表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
我輩さまと私  作者: 雪之
本編
18/50

5-1・印

 夏休みはあっという間に終わり、今日から授業が始まる。

 長い外出から帰って来たクラスメイトは、やたら日に焼けている人が多い。

 普段山の上にある学園にいるのだからと、海辺の宿泊地を選んだ人が多かったというのが理由だそうだ。

 私は我輩さまと出かけた後、ほとんど寮から出なかった。

 我輩さまは毎日どこかに忙しなく出かけ、夕飯の時間に帰って来れた時は一緒に食べる。

 そんな生活を繰り返していれば、夏休みなんてすぐに終わってしまう。

 幸いにも宿題は余裕で終わっているから、クラスメイトのように次の授業を恐れることも無い。

 そういえば、最後に我輩さまに会ったのは何日前だったか。

 最後の追い込みとばかりに出かけ、帰りの遅い日々が続いていたようだ。


『――――これより、始業式を始めます』


 広い広い講堂に集められ、始まったのはありきたりな始業式だ。

 備え付けの座席に座っているので疲れることはないけど、あまり有意義な時間とは思えない。

 それも、これが終わったら早速通常授業が始まるそうだ。

 周りを見渡してみると、所々に膝の上でペンを動かす姿があった。


『学園祭実行委員、並びに、各級長は壇上へ』


 ぼんやりとしていたら話は終わっていたようだ。

 魔導学園にはあまりそぐわない言葉が聞こえたと思うと、アナウンスに従い、数名の生徒が壇上に昇っていった。

 見知らぬ生徒は学園祭実行委員、だろう。

 そしてそれに続き各級長、赤青緑茶白黒無で、七人。

 久しぶりに見た我輩さまは、少し疲れているのか。それともただうんざりしているのか。

 さすがに壇上ではフードは被らないらしく、真っ白な肌の顔がよく見え、女子生徒が色めき立った。


 実際の説明は実行委員会がやっているので、級長はただただ立っているだけだ。

 そして話が済んだらそのまま降りる。

 これはただの見世物だ。そしてその効果は絶大だ。

 属性持ちの生徒は揃って活気を取り戻したのだから。

 無属性は特に変わらなく、周囲の雰囲気に居づらそうな様子なのはもう、仕方ないだろう。


 登校初日というのにいつもと変わらないだけの授業をこなし、ようやく放課後になったと思うと、すぐに薄墨色の魔力が飛んできた。

 クラスメイトも慣れたらしく、私関係の何かだと気にしなくなったらしい。

 最後に行ったのは休み前だから、ずいぶんと久しぶりだ。

 いつものように人の少ない道を通り、部屋の端末を鳴らしてから入った。


 ぼう、と灯る蝋燭と。

 それを受ける、真っ黒な家具と。

 一番奥の机に向かう、我輩さまと。

 どこか落ち着く光景だ。


「こんにちは」


「……久しいな、小娘よ」


 扉が閉まって一歩足を出すと、灰桃色の塊が突っ込んできた。


「ぷーっ!」


「こんにちは、ぷーさん」


 しきりに頬ずりをされ、そろそろ暑いけど可愛いからよしとしよう。

 休み明けだからか書類仕事が山ほどあるようで、我輩さまから指示を聞いてすぐに隣の部屋に移る。

 この学園は全室冷暖房完備という、とても快適な環境だ。

 しばらく使っていなかったから少し埃っぽいけど、一回窓を開け放ったらすぐにそれもなくなる。

 一応空気清浄機を付けてから窓を閉め、起動が済んでいたパソコンの前に座ると、膝の上にぷーさんが納まった。

 机の下に半分もぐりこむ形だけど、苦しくないのか。

 自分で入ったのだから大丈夫なのだろうけども。

 かたかたかたと、入力作業を始めると、その音にあわせてぷーさんが声を発した。歌っているようだ。

 魔獣は歌いもするのか。我輩さまも、機嫌がいい時は鼻歌でも出るのかな。

 ちらりと隣の部屋に目を向けると、相変わらず分厚い本を読んでいる。

 我輩さまはこういった作業以外はとても上手だから、自分がやるべきことは終わらせているのだろう。

 ならば私も早く終わらせよう。

 久々の授業に若干の疲れを感じていたから、ここに来る前に売店で飲み物を買ってきていた。

 ピンクの紙パックの、いちごみるく。

 自分で買うことは初めての物だけど、これは美味しいのだろうか?

 クラスメイトがよく飲んでいて、結構甘い匂いがしていた気がする。

 ストローを刺して、一口。


「……あま」


 なんというか……なんといえばいいのか。

 甘い。とても甘い。人工的ないちご味がする。

 甘酸っぱいじゃなく甘く、ミルクというより乳製品の味だ。

 それでも匂いはいちごみるくなのだから、これはいちごみるくなのだろう。

 やはり紙パックの既製品と、きちんと注がれた手作りは違うのだ。


「ぷ?」


「飲みますか?」


 膝の上のぷーさんは匂いを感じ取ったのだろう。

 身体をかしげてこちらを見上げてきたから、聞いてみた。

 野苺やお菓子を食べる姿は見ていたけど、ストローは吸えるのだろうか。

 口と思しき場所はあったから、そこに差し込めばいいのか。

 片手でぷーさんの毛並みを探っていると、もう片方の手がいきなり上に上げられる。


「ふむ……これは甘いな」


 見上げてみるといつの間にやらこちらに来ていた我輩さまが、口からストローを離したところだった。

 その感想は賛成しかしないけど、その行動はどうかと思う。


「私はぷーさんに聞いただけで、我輩さまには聞いてません」


 興味津々の様子のぷーさんは、横取りされたことが不満らしい。

 ぽすぽすと我輩さまに体当たりをして、それをアピールしている。


「ぷーにはこれをやる。取って置きだぞ」


「……ぷ!」


 ポケットから取り出したのは包装されたチョコレートで、ぽんと放るとそのままひゅんと吸い込んだ。

 目が茶色と赤色に点滅しているから、中に苺が入っているのかもしれない。


「我輩さま、聞いてますか?」


「さてな。仕事の具合はどうだ」


「もう少しです。帰りますか?」


「いや、小娘を置いて帰るなどせぬ。好きなだけ居るがよい」


 そう言うとまたしても魔力で椅子を引き寄せ、私の真後ろに座り込んだ。

 機械を恐れるお年寄りではなくなったようだ。私の肩越しに画面を見ている。


「……見るなら、隣の方がよくないですか?」


「構わぬ。じっとしておれ」


 ぎゅう、と。

 両肩に腕が回り、胸の前で交差された。


「小娘よ、背もたれが邪魔だ」


「知りません。いきなりなんですか」


「長らくしていなかったのだぞ。今後もすると言ったであろう」


 本気だったのか、あれは。それに私はいいとは言っていない。


「重いし、腕が動かしづらいです。どいてください」


「む……そうだな、椅子が悪いのか。何か考えねばならぬな」


「そういう問題じゃなくてですね……」


 今まで通り、こっちとあっちでそれぞれ座っていればいいじゃないか。

 そう主張するものの、我輩さまはこの行為がよほど気に入ったようで、どうしてもしたいらしい。

 正直、学園内でするのは……分からないけど、変な気分がするから止めて欲しい。

 理由の説明が出来ないから口には出せないけど、どうしたものか……。


「あ、明日は茜先輩と約束があるので来れません」


「いつの間にそんな約束をしていたのだ」


「昨日、メールでです」


「ぬぅ……」


 メールも電話もしない我輩さまには絶対に取れない手段だ。

 そして今日はクラスメイトと夕飯を一緒に食べる約束をしているとも伝えると、なぜか書類を増やされた。


「明日必要なのを忘れていた。今日中に終わらせるのだ」


「はぁ……もう無いですか?」


 これ以上増えると終わるか微妙なところだからと確認すると、しっかりと頷いた。

 ならばやるしかない。時間は有限だ、だっけ。

 とりあえず腕をどかしてもらい、書類をガンガン打ち込み複合機で一気に印刷。

 ファイルするものと冊子にするものと、全て終わったと同時に下校のチャイムが鳴り響いた。


「終わりました。帰りますね」


「何故そうも早く終わらせるのだ……」


「明日必要なんですよね?」


 だったら早く仕上げるに越したことは無いはずだ。なのにこの不満顔。

 言われた作業を時間内に終わらせて文句を言われるのは、違うと思う。


「むぅ……小娘よ、明日は白空との話が終わったら来い」


「仕事があるんですか?」


「そんなことはどうでもよい。来いと言ったからには来るのだ、これは命令だ」


「横暴ですね」


「ふん、何とでも言え」


 機嫌が悪いと丸分かりの我輩さまは、膝の上でうとうととしたぷーさんを掴み上げ、無理矢理腕の中に囲い込んだ。

 いきなりの乱暴に驚いたぷーさんはまたしても暴れていて、ぽこぽこと体当たりされていい気味だ。


「じゃあ、帰ります。失礼します」


「む、小娘、待て……」


「ぷーさん、怒ってますよ」


「しかしだな、おい小娘!」


 じゃれている二人は放っておこう。

 さっさと食堂に行ってご飯を食べて、お風呂に入って勉強しよう。

 我輩さまのよく分からない行動に付き合ってる暇はないんだ。

 それに近くに居ると……また、あの分からない感覚が襲ってくるから、困る。

 


 放課後、周りを気にしながら茶道室へ入る。

 元から人は少ないけど、念には念を入れなければ。

 静かに扉を閉めてから鍵をかけ、すでに準備を始めていた茜先輩に挨拶をする。


「こんにちは、お久しぶりです」


「いらっしゃい、弥代ちゃん。会えて嬉しい」


 にっこりと、それはそれは綺麗に笑う茜先輩は、二人きりの密室以外では絶対に見られない。

 普段は相変わらず、完璧な無表情を貼り付けている。

 男子がクールビューティーとか騒いでたけど、あれはなんだったのやら。

 促されるまま椅子に座ると、透明な氷の浮いたお茶を出してくれた。

 茶道室といいつつ、畳の部分と机の部分が混在していたりする。

 きちんとお茶をたてる時は畳の上で行うそうだけど、普段はもっぱら机だとか。


 久々にこうして会ったから、積もる話はたくさんある。

 茜先輩は休み中、白空の家としての外出と、婚約者との逢瀬に忙しかったらしい。


「次女なのだから、そう大した立場ではないのだけどね。

 まだ婚約発表もしていないから、そちらもなさそうなものだけど」


 ……婚約発表をしていない?


「あの、茜先輩の婚約のこと……我輩さまは?」


「知らないでしょうね。いつかは誰かとする、とは思っているでしょうけど」


「言わないんですか? もしかしたら……」


 いや、もしかしたらがあったら駄目だろう。

 茜先輩はちゃんと気持ちの清算をして、その上で赤山家に嫁ぐ意思を固めたんだから。

 それに横槍を入れるような行動は、しちゃいけないだろう。


「そうだ弥代ちゃん、黒峰と出かけたんですって?

 教員が大慌てだったと聞いたわ」


「連絡を忘れてしまって、すごく叱られました」


 詳しい話は知らなかったようなので経緯を説明すると、驚いたような顔をして、そしてすぐに笑い始めた。


「それは仕方がないわ。本家の者が護衛もつけずそういう移動手段を取るなんて無いもの。

 かといってよっぽどの事態でなければ魔力は使えないし、学園生は更に規制されているから。

 黒峰もよくそんな我が儘を通したわね」


 そんな大ごとだったのか。

 前日にさらっと決めた上、翌朝すぐに対応してくれたからよくあることだと思っていたのに。

 本当はその真逆で、なかなか無いからこその待遇だったようだ。

 聞いてみると茜先輩も電車に乗ったことが無いらしく、羨ましがられてしまった。

 いつか乗ってみたいと言っていたから、そこは赤山家の力に期待したい。

 乞われるままに外出の話をし、我輩さまが知られたくないだろうことは言わないように気をつけて話した。

 楽しそうに聞いてくれているからかつい、うっかりと口が滑ってしまった。


「最近、我輩さまが近くに居ると落ち着きません」


「あら……一体どうしたの。束縛が鬱陶しくなった?」


 束縛……なのだろうか。


「物理的に束縛されています」


「ええと……それは、どういう?」


「後ろからこう……羽交い絞め、と言うのでしょうか」


 失礼かとは思ったけど、茜先輩の背後に回って軽く腕を回す。

 口で説明が難しいので、許して欲しい。

 こうしてみると、茜先輩の頭と私の頬が触れて温かい。

 その上とてもいい匂いがする。女性らしい、品のある香りとでも言うのだろうか。

 五感の鋭い私でも心地よく感じる程度の、程よい加減はなかなか遭遇できない。


「ちょ、ちょ……弥代ちゃんっ!?」


「はい、なんでしょう」


「こ、こんなことを……黒峰にっ?」


「はい、我輩さまはもっと強くです」


 説明は出来たから離してみると、なぜか茜先輩の顔が真っ赤だった。

 空調は効いているけど、暑いのだろうか。

 そういえば、我輩さまにされた時は変な気持ちになるのに、茜先輩にするのはなんともない。

 なにが違うんだろう? 茜先輩のほうが親しみを感じている、とかなんだろうか。

 元の椅子に座り、しきりにお茶を飲む様子を眺めていると、段々赤みも薄れため息をついた。


「……わたしが黒峰への気持ちにけじめをつけられたのは、理由があるの」


 茜先輩の、我輩さまに対する気持ち……。

 初恋の相手で、十年思った相手で、周りに嫉妬すらしてしまう相手で。

 いくら家の決めたこととはいえ、諦められたのは意外だった。

 それにはきちんと理由があったのか。


「きっと黒峰は、好きな人が出来るって。気付いてしまったのよ」


「我輩さまに、好きな人……ですか」


「ええ。長年見ていたのだもの、すぐに分かったわ。

 こんなこと、ずっと無かった。だから興味が無いのだと思ってた。

 きっとわたしと同じように、家に決められた、家に相応しい女性を娶るのだと。

 でもそうじゃなかった。

 ちゃんと、わたしと同じように好きな人が出来るって気付いたから……だから、諦めがついたの」


 我輩さまに、好きな人……。

 茜先輩がそう言うなら、そうなんだろう。

 でもそんな人、本当に居るのか疑問だ。

 いつもいつも部屋にこもっているから、級長の部屋に来る人?

 いや、夏休み中ずっと居なかったから、外の人かもしれない。

 私はそこまで、我輩さまのことを……知らないから。


「弥代ちゃんはまず、恋バナをすべきだと思う」


「こいばな、ですか?」


「わたしより、クラスメイトのほうがいいでしょうね。

 同い年の、同じ環境の人からの話が一番よ」


「はぁ、そのうち……」


「すぐ。今夜にでも聞いたほうがいいわ」


 ぴしゃりと言われると、なんだか急がなきゃいけない気分になる。

 でもなんでそんな急に? クラスメイトとの恋バナが、今の私に必要なのか?


「黒峰も黒峰だけど弥代ちゃんも弥代ちゃんだわ……ほんと、珍しいくらいに」


「えと、すみません?」


「いい、弥代ちゃん。嫌と思ったことは嫌と言いなさい。

 それでも駄目ならわたしに連絡してもいいわ。いえ、そうね、印をつけようかしら」


 印……って、なんだ?

 判子、ではないだろうし。


「黒で言う陣ね。白は小さいわよ。ファッション感覚で施している人も居るくらい」


「い、いや……さすがに」


「あまり目立つ場所では駄目だから……鎖骨の辺りはどうかしら?

 弥代ちゃんは制服をちゃんと着ているから、見えることもないわ」


「多分、我輩さま、すっごく怒ります」


 治癒魔術の残留魔力だけで反応するくらいなんだから、茜先輩の魔力を漂わせでもしたらどんなことになるのか。考えるだけで……面倒くさい。


「それが目的よ。どうして束縛してしまうのか、その意味を考えさせましょう」


 私には分からないけど、茜先輩には分かっているようだ。

 ならここで教えてくれればいいのに……そう思っていたら顔に出ていたのだろう。

 自分で気付かなければ意味が無い、とのことだ。


 結局、茜先輩の勢いに押され、左の鎖骨の下に小さな小さな印が施された。

 肌色の上に、クリーム色の小指の爪ほどの羽の形。

 魔獣のつばささんをイメージしているのだろう。

 確かにこれは、我輩さまの仰々しい陣とは違い、おしゃれにも見える。

 その上、色も目立ちづらい。

 これくらいならクラスメイトや先生に何かを言われることもないだろう。


「あと、黒峰に伝言をお願いするわ」


 その一言をしっかり覚え、今日のお茶はお開きになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ