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Part 8

「アラン」肩を強く揺さぶられ僕は目覚めた。

母さんが僕たちを見下ろしていた。

おぼろげで表情は見えないが、声とシルエットで母さんだと分かった。

「さぁ、起きて二人とも」

「えっ、母さん?」

僕たちは叩き起こされ、手を引かれるまま階段を降りた。

「どこ行くの?」母さんは振り返らない。

「ねぇ、どこ行くの?」

「声を出さないで」母さんは焦っていた。

その空気を感じ取ったのか胸に抱かれたリリィがぐずり出す。

「父さんは?」

「アラン」

「誰か来てるの?」

「アラン、静かに……」

 辿り着いたのはキッチンだった。

床の敷物(マット)を退かして床板を外し始めた。

僕は床下に保存庫があるのを知っていた。

中には岩みたいにカチカチのチーズ、瓶詰めされた酢漬け、干し肉がある。

イチジクのジャムや、オレンジの皮の砂糖漬けをこっそり食べていた僕は、

もしや叱られるのではないかと、内心ヒヤヒヤしながらも母さんを手伝った。

 外からは誰かの声が聞こえてくる。

「誰か来てるの?」

「ええ、そうね」母さんは頷いた。

「いま父さんが話をしてるから」

「知ってる人?」

「そうね」

「ロイド叔父さん?」

「いいえ」

母さんは保存庫の中を確認すると、漸く僕と向かい合い、目が合った。

「二人とも、この中に入って」

「えっ」

母さんは有無を言わせず、僕の腕を掴んで保存庫へと押し込んだ。

 保存庫の中は、僕でも背を屈めて入るのが精一杯だった。

そもそも人が入るような場所じゃない。狭いし暗いし、独特の臭いもする。

「絶対に声を出しちゃ駄目よ?」そう言った母さんの声は震えていた。

「あなた達を呼ぶ声がしても、絶対に返事しちゃダメ」

「お母さん?」リリィが呼ぶと、母さんは唇を噛み締めながら、

先ほど外した床板を、元の位置へと戻しはじめた。

「母さんッ」僕の声に、母さんからの返事は無かった。

 僕は親に捨てられると思った。

細長い床板が一枚一枚、塞がれていく度に胸がざわついて、

ひょっとしたらもう会えなくなるんじゃないかと、

僕は床板を手のひらで押し退けようとした。

「待って。待ってよ、母さんッ」

「ごめんなさい」と、か細い声がして最後の一枚が嵌められた。

 同時に、扉が破られる音と怒号、甲高い叫び声が重なり合って聞こえた。

ドタンドタンと頭上から埃が降ってくるほど、床が揺れている。

 暗闇の中、僕は目を(つむ)り、傍らのリリィと肩を寄せ合った。

耳に入るのは、踵を鳴らした無骨な足音。父さんでも母さんでもない足音。

堪らず僕は息を呑んだ。足音は台所の、僕たちの頭上までやって来た。

妹はこの期に及んで寝息を立てていた。今はその未熟さが羨ましく思えた。

何かあったら自分が守るしかないんだと、僕は覚悟を決めた。


 暗闇に光が差し込み、アランは覚醒した。


「お目覚めかい?」

重たい頭をどうにか上げると、そこには毛皮を被った大男がいた。

カンテラの光が真横にあって反射的にアランは顔をしかめた。

大男の後ろには白装束の男がもう一人、両腕を組んで立っている。

毛深い大柄の男と、細目で痩身の男。見た目は熊と狐であった。

 アランの身体は拘束されていた。

上半身を麻縄で椅子の背もたれごとキツく縛られ、

足首に至るまで椅子の脚と固定されていた。

「どうだい、気分は?」

そう言つつ、大男は自身の言葉にフンと笑った。

「まぁ、良いワケないか」

「ここは何処だ?」アランは睨みをきかせた。

「そんな怖い顔すんなって。もう少しの辛抱だからよ」

「俺の()()は何処だ?」

そこは洞穴(ほらあな)を少し整え、窓枠や扉を付けただけの岩の部屋であった。

周囲を見回しても、リリィの姿は見当たらない。

アランの顔つきの変わりように、大男はため息をついた。

「お前の想像するようなことは一切してないからな」

彼の背後でキツネ顔の男は「そうは言いつつ…」と口元を緩ませる。

「やめんかバカタレ」大男が小声で吠えると、

「待て待て、俺たちゃ、そこまで落ちぶれちゃいない」

「山賊の言葉を、易々と信じると思うか?」

今度は、アランが笑みをこぼした。諦めにも似た笑みだった。

「言っとくが、金は一銭も無い。親もいない」

「ンなこたァ分かってんのよ」キツネ顔は言った。

「そうでなきゃあ、お前を縛っておくもんか」

「あの矢はアンタ達のか?」

「それは違う」大男は断言した。「ありゃ猟師さ。賞金稼ぎの」

「猟師?」アランは先刻、幌馬車の隙間から見た集団の後ろ姿を思い出した。

弓と矢、毛皮で縁取られた防寒着、分厚い皮のブーツ。

「俺たちと間違えたんだろう。あんなところウロつくからさ」

 不意に、彼らの右手にある扉が開いた。現れたのはリリィだった

「リリィ」「兄さん!」リリィは彼に駆け寄り、飛びついた。

「わっ、ちょ、ちょっと待て」

バランスを崩したアランは椅子ごと倒れて後頭部を石の床に打ちつけた。

「ああっ」リリィはキツネ顔の助けを借りつつ椅子ごとアランを立たせた。

「ご、ごめんなさい」

「いや。なにより、お前が無事で良かった…」

「とんだ感動の再会ね」

その光景を見て笑うのは、同じく部屋に入って来た、白装束の女であった。

アランは後頭部の痛みに顔をしかめながら彼女を見た。

鹿のように(つぶ)らな目と細い手足。同い年か、やや上ぐらいに見える。

熊と狐、それと鹿か。と、アランはこっそり鼻で笑った。

「手当てしてくれたの」横にいるリリィが代わりに口を開いた。

彼女が両掌を差し出す。すべての指に真新しい包帯が巻かれていた。

「足の指も同じようにしてくれたのよ」

腰に手を当てて、椅子の上のアランを見下ろし、そして彼の頬を引っ叩いた。

(あね)さんっ」熊男は途端にワタワタし出した。

物見遊山(ものみゆさん)のつもりかい、お兄さん?」

彼女の声色は恐ろしく冷たかった。少なくともアランにはそう感じられた。

「妹さんは、アンタみたいな筋肉バカじゃないんだ。気を使いな」

左頬を赤くしたアランは、ゆっくりと、うやうやしく頭を下げた。

「すまなかった。それに、ありがとう」

「アンタも後で、軟膏塗っとくと良いよ」

彼女はアランの頭をクシャクシャに撫でた。

「手ェ出すなって言ったの、姉さんじゃないか……」

言いながら狐顔は肩を落とした。熊男はアランの脇腹を小突く。

「山賊の言葉は信じないって、誰の言葉だったよ?ええ?」

程なくしてアランは拘束を解かれた。

頬の腫れは暫く引かなかった。

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