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我輩さまと私  作者: 雪之
本編
10/50

3-1.携帯端末

 初夏を向かえ、一年生はキャンプ合宿に行くことが決まっている。

 二年生は修学旅行、三年生は卒業旅行と年に一回ずつが恒例行事だそうだ。

 学園が建っているのが山の上なのに、わざわざキャンプ場へ行くらしい。

 久々に下界へ行けるというこの行事に、クラスメイトが浮き足立つのも無理はない。

 事前に数人の班に分かれ、午前中にキャンプ場までハイキング、午後はテントの組み立てや夕飯作りをするそうだ。

 そして場所の指定はありつつも、学園外の人と会うことも出来ると。

 それは親であったり友人であったり、人によっては交際相手だったり、とても賑わうそうだ。

 これらのほとんどは、たまにお茶をしながら話をする茜先輩からの知識だったりする。

 だから無属性は少し違うかもしれないけど、知ると知らないとでは大違いだ。

 しおりを丹念に読むと本当にそう書いてあって、クラスで話をしたら大いに盛り上がった。

 半強制的に親元から離されたのだから、会えるものなら会いたいと思う人は多いようだ。

 中にはそう思って居なさそうな人も居たから、会わないと変に浮いてしまうということも無いだろう。

 私は正直、会いたくはない。向こうもきっとそうだろう。


 キャンプ合宿の前日。一応の報告と仕事のやり残しが無いかの確認の為に、我輩さまの部屋へ向かう。

 人の少ない廊下は以前のように静かで、変に気配がすることもなくなった。

 茜先輩と我輩さまが、きちんと対処してくれた結果だろう。

 ありがたいと思いつつ、部屋の端末を鳴らしてから扉を開ける。

 相変わらず薄暗い部屋の中、我輩さまは静かに本を読んでいた。


「……どうした、呼んではいないぞ」


「明日からキャンプ合宿なので。何か仕事が残っていたら気になると思って来ました」


「ふむ、そんな時期だったな。特に仕事は無い。あえて言うなれば、ぷーの相手をしてやれ」


「ぷ!」


 何日か来なかったからか、ぷーさんは少し不満そうに擦り寄ってきた。

 ふわふわもこもこ、そろそろ暑いかもしれないけど、そう言うと悲しみそうだからやめておく。

 可愛いし触り心地はいいから、本当に暑くて堪らなくなるまでは構わないだろう。

 読書の邪魔をするのも悪いので隣の部屋に行くと、扉を閉める前に声がかかった。


「小娘は、面会希望を出したのか」


 本から目を離さずに、さも関心は無いといった口調だ。

 扉のすぐ近くにある椅子に座ってぷーさんを抱えると、ぬくぬくとした体温が感じられて心地いい。


「出してません。特に会いたい人も居ないので」


「親や友人ともか?」


「友人はあまり居ませんでした。親は……別に、会いたくはないので」


「……そうか」


 私の口調に何がしかを感じ取ったのだろう。

 そのまま本に意識を戻し、私もぷーさんと遊ぶのに専念した。

 といっても、体当たりされたり擦り寄られたり、私からすることは何もない。

 ただただ、ぷーさんが満足するまでスキンシップを取るだけだ。

 明るい部屋でのんびりと過ごし、薄暗い部屋でものんびりと読書をしている。

 なんだかとても落ち着くような、不思議な環境だ。

 日が落ちるのが遅くなったせいか、まだまだ昼間のような日差しが入り込んでくる。

 初夏の陽気には少し早く、まだまだ穏やかな光だ。

 腕の中に収まったぷーさんはどうやら眠ってしまったようだ。魔獣も眠るかは分からないけど。

 動いて起こしてしまうのは可哀想だから、じっとしておこう。

 温かい日差しの中でじっとしていると、自然と瞼が重くなる。

 試しに一度目を閉じてみると、そこは深い墨色で。

 そういえば我輩さまの魔力、ようやく消えたなと思いながら意識が沈んでいった。



『あの子は何で、ああなのかしら』


『あの子は何で、ああなんだろう』


 夜中に起きると、居間から光が漏れていた。

 おとうさんとおかあさんはまだ起きていたらしい。

 話しかけてみようか。でも、なんだか難しそうな顔をしている。

 向かい合って椅子に座り、揃って頭を抱えている。


『姉さんは何で、あの子を残したのかしら』


『義姉さんは何で、あの子を残したのだろう』


 ねえさん? おかあさんの、おねえさん?

 会ったことはない、おかあさんと双子のおねえさん。


『あの子が居なければよかったのよ』


『あの子が居なければよかったのにな』


 あの子ってだれ?

 居なければよかったって?


「おとうさん? おかあさん?」


 勢いよく振り返った両親の顔は、どんな顔だったのか。

 よく覚えていない。よく思い出せない。

 ただ、おとうさんとおかあさんは、その日から変わった。



「おい小娘、起きろ」


 小さく肩を揺すられて、意識が浮上した。

 差し込む光は少し暗くなっていて、思っていたより長く眠っていたようだ。

 正面に立つ我輩さまの真っ白な肌の顔は、夕日で赤く染まって綺麗だ。


「おはようございます……」


「夕方だがな。キャンプ合宿とのことだが、その腕では問題があろう。

 陣の貼り直しをする、腕をまくれ」


 前に腕に施された、手の平大の模様。

 呪いを弾き、悪意のある魔力を感知し、私の身に危険が迫ると我輩さまに知らせる、だったか。

 今はもう、そんな機能は必要ないだろう。

 面倒な揉め事も終わったんだし、いっそ消してもいいくらいだ。

 そう言ったら即座に否定された。


「小娘は用心という言葉を知らぬようだからな。いつどこで怪我をするか分からん」


 こう言われてしまっては何も返せない。

 何かあると五感を閉じる癖がある私は、怪我を怪我と思っていない。

 痛くなければ用心しない。用心しなければ怪我をする。そんな悪循環だ。

 薄暗い部屋に移動し、言われた場所に座る。

 今回は躊躇うことなく長袖を捲り上げると、薄墨色の手の平大の模様が晒された。

 我輩さまの魔力が定着した場所は、時間が経っても綺麗に色付いている。

 その上に手をかざし、小声で何かを唱えると、すぅっと模様が消えた。

 砂が風にさらわれるような、皮膚から空中に浮かんで消し飛んだ感じだった。

 模様が無くなることにより浮かび上がる、傷跡。

 一際目立つ、二つの傷跡。

 その片方を指で撫でると、つるりとした感触がした。


「……犬に、噛まれたんです」


 ぽつりと、こぼれていた。


 小さい頃、初めて母方の祖母の家に行った時のこと。

 おとうさんとおかあさんと私。

 玄関の前には中くらいの犬が居て、それはおかあさんが結婚する前から飼っていたらしい。

 わんわん吠えられ、ぐるぐる唸られ、紐をぶちりと千切ってこちらに駆けてきた。

 こわかった。

 小さな私には中くらいの犬でも大きくて、とてもこわかった。

 でも、どうすればいいかが分からなくて、じっとそのまま立っていた。

 すると私に向かって飛び掛り、腕にがぶりと牙を立てた。

 いたい、こわい、いたい、触覚を閉じる、こわい、こわい。

 でも、こわいときにどうすればいいかわからない。


『やっぱり、動物にも分かるのね』


 声に振り返ると、おとうさんとおかあさんは無表情で犬を見ていた。

 私じゃなくて、犬を見ていた。


 口の隙間から唸り声が響き、それに気付いたおばあちゃんが出てきた。

 出てきて、びっくりして、犬を引き剥がして、大慌てで救急箱を取りに戻った。

 さっきまで唸っていた犬は、おばあちゃんの様子を見てしゅんとし、小屋の中で丸まっていた。

 口元には少し、血が付いていた。


『痛くないわよね?』


 おかあさんが呟いた。


『もう、触覚を閉じてるんだろう?』


 おとうさんも呟いた。

 慌てて戻ってきたおばあちゃんがその呟きを聞き、ものすごく怒り、ものすごく悲しんだ。

 そして、ごめんね、ごめんね、といっぱい言われたけど、何に対するごめんねだったのか、分からなかった。



「痛むのか」


「……いえ、すみません。ぼうっとしてました」


 頭の中に駆け巡った傷の記憶。

 あまりにも鮮明に覚えているのは、私にとって大きな出来事だったからだろうか。

 それともPTSDというものだろうか。

 いや、それは無いか。あんなことがあっても、犬は好きだし。

 

「……やはり、消すか?」


 薄暗い部屋だから、表情がよく見えない。

 けど、声色は少し沈んでいるように思う。


「傷は生きた軌跡、ですよね?」


「そうだ」


「なら、いいです。このままで」


 傷を消したからといって、記憶が消えるわけではない。

 ならば身体が傷を消すまでは、無理に消すことはないだろう。

 自然に任せて消えた時、この記憶も消えるかもしれないから。


「では、陣を描く。大抵の服でも問題無いよう、場所を変える」


 結局、右の二の腕にピンポン球くらいの模様を付けることになった。

 効果は、私の身に危険が迫った時に報告する、のみ。

 それだけならこんなに小さくなるそうだ。非常ベルとでも思えばいいのか。

 ただそれなら、電話でもメールでもすればいいと思うけど。


「我輩さまは、携帯端末を使わないんですか」


「不要だ」


「使えないんですか?」


「……」


「本当に機械音痴なんですね」


「……誰が言った、そんなことを」


「……見てれば分かります」


 茜先輩の昔話もあるけど、それを言ったら面倒なことになりそうだから止めておこう。

 最新のパソコンも、簡単な機能しか付いてない携帯端末も、一切触れようとしないんだから分かるものだけど。


「……小娘は、よく使いこなしておるな」


「はい。唯一の連絡手段なので」


 念話だとか、魔力を飛ばすだとか、そんな芸当出来ないんだから、現代科学に頼るしか手は無い。

 それに魔力の有無関係なしに使えるんだから、一番いい手段だと思ってる。


「魔力を持つ者は、その方面に特化しているのだ。故に、科学技術には疎い」


 と言うけど、茜先輩は普通に使ってるんだからそれは言い訳だろう。

 もしくは十人が十人苦手と言うわけではない、とするべきか。

 ただここで更に追い詰めたところで何にもならないから、ここは私が引いておこう。

 でも、電話くらい使えてもらえたほうがいい気もする。


「我輩さま、電話だけでも使ってください。今からかけますから、出てください」


「……何故だ」


「何かあった時の為です。はい、かけましたよ」


 結構前、隣の部屋の電話機の横に無造作に、入学時に配布された個人の番号が印刷された紙が置かれていた。

 一応登録しておいたそれを手早く電話帳から呼び出し通話ボタンを押すと、どこか遠くから着信音が響いてきた。

 というか、音が遠すぎる。


「どこにしまってるんですか?」


「……机の引き出しの中だ」


 なんと我輩さま、持ち歩いていないらしい。

 使わないのだから持ち歩いても意味がない、と言われてしまえばそれまでだけど、一応持ち歩くのが決まりのはずだ。

 級長というのはそういうのまで免除されるのか。

 いや、文句を言える先生が居ないだけかもしれない。

 その日は最後まで電話を受けることはなく、かけてくることもなかった。

 こうなったら私が魔力を飛ばせるようになるべきかと思ったけど、体質からして無理だし、そもそもそこまで必要な事態は起こらないだろうと思って諦めることにした。


 寮に帰ってクラスメイトと食事をしたり荷物をまとめたりしていると、あっという間に就寝時間になってしまった。

 携帯端末を見てみると、やっぱり我輩さまからの着信は無く、代わりに茜先輩から応援のメールが入っていた。

 週に何度か交わすメールはなんだか楽しくて、そういえば最近会っていないことを思い出し、どこかでまたお話できればなと思いながら布団に入った。

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