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我輩さまと私  作者: 雪之
本編
22/50

5-4.出し物

 学園祭の準備が本格的に始まると、三年生の先生は逆に暇になってしまうらしく、わざわざ一年生の授業を受け持ったりするらしい。

 見慣れない先生の聞きなれない授業内容を聞きながら、外から響いてくるのは色々な声だ。

 普通の話し声や相談、突然の叱責の怒鳴り声、そしてそれ以上に呪文や歌。

 なんでも、それぞれの組は毎年同じテーマの出し物をするらしく、その年毎に細部や演出が変わるのだそうだ。

 前の年を越えることを目標にしている為、自ずと衝突も増えるようで。

 先生は分担して見回りをしているようだけど、授業をするより手は余るらしい。

 学園祭に向けての基礎知識なのか、今日も歴史の授業だ。

 講堂で行うという話で、大勢の人間が集まり、その上部外者まで居る。

 そういう状況で、変にいざこざを起こさせないよう、先生たちも気を揉んでいるそうだ。

 なのでまず最初に、学園内の一般常識が少ない無属性の生徒に、暗黙の了解とも言える属性持ちの人との距離を自覚させたいのだろう。

 とてもプライドの高そうな先生で、合間合間にやけに自分の属性を褒め称えている。

 ちなみに、闇だ。


「――――よってその現象は……そこの生徒、答えなさい」


 鋭い声が向いたのは、私だった。

 まずい、一切聞いてなかったから何を聞かれているのかが分からない。

 隣近所のクラスメイトはそもそも何の話だか分からないと呟いていたから、手助けは求められない。


「授業中に余所見をするくらいだ。さぞ優秀なんだろうな」


「すみません、質問が聞き取れませんでした」


 一応は本当だけどほぼ嘘だ。

 本来なら謝るべきなんだろうけど、あまりにも高圧的だからなんだか素直に頭を下げられない。


「魔力の色によって出来ることが違う理由を答えなさい。授業を聞いていれば誰でも答えられる問題だ」


 そんな話だったのか、歴史はどこにいったんだろう。

 黒板にはちゃんとそれぞれの色の移り変わりとかが書いてあるのに。

 まぁ、きっと脱線したんだろう。

 無属性には属性の教科書は配られず、授業で配られるプリントくらいしか参考資料が無いから、結構こういうことは起こる。


 それで、なんだっけか。

 魔力の色によって出来ることが違う理由……そういえば、前に我輩さまが教えてくれたっけ。

 私には必要ないって言ったけど、実際今必要になったから、無理矢理教えてくれた我輩さまに感謝だ。


「魔力の色によって介入できる物質が違うからです。

 物質にはそれぞれ浸透しやすい色があり、赤は火、青は水、緑は草、茶は土、白は光、黒は闇です。

 例として、赤色の魔力は火に浸透しやすく、浸透した火は当人が操れるようになります。

 それ以外の色は浸透させたとしても僅かであり、操るには至りません。

 ただし、魔力に質量を持たせて物質化する場合、どの色であっても可能です」


 頭の奥から引っ張り出したにしては、それなりに思い出せたのではないか。

 言い終わったところでチャイムが鳴り、先生は真っ赤な顔をして出て行ってしまった。

 やっぱり私は言葉に出すのが下手らしい。

 時間を考えれば、きっと先生はもっと短い答えを求めていたんだろう。

 ただ、問題を出すなら答えを教えて欲しい。我輩さまからの受け売りなんだから、間違うことはなかっただろうけど。


「音無すげー!!!」


「いい気味っ!」


「あんなんどこで覚えたの!? そんなの一切教えてもらってないのに!」


 話によると、さっきの質問は脱線どころか突如飛び込んできたものらしい。

 つまり授業を聞いていても答えられなかったと。

 さすがに聞いていなさ過ぎて怒りを買ってしまったんだろう。

 その後来た先生は何も言っていなかったし、帰りの会まで待ってみても特に音沙汰なしだったから、呼び出しとかは無いらしい。

 ただ、もう少し体面を取り繕ってサボるべきなんだろうなと反省した。


 上級生が学園祭の準備をしているせいで、普段人の少ない場所にすら人が溢れている。

 この様子ではどこもこうなんだろう。

 我輩さまの部屋まで最短距離で歩いてしまおう。

 一応いつも通りの手順で部屋に入ると、なぜかとてもご機嫌な我輩さまがいた。


「小娘よ、よくやった」


「はぁ……?」


 なにかしたっけ?

 今日は普通に授業を受けただけだし、どちらかというと怒られるようなことをした気がする。


「今日、三年の教員が小娘のクラスに行ったのであろう?

 話は聞いているぞ。黒の教員の謀を見事打ち破ったとな」


「はかりごと……? そんなのありましたっけ?」


「くっくっく……いや、小娘にとっては大したことではなかったのだな。

 あの教員は黒の分家の者でな、高すぎる矜持を持っている故、いつか伸びた鼻を折らねばと思っていたのだ。

 しかし我輩が手を下しても、それは当然の結果と居直られるであろうからな。

 それがどうだ。兼ねてより見下していた無属性の生徒に無理難題をふっかけ、それを見事答えられてはどうしようもあるまい!」


 声を出して笑う様子は、とても愉快だとでも言いたげだ。

 あの問題はクラスメイトの言う通り、答えられなくてよかったものだったのか。

 ならばわざわざ悩まなくてもよかったのに。


「授業中によそ見してたので、目に留まったんでしょう。

 それに、我輩さまが教えてくれたものだったので。ありがとうございました」


「よい。それを知識として身につけたのは小娘だ。

 あぁ、気分がよい……そうだな。何か一つ、願いを叶えてやろう」


「そんな大層なことしてないんですけど……」


「我輩の気分次第よ。何か要望はあるか?」


 我輩さまは気まぐれだ。

 お願いなんて、今だったら一つしかない。


「学園祭で、舞台に上がりたくないです」


「それは無理だな。学園からの指定だ、我輩にはどうにもできん」


「じゃあなにもないです」


「思いついたら言うがよい。

 あぁ、そうだ。明日より小娘は学園祭の準備に参加することになる故、教室には行かず直接ここへ来い」


「そんなの聞いてませんよ」


「先程通達があったからな。級長の出し物の詳細が回ってきた。

 そして審査の為に各組の出し物を把握せねばならぬ。当日まで忙しくなるだろう」


 真っ黒な机の上にどんと積み重なった書類は、全部学園祭関連なのだろうか……。

 さすがに私でもそうそう処理しきれるとは思えない。

 学園祭までもはや片手で数えるだけの日数しか残っていないのに。


「なんでもっと早く言わないんですか」


「実行委員からの連絡が先程だったのだ。どうとも言えぬだろう」


 よっぽど忙しいのかよっぽど不真面目なのか。

 その判断は実行委員を見てからにしよう。

 今はなによりも仕事を始めるべきだ。

 私はパソコン作業を、我輩さまは読んだりサインしたりの作業を。

 下校のチャイムが鳴ってからも続け、終わった頃には空は真っ暗になっていた。


「何も今日ここまでやらずともよかったのではないか……」


「我輩さまの作業はそこまでないですけど、私の作業が終わりません。

 鍵さえ貸してもらえれば、明日から一人でやります」


「ぬぅ……やればよいのだろう」


 ぷーさんを抱っこして不貞腐れる我輩さまは、とても子供じみて見えた。


 翌日も、また翌日も作業を続けていると、部屋の固定端末が鳴り出した。

 渋々といった様子で受話器を取った我輩さまは、すぐに話を終えてこっちの部屋に来た。


「実行委員からだ。出し物のリハーサルをするらしい」


 そういえば、書類だけ来て他にはなにもしていなかったんだったか。

 私なんてその書類に目すら通してない。そんな状況で大丈夫なんだろうか。

 不安に思いつつ講堂へ行くと、既に何人かが集まっていた。

 補助役が三年生の場合、その人も組の出し物に参加できないそうだ。

 組での準備と、補助役としての準備と、どっちが楽かは分からない。

 ただ一様に、みんな疲れてる。


「お集まり頂きありがとうございます。

 進行と立ち位置の確認だけ、手早く、手早く済ませますので!」


 実行委員らしき人がものすごく低姿勢に話を始める。

 確かにこんな、いわゆる偉い人がたくさんの場所で仕切るなんて、プレッシャーだろう。

 すぐに全員集まり、十四人が順番に床に貼られたシールの上に移動させられ、それで立ち位置確認は終了と。

 まぁ……色付シールだから分かりやすいけど、こんなんでいいのかな。

 級長が広めに間を空けて丸く輪になり、その斜め後ろに補助役が控えるそうだ。

 実際に作業をするのは級長だけで、補助役は本当に立っているだけらしい。


「では、呪文を通しでお願いします。あ、魔力は込めずにお願いします!」


 さすがに今ここで本番にしては駄目だろう。

 七人がかさかさとプリントを広げて、目配せをしてから読み始めた。


「我ら七つの属性の長が、ここに宣言する。


 愛する友よ。

 愛する仲間よ。

 愛する同胞よ。

 愛する同士よ。

 愛する子らよ。

 愛する物よ。

 愛する人々よ。


 私たちは此処に、平和と繁栄の礎になることを約束する。

 七つの属性が此処に合わさり、此れを友好の証としよう。

 契約を胸に。祈りを空へ」


「はい、大丈夫です完璧です! これでリハーサルは終わりです、お疲れ様でしたぁっ!!」


 腰を九十度に曲げたお辞儀をされ、なんとも複雑な気分になる。

 これはさっさと帰ったほうがこの人のためなのだろう。

 もちろん我輩さまは真っ先に歩き出していた。

 それにしても……呪文というのは、なんとも恥ずかしい文章だ。

 これに魔力が込められた結果どうなるかは、当日までのお楽しみだろう。

 今は何より目先の仕事を終わらせて、当日如何に目立たないかを考えなきゃいけない。

 ……憂鬱だ。



 学園祭当日は、この季節らしい快晴だった。

 今日も朝早くから我輩さまの部屋に行き、最後の仕上げと予習をする。

 携帯端末からの通達によると、今日は全員制服、それもクリーニングしたものだそうだ。

 こういう時の為に余分に配布されていたから問題はない。ただパリッとしすぎて着心地は悪い。


「小娘よ、ローブは持ってきたか」


 相変わらず真っ黒なローブをすっぽり羽織り、フードだけ外した格好だ。

 思えば最近、この部屋の中ではあまり被らないようだ。

 そのほうが表情がよく見えて好都合だから、あえて指摘も何もしない。

 舞台上ではローブ着用、と言われていたから持ってきてはいるけど……


「無属性なので、灰色です」


 無属性はローブを支給されても使うことはほとんどない。もはや儀礼用なのかもしれない。

 入学式で着たっきりのローブは新品同然だ。


「規則としては、自分の色のローブの着用だな」


 あくまで規則としては、だ。

 佐々木さんの話によると、同じ色の生徒を補助役にするのが普通らしいから、こんなことで悩むことは無かっただろう。

 黒の級長の隣に、無色の補助役。

 黒と灰色。悪目立ちは否めない。


「小娘を好奇の目に晒すのは、不快だ。黒のローブも用意はしてあるが……」


「……いえ、いいです。自分のを着ます」


 私の言葉に、我輩さまは意外に思ったのかもしれない。驚いた顔をしている。

 ここで黒を着れば何の問題も無いだろう。

 目立ちたくないという目的には、それが一番いい。

 でもそれは、そのままでは我輩さまの隣には居れないと、自分で判断してしまうことになる。

 それは、嫌だ。私は私だ。

 

「私は無属性ですけど、我輩さまの補助役です。だから、いいんです」


 数ヶ月ぶりに着た灰色のローブは、やっぱりこなれていなくてごわごわする。

 試しにフードを被ってみると、視界の半分以上が遮られた。

 思っていたより大きいらしい。


「ならば問題ない。我輩の隣に、常に居るのだ。離れることは許さん」


「トイレは別行動でお願いします」


「考慮はしてやる」


 約束をして欲しい。言っているだけで、さすがに認めてはくれるんだろうけど。

 フードの中から見上げると、我輩さまの顔がほとんど見えない。

 よくこんな格好を好き好んでするものだ。

 そう思っていると、ふいにフードを払われ、ローブの中に手を入れられた。


「バッジをローブにつけるのだ。これは級長と補助役の、目に見える証であるからな」


 薄墨色の魔力と、よく分からない魔力が入った石のバッジは、普段制服に付けっぱなしにしている。

 言えば普通に取るのに。わざわざ取ってもらうなんて、なんだか子供のようだ。

 灰色のローブをつまんで、左胸にバッジを付けると、なぜか満足気だ。

 そういえばその辺りには、茜先輩の印があるはずだ。


「では、行くぞ。ぷー……いや、プラズマもな」


「ぷ……」


「嫌ならお留守番でもいいんじゃないですか?」


「ぷぅっ!?」


 毛皮を嫌がるぷーさんだけど、お留守番のほうが嫌のようだ。

 そそくさと毛皮を被り、静電気をパリパリさせながら我輩さまの横に並んだ。

 どんなに減らしてもそれなりの量になってしまった書類を脇に、揃って部屋を出た。

 今の時間は生徒は教室で担任の先生の話を聞いているそうだから、廊下を歩く人が居たとしたら、先生か級長か補助役だ。

 それぞれの部屋は離れているから、講堂に行くまでに遭遇もしなさそうだ。


「小娘、手を出すのだ」


「書類で塞がってます」


「ぬぅ……では片手を開けるだけの書類を寄越せ」


 よく分からないけど言われた通りに半分渡すと、そのまま空いた手をつかまれた。

 そしてまたしても指の間に指を差し込まれ、がっしりと握られる。


「我輩さま……これ、拘束されてる感じがします」


「気にするな。慣れろ」


「こんな場所でされると、ちょっと」


「手をつなぐのは普通の行為なのだろう?」


「らしいですけど……」


 なんだか違う気がする。説明できないけど。

 結局講堂の少し前までそのままで、離した時には手の平がひやっとした。

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