているような、複雑な表情をしていた。

 素直に喜べない何かがあるのかもしれない。

 その後は、学園長からの言葉とか、実行委員から感謝の言葉とか、終わりに向けての挨拶が続いた。

 もはや疲れきっている生徒の中には、居眠りをしている生徒も居るようだ。

 さすがに今日に限っては、怒りを露わにする教師も居ない。


『これにて、魔力指導学園、学園祭を終了いたします!』


 客席から拍手が響き、生徒も最後だからか力のこもった拍手を鳴らす。

 満足感か、達成感か。何かが満ちているような気分だ。

 初めての学園祭は、思っていた以上にたくさんの思いを感じることが出来た。

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