episode 01 「静夜と白米と宴会と」
< Eden's after episode01「静夜と白米と宴会」>
【楽園】というくそったれなゲームが静夜の手によってクリアされ、世界の管理者権限が静夜に委譲された後の話。
そして現実世界では、皇国と楽園の間に相互不可侵の密約が結ばれ、通商条約らしきものが実務レベルで調整されていた頃。
「ようきたなあ、静夜!」
「お久しぶりです、ミヤビさん」
静夜達は、南方大陸の温泉街サルファスを訪れていた。
「その子が静夜愛しの輝夜ちゃんかいな!」
「初めまして。輝夜です。よろしくお願いします」
そう言って礼儀正しくお辞儀をする輝夜。
「礼儀正しくてええ子やなあ」
「そうでしょう! 愛しのマイエンジェル! むしろ妹エンジェル!」
隣に連れて来ていた輝夜を静夜が掻き抱く。
そのついでとばかりに頬ずりする顔はだらしなくにやけている。
とてもではないがこの楽園を管理する神と成り仰せた少女の顔とは思えない。
「久しぶりの温泉なのじゃ!」
「楽しみですね、ご主人様」
もちろん静夜のパーティメンバーも一緒だ。
若干輝夜に対して嫉妬する面も見せるが、静夜は一貫して「輝夜ラブ」を言い続けていたので、一番の座は輝夜で仕方ないという共通認識が生まれていた。
だが、納得できていないのはエレナである。
「お姉様、一緒に温泉を堪能しましょうね」
「そうねえ。みんなでね?」
「いえ、ぜひ二人っきりで!!」
ふんすふんすと鼻息も荒く静夜に迫るエレナ。
「なんや、アレやな。相変わらずの百合百合ハーレムやなあ?」
呆れたような顔で静夜を見るミヤビ。
「どうしてこうなった……ってところです」
「ま、綺麗どころに囲まれとるんやから贅沢言ったらあかんなあ」
「確かに目の保養にはいいんですけどねえ」
苦笑する静夜であった。
「よう、ミヤビ。久しぶりだな」
「なんや、王様も来とったんかいな。真面目に仕事せえや」
「やっとるわ!」
「決済の判子を押すだけの簡単なお仕事です、やろ?」
「単調作業は危険なんだぞ……。トブんだよ、思考が……」
遠い目をするカブトであった。
「ま、まあ、その、なんや。温泉でも浸かって癒やしや……」
さすがにかわいそうになったのか、そう言ってそっと目をそらすミヤビ。
「よろしい、ならば温泉だ!!」
どこぞの大隊指揮官の台詞をパクったような台詞を吐きながら偉そうに宣言したのは、つい最近最終決戦にて娘のベストタイミングな報復によって敗北し、管理者権限を静夜に奪われたことによって(静夜曰く、「欲しくて奪ったんじゃないやい!」)至高神の座を追われ、今ではただの「邪神王」となってしまったハイエス改めワースである。
何故か静夜に付きまとうようになってしまい一同からウザがられているのだが、本人は全く頓着していないようだ。
「ワース様、とっとと男湯に引っ込んで下さい。ついでに深く沈んで魔界にお帰りを」
「む、魔界直通温泉か! 便利であるな!」
恭しい口調とは裏腹に蔑むような目で見るレアの皮肉など全く通用しない。
「ウチの温泉をそんな怪しいもんにせんといてくれるかな……」
「はっはっは! 冗談であるぞ!」
よし、男湯に案内しろといいながらカブトを引きずっていくハイエス。
その後をお目付役でもあるかのようにオルがそっと着いていく。
カブトが諦めたような目をして引きずられていく姿が一同の哀れを誘ったのだった。
「はあ~、気持ちいいわあ~」
「ホントだね、お姉ちゃん!」
サルファスで最も高級な宿「高天原」の露天風呂。
一行は広々とした趣溢れるお湯を楽しんでいた。
「癒やされるのう……。ヒトの文化の極みじゃのう……」
「そのネタ、かなりギリギリやで、アディちゃん」
「お姉様のハダカが至近距離で……。ハアハア」
「ご主人様……。ここは突貫するべきでしょうか」
「アンタらはほんまにブレへんなあ……」
ほんのりと桜色に染まりながら弛緩した表情を見せる静夜に興奮が抑えきれないエレナとレアに呆れかえるミヤビであった。
リィはと言えば、何時もながら静夜の頭の上でふにゃけていたのだが。
「そう言えば、ミヤビさん」
「なんや、静夜?」
「お米の件なんですが」
「ふふふ。もうバッチリやで。ゴーレム君達がえろう役だってくれてなあ。品種改良も十分進んだから、皇国のもんと遜色ないで!」
胸を張るミヤビ。
「そうですか。さすがです。今晩が楽しみですね!」
「せやろ。料理人達が腕によりを掛けてもてなすさかいな!」
十分温泉を堪能した一行は特製の浴衣に着替えると宴会場へと足を運んだ。
「すごい、畳だ」
初めてここを訪れた輝夜が驚きの声を上げる。
「凄いでしょう。純和風よねえ」
「そうだね、お姉ちゃん」
ご馳走が並ぶ大広間。
ご馳走に関してはどちらかというと無国籍料理であるが、どれも素材から調理まで一流の腕が結集した出来映えだ。
「ほんなら、始めよか。とりあえず主賓の静夜に一言貰おか」
「え、そんな急に。聞いてませんよ」
「そらそうや、言っとらんからなあ」
にひひと意地の悪い笑みを浮かべるミヤビ。
「もう、ミヤビさんったら。では、ゲームクリアを祝して。皆さん、楽しみましょう、乾杯!」
「乾杯!」
「え、それだけかいな!?」
どこぞの提督のような10秒スピーチをかまして早速料理に取りかかる静夜であった。
「美味しい!」
おひつからよそった白米を口に入れて噛みしめる。
皇国の一級品と同レベルの旨味が口の中に広がる。
「せやろ! ウチも頑張ったんやで~」
満面の笑みを浮かべるミヤビ。
静夜一行も銀シャリの美味さに魅了されてしまったようで、黙々と他の料理と共に白米をかきこんでいる。
「おひつ、じゃんじゃん持ってきてな~。ついでにアレもお披露目といこか!」
ぱんぱんと手を叩きながら、ミヤビが仲居さんに何やら申し付けている。
「アレとは?」
「くっくっく。まだ秘密やで~」
「お主も悪よのう?」
「静夜さんには敵いませんわ~」
お約束の台詞をやり取りしてほくそ笑む二人であった。
「お姉ちゃんが楽しそうだねえ~?」
「そうじゃのう、リィよ。主殿が楽しそうだと我らも楽しいのう」
「そうだね。静夜が嬉しいならぼくも嬉しいよ」
オルに抱えられたリィも美味しそうに料理を頬張っている。
「あれは……」
獣人たちに担がれて大広間に運び込まれたのは一斗樽であった。
「ミヤビさん、もしかして」
「そうや。日本酒やで」
皇国伝統の米から造る酒である。
問題は……
「ミヤビさん、私たちは未成年ですが?」
「堅いこと言いなさんな。ここは南方大陸、ナファル獣王国やで。皇国の法とは無関係やもん」
きししと悪戯っぽい笑みを浮かべるミヤビ。
目を輝かせたのはカブトである。
「話が分かるじゃねえか、ミヤビさんよう」
「せやろ。祝いの席には酒はかかせんさかいな!」
そこに素早くよってきたのがアディとワースである。
「酒じゃと聞いて」
「酒と聞いて」
古来より竜と神様は酒好きが多いが、その例に漏れずのようだ。
「焦りなさんな。やっぱり最初の一口は静夜に呑んでもらわんとなあ」
「私?」
「そうや。御神酒と一緒や。縁起物やと思って、さぁ」
枡に注がれたやや黄色みがかった酒をミヤビが差し出す。
それを受け取ると、一息に飲み干す静夜。
「味はよく分かりませんが、感慨深いものがありますねえ」
「ははは。まだまだこれからや。酒造りも、静夜が育つんもなあ」
「よっしゃ、じゃあオレらも呑もうぜ」
「せやな。今夜は無礼講やで!」
宴会場は乱痴気騒ぎだ。
新たな神となった静夜。
皇国から移住してきた妹、輝夜。
転移者でありながら南方大陸を治めることになったカブト。
静夜の従者であるアディ、レア、リィ、オル、そのほかの契約獣。
高天原で働く転移者や獣人たち。
先代の神であり、今は邪神王として魔界を治めるワース。
1つの世界を賭けた最低のゲームが行われた。
その結果がこれだ。
夥しい犠牲の上に築かれた楽園の平和。
「守ってみせる」
「……うん。きっと出来るよ、お姉ちゃんなら」
そんな光景を見ながらぽつりと静夜が呟いた言葉を輝夜だけが拾い上げた。
「輝夜……」
自らの肩にもたれ掛かる輝夜の重みを感じて静夜は幸せを噛みしめる。
「姉妹でいい雰囲気作るのは反則です!!」
「お姉様、私も!!」
そんな二人に気がついた面々が静夜の周りに集まり、またしても一気に騒がしくなる。
「あー、もう!」
「わはは! 良いではないか、主殿よ!」
「全くだぞ、静夜! 無礼講だろう!」
雰囲気ぶちこわしである。
「うふふ」
「どうしたの、輝夜?」
隣で楽しげな笑みを浮かべる輝夜を見て首を傾げる静夜。
「楽しいね、お姉ちゃん」
にっこりと笑う輝夜に目を奪われる静夜。
「……そうね。楽しいわね」
「それでいいんじゃないかなあ」
「そうね。うん、きっとそうよね」
大広間は一晩中喧噪に包まれていたのだった。
ちなみに、件の日本酒の名前は「輝夜」になったとかならないとか。