Part 14
キリアは不穏な気配を察知した。
動物的な嗅覚が、人間の成人した男の汗を嗅ぎ取っていた。
彼女は背中の籠を降ろし、弓と矢筒を背負い直した。
「ちょっと様子、見てくるから」
後ろのリリィは、茎で作った笛をブィブィと吹く手を止めた。
不穏な空気を感じ取ったのは、彼女も同じようだった。
「様子って?」
「熊がいるかも知れないの」
そう、とリリィは自身も籠を降ろし、傍らの木の根元に座り込んだ。
「すぐ戻って来る?」
「もちろん」
二人の籠には採ったばかりの山菜が、どちらも八分目ほどまで入っている。
「もう。帽子がチクチクして痒いわ」
「なるべく音は立てないで」
籠と籠に挟まれたリリィは、小さく手を振って見送った。
キリアは斜面から助走をつけて跳躍し、背の高い木に乗り移った。
幹から幹へと雪を落とさぬよう枝を伝って移動し、臭いを辿った。
焚き火の焦げた臭い、煙草や酒の香りも少々混じっていたので容易だった。
数本の矢に射られた子鹿が事切れているのを見つけてキリアは止まった。
足跡は残っており、すぐ近くに男たち四人が列になって歩いているのを見つけた。
周囲に他の人間が居ないのを確認して、キリアは矢を放った。
一人目の胸を背中から矢が射抜き、男が顔から地面に倒れるまでに、
キリアは飛び降りて二人目を踏みつけ、小刀で太い首を掻き切った。
ヒッ、と三人目の男が仰天して、反射的に手持ちのクロスボウを撃った。
短い矢は風を切り、先頭に立っていた四人目の腿を貫通した。
ギャッ、と男が悲鳴を上げて崩れ落ちる頃には、三人を斬り伏せたキリアが、
最後の一人を見下ろしていた。
「なんだアンタ、誰なんだ」
「鹿の精霊だよ」
「う、嘘をつけ」
キリアは男の出血する腿を片足で踏んだ。
悶絶する男を尻目に彼女は周囲に横たわる男たちを見渡して、
「おたくら町の人間だろう?こんな所でナニしてんのさ」
「た、ただの狩りさ。動物を追って来ただけだ」
「山賊狩りだろう?ハッキリ言いなよ」
キリアが足に体重を乗せたので男は絶叫した。
狂ったように彼女の脚を蹴りつけるが脚は岩のように微動だにせず、
むしろ靴底が傷口を擦って痛みが増すばかりである。
「アンタの家じゃあ、お揃いの服で、こんな山奥まで鹿追っかけて来んのかい?」
「わかった、話す。知ってること全部、話すから」
「もう遅い」
流れるような動作で、小刀の切っ先が男の喉を割いた。
それまでの悲鳴が嘘のように男は静かになった。血は出なかった。
キリアは男たちの装備を手早く漁ると、元来た道を戻った。
リリィが心配だった。男の悲鳴は山間によく響いた。
残りの人数も聞き出せた筈だ。と、彼女は数秒、後悔した。
そして案の定、先ほども感じた“臭い”は歩を進めるほど強くなり、
合流地点の木の下にはリリィと、彼女を囲む男たちがいた。
「もう一人は何処にいる?」
「だから、知りません」
「ならどうして籠が二つあるんだ」
「私が持って来ました」
「ふたつ担いで山登りだと、そんな訳あるか」
リリィの目線の先には彼らの手にある道具があった。
動物を狩猟する為のものではない、人間同士で戦うための武器だった。
一団の中の、とりわけ若い男が業を煮やしたのか籠を蹴り飛ばした。
籠は何度も上下に回転して、木の実やキノコが方々に散った。
彼は制止する周囲を無視して、俯いてばかりいる少女の腕を掴んだ。
頭上から白い影が音もなく降りて来て、間も無く彼の手首から先が飛んだ。
リリィは目を瞑り、耳を塞いで木の根元にしゃがみ込んだ。
空気の振動や足先から伝わる揺れが、状況の壮絶さを物語っている。
これが戦い。キリア達や兄さんが身を置く殺し合いの場。