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Part 12

 ほら、見てみろよ。と、ペンネは遠くを指差した。

「あそこ、ピョンピョン跳ねてる。右に。あ、いま止まった」

「ま、待った。まったく分からない」

アランには、なんの変哲もない雪面に見えるが、

ペンネは確かに何かを目で追っていた。

「本気か?よく見ろって。あの白樺の近く。ホラ、アレ!」

「あのって、どのだよ?」

ペンネは苛立ち、思わずアランの頭を叩いた。

「痛えなァ」

「どこに目ェつけてんだ」

ペンネは不満そうに唸って立ち上がると、

ちょっと待ってろ、と言い残して歩き去った。

アランは頭に手を当てながら彼の後ろ姿を目で追った。

乱立する木々に真っ白な地面、そしてそれと同じような色の格好をした男が一人、

弾みをつけてイタチのように跳ねるように歩を進める。

それが人間の動きだと思って見れば、えらく気味の悪い姿だった。

 ペンネは何かを両手で掴んだ。そこで初めて地面の雪が舞った。

彼の手の中には、でっぷりと肥えた真っ白な兎がいた。

二人のいた距離からは綿毛ほどの大きさの動物を、

ペンネはいとも簡単に見つけて捕らえのだった。

「おほ、でっぷり肉付きやがって」

彼は慣れた手つきで兎を絞めると、紐で両脚を縛ったそれをアランに手渡した。

柔らかい毛の感触が手袋越しにアランへと伝わる。

もはや魂を抜かれ肉の塊となったそれは、まだ熱を持っていた。

「いったい何したんだ?」

尋ねられたペンネは首を捻らせた。

二人は並んで雪をかいて棲み家までの帰路を登り始めた。

「説明するのも難しいんだな、これが」

「兎がまったく逃げなかったのは何故だ?」

「どんなヤツだって、気を抜く瞬間ってあるだろ?」

「まぁ、それなりに」

「そう。つまりはそういうことよ」

今度はアランが首を捻るのを見てペンネは笑った。

「壮大な嘘をつかれている気がする」

「勘弁してくれ。俺だって全部を理解してるわけじゃない」

「それでどうして……」

頭上の枝が揺れた。リガートが二人のもとへ現れた。

体重を乗せれば根もとから簡単に折れるであろう細長い枝に、

熊の体格をした男が休憩中の猿やフクロウの如くそこにいた。

もはや人間ではないと、アランは先ほどと重ねて思った。

「収穫は?」

「木の実にキノコ。それと太ったウサギ」

リガートは地面に降りた。

風に吹かれて舞い上がるほどに細かな雪は、意外な程に微動だにしない。

彼の腰の巾着からは数本のフサフサした山吹色の尻尾が見えた。


 キリアとリリィは住み家である古い砦の、

一際飛び出した高台から町を見下ろしていた。

「あれがトードリッジ。港が見えるでしょ?」

彼女の言う方に顔を向けて、リリィは頷いた。

「週に二回ほど、商船がやってくるの」

「何処から?」

「わからないけど、でも水平線の向こうから」

「大きな港なのね」

「昔は軍港だったみたい。だから波止場の大きさも違うの」

「あの、水際にある細長い建物は?」

リリィは遠くを指差した。

山の頂からでもはっきりと確認できる縦長の巨大な構造物がある。

「あれで荷物を船に載せたり、降ろしたりしたみたい」

ふぅん、とリリィは相槌をうった。

「といっても、私もアレが動いてるところは見たことないんだ」

「昔は、どんな物を運んでたんだろう」

「そりゃあ大きいモノでしょうね」

もうすぐ夕日が沈む頃で、空は紺色に変わりつつある。

次第に町には光がぽつぽつと灯り始めた。星空とは違う暖かさがあった。

「ねぇ、どうしてキリア達は山で暮らしてるの?」

リリィの問いに、彼女はしばし夜空を見上げて、

「どうしてだろう?」と、首を捻った。

「昔から(ここ)だからさ、考えたこともないや」

「町に住もうと思ったことは?」

「そんな、羨ましいとも思わないんだ……」

キリアは振り返り、町とは反対の方向を眺めた。

大陸側には曇天に覆われ、大地は真っ暗で微塵の光も見えない。

ここが世界の境界線なのかも知れない。と、キリアは思った。

 リリィはキリアから毛むくじゃらの何かを渡された。

小さく細長のそれはフサフサの白い毛に覆われ、ほのかに温かい。

「これは?」

「なんだと思う?」

「尻尾、かな」

「惜しい。正解は、兎の右足でした」

キリアは鼻を鳴らして言った。

それを聞いた瞬間、リリィは悲鳴を上げて、

後ろのベッドにひっくり返った。兎の足が宙を舞った。

キリアは腹を抱えて転げ回り、笑い声は部屋に反響した。

「もう」

「ごめんごめん」

目の端に堪った涙を指先で拭いながら、

キリアはお腹をさすっていた。

「ああ、こんなに面白いのは久しぶり」

想起(リプレイ)をしないで良かったと、リリィは思った。

間違いなく死の描写が脳裏一面に拡がり、

ショックでパニックに陥るか、それに近い醜態をさらしていただろう。

第一に、目の前の彼女に自分が変わった人間だと思われたくなかった。

「これ、魔除けのお守りなの」

へぇ。と、頷きながらリリィはまじまじと見た。

「ウサギって、すばしっこいでしょ?だから悪いモノから逃げられるって」

「でもこのウサギは捕まったんだよね」

「一般的にってことよ」

ウサギの前足は切断面を模様の彫られた金属と、

赤いリボンで巻かれて装飾されていた。

それでも動物の体の一部なので生々しさはそのままである。

「今朝獲ったヤツだから、出来立てホヤホヤ」

「確かに、ちょっとまだ温かいかも」

「ホントに?」

「ゴメン、嘘」

「なによもう」

「ふふ、お返しよ」

キリアはリリィより年上のはずだが、

彼女の笑顔は同い年かと思うほど無邪気でものだった。

それを見ると、何故だかリリィも嬉しくなる。

「プレゼントよ。二人の出会いの記念」

「ありがとう。大事にする」


「戦争孤児さ、あの子らは」

老人は茶を飲みながら言った。

食事の間にはアランと老人の二人きりだった。

円卓には湯呑みがふたつ、湯気を立てていた。

「幼かったあの子達に、生きる(すべ)として技を教えた」

「だから、彼らはあんなことが出来るのですね?」

アランが言うと、老人は首を振った。

「あの子らを作ったのは、この山だよ」

「僕も、ああいった事ができますか?」

どうだろうねぇと、老人は目を瞑り、腕を組んで、

「難しいかな」と、笑った。

「そうですか……」

「無理とは言わない。近づくことは出来るかも知れんが」

「僕も、彼らのようになりたい」

「なってどうする?」

「それは…」アランは口籠った。

久しぶりに自分が人殺しであることを彼は思い出した。

「ま、詳しくは聞かんよ」

その代わりに、と老人は付け加えて、

「教えてくれるかね。君の持ってるそれのこと」

彼はアランの腰のあたりを指し示した。父のナイフだった。

柄の部分には、両耳を立たせた狼犬の横顔が彫刻されていた。

「それ、この世の中に十本も無いモノなんだがね」

「なにか、ご存じなのですか?」

アランの声は震えていた。

それは期待であり、怯えでもあった。

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