Part 13
それは突然の出来事であったが、そうではなかったのかもしれない。
みな新たな戦争への準備に忙しく、何より蒸気と石炭によって作られた世界は
太古より伝えられた預言や、占術による予言をひどく嫌っていた。
戦争は厳しいものだったが、それでも勝たねばならなかった。
夕陽色の空に暗雲を突き破って現れたのは、炎の尾を引く流星群だった。
かつて世界の中心とまで謳われ隆盛を極めた大帝国の首都は消えた。
すり鉢状に深く抉られた大地に、鉄と石、数千万の命が熔け合い、
尻を叩かれた活火山のように唸りを上げて真っ黒な灰と煙を噴き上げた。
それでも人々は争いを止めなかった。止まらなかった。
帝国軍は後ろ盾を失って敗走し、代わって皇族の後釜を狙う者たちが蜂起した。
それは大義の欠片も無い、欲望と憎しみの渦巻く殺戮の時代だった。
巨星の落下と、それに呼応するように起きた大地震と大雨による洪水、
作物の不作で飢饉と疫病が蔓延し、十年余りの内に人口は三分の一まで減少した。
文明の衰退に、残ったのは荒涼とした大地と疲弊した生き物のみで、
各地の争いは下火になっていったが、途切れることは決してなかった。
老人は唸った。
手にはアランの持っていた写真があった。
そこに写る男達を眺めては、鼻をヒクつかせて相づちを打っている。
「顔が隠れているのは?」
「塗り潰したのは、終わらせた奴です」
ああそう、と老人は頷くだけで、さほど驚く様子はみせなかった。
「君のお父さんは?」
アランは写真の人物を指差すと、老人は頷いた。
「隊長さんか」
「隊長?」
「猟犬部隊。首輪の男たち。死の部隊」
そう言っておいて、彼は「いや、失礼」と付け加えた。
「ほんの少し前の話さ」
「それ、本当の話ですか?」
「それが証拠さ」
老人は顎でアランの腰にぶら下がるナイフを示した。
「それに君の服。国章すら入ってない軍服なんて、そうザラにない」
写真の中の父親は、周囲の男たちと同様、歯を見せて笑っている。
それはアランの記憶にもある通りの、父親としての笑顔と相違ない。
「その猟犬部隊って、どんな事してたんですか?」
「あまり話したくはないな」老人は写真をアランに返した。
「話したら、君も聞かなければ良かったと思うだろう」
彼は首をゆっくり回しながら、ため息混じりに言った。
「もったいぶらないで下さいよ」
「もう少し待ってくれ。その時が来たら話そう」
アランは頬杖をついて物思いに耽った。
「本当に君たちの両親の命を奪ったのは、彼らなのかい?」
老人の問いかけに、そうです、とアランは言い切った。
「何故、断言できる?」
「妹が教えてくれました」
アランはハッキリと言い切ってみせた。
「彼女は確かに何かを感じている」
しばらく沈黙があって、なるほどね、と老人は呟いた。
この兄弟は普通と違う。
大戦前の人々を想起させる不思議な力を宿している。
かちて呪術や魔法、あるいは超能力と呼ばれた能力を。
マディソン・ヤング率いる町の治安部隊が山の麓に集結した。
ハンター達の集団失踪が相次いだため、ようやく重たい腰を上げたのだ。
整列している男達は厚手の防寒着にバックパックを背負い、
不揃いの槍や弓、錆び付いた鉈、手斧で身を固めている。
治安部隊の隊員たちは元軍人や警備兵がほとんどで、
いずれも過去に戦闘を経験し、生還を果たした強者ばかりである。
男たちが班になって山道を行進する。
彼らの身につけている熊避けの鈴が喧しく鳴った。
捜索隊の面々を見送るマディは登山の装備を纏っている。
「昔やった雪上訓練、思い出すよな」
彼は、となりで山の頂を見上げているビショップに問いかけた。
「こういう場所に来ると、嫌でも頭に浮かんで来る」
「雪崩に潰されて心肺停止になったお前をルーディと運んだ」
「まったく、肋骨が折れるまで叩きやがって」
「三人とも、鼻真っ赤にして」
「ルーディは足の小指を切ったんだってな」
二人はしばし笑い合った後、沈黙した。
先に口を開いたのはマディだった。
「アイツ達も情けねぇ。なんだって今さら」
「ロニーはともかく、ルーディは薬漬けの酒呑みだった」
ビショップは溜め息まじりに言った。
「鼻の利かない猟犬か」
マディは丹念に研がれた山刀を鞘から抜いた。
先の尖った包丁を、そのまま引き延ばしたような実用的なフォルムは、
切断し破壊することだけを主体とした実直で残忍な武器といえた。
「奴が、ここまで来てると思うか?」
さぁね。と言って、マディはブーツの紐を結びなおした。
「俺たちがトードリッジに居るとなれば、それも有るかも知れない」
「フーゴはともかく、クロキとルドルフは乗り気じゃなかった」
「元々、アテにしてねェよ。あんな死に損ない」
「これが終われば、もう集まることもなさそうだ」
そりゃ良いな。マディは笑いながら言った。
ビショップには、それが努めて笑っているように見えた。
ペンネとリガートは狩りの途中、
棲み家を遠く離れた山の尾根から周囲を見渡していた。
彼らが異変を察知するのにそう時間はかからなかった。
「シロウソがさっきから忙しない」
二人は足を止めて、しばらくじっと空を見上げた。
彼らがシロウソと呼ぶ、中型の白い鳥が群れになって、
上空に大きく円を描いているのが確認できる。
彼らの「ガァ、ガァ」と短く低い鳴き声は警告の合図で、
それが群れ全体でけたたましく鳴き叫んでいるところをみるに、
彼らの脅威となる侵入者が複数いるのは間違いない。
「奴さん、遂におっ始める気か?」
リガートは顎髭をさすりながら遠くを睨んだ。
キラリと光るものが視界に入って、二人は一瞬、身を屈めた。
「物見遊山には早すぎる」
「さっさと帰ろうぜ。みんなに知らせよう」