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我輩さまと私  作者: 雪之
本編
20/50

5-3.自粛

 別れ方が別れ方だっただけに、会うのは気が重い。

 けど、伸ばせば伸ばすほど面倒なことになりそうだとも思うので、いつも通りに我輩さまの部屋に行くことにした。

 人の少ない道を選んで、ことさらゆっくり歩いたところで、下校時間までかかるわけがない。

 このまま帰ろうかとも思ったけどそこは踏みとどまり、固定端末を鳴らしてから扉を開けた。


「…………来たのか」


 意外そうな顔をされ、こっちのほうが意外な気分だ。そういえば、呼び出しも受けてなかったか。

 真っ黒な机の上でぷーさんがころころ転がっていて、恐らく暇なのだろう。

 本も書類も一切置かれていない。


「昨日は、すみませんでした」


 言わなきゃいけないのは決まっているんだ、こういうのはさっさと言ったほうがいい。

 返答があるまで頭を下げたままでいると、大きなため息の後に言葉が続いた。


「……こちらに来い。座れ」


 我輩さまの机の横に置かれた椅子を指差され、素直に従う。

 座ってみると話すのに程よい距離で、どこか安心した。

 ぷーさんは相変わらずころころ転がっていて、我輩さまはそれを横目に難しそうな顔をしている。

 やはり、怒っているのだろうか。

 それにしては怒りで起こる身体の反応は見受けられない。

 それどころか、視線がうろうろと彷徨っていて、口を開いては閉じを繰り返している。

 座ったまましばらく待ち、ぷーさんがころんと机の端から転げ落ちたのを期に、ようやく話し始めた。


「……昨日、清水と話した」


 茜先輩からの伝言を、きちんと果たしたらしい。

 食堂の別室で遭遇したのもちょうどよかったのだろう。


「あれは説教だったのだろうな……ひどく詰られた」


 とても丁寧に話す人がそんな風になるなんて、一体どんな話をしたんだろう?


「俗世間には……男女交際にすら慣例があるのだと聞いた」


「はぁ……」


 我輩さまの言う俗世間に所属しているはずだけど、私はそんなの知らなかった。

 昨晩の恋バナのおかげで、少しは分かった気もするけど。


「我輩が小娘にしていたことは……所謂、男女交際に当たるのだと。

 そう易々としてよい行為ではないのだと、そう言われた」


 あぁ……我輩さまがこう言うということは、あれは抱きしめた、で合っているのか。

 我輩さまにとって他の意味を持っていたりしたら、どうすればいいのか分からなかったから、それが杞憂に終わってよかった。


「故に……不本意ではあるが、あの行為は…………控えよう」


 渋い渋い表情で、搾り出すように放った言葉は、私にとってはひっかかる言い方だ。


「控える、ですか?」


「うむ。控える、だ」


「しない、じゃないんですか?」


「守れない約束はしない」

 

 潔いことで。

 これは、言ったほうがいいんだろうか。

 昨日の恋バナで思い当たった、私にはよく分からない感情について。


 私は、我輩さまに、恋してる


 そうだとしても、どうしていいか分からない。

 黙っていても解決することはないだろう。ならば素直に言ってしまうのも手かもしれない。


「茜先輩の提案で、クラスメイトと恋バナをしてみました」


「こいばな、とは何だ?」


「……恋愛についての理想や体験談について話すこと、でしょうか。

 恋愛話、の略称かもしれません」


「ふむ……それで、どうしたのだ」


「私と我輩さまがしていたのは、清水さんの言うように恋人とか、好意を持った者同士とかがするらしいです」


「好意……か」


「私にはよく、分からないんですが……愛とか恋とか言っていたので、交際している人間同士の好意……なんでしょうかね」


 上手く説明できている気がしない。それに、恋……についても上手く話せる気もしない。

 それでも我輩さまはきちんと聞いて、頷いてくれている。


「だから……あまり、すべきではないかもしれません。

 茜先輩もそれを気にして、印をつけたそうです」


 今朝茜先輩にメールを送って印の意味を聞いたら、一定範囲の皮膚への接触が条件らしい。

 無意識にでも不純異性交遊に至らないよう、とのことだ。


「……では、遺憾ではあるが白空の印は残しておいたほうがいいやもしれぬ」


「はぁ……」


 ものすごく不本意そうな顔をするくらいなら、理由と発動条件が分かったんだから、それをしないと決めればいいんだと思うんだけど。

 これも、守れない約束はしないということだろうか。


「……よく、分からぬ」


 いつのまにかぷかぷか浮いていたぷーさんを引き寄せ抱きかかえると、ふさふさと毛並みを逆立てるように撫でる。

 もちろんぷーさんは嫌そうな感じだけど、反攻はしないらしい。


「小娘を手元に置いておきたく、他者に近づけたくなく、触れていたいと思うのだ。

 このような奇妙な考えは、今までしたことが無い。

 故に、これが一体何なのかも、どうするべきなのかも、我輩には思いつかぬのだ」


 分からない。分からないは、怖い。

 それは私も痛いほど分かる感覚だ。

 そんな考えを抱え、不安そうな、悲しそうな、寂しそうな……そんな我輩さまに、自然と手が伸びていた。


「手をつなぐのは、いいと思います」


「……よいのか?」


「友人同士でもする行為らしいので。私も、嫌じゃないですし」


 鼓動は少し速くなるけど、呼吸が苦しくなったり体温が異常に上昇することも無い。

 むしろ安心する。人の体温を感じるからだろうか?

 我輩さまもそうだったら。それくらいなら私にもできるから。

 大きくて少し固い手が、私の手を包み込む。

 と、思ったらなぜか指の間に指を差し込んできた。

 

「あの……」


「つなぐはつなぐだ。違いはなかろう」


「すごく違うと思いますが」


 そう言ったところで無駄だろう。

 またしてもぷーさんが膝に乗り撫でろと主張するので、両手を持っていかれることになった。

 仕事はなさそうだから、いいか。

 ちょうどいいから始業式での話でもしてみよう。


「学園祭って、なにするんですか?」


「む……? ふむ、そうか。一年生に詳細が知らされるのはまだ先だったな。

 学園祭、と名を冠していても、所詮はただの発表会だ。

 色ごとに分けて舞台上で何がしかの発表をし、それを保護者に見せるというものでな。

 その日のみ部外者が学園内に入れるのだ」


 なんとなく知っていた学園祭のイメージとは全然違うものらしい。

 どちらかというと文化祭とでも言うべきなのか。いや、もう発表会でいいだろう。


「一年生が何かをすることは無い。当日見学するのみと考えてよいだろう。

 二年生から多少手を出すことになり、主に動くのは三年生だ。

 卒業後の進路にも少なからず影響される故、相当に賑わう」


「我輩さまも、なにかやるんですか?」


「組ごとの出し物に級長は代々参加せん。一応、評価の順位を発表するからな。

 どこかの組は最下位になるのだ。その色、その家に悪印象を与えようものならどの者かの首が飛ぶ」


 級長は本家に連なる人がなる、という慣習に配慮しているのか。

 ならば確かに、そんな危険なことをする必要はないだろう。

 そうすると、我輩さまは何をするんだろう?

 始業式で舞台に上がっていたのは、発奮材としてだけなのだろうか。

 その疑問を予想していたのだろう。どこか楽しげに続ける。


「級長は級長として、別の仕事をすることになっている。

 開会と閉会での御輿と審査員、そして級長七人での出し物だ」


「出し物、ですか?」


「うむ。級長同士を争わせないよう、しかしその能力を披露できるようとの物だ。

 代々伝わる一つの術を行使する」


「そうなんですか、頑張ってください」


 一年はほぼ見学、我輩さまは級長としての見世物と出し物。

 つまり私のやることはなさそうだ。せいぜい事前準備の手伝いくらいだろう。


「何を言うか。補助役は学園祭の最中、級長の元に居るのだぞ。

 それは出し物であってもな」


「もしかして……舞台には」


「勿論、上がることになる。来園者には本家筋の者や大手企業、上位学園の者も居る。

 一気に顔と名前が知れ渡る機会となろう」


「……休みます」


「ならん。許すわけなかろう」


 見せしめだ。それは絶対に見せしめだ。

 そりゃ、上を狙う人にとってはまたとないアピールの機会だろう。

 でも、平和に平穏に平均的に生活したい私にとって、そんなの絶対に不利益なものだ。

 出たくない、見られたくない、知られたくない……。

 どうにかして当日、熱でも出ないものか。


「くっくっく……安心しろ。舞台上では全員、ローブの着用が義務付けられている。

 顔を知られたくないと言うならば、我輩と同じように深く被っておれ。

 名前は仕方が無いがな」


「意地で体調を崩します」


「小娘のおかげで上達した治癒魔術で治してやろう」


「寮に立てこもります」


「たかだか寮ごとき、我輩が手を出せぬとでも思うか?」


 ……出せる気しかしない。

 どうあっても逃げることは許されないのか。


「諦めろ。補助役はただ立っているだけなのだから、大して負担にはならぬだろう」


 数日もすれば詳細が回ってくるとのことなので、それを見てから考えよう。

 ……考える権利なんてないんだろうけど。

 我輩さまの言う通り諦めるのが一番なんだろうけど、そうそうはいと頷けないから、ぷーさんの毛並みを逆立てて遊んでみた。


「ぷぅ……」


 機嫌を損ねてしまったらしい。

 八つ当たりに等しいちょっかいを出してしまったんだから当然か。

 お詫びに買っておいたいちごみるくを差し出すと、ご機嫌に歌いだしたのがやっぱり可愛かった。




『魔力指導学園からの入学要請が届いたわ』


『よかった。これで――――…………』


『そうね、これでようやく――――…………』



「…………ので、明日中には皆さんのご実家に招待状が届きます。

 もし電話やメールで話す機会があったら、お返事を頂けるよう言っておいてね」


 帰りの会で、担任の先生の言葉に頷くクラスメイトたち。

 うっかり乗り遅れたけど、わざわざ気にしている人も居ないだろう。

 学園祭の招待状を実家に郵送するようで、はがきで返事を返すらしい。

 今時なかなかに古風なことだ。


「ご家族が学園内に入れるのは学園祭と入学式と卒業式だけですから、楽しみですね」


 先生の笑顔に大多数のクラスメイトは頷いているけど、やっぱり数名はそうではないらしい。

 家庭の事情、というものはどこにでもあるものだ。

 数日後に来たはがきは、予想通り欠席に丸がついていたらしい。

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