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我輩さまと私  作者: 雪之
本編
12/50

3-3.救護室

 さっき我輩さまが飛ばした魔力により、ある程度の事態は伝わっていたのだろう。

 コテージの一番奥の部屋に、担任の先生と普通の医者らしき人が待ち構えて、すぐさま診察に入った。

 命の危険は脱したのは分かったけど、このままだと低体温症や肺炎などを引き起こす恐れがあるから、すぐに着替えてこのまま部屋に泊まるようにとのことだ。

 クラスメイトとテントで寝るのを少し楽しみにしていたので残念だけど、ここで体調を崩せばいろんな人に迷惑をかけてしまうのだから、我慢すべきなのだろう。

 先生と医者が居なくなり、持ってきておいてくれたらしい私の鞄を漁り、寝巻きを取り出す。

 ……着替えようとしてもなかなか脱げない。当たり前だ、濡れているんだから普段通りには行かないだろう。


「無理に脱ごうとするな。今乾かす」


「あ……」


 我輩さま、居たんだ。

 てっきり私一人だと思っていたから着替えようとしたけど、脱げなくてよかった。

 価値の無い身体を見せ付けてしまうところだった。


「”この身と音無弥代子に火の息吹を与えよ”」


 低い声で唱えると、服が一瞬温風でふくらみ、すぐにそれは治まった。

 それだけですっかり服が乾き、じっとりとした感触が一気に無くなった。

 我輩さまは本当に、魔力の使い方が上手だ。


「服を乾かしたところで体温は下がったままだ。さっさと着替えてベッドに入れ」


 くるりと背を向け椅子に座ると、腕を組んで下を向いた。気を遣ってくれているようだ。

 有り難く思いつつ手早く着替え、言われた通りにベッドにもぐりむ。

 あまり使われていないようなシーツは硬く冷たく、温かくなるまでしばらく時間がかかるだろう。

 体温がゆっくりと吸い取られるような感じがして、再び寒さを思い出した。

 着替えて布団を被っても駄目ならどうしろと言うのだ。


「飲め。ひどく吐いていたからな」


「それは言わないでくれると嬉しいです」


 私の考えを読み取ったかと思うくらいのタイミングで湯飲みを差し出され、ちらりと中を覗くと白湯のようだった。

 温まった湯飲みは冷え切った手には熱く、シーツを挟んでから口をつける。

 じわんと、口から喉、胃の中へ白湯が流れていくのが分かる。本当に、相当体温が下がっているようだ。

 こくこくと飲み続けるとすぐに中身は無くなり、まだ温かい湯飲みを手の中で転がしていると、我輩さまの表情がやけに硬いことに気付いた。

 いつもの偉そうな感じではなく、さっきの威厳のある感じでもなく。

 初めて見るその表情に首を傾げると、するりと湯飲みを引き抜かれた。

 躊躇っている……ように見える。

 その表情がなぜか別人のように見えて、何か普段と決定的に違っているような……顔だけじゃなくて、何か。


「あぁ……我輩さま、ローブ着てないんですね」


「そうだが……それがどうした」


 部屋の中を見回してみると、並んだ椅子の上に放られていた。

 ローブを着ない我輩さまを見るのはこれで何回目だろう。まだまだ片手で十分だ。

 普段は隠れている髪も肌も目も、全部が全部明るい照明に照らされている。

 こういう時、何と言うんだったか。

 綺麗ですね、じゃない。可愛いですね、でもない。


「とても、新鮮です。普通の男子生徒に見えます」


「あくまで学園の生徒なのだから、そう見えて当たり前であろう」


「あのローブが印象的過ぎるんです」


「……黒の級長であるからな。そう、見えるようにせねば」


 イメージ戦略だったか。黒の級長だから黒らしくしなきゃいけない。

 これも級長としての責任の一つなのだろう。

 中身はただの、男子生徒だというのに。


「たまには、脱いでみたらどうですか。

 我輩さまは美人なので、顔が見えたほうがお得だと思います」


「……何を言っているのだ」


「感想です。羨ましいなと」


「男にそんな事を言っても意味は無いぞ」


「知ってます、ただの感想なので。

 ただ、これ以上人気が出ても面倒になりそうですね」


 今でさえカリスマというか、狂信的というか、そんな状況なのに。

 これで容姿的な人気まで出たら手におえないだろう。


「……皆が求めているのは、黒峰の血を引いた黒の級長、それだけだ」


 どういうことだろう?

 本家の人間が級長になるという慣例に、我輩さまが当てはまったというのは分かる。

 でも、我輩さまは我輩さまとして、求められているんじゃないだろうか。


「黒の者が皆、我輩を崇めているのは理由があるのだ。

 黒の本家の当主になる予定の人間、というな」


「そう、言われたんですか?」


「言われずとも分かる。それ以外に理由はなかろう」


 きっぱりと言い切る様子に、この考えは最近芽生えたものではないと分かった。

 長い間そう思って、それが当たり前になっている。

 きっと否定の言葉が投げられても、それを耳に入れることは無いだろう。

 だから、無理に否定することはしない。

 それを更に否定する事は、その考えを固定化させる材料になってしまうだろうから。


「……小娘は、どうなのだ」


「はい?」


「無属性ならば、血筋はさして重視してはいないのだろう。

 我輩との縁はそこまで、小娘の益となるか?」


「なりません」


 そんな、分かりきったことを。

 そんな理由で、引き受けたとでも思われているのか。


「益にならないならば……我輩の補助役を、下りるか?」


「はい?」


 いきなり何を言っているんだこの人は。

 断れるなら最初にして欲しいし、この仕事に慣れた今になって言われても頷くはずがない。


「我輩の手元に置いてから、小娘はひどく……被害を受けているであろう」


「それは……そうですね」


 級長室で女子生徒に、白と黒の生徒に、無属性の生徒に、色々なことをされた。

 被害なんて無いです、とは口が裂けても言えない。

 今思えば、よくもまあ無事で居られたものだ。これも我輩さまのおかげなのだろう。


「色々助けてもらいました。ありがとうございます」


「……違う、それらは我輩の責で」


「我輩さまが手を回したんですか?」


「そんな訳があるか!」


 なら、いいじゃないか。

 我輩さまが望んでの事態じゃない、周りが勝手に起こした事態だ。

 そんなのに振り回されて踊らされて、自分の意思を変えるなんて、馬鹿げてる。

 茜先輩も、佐々木さんも、級長という役割を必死にこなしている。

 我輩さまだってそうだ。

 そんな人を見てきて、ここで挫けるなんて出来るはずがない。


「今更辞める気はありません。我輩さまが卒業するまではやると、最初に約束しましたので」


「状況が、違うだろう」


「何も変わりませんよ。無属性の人間は、多かれ少なかれこういった事には慣れています。

 私は能力が五感操作というのもあって、それ以上です。

 こんな怪我くらい、どうってことないです」


 身体中に傷が付いても、痣ができても、大した事は無い。

 全てはいつか消えるものだし、残ったとしたらそれは……


「傷は生きた軌跡なんでしょう? それを教えてくれた我輩さまに、ついていこうと思っています」


 たくさんの傷跡を身体中に付けられた人生だった。

 たくさんの傷跡に顔をしかめられた人生だった。

 そんな人生を、ほんの少しも表情を変えず、あっさりと認めてくれた人だ。

 そんな人、そうそう居ないだろう。

 それだけで、ついていく価値がある。


「お前は、本当に……」


 小さい呟きは、どこか頼りなさげで。

 歪んだ表情は、とても儚げで。

 ああ、この人、こんな顔も出来るんだ。

 いつも偉そうで堂々としているのは、黒の級長だからで。

 ここに居るのは、ただの年上の男子生徒なんだ。


「黒の級長というのはきっかけなだけで、私にとって我輩さまは我輩さまです」


 そう言いきれるだけの関係が、今まで過ごして築けたと思う。

 だから、自分の意思に反してまで離れることはしないだろう。

 はっきりと言いきれたことに満足した時、コンコンと、扉がノックされた。

 顔を見合わせ黙っていると、扉が細く開かれ、隙間から女子生徒が滑り込んできた。


「弥代ちゃん、具合はどう?」


「あか……あ、し、白の級長、さん?」


 ローブを脱いだ茜先輩が、心配そうな表情で近寄ってくる。

 我輩さまが居るのに、あだ名で呼ばれてしまった。

 普段二人でお茶をする時やメールではそう呼ばれるようになっていて、なんでも、あだ名というものに憧れを持っていたようだ。

 それはいい、けど、今はどうなんだ。


「……なんだ、その呼び名は」


「後輩と仲良くなった上でのことよ。貴方にとやかく言われる筋合いは無いわ」


「我輩の所有物と知ってのことか」


「弥代ちゃんは物じゃないわ、わたしのお友達よ。

 もう隠すこと無い。そんなことをして、時間を無駄にはしたくないの。

 赤山だってああなのだから、わたしだって少しは大目に見てもらってもいいじゃない」


「えと、あの……」


「黒峰。わたしは弥代ちゃんと仲良くしているの。白とか黒とか関係ない」


「……真か? 小娘よ」


 大層不機嫌な様子だけど、茜先輩の言っていることは概ね正しい。

 二人きりでお茶をしてメールをする間柄は、仲良くしているとしか言いようがないだろう。


「……はい、茜先輩とは、仲良くしてもらってます」


 本人が認めたんだから、いいんだろう。隠し事は苦手だし、面倒だ。

 何やら二人で言いあっているけど、これはこれで仲良しに見える。

 本気でいがみ合ってるわけではなく、これもまた一種のじゃれ合いなのかもしれない。

 なんて、ベッドの上で聞いているとぼんやりとしてきた。

 多分、身体が休息を求めているのだろう。

 気分が悪いとかではなく、ただひたすらに身体が重く、泥のようだ。

 眠いけど、寒い。寒いけど、眠い。

 布団はかけてるし白湯も飲んだのに、身体の芯が全然寒い。

 布団を身体に巻きつけると、その動きできしりとベッドが音を立てた。


「弥代ちゃん?」


「あ……いえ、何もないです」


「もう、寝たほうがいいわ。私たちもそろそろ帰りましょう、車が待っているわ」


「先に帰れ。我輩は残る」


「そういう訳にはいかないでしょう。心配なのは分かるけれど、戻らなくては」


「知らぬ。我輩は一晩小娘を監視すると言った。

 無の級長に責任を果たせと言ったのだ、我輩が守らない訳にはいかぬ」


 その後数度の問答の結果、茜先輩が折れることになった。

 明日明後日と学校は休みだから、問題は無いらしい。

 決まりごとなど、級長にとっては些事だとも。


「何かあったらメールでも電話でもしてちょうだいね。何時でもいいわ」


「はい、分かりました。あと、あの……」


 部屋から出ようとする茜先輩に、どうしても言っておきたかったこと。


「ありがとうございました。あと、今度また、お茶したいです」


「……どういたしまして。すぐに日を合わせましょう、連絡するわ」


 少し驚いてからにっこりと笑って、出て行った。

 お礼と同時にお願い事なんてどうなんだとは思ったけど、どうしても言いたかった。

 返ってきた言葉にほっとしていると、横に座る我輩さまはまだまだ不機嫌なままだった。


「やけに仲がよいな」


「はい、きっと学園内で一番かと」


 茜先輩の周りにはたくさんの人が居るけど、私にはクラスメイトだけ。

 仲良くしてもらっている自覚はある、でも茜先輩は別格だ。


「……節度ある付き合いをしろ。

 我輩はさして気にはせぬが、他の生徒はそうとは限らん」


「分かりました」


 きちんと許可をもらったら、なんだかとても気が楽になった。

 問題ないと思っていても、黙っていたのは少なからず負担になっていたらしい。

 これからは普通に……いや、他の生徒に気付かれないようにするだけで会うこともできるだろう。

 学園に戻って授業を受けて、我輩さまの手伝いをしたり茜先輩とお茶したり。

 そんな生活が、とても魅力的だ。

 その為には早く体調を戻さなければ。

 いつまでも上がらない体温は、医者の言うように低体温症なのかもしれない。

 困った、どうやって上げればいいんだろう。動けばいいのか。

 もそもそと布団の中で身体を動かしてみるものの、大して効果は無いようだ。

 それどころか、我輩さまがとても不審な目で見てきた。


「何をしておるのだ?」


「寒くて。動けば温まるかと」


「――――だから、何故そう無茶を考えるのだ!

 体力がなくなっているのに動くなんて馬鹿であろう!!」


「でも、寒いんです。このまま寝たら凍死しそうなくらい」


 ちょっと大げさかもしれない。

 川底の冷たさの方がよっぽどひどかったけど、あくまでそれは比較対象が悪すぎる。

 カイロとか湯たんぽとかの方がいいのか。いや、この季節にそんなものは無さそうだ。


「ならば早く言え! ええい、白空を残しておくべきだったか。

 何がいいのだ、湯か、布団か? とりあえず待っておれ、何か探してくる」


 何がいいんだろう。あったかい、あったまるもの。


「あ……」


「どうした、何が欲しいのだ」


 慌てて出て行こうとした後姿を見て思いついた。

 一番あったかく感じた時のこと。


「我輩さま、おんぶしてください」


「…………何ゆえ、その答えになる」


「あったかかったので。おんぶして欲しいです」


 お互い濡れてたのにあったかかった。

 それに、とても安心できた。

 あれをもう一度やってもらえたら、元気になれそうな気がする。

 ひとまず扉から元居た椅子に戻り、腕を組んで悩みに悩んだ様子を経て、ようやく答えが返ってきた。


「…………背中なら貸してやろう。

 ただし、座ったままだ。これ以上強化したならば筋肉痛が長引いてしまう」


「じゃあ、それでいいです」


「物好きな奴だな」


 ベッドの端に腰かけると、ぎしりと軋んだ。一人用の大きさなのだから、二人分の体重は多すぎるのだろう。

 ただ壊れることは無いだろう、気にせず背中にもたれ掛かる。

 灰色の制服の背中は広く、肩に腕を掛けようとすると腰を上げなければならなかったので、代わりにお腹に腕を回すことにした。

 あまり体重をかけないように脚もベッドに乗せたままにして、ぎゅうっと力を入れる。


「あったかいです」


「そうか。ならよい」


 顔と胸と腕とお腹と、ぴたりとはり付けばそこから我輩さまの体温が伝わってくる。

 さっきよりは低く感じるけど、その分じんわりと染みこんでくる温度は、予想通り心地いいものだ。

 窓の外からはかがり火の明かりと木の爆ぜる音と、煙の匂いと。

 そしてたくさんの人間の魔力の気配がする。

 一番近くの我輩さまの魔力が紛れるくらい。


「……我輩さま、魔力、どうしたんですか?」


「なんだ」


「すごく……薄い? 少ない? なんか、感じ取りづらいです」


「……慣れぬ使い方をしたのだ、今は欠片ほどの魔力しか残っておらぬ」


 常に魔力に満ちている我輩さまがそんなことを言うなんて、一体どういう事だろう。

 我輩さまと茜先輩が助けてくれたのは分かったけど、そもそも、どうして助かったかを聞いていなかった。


「私、どうして助かったんですか?」


「……助かりたくなかったのか?」


「いいえ、経緯を知りたいです。じゃなきゃ、お礼も言えません」


「白空が居なければ、小娘は息を吹き返さなかったであろう。

 近いうちに、訪ねて礼をして来い」


「はい」


 ……教えてくれないのだろうか?

 問いかけの意味もこめてぎゅうぎゅうと腕に力を入れると、小さく呻く音がした。やりすぎたらしい。


「肉体強化は出来んと言っていたが、嘘だったのか!?」

 

「出来ません。これが限界です。

 どうして気付いてくれたんですか? どうしてそこまで消費したんですか?

 教えてください」


「あぁ、もう…………知れたのはその腕の陣の効果だ。

 あとは、肉体強化は不得手だし、川の流れを止めたのも初の試みだったから、加減が分からなかったのだ。

 もういいであろう? 力を緩めろ」


 なんと、我輩さまは川の流れすら止められるらしい。

 級長が勢揃いしていたからその人たちがやったのかと思ったけど、考えてみればそれでは間に合わなかっただろう。

 こんなに魔力を消費してまで、私を助けてくれたのか。


「……ありがとうございました」


「礼を言うなら力を抜け。我輩だって疲れていない訳ではないのだ、無駄な体力を使わせるな」


 非力な我輩さまが、かなり離れた場所から来てくれて、散々魔力を使って救い出してくれたんだ。

 とても急いでくれたんだろう。水に放られてから、あまり時間は経ってなかったから。

 せっかくの級長のお話を中断させてしまったのは申し訳ない気がするけど、そうじゃなかったらあのまま死んでたんだ、大目に見てもらいたい。 


「…………白空は、すごいな」

 

 少し力を緩めると、大きく息をし、自嘲気なため息をついた。

 薄墨色の魔力の気配を辿りながら待つと、小さな小さな声が続く。


「我輩は、水から引きずり出しただけだ。

 しかし奴は、小娘を死の淵から救い上げた」


「水から上げてもらわなければ、治療をする以前の問題だと思います」


「そう、ではあるがな。

 それにしても、あれはすごかった。救命行為というのはあそこまで暴力的だったとは……。

 小娘の身体が驚くほど凹むのだ。骨が軋む音まで聞こえた。折るつもりだったのではないかと思ったほどだ」


「あれは本当に、地獄でした」


「しかしそれが、小娘を救った。

 何故だろうな……それが少々、腹立たしい。我輩の所有物を、他者に救われるとは」


 だから、その所有物という扱いはどうにかならないのだろうか。

 補助役の契約内容に異議を唱えたい。


「小娘は、既に我輩の手足になっている。

 故に……我輩は、小娘が居ないと困るのだ。もう、命を危険に晒すな。これは命令だ」


 ゆらりと、魔力が滲んだ。

 呪文によるものではなく、感情の起伏につられたものだろう。

 薄墨色の魔力がゆらゆらと私を包んでいく。

 慣れ親しんだそれは安心感を与えるもので、この魔力が近くに居るだけで、全てが大丈夫な気がした。


「気をつけます。約束は出来ませんけど」


「我輩の力にも限度があるのだ。加減しろ」


 こんな手間をかけて魔力を消費させるのは避けたいけど、私が言いきれるものじゃないから仕方がない。

 

「そういえば、ぷーさんはどうしたんですか?

 魔力の受け渡しが出来るんでしたよね」


「学園生が敷地外に魔獣を連れ出すには、厄介な手続きが必要なのだ。

 しかしこんなことになるならば、手間を惜しまず連れてくるべきだったな」


 もこもことあったかいぷーさんがここに居たら、ずっと抱っこしていたのに。

 いや、魔力の受け渡しの方が優先すべきことだろう。湯たんぽ代わりに考えてはいけない。魅力的だけど。

 それにこうしていると、とてもあったかい。

 身体の芯の寒さはもうなくなり、これなら布団にもぐりこめばどうにかなるだろう。


「あったまりました、ありがとうございます」


「もう、いいのか」


 少しだけ振り返った顔に頷き、そのまま分厚い布団の中に身体をしまうと、思った通りどうにかなりそうだ。

 身体の前面がぬくぬくと温かく、それが逃げないように布団を首まで引き上げた。

 首筋の傷が少し痛むけど、冷えて風邪を引くよりましだ。その部分だけ触覚を鈍らせておいた。


「……無茶をするなと言っているだろう。さすがにその位置の傷は見逃せぬ」


 そっと手を触れ、治癒魔術をかけてくれた。

 魔力が残ってないと言っていたのに。

 綺麗に治ったと思ったらそのまま手を布団に入れ、私の手の平を掴んだ。


「我輩さま?」


「小娘は少し目を離すととんでもないことを仕出かすからな」


「もう寝ますから、我輩さまもちゃんと寝て下さい。看てなくて平気です」


「一晩監視すると言ったのだ、拘束させてもらう」


 そう言うと椅子にもたれ、静かに目を閉じた。

 ここで眠るつもりだろうか。さすがにそれでは、我輩さまが風邪を引いてしまう。

 助けてもらって看てもらって、その上風邪まで引かせてしまったらどうすればいいと言うのだ。


「そのまま寝ないで下さい、風邪引きます」


「……”我が身に望みの風を”」


 ぼそりと唱えると、真っ黒なローブがふわりと風に吹かれ、我輩さまの肩にかかった。

 なんと便利な、いや、立って数歩の距離なのに。

 ローブはちゃんと、あったかいんだろうか。

 重ねてかけられている毛布を一枚、渡したほうがいいか。


「我輩は眠いのだ。寝ろ」


 部屋の明かりが消え、ベッドの脇の小さなスタンドライトだけが残った。

 表情がどうにか分かるくらいの明るさは、眠るのにちょうどいいだろう。

 力の抜けた顔をちらりと見て、握られた手を動かさないようにして、私も目を閉じた。


 夢も見ずに眠り、明るさに目を覚ました時はもう、我輩さまの姿はなかった。

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