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我輩さまと私  作者: 雪之
本編
16/50

4-2.海

『――――――』


 何かが聞こえる。


『――――――』


 何かが触れてる。


『――――――』


 何かが……痛い?


「おい小娘、何故そう眠ってばかりいるのだ!」


「……我輩さま」


 頬をぱしぱしと叩くのは、真っ黒な服装のままの我輩さまだった。

 空を見上げると、夕方だろうか。木々の向こうから夕日が見える。

 よっぽど長く寝ていたらしい。朝が早かったのも影響したのかもしれない。


「ほっぺたが痛いです」


「すぐ起きぬのが悪いのだ」


「もう少し起こしかたというものがあると思います」


「知らぬ」


 ふんと息を吐くと、椅子の背もたれに手をかけて立ち上がった。

 今思えば、顔を覗き込んでいたようで、かなり距離が近かっただろう。

 だからといって別になんでもないけど。


「用事はもう、いいんですか」


「顔見せのようなものだからな、さして時間はかからん」


 往復時間のほうがよっぽどかかりそうだ。

 やっぱり、次回は車で行ってもらおう。

 電車に乗るという目的は達成したと思って欲しい。


「我輩さまは、ここの海で遊んだことがあるんですか?」


「まぁ、入ったことはある。少しだけな」


 なんと、真っ白な肌の我輩さまでも海遊びをしたことがあるのか。


「しかしせいぜい膝までだ。海で泳ぐという行為はしたことがない」


「私は、海は初めてですけど体育の授業で泳いだことはあります」


「我輩はそちらのほうが無いな。

 今まで通ってきた学校では魔力操作ばかりで、一般の授業は少なかった故」


 本当に、特別な環境で育ってきたんだろう。

 お互いに違う経験しかしていないのが、少し寂しく感じた。


「水、冷たいんですか?」


「近くの駅で散々浸かっている輩がおったであろう。

 海水浴が出来る程度の温度だと思え」


 なら、山の中の川みたいに、冷たすぎることも無いだろう。

 じゃなきゃあんなに人は集まらないし泳がない。


「入ってみても、いいですか?」


「好きにするがいい」


「ええと、水着になったほうがいいんですか」


「着たいのならば着ればよいが、この時間ではさして時間はとれぬぞ?」


 正直、水着なんていう肌の露出が多すぎる格好はしたくない。

 ほんの少し、というか、我輩さまと同じように、膝まででいいんだから着替える必要はないだろう。

 タイツは……脱がなきゃ、駄目か。


「我輩さま、少し……見苦しいものを見せることになります」


「小娘の見苦しいの基準は知らぬが、気にせぬ。

 故に、小娘の好きなようにするがよい。時間は有限だ」


 許可はもらったから、いいのだろう。

 ワンピースの裾から手を入れ、薄いタイツを脱いでいく。

 指に触れる凹凸は、私にとって普通になってしまったものだった。


「どうせ、それらを気にしているのだろう?」


「……あまり、見た目のいいものじゃないので」


 大量の傷跡は、肌にまだらを作っている。

 所々に膨らんだままの部分もあるし、上手く繋ぎ合わせられなかった傷もある。

 腕と同じくらいの傷跡が散らばっていて、普通だったら顔をしかめるだろう。

 でも我輩さまなら、そうはしないって、思ってた。


「小娘は以前より不注意を繰り返していたのだな」


 呆れかえったため息は、とても新鮮な反応だ。

 それが嬉しくて、わざわざ一言足してしまったのかもしれない。


「小さい頃は、近所に治癒魔術を使える人が居なかったんです」


「では、居たら更に不注意をしていたであろうな。

 我輩の治癒魔術はかなりの腕になってしまった。どうしてくれる」


 それはいいことなんじゃないか。

 黒のイメージからはかけ離れてはいるけど。

 それにしても、外でこんなに肌を出すなんてどれくらいぶりだろう?

 風と砂を感じ、くすぐったい。

 靴の中にタイツを押し込んで、素足で砂浜に立ってみた。

 温かく、不安定で、気持ちいい。

 ふかふかしてたりがっしりしてたり、踏む所によって違う感触がする。

 ゆっくり砂を踏みしめて波打ち際に行くと、つま先に水が当たった。

 言っていた通り、冷たくはないらしい。


「我輩さまは、入らないんですか?」


「……久しく入っておらぬから、たまにはよいかも知れぬな」


 上着を脱いで椅子にかけ、ついでにネクタイも引き抜く。

 そして立ったまま器用に靴下を脱ぎ、スラックスの裾を膝まで折り上げると、砂浜の不安定さなんて気にしない様子で歩いてきた。

 いつも真っ黒な格好で肌を見せていないからか、この姿がとても新鮮だ。


「よそ見していると転ぶぞ」


 横に並んで一歩踏み出す。

 我輩さまの一歩は大きいから、私は余計にもう一歩。

 波が引いた砂は冷たく、固い。

 でもすぐにまた波が押し寄せ、足の裏が水に浸った。


「なんだか、不思議な感触です」


「普段、身近で感じるものではないからな」


 もう一歩。今度はくるぶしの上まで浸った。

 水面が絶え間なく揺らぎ、ひたひたと肌をくすぐられる気分だ。

 その時、一際大きな波が押し寄せ、ぱしゃんと水が撥ね、そしてそのままの勢いで水が戻った。


「え……?」


 足の裏からざらざらと、地面が削られていく。

 穴にでもはまってしまったような感触に、体が揺らいだ。


「――――っ!」


 そのまま倒れ、水浸しになる……はずだったのに。

 突然腕を取られ、引かれるままに体が起き上がった。

 その終着地は……視界一杯の灰色だった。


「やはり、こうなったな」


 どこか楽しんでいるような口調に、転ぶだろうと予測していたのだろう。

 片手を掴み、もう片方は私の背中に回っている。

 灰色のシャツの胸元に押し付けられる形で、思わず顔だけ上げて文句を言った。


「……分かってたなら、言ってください」


「くははっ、我輩はこれで転んだのでな。小娘にもさせてみようと思ったのだ」


「濡れたら帰れなくなりますよ」


「そんなもの、我輩がすぐ乾かしてやる」


 笑いが引かない様子の我輩さまは、姿勢を戻してくれない。

 足元はまた、ざらざらと砂を奪っていき、地面の形を常に変えていく。


「もう、平気ですから」


「知っている。しかし……なんとも心地よいものだな」


「はい……?」


「小娘はおぶさると心地よいと言っていたが、我輩はこちらのほうが心地よく感じるのだ」


 ぎゅうっと力を入れられると、我輩さまとの距離が無くなる。

 ぴたりとくっついて、体温がじわじわと伝わってくる。

 同時に、嗅ぎなれない匂いが鼻に届き、なぜだか胸の辺りが苦しい。


「く、苦しいです……」


「そこまで力は入っておらん。何故苦しいのだ?」


「分からない、ですけど……なんか、息苦しいんです。

 我輩さまは、なんともないんですか?」


 経験したことが無い感覚が、襲ってくる。

 胸が苦しい。鼓動が速い。体温がどんどん上がっていく。

 どうしたんだ、私の体は。

 それに伴い顔も頭も熱くなって、思考の効率が下がっている。

 分からない、なんなんだ、これは。


「そうだな……妙に、体が熱い。若干、息苦しくもあるがそれ以上にいい気分だ。

 故に、これがよい」


 私はよくない。

 耳に届く我輩さまの鼓動だって、絶対速い。

 足元が濡れているのに、二人とも体温が上がりすぎだ。


「体が、おかしいです。こんなの初めてで、分からないです」


「ふむ、我輩もだ。同じならば問題あるまい」


「も、問題あります!」


 このままずっといたら、どうかしてしまいそうだ。

 捕まれた腕がぴりぴりして、触れられる背中がぞくぞくする。

 そうだ、閉じよう。五感を操作しよう。

 まず、触覚を弱めて、嗅覚も。

 ああ、鼓動が聞こえないように聴覚もか。

 あと、なんだ? 立ったまま視覚を閉じるのは危ないから、目を閉じていよう。

 完全に閉じてはいないけど、全部が全部、遠くに感じられるように。

 なのになんで、どうして鼓動が治まらない?

 それどころか、自分の身体を巡る血液の音が耳に響いて、それが余計に自分の不調を感じさせられる。

 どれだ。どれを閉じればいい?


「――――五感を閉じるな」


「…………っ!」


 耳元に響く声。

 聴覚を弱めているのにこんなに聞こえるなんて。

 温かい息すら感じてしまうほど近くに、きっと我輩さまは居る。

 だから、絶対に目を開けちゃだめだ。

 なんでか分からないけど、絶対だめだ。


「強情な奴だな。

 我輩だって同じ思いをしておるのだ。小娘だけ逃げるのは、卑怯であろう?」


「む、無理……です」


「そんなに、嫌か?」


「嫌……というわけでは、ないです」


「ならよかろう。五感を戻せ」


 無理だ。

 嫌じゃない、けど、分からない。

 分からないは……なんだっけ。


「こ、怖い……です」


「なにがだ?」


「自分の体が、なんでこんな風になっているのか、分からないのが……怖いです」


「これは不快なのか?」


 不快か……どちらかと言えば、そう。


「……心地いい、です」


「我輩もだ。だから、五感を開け。そしてこちらを向くのだ」


 腕を掴んでいた手を私の後頭部に沿え、そのままぐいっと上を向かせられる。

 五感を戻したら、どうなってしまうのか。

 目を開けたら、どうなってしまうのか。

 分からない。分からないは、怖い。


「五つ数えるまでに言う通りにしろ。でなければ……さて、何をしてくれよう」


 耳元で低く囁かれる。その言葉には薄墨色の魔力が乗っていて、それがぞわりと肌を粟立てた。

 そのまま一つずつ、数を唱える。

 ご、よん、さん、に……


「いち」


「わ、分かりました! 開きますから!」


 五感を全て元に戻し、その勢いで目を開ける。

 ずっと閉じていたから少しの光ですら眩しく感じる。

 でもそれよりも、視界に映る姿が……どうしようもなく、苦しい。


「ふむ、時間内か」


 残念そうな口調だけど、表情は笑っている。とても楽しそうに。

 綺麗な顔に、紫色の虹彩を持つ黒い瞳。

 風に揺れる真っ黒な髪と、その先にある、暗くなりつつある空。

 それら全てが、一気に私の視界を塗りつぶす。

 こんなにも近くに、我輩さまが居る。

 そう思うだけでまた、私の体が熱くなった。


「も、もう、いいでしょう?」


「ならぬ。ここまでうろたえる小娘は初めて見るからな。もっと楽しもうではないか」


「私は楽しくないです……」


 苦しい、息苦しい、暑苦しい。

 違う、熱い。熱くて苦しい。

 どうにかしてほしい。私の身体も、我輩さまも。


 そう願った時、一際高い波が押し寄せてきた。

 それは再び足元を削り、ぐらりと体が傾いだ。


「――――っ!!」


 ばっしゃん、と。

 二人揃って倒れこみ、その横を波が通り過ぎていった。

 我輩さまを下敷きにする形で倒れてしまい、灰色のシャツがあっという間に黒く濡れてしまう。


「わ、我輩さま、大丈夫ですか……?」


「……」


「どこか、痛めましたか?」


「……」


 きょとんとした表情のまま、何も反応しない。

 怒ってしまったのか。いや、でもこれは私だけが悪いわけじゃないだろう。


「……っく、ははははっ!」


「え……?」


「まさか今、海に浸ることになろうとは……これはまた、愉快だ。

 小娘よ、本当にお前は我輩の常識を越えていくな」


「い、今のは私のせいじゃないです!」


「いや、構わぬ。そういう意味ではない。

 ここまで濡れたのだ、小娘も浸るがよい」


 そう言うなり、笑いながら腕を引っ張ってきた。

 砂の上に倒れこみ、すぐに波が被ってくる。もう、ずぶ濡れだ。

 諦めて我輩さまの隣に横になると、身体の下半分が沈み、全身がまんべんなく濡れていく。


「……空、綺麗です」


 時たま耳の横を波が通り過ぎ、こぽりこぽりと音が聞こえる。

 そんな中の呟きだから、返事は期待していなかった。けど、我輩さまも呟くように答えてくれた。


「こうして空を眺めるなど、久しくしておらぬな」


 太陽は逆の方角に沈み、私たちから見える方角には既に星が光っている。

 夕暮れと夜の狭間の、暗くて明るい空。

 黒ではなく、紫。我輩さまの目に宿る色。


「今日、来てよかったです」


「そうか。我輩も、小娘を連れてきてよかったと思っている」


 ざざん、こぽこぽ、ざわざわ。

 水に浸っているとそれだけで聞こえる音が違う。

 その合間に聞こえる我輩さまの声と、呼吸と、鼓動と。

 それだけが聞こえるこの場所は、とてもとても……尊く思えた。



 海から出るとすぐに、我輩さまが真水をかけてから服を乾かしてくれた。

 塩水に浸ったまま乾かしたら真っ白になってしまうらしいので、我輩さまの魔力操作は本当に助かる。

 お互い乾きもう帰るのかと思ったら、なぜか乾いた浜辺に腰を下ろした。

 椅子があるのに、なんでわざわざ?

 首を傾げていると、我輩さまの前の地面を指差された。

 意味が分からなくてそのままでいると、不満気な声があがる。


「こちらに来い」


「時間、無いんじゃなかったんですか」


「気が変わった。もう少し楽しむとしよう」


 終電の時間とか、分かってるのかな。

 遠いし、学園は田舎だしで結構早い時間なのに。


「もし帰れなくなるようなら、それはそれでよいだろう」


「駄目ですよ。先生に怒られます」


「ならばさっさと従え。座らねば帰らぬぞ」


 そう言われてしまえば、従うしかないだろう。

 渋々指差された場所に座ると、すぐに体温が近付いてきた。


「ちょ、っと……なんですか?」


「試しているのだ。どちらが心地よいか」


「そんなの試さないでください……」


 後ろから覆いかぶさり、腕が肩を通って胸の前で交差される。

 そして脚を開いてぴたりと寄り、背中から腰まで全部の肌が合わさってしまった。


「ふむ……悪くない。しかし先ほどの方がよいな」


「私はどっちもよくないです」


「なんだ、小娘は自分からこうしていたではないか」


「あれは……緊急事態です」


「では、我輩も緊急事態だ。大人しくしておれ」


 どこが緊急事態なんだ。

 後ろから抱きかかえられるなんて……ああ、もしかして。


「ぷーさんだと思ってません?」


 よくよく見かける、膝の上でぷーさんを抱える姿。

 ぷーさんが私に替わっただけで、やってることは同じだろう。

 きっと我輩さまはそういう……ぬいぐるみを抱える感覚なんだ、きっとそうだ。


「ぷーと小娘は違うであろう。奴も奴で心地よいが、小娘とは比べるべくもない。

 そうは思わんか?」


 確かに、ぷーさんを抱えるのは気持ちいい。

 でも、我輩さまにおぶさった時のほうがもっとよかった。

 だから否定は出来ないけど、素直に頷くのも難しい。

 それくらいに、私の身体の不調は続いている。


「苦しいって、言ってるじゃないですか」


「慣れろ。我輩は今後もこうするつもりだ」


「駄目です」


「命令だ。従え」


 ぎゅうと力を込められ、首周りが圧迫される。

 これは普通の意味で息が苦しい。ぽんぽんと腕を叩くと、すぐにやめてくれたけど。

 なんだか遊ばれているようで、悔しい。

 なにか意趣返しのようなものは出来ないか。

 そうだ、さっきお婆さんが聞かせてくれた話があった。それで、気付いたこともあった。


「ぷーさんの色って、いちごみるくの色ですか?」


「……何か聞いたのか」


「子供の頃のお話を」


「まったく……さして面白い話でもなかろうに」


 深い深い、苦そうなため息。

 ぐたりと力を抜かれると、体重がそのまま私にのしかかって来て結構重い。

 けど、そんなことを言うことは許されない雰囲気だ。大人しく支えてよう。


「きっと、そうであろうな……魔獣生成を終えぷーが姿を現した時、そう思った。

 正直な話、未熟を悟ったな」


 茜先輩が言っていた、魔獣の色の話。

 白色でなくクリーム色というだけで、苦言が来たのと。

 それなのに、黒色からかけ離れた、灰桃色。


「状態が不安定だと言いしばし時間を稼ぎ、すぐさま秘密裏に毛皮を手配した。

 そして披露すれば、当たり前の結果だと判断される。偽りだとは、誰も気付かなかった。

 ……それだけ、我輩を過大評価しているのであろうな」


 ため息に乗せるように呟き、私の髪に顔を擦り寄らせる。

 くすぐったいし、やっぱり重たいけど……これが我輩さまの重責なんだと思えば、支えるのはなんてことない。


「落ち着きがなく、我が儘で、子供のような奴だ。

 そしてそれが、我輩の本質なのであろう」


 我輩さまにとってぷーさんは、分身に近いのだろう。

 普段押さえ込んでいる様々なことを、ぷーさんはやってのけてしまう。

 言いつけを破って外に出てしまうし、毛皮を着るのを嫌がってしまうし、人のお菓子を食べてしまうし、好きな物には夢中になってしまう。

 けど……とても豊かな喜怒哀楽の感情や、人の気持ちを察しているかのような行動だって、何度も見ている。


「ぷーさんが我輩さまの本質だとしたら、とても……いいと思いますよ」


「……慰めはいらぬ」


「ぷーさんも、我輩さまも、私のことを……心配、してくれました。

 それが私には、すごく新鮮で、すごく……嬉しかったです」


 一番最初にぷーさんが、それからはずっと我輩さまが。

 今日だってもしかしたら、ずっとこもりきりの私を連れ出そうとしてくれたのかもしれない。

 そんな普通の、私にとっては特別のことをしてくれるのは、我輩さまが黒の次期当主だからじゃない。

 もしそうだとしたら、無属性の私なんて歯牙にもかけないはずだ。

 なのにこんなにもよくしてくれるのは、我輩さま個人の行動だ。


「私は、属性持ちのことはよく知りません。どう生きてきたかも分かりません。

 でも、私にとって我輩さまは我輩さまで、家とか色とか、関係ないです」


 ゆっくりと続く鼓動が背中から感じられる。

 温かくて、穏やかで、優しくて。それが我輩さまの、私にとっての本質だ。


「……本当に、我輩の常識を越えるな」


「そんなに変なことを言いましたか?」


「いや……小娘を手元に置いていて、本当によかった」


「はぁ、そうですか」


「褒めがいの無い奴だな」


「今の、褒めてたんですか?」


 不満の意思表示なのか、またしてもぎゅうぎゅうと腕を締められた。

 普通に苦しいのと、不調で苦しいのと、その上重いのとで声を上げると、満足したのかそのまま立ち上がり、店へと戻っていった。

 私も椅子と日傘を持って、最後にもう一度海を眺めてからそれに続く。

 店に戻るとお爺さんが夕飯を出してくれて、四人で食べ、食後にはいちごみるくを出してくれた。

 今度は上にバニラアイスが乗っていて、見た目で涼しげだ。


「何故、小娘のだけなのだ」


「女の子だもの、特別よねえ」


 最初に飲んだものと同じものを出された我輩さまは不満そうだったけど、お婆さんの一言で押し黙ってしまった。

 アイスをすくってしまったけど、まだ口をつけていないから交換しようか。

 そう思っていると、スプーンを持った手を取られ、そのままぱくりとアイスを食べてしまった。


「うむ、うまい」


「……お行儀悪いですよ。交換しますか」


「いい。合間にアイスだけよこすのだ」


 丸い足付きグラスからいちごみるくを吸う様は、なんとも不思議だ。

 似合わないような、似合うような。ぷーさんの色に似ているからか。


「小娘、アイス」


「はぁ……」


 私はまだ一口も食べてないのに。

 渋々すくって差し出すと、今度はそのまま食べる。子供じゃないんだから自分で食べて欲しい。


「まあま、ぼっちゃんたら」


 なぜかお婆さんとお爺さんが楽しそうにしてるし、我輩さまは満足気だし、私だけ蚊帳の外な気分だ。

 アイスを半分以上食べられたものの、やっぱりいちごみるくは美味しかった。


 帰りはお爺さんが車を出してくれて、学校から乗った車より小さい後部座席に並んで座った。

 私は助手席でいいと言ったのに、我輩さまが譲らなかったからだ。

 座ってすぐに手を取られ、そのまま無言。どうやら眠ってしまったらしい。


「今日のぼっちゃんは、とても楽しそうでしたな」


 アスファルトの広い道路を走りつつ、お爺さんが呟いた。

 確かに、学園でよく見る難しい表情はしていなかったかもしれない。


「久々に家に帰って、楽しかったのでしょうか」


「いや……お嬢さんと出かけたのが、楽しかったのでしょう。

 以前来た時はもっと、静かでしたからな」


 私と……。それは関係あるのか。

 でもそうだとしたら、悪い気分はしない。


「先は長い。着いたら起こすから寝ているといいよ」


「じゃあ、お言葉に甘えます」


 あんなに寝たのに、今は満腹で眠い。

 隣で寝ている我輩さまを起こさないようにするより、一緒に寝てしまったほうが楽だろう。

 寄りかからないよう体重を窓に乗せ、そっと目を閉じた。


 学園に着くと門の前で青の先生がそわそわと立っていて、何事かと思ったら大慌てで飛んできて、ものすごく叱られた。

 そういえば、帰るって連絡、忘れてたっけ。

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