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Part 15

 ペンネとリガートは肩や頭に雪を乗せたまま食堂へ現れた。

「親父、なんだかヤバそうだ」

椅子と食卓を端に寄せられ本来の広々とした姿を取り戻した室内には、

老人にアラン、リリィ、キリアと、拘束された男が二人、並んで座っている。

「今日は、また一段と厳しいぜ」

「あんた達が考えなしに暴れるからでしょう」

「捜索範囲を絞ってるんだ。向こうも馬鹿じゃないさ」

「待て。そいつらは誰だ?」

アランが項垂れる男らの髪を引っ張り上げる。

猿ぐつわをされた彼らの目の上は赤く腫れてコブが出来ていた。

溶けた雪と汗で全身を濡らしながら、男は呼吸で体を震わせている。

 ふとリガートはキリアの頬に青アザを見つけた。

「姉貴、それは」

「はは、情けないね」

彼の顔が、たちまちの内に険しく凶悪なものに変貌していって、

誰かが止める間も無く、固く握った右拳が顔面へとめり込んだ。

男は椅子と一緒に宙を舞い、壁に跳ね返って、床に転がった。

「おい、死んだらどうするんだ」

アランは慌てた。リリィは驚きで声すら出なかった。

「そんなんじゃねえよ」

リガートは自身の拳を眺めていた。

指の付け根の、基節骨(きせつこつ)の周辺が赤くめくれていた。

「今のは、気晴らし用のやつさ」

「何処で遭った?」

「双子岩の近く。ほんの、ついさっきことよ」

「だいぶ近いな」老人が、あご髭を撫で付けながら言った。

棲み家(ここ)は、まだ把握してなかったみたいだけど」


 リガートとペンネは椅子ごと男を持ち上げ、再び立たせた。

赤ん坊のように、男の首はプラプラと頼りない様子だったが、

二、三度、頬を軽く叩くと男は意識を取り戻し、痛みに悶え始めた。

「さあ、言い残してることはないか?」

リガートは一脚の椅子を持ち出し、腰を下ろして男と相対した。

背中を丸めて相手と目線を合わせる彼の後ろ姿は、より熊に近づいた気がした。

「教えてくれよ」

男は間近で大男に顔を覗かれ、最初こそ怖気ずいたものの黙秘した。

そうか、と、リガートはブーツの側面から短いナイフを抜いて、

逆手に持ったそれを男の左膝へ躊躇なく突き刺した。

「ハオッ」

パチッ、と拍子抜けするほど軽い音がして、男の悲痛な声が響いた。

男の頬を大量の涙が伝い、顎から滴り落ちる。隣の男も感化され泣き始めた。

口の布をギュウと噛み締め、頭を振り乱し、痛みから逃げようとする。

「おら、耐えろ耐えろ。子供じゃねんだから」

「何でもいいから、死にたくなきゃ喋るんだよ」

「噛ませてんだから話せないでしょ」

悲鳴を物ともしない山賊たちを尻目に、兄妹は耳を塞いで部屋を後にした。

アランでさえ、苦痛な声は苦手だった。


 廊下に出たリリィは胸もとに手を当てて深呼吸した。

「大丈夫か?」

うん、と頷いて、彼女は答えた。

「ちょっと、びっくりしただけ」

「前から知ってたけど無茶苦茶だよ、アイツら」

アランはそう言って、廊下を右往左往しながら何度もため息をついた。

「ああ、まだ聞こえる」

「だって、まだ叫んでるもん」

くそ、と呟いてアランは外へと続くほうへ早足で歩き去った。

 しばらくして老人が部屋から出てきた。

「お兄さんは?」

「外に」リリィは廊下の奥を指差した。

老人はホッホと笑って「まだ若いな」と呟いた。


 男は涙を流しながら、ナイフの垂直に立つ膝頭を見た。

脚の関節部、膝と脛の中間点に綺麗に入り込んでいた。

「お前の持ってた地図によ、印付けろや」

リガートが顔の正面に紙を持ってきて言った。

「お前の上司がいる場所だよ。わかんだろ?」

横からペンネが猿ぐつわを外して、筆を咥えさせる。

「やる事やったら、コレ抜いてやるから」

柄を持つ手に力を入れる。男の膝から下は血だまりで酷い有り様だった。

筆が落ちた。再度、深く咥えさせるも、横からずり落ちる。

しっかりしろ、とリガートが頬を叩くが反応は無い。

まさかと思った彼は、脚からナイフを引く抜いた。

「おいおい、ふざけんな」彼は焦り出した。「死んだのか?」

ペンネが男の顔を鷲掴んで目を開いた。男は白目を向いていた。

「なにしてんだ、兄貴」

「うるせい。どの道、殺してたんだ」

キリアが隣の男の髪を掴み上げ、顎に膝蹴りを打ち込んだ。

オゴッ、と男は苦悶の表情を浮かべて、口から布越しに嘔吐した。

「吐いてんじゃないよ」

「待った、姉さん。そんなことしたら死んじまう」

ペンネは狼狽えた。兄より姉のほうが()()()ことを彼は知っていた。

「こうでもしないと…」

「その前に殺ってどうすんだよ」

「あのっ」

扉が開いて、言い争う三人にリリィが割って入った。

「あの、私にやらせてください」

「リリィ?」

彼女は震える男に歩み寄ると、両手を伸ばした。

ただの少女の掌にさえ、男は明らかに強く怯えていたので、

「大丈夫ですから。痛いやつじゃないと思うので」

と、彼女は優しく言った。

 リリィは男の頭を、両側から挟み込むように持った。

「なんだ?」リガートは眉間に皺を寄せた。


 戻ったアランは、部屋の光景を見て唖然とした。

捕虜に想起(リプレイ)を行うリリィを山賊三人が見ている。

 不思議と焦燥感や危機感といったものは無かった。

一瞬、リリィの今後にとって由々しき事態だと身を強張らせたものの、

世間と隔絶された空間に身を置く山賊ならば彼女の特異な能力を理解してくれるだろうと、リリィを驚愕と好奇に満ちた眼差しで見守る彼らを見て思ったのだ。

 リリィは漸く、男に触れる手を離した。

男の震えは止まらなかったが、少なくともその目から怯えは消えていた。

「マディソン・ヤングがいるわ」リリィは額の汗を指で拭いながら言った。

「いるのか?今、この山に?」

「中腹に。大きな中継基地(ベースキャンプ)を設けて」

「誰だそれ。マディソン…?」

「治安部隊の頭よ。知らないの?」

「場所は分かるか?いま地図を」

「ちょっと待った。そうじゃないだろ」

ペンネは身振り手振りを駆使して驚きを表現していた。

「いま何が起きた?男の頭を、彼女(リリィ)が触って、マディソン・ヤング?」

周囲を置き去りにして、彼は部屋を歩き回った。

「中腹にキャンプ地?待てよ。何の事かサッパリだ。説明してくれ」

全員の視線がリリィに注がれ、彼女は苦笑いしながら首を傾げた。

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