少女と青年の旅 〜いつか笑顔で「ただいま」が言える時まで……〜
とある国の城壁をくぐってすぐのところに小さな平屋の一軒家がありました。
家の中を覗いてみると今の時代では珍しい6人の兄弟がおり、1番上は18歳くらい1番下で5歳くらいの男の子と女の子が住んでいます。
ドアの近くにタンスの上に家族みんなで撮った写真が入った写真立てがちょこんと置いてあり、一家団欒するには少し狭いテーブルの上には朝ご飯が用意されていました。
「みんなー、朝ご飯ができたよ! 起きて!」
と女の子がお鍋の底を菜箸で叩きながら、台所から出、他の兄弟を起こします。
「まだ……目覚ましが鳴ってないぞ……?」
「なんで、お姉ちゃんはいいところで起こすの? せっかく夢の中で王子様と話せるところまできたのに!」
「なぁ、姉ちゃん。起こすなよ……。グー……」
「もっと……寝る……」
「ふぁー……ユキお姉ちゃん、おはよう」
「シンお兄ちゃんの目覚ましはすでに鳴ってたから止めた。リンはロマンチックな夢ね。続きは今夜見てね。マサはちゃんと起きなさい。ルキアはまだ小さいけど、早く起きたらいいことあるよ。エマは偉いね。おはよう」
と5人はむっくりと起き上がり、それぞれ不満そうに答え、ユキと呼ばれた女の子はそれぞれ所見を言いました。
彼らは顔を洗ったり、歯を磨いたり、パジャマから洋服に着替えたりしています。
ルキアはまだ小さいので、シンに手伝ってもらいながら着替えます。
「さて、朝ご飯を食べちゃいましょう」
『ハーイ』
『いただきます!』
ユキが作った朝ご飯をみんなで、分け合って食べます。
みんなでわいわいと食卓を囲んでいるこの兄妹ですが、6人には両親がいません。
6人の両親は母親が病気で、父親は交通事故によってお星様になってしまいました。
そのため、一番上のお兄さんとお姉さんであるシンとユキが家のために働きに行き、マサはまだ幼いエマとルキアの面倒をみるために家に残り、リンはその国にある学校に通っています。
家計は6人で暮らすにはやっとといったところではありますが、楽しく生活しています。
「父さん、母さん、行ってくる」
「今日もどうか私達を見守っていてください」
と写真に向かってシンとユキが話しかけました。
「じゃあ、俺達は仕事に行ってくるからな!」
「みんな、いい子で待っててね!」
「私、学校に行ってくるから」
とシンとユキとリンがまだ幼い弟妹に言いました。
「うん!」
「行ってらっしゃい!」
「お勉強とお仕事、頑張ってね!」
と3人が元気に言い、玄関まで見送りに行きました。
***************
3人が出かけたあと、マサは朝ご飯のお片付けやお部屋のお掃除、お昼ご飯と夜ご飯の買い出しなどと家のことをやりながら、エマとルキアの面倒をみます。
その日の午後はマサがルキアを寝かしつけたあと、エマが、
「マサお兄ちゃん、見て見て! 私、頑張って絵を描いたよ!」
「おっ、どれどれ……」
マサはエマの絵を見てみます。
その絵はお星様になった両親はもちろんのこと、6人の兄妹が笑顔を見せている絵でした。
「エマ、上手だな」
「お部屋に飾ってもいい?」
「いいよ。僕が貼ってあげるからね」
「うん、ありがとう!」
マサはエマが描いた笑顔いっぱいの家族の絵を壁にテープで止めています。
マサはエマの絵を見て悲しそうな表情を浮かべました。
「マサお兄ちゃん、どうしたの?」
「い、いや。なんでもない……。エマ、父さんと母さんがいないのに……」
「マサお兄ちゃん……。お兄ちゃんにはエマがいるから……だから、泣かないで……」
「ありがとう……エマは優しいな……」
エマが問いかけた時にはマサは泣き始めていました。
そして、エマもマサにつられて泣き出しました。
2人の涙が引いたところで、ルキアが「むーっ」と言い、目を覚ましました。
「マサお兄ちゃん、エマお姉ちゃん?」
「おー、ルキア。起きちゃったかー?」
「ルキア、ごめんね」
***************
あれから数時間が経ち、リン、ユキ、シンが家に帰ってきました。
『ただいまー』
『お帰り!』
「マサ、エマとルキアはいい子にしてたか?」
「うん」
シンとマサがエマとルキアのことを話しているときに、シンは壁に貼ってある絵に気づきました。
「おっ、壁に絵が貼ってあるぞ。誰が描いたのかな?」
「エマだよ!」
「そうか。エマは絵描きさんになれるぞ!」
シンはエマの髪をわしゃわしゃと撫でまくっています。
エマはとても嬉しそうです。
「夜ご飯の用意を買ってきてくれたんだね! ありがとう」
と今度はユキが冷蔵庫を開けてマサに言いました。
「昼ご飯の用意のついでだよ?」
「それでもいいの。凄く助かってるんだから!」
「それはどうも。おたまは引っ込めて!」
「分かった分かった」
ユキがエプロンをつけ、おたまをマサに突きつけながら言い、他の兄妹達からは笑いが絶えませんでした。
そして、夜ご飯を時間になりました。
朝とは違い、いろいろな話で持ちきりです。
そんな中、エマはお茶碗とお箸を置き、少しモジモジしています。
「シンお兄ちゃん……」
「エマ、どうしたんだ?」
シンが心配になり、エマに問いかけます。
「エマは……エマはね……」
と言った途端、エマは下を向いてはふるふると震え始めました。
「ん?」
「どうしたの?」
「エマお姉ちゃん、寒いの?」
「違うよ?」
「エマ、言ってごらん?」
リンがエマの近くにきて、先を促します。
「お兄ちゃん達は怒るかもしれないけど……エマは人を助ける人になりたい……」
「うん。それで」
「エマはあまりお外に出たことがないから、お友達がほしいの……。お外でたくさん人とお話したいの……いろんなところに行ってみたいの……」
『……』
他の兄妹はエマの話を訊いて驚愕の表情を浮かべています。
それもそのはずです。
たとえ、エマが辛くても、他の兄妹の誰かが落ち込んでいる時でもエマはいつも笑顔で「大丈夫だよ」と言う女の子です。
それが打って変わってしょんぼりと今にも涙が出そうな顔をしていました。
外に出たい、いろいろなところに行き、いろいろな人と話したい、助けたい……。
それがエマの本音です。
そのことを訊いた他の兄妹は、
「エマは外の世界に行きたいと言ったけど、甘い世界じゃないからな」
「そうだよ? みんないい人ばかりじゃない、怖い人も少なからずいるんだよ?」
「いろんな人がいても人見知りしたらお話できないよ。私も学校に行き始めてはじめて知ったけど」
「分かってるのか!? エマはまだ6歳なんだぞ!? 来年から学校も始まる。リンと学校に行って人と話す練習してから旅に出てもいいんじゃないのか? 旅することは今は忘れろ!」
シンがエマに手を出そうとした時に、ルキアがエマの前に立ちました。
「お兄ちゃん、止めて……エマお姉ちゃん、いじめないで……」
「ルキア、ごめんな……怖かったな……」
そのルキアの目から涙がこぼれていました。
そして、シンにも……。
「シンお兄ちゃん……ごめんなさい……」
「えっ?」
「エマは行く。いつか笑顔でただいまって言えるまではおうちに帰らない」
エマはリュックサックに着替えや買ってもらったお菓子などを詰め、玄関に向かいました。
「エマ、寂しくなったらいつでも帰ってきてね」
「これとこれも持って行きなよ。エマの誕生日の時に撮った写真と私とお揃いのヘアピンだよ。大切にしてよね」
「エマの家はここしかない。みんなでエマが帰ってくるのを待ってるからな」
「な!」
「ありがとう……行ってきます!」
『行ってらっしゃい!』
エマは靴を履き、小さい身体で暗い夜道に踏み込みました。
シン以外の4人の兄妹はエマの姿が見えなくなるまで見送りました。
「シンお兄ちゃん?」
「エマはきっと、俺達が知らないもの持って帰ってくる。そして、エマ自身も成長してきてほしい」
「なんで、エマがいるときに言わなかったの?」
「あんな様子だと言えなかったもんね」
「まぁ、俺も言い過ぎたしな……」
***************
エマは暗い中欠伸を歩いていました。
その時です。
車の通りがない道路に1台のキャンピングカーがゆっくりとエマの横を通り、少し離れたところで止まりました。
キャンピングカーから1人の男の人が降りてきて、エマに近づきます。
「こんばんは、お嬢ちゃん」
「こんばんは」
「こんな時間に小さい子が1人で歩いてると危ないよ? おうちは? 1人で帰れる?」
「……おうち、出て行った……」
「家出かぁ。僕は旅人で名前はルイだ。君は?」
「……エマ……」
「エマちゃんか。今日は暗いから僕の車に泊まるかい?」
「いいの?」
「いいよ。僕は困ってる人を助けるために旅をしてるから」
「ルイお兄ちゃん、ありがとう。エマもね、人を助ける人になりたいの」
「エマちゃんも同じなんだね。なら、一緒に旅しない? エマちゃんが大きくなるまでの間だけだけど」
「うん! ありがとう。ここに座ればいいの?」
「うん。そうだよ」
ルイは運転者に乗り、ドアを閉めました。
エマもそれに習ってドアを閉めます。
「この道の端だと邪魔になるから邪魔にならないところまで動かしたいんだけど……エマちゃん、どこにあるか分かるかな?」
「うーんとね……。この道をまっすぐ行ったところに原っぱがあるよ!」
「ほんと? じゃあ、今日はそこで車を止めようか? って、寝ちゃった」
ルイは眠りについたエマを起こさぬようにキャンピングカーをゆっくりと動かし、先ほどエマが言っていた原っぱに着きました。
「さて、僕も寝るか……」
助手席のシートを倒し、エマにタオルケットをかけ、ルイもキャンピングカーのエンジンを切り、シートを倒し、眠りにつきました。
***************
それからというもののエマとルイはいろいろな国に行き、いろいろな人に出会い、旅をしてきました。
ある国では「お前達のような旅人に手伝ってもらうことはない!」と言われ、落ち込むことがありました。
その時はエマの笑顔で「大丈夫だよ」でルイを励まし、旅を続けました。
そして、違う国では手助けしてもらったお礼に無償で食事と報酬を提供してくれたこともあり、2人は喜び、お腹いっぱいになるまで食べ、久しぶりのお布団で眠れたということもありました。
時には、2人の旅について公演をしてほしいという依頼も舞い込み、2人は喜んで引き受けました。
嬉しい時も、悲しい時も、どんな時でも2人は一緒でした。
そして、ルイはもちろん、エマもこの旅をきっかけにどんどん成長していきました。
***************
こうして、2人で旅を続けて8年が経ち、エマが15歳になる年にルイはキャンピングカーを運転しながらふと思い出したかのように話し始めました。
「エマちゃん、僕と旅してきて、成長したね」
「そうかなぁ」
「そうだよ。僕と出会ったのは確か6歳だっけ?」
「うん」
「それに比べたら、だいぶ成長したよ。僕の教え方がよかったのかエマちゃんが頑張ったのかは分からないけど、文字も書けるようになったしね」
「むーっ! わたし、頑張ったもん!」
「それで、僕は君と旅してきてよかったと思うし、夢もできた」
「わたしもルイさんと旅ができてよかったし、楽しかった! ところでどんな夢?」
「僕の夢は教師になること。今までの学校で学んだことはもちろん、この旅で学んだことについても教えたいなと思ってるんだ。エマちゃんは?」
「わたしはね……なんだろう? やっぱり人のためになる仕事かな」
「変わらないね」
「うん。なんかね、笑顔でおうちに帰れるかもしれない」
「よかったね。今、エマちゃんの家の方向に向かってるよ」
「ありがとう。でも、ここまででいいかな」
「いいけど。あっ、そうだ。ちょっと待っててね」
ルイは紙とペンを取り出して何かを書き始めました。
「ハイ、これ。僕の電話の番号だよ。あまり電源を入れてないから持ってないかと思われたけど、困ったことがあったら、いつでも連絡してね」
「うん。今までありがとう、ルイさん」
「あぁ、エマちゃん、元気でね!」
エマはすっかり小さくなったリュックサックと旅の途中で買ったトートバックを手にルイのキャンピングカーから降りました。
「さようなら!」
エマは大きく手を振りました。
ルイも気がついたのか、左手を降ってくれました。
2人の旅を終え、大きく成長したエマは自分のおうちに向かって歩き始めました。
「懐かしいな……」
エマにとっては懐かしい記憶がよみがえってきます。
「あっ、あのお店がなくなってる!」
エマは自分がいない間に見慣れた街並みがどんどん変わっていっていることに気がつきました。
エマのおうちは確実に近づいています。
城壁をくぐってすぐの小さな一軒家は今も変わらずにありました。
エマはインターホンを鳴らします。
「ハーイ」と声が聞こえ、誰かが出てきます。
「どなた様?」
ユキがバタバタと出てきました。
「エマだよ」
「エマ? 本当にエマなの?」
「そうだよ。みんなはいる?」
「いるよ! ちょっと待っててね」
「うん」
「みんなー! エマが帰ってきたよー!」
ユキは玄関を開けたままにし、他の兄妹を呼びました。
「ユキ、なんだよ! やけにやかましいぞ」
「エマが帰ってきたんだって」
「エマ姉ちゃんが」
「エマ、どこにいるんだ?」
「エマは玄関にいるから、早くおいで!」
『ハーイ』
ユキが言うと他の兄妹がぞろぞろと玄関にやってきました。
『エマだ!』
「エマ姉ちゃんだ」
とみんな驚いています。
「みんな、ただいま!」
『おかえり!』
久しぶりの家族の再会を果たすことができました。
「シンお兄ちゃん、前は変なことを言い出してごめんなさい……」
「エマは無事に帰ってきたんだ。自分を成長する何かを見つけることができたから帰ってきたんだろ?」
「うん……」
「だから、許す。おかえり、エマ」
シンは優しい笑みを浮かべ、エマを抱きしめました。
「あり……が……とう……」
「エマ!? オイ、エマ!?」
エマはシンの胸の中でゆっくりと鼓動が止まりました。
「エマ、今までよく頑張ったな……」
「そうだね」
「また、寂しくなっちゃうね。私があげたヘアピン、大切にしてくれてたんだね」
「エマ姉ちゃん……」
「ルキア、エマの分も頑張って生きよう? ねっ?」
「うん……」
***************
エマがお星様になったあと、シンはエマのトートバックからデジタルカメラと誰かの連絡先が書かれた紙が出てきました。
シンはおそらく誰かと一緒に旅をしていたのだろうと察し、その連絡先に電話をかけてみます。
『もしもし、どなた様でしょうか?』
「もしもし、先日までお世話になっていた僕の妹エマの兄です。ルイさんでよろしいでしょうか?」
『ハイ。エマちゃんは家についたのですね』
「ええ。ですが……」
シンはルイにそのあとのことを話しました。
『そうでしたか……わざわざ連絡していただきありがとうございました』
「いいえ、こちらこそお世話になりっぱなしで。では、失礼します」
そして、今度はデジタルカメラのデータをパソコンで見てみることにしました。
パソコンの電源を入れ、SDカードを差し込みます。
「エマ……」
画面に出てきたのは家を出てすぐくらいであろう文字の読み書きの練習や自転車に乗れるようになったらしく公園らしき場所で乗り回しているなどといったいろいろなことに挑戦しているエマの姿が納められていました。
「……エマ……本当に生きてくれてありがとう……」
シンはエマに最期の感謝の言葉を空に向かって言いました。
旅の描写が少なくてすみません。