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Part 16

 山の天気は変化が激しく、朝の澄んだ青空が昼頃には打って変わり、

どんよりと曇り空が幾重にも重なって、湿った風が斜面を駆け、吹き荒んでいる。

 リリィは風にそよぐ髪を押さえながら、眼下の森を眺めていた。

山に漂う不穏な気配は依然消えず、殺伐とした空気は風に乗って彼女に届いた。

 雪を踏みしめる音に振り返ると、アランがいた。

「終わったの?」

と、リリィが聞くと、彼は晴れない顔で首を縦に振るだけで返事はしなかった。

「まだ納得が行ってない?」

「そりゃそうさ。命まで奪うことはなかった」

アランは古い切り株に腰を下ろしてため息をついた。

 昨晩、山賊達は二人の捕虜を口封じのために殺した。

負傷させた野生動物にトドメを刺すように、日頃の作業のようにあっさりと。

アランは二人を解放するべきだと提言したが、彼らが聞き入れることはなかった。

関係の無い人間を傷付け、死なせることにアランは罪悪感を覚えた。

 日も登らない早朝、力のある若い四人は、二つの遺体を遠く山奥へ運んだ。

そこは先住民が風葬(ふうそう)に使った洞穴で、雨雪も入らず、遺体は自然と風化していく。

山賊の気紛れな残虐さと、時として現れる生真面目さの差にアランは腹が立った。

「殺し合いを楽しんでる。異常だよ」

「それは兄さんが、()()()に居なかったから言えることよ」

リリィは、うつむく彼を尻目に言った。

「キリアは非力な私を守ってくれた。キリアが居なかったら…」

彼女はそこで言葉を止め、兄のほうへ向き直った。

「兄さんだって散々、戦ってきたじゃない」

「それは、相手が仇だからだ」

「そうやって自分を正当化して!」

ビュウと、一際強い風が吹いた。雪が砂のように舞い、二人を煽った。

アランは転びそうになったリリィを抱き留めた。吹雪が止むまでそのままだった。

「もし今ごろ、あの人達が生きていたとしたら、私たちは死んでた」

「変わったな、お前」アランは苦笑した。

 リガートは褐色の熊の毛皮を羽織り、獣のような出で立ちで、

彼の手には、リリィほど背のある巨大な刀剣が鞘に収まっている。

「抜けるのか、それ?」

「当たり前よ」リガートは得意げに刀を抱えて、

「抜いたら最後、決着がつくまで納めることはないさ」

 隣に並ぶペンネとキリアは白い服装で、ペンネは長弓(ロングボウ)を肩に掛け、

キリアは木と動物の角、骨で作った小型の複合弓(コンポジットボウ)を片手に、

頬に痣を薄っすらと残した顔に不敵な笑みを浮かべていた。

 髪を後ろに纏めて灰白(かいはく)の装束を纏ったキリアは闘気に充ち満ちて、

自らが狩る側であることを疑わない眼差しは、まさしく猛禽類のそれであった。

「みんな、もう行くのか」

「ペンネは棲み家(ここ)の周辺を。俺と姉貴で中腹(した)まで降りる」

「どうして、そこまでする?」

アランが尋ねると、「コイツまだ言ってんのか」と、リガートは呆れた。

「なんだ。今朝のこと引きずってんのか」

「殺し合いだぞ。この瞬間が最期になるかも」

「なら、お前が話し合いにでも行くか?」

「はぐらかさないでくれ。こっちは…」

 一歩、キリアが前に出た。アランと相対した彼女は無言のまま突きを繰り出し、

顔の正面でそれを受け止めたアランは無様に吹っ飛んで雪まみれになった。

なにすんだ、と、彼が鼻から血を出しながら呻くと、

「やっぱタフなのね」彼女は、あっけらかんとした態度で笑みを浮かべていた。

「わかってると思うけど、戦わなきゃ死ぬだけなのよ」

「知ってるよ、そんなの」

「マディソン・ヤングは貴方に譲るわ。他は私らが片付けるから」

覆面(マスク)で目元まで覆うと、彼らの目つきは変わった。

「いつまでも怖気ずいてんなよ、アラン」

そう言って、リガートはキリアとともに下山への道を降って行った。

「兄さん、大丈夫?」

「大丈夫なもんかよ」

見送る間、アランはズルズルと鼻を啜りっぱなしだった。

「姉さんなりの励ましなんだよ」ペンネは笑って言った。

「その割には、随分と重たい一発だったけどな」

「デカい喧嘩を前にすりゃ、誰だって地に足つかなくなるもんだ」

アランは血と鼻水の混じった真っ黒な塊を足下へ吐き出した。

「俺は何時だって冷静さ」

鼻をズズッとすすると、彼の目頭から一筋の涙が溢れた。


 みな、冬の山登りには慣れていた。

トードリッジは港町だが狩猟も活発で、毛皮や牙、爪もよく売れる。

 人間が紛争を続ける間、動物たちは周囲の山脈や山地に逃げ込み、

消滅の危機を感じてか適応を進め驚異的なまでに数を増やした。

純粋に脅威から身を守る為にも、人間は自然を知る必要があった。

 リガートの眼下に横たわる男達はそれを怠ったのだ。

無残にも飛び散った亡骸たちの周囲には大小の足跡があった。

穴ぐらを無用心に覗き込み、子持ちの熊を刺激したに違いない。

 死んだのは、きっと人間専門の賞金稼ぎ達だ。

統率が取れている箇所と、そうでないところがあり、後者の末路はこれである。

放っておけば陣形は自然と綻ぶのではないかと、リガートは気長に考えた。

 木を飛び移って場所を変えれば、すぐに人影が見えた。

下方から雪の混ざった風が吹き上がり、周囲に真っ白な霞がかかった。

これ幸いとリガートは幹を伝って地面へ降りた。

「ノリス!」男の叫び声がした。

男は先程と視界に入る人数が合わないことに気付いた。

顔を合わせたのは、仲間を一つ飛ばした、一番端にいる男だった。

彼らはお互いの体をロープで繋いでいた筈だが、誰も異変に気付かなかった。

「ノリスはどこだ?」

「なんだって?」

二人は登ってきた斜面を見返したが影も形もない。

ロープは足跡が消えたのと同じ地点で途切れている。

「自分で切ったのか?」

「そんなことするもんかよ!」

男が笛を咥えた。と、同時に意識が途絶えた。矢がこめかみを貫いた。

ヒョロロと、か細い音色。全身が強張った彼は風に倒され雪に埋もれた。

一部始終を目の当たりにした男は、首が一回転半して眼球が裏返しになり、

弓を構えた最後の一人は武器ごと両腕を枯れ木のごとく断ち斬られた。

薄れゆく意識の中で彼が見たのは、大太刀を軽々しく持つ大熊であった。

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