ep.1 《日常の中?》‐サービス開始前のお話
おはこんばんにちは!
第一話載せます!
それでは、いつも通り? 駄文ですが、お楽しみいただければ幸いです。
※注意:今回の話はプロローグの約1か月前という設定です。
どうか誤認のないようにお願いします!
「……ッツ!!?」
意識が急に覚醒し、目が覚める。
そして、それと同時に体の上にかかっていた布団を跳ね飛ばし、上半身だけ起き上がる。
そこまでしてようやくさっき見ていた悪夢が夢の中での出来事だったということを理解した。
まあ、オレが遊園地なんかに行くわけがないし、そこのマスコットキャラクターがモンスター化して、ほかの人たちを食い始めるなんて言う、デンジャラスなことが現実で起こるわけないが。
「ハァ…ハァ…ハァ……」
鼓動が早く、息が苦しい。
胸に手を当て、この激しい動機が治まるを待つ。
しかも最後は俺も食われそうになったのだ。
頭から。一口で。
はじめてマミったさんの気持ちがわかった。
あれはキツイ(確信)
「ハァ……ハァ……ふぅ」
だいぶ呼吸が落ち着いてきた。
汗でひたいに張り付いた髪をかきあげながら、 周りを見回す。
毎日変わらないリビング、そのソファーの上でオレは寝ていた。
昨日は夜遅くまでパソコンをいじっていたので、その疲れからベッドまで行くのが面倒になり、そのままソファーで寝てしまったのだ。
パソコンの隣に置かれたデジタル時計を確認すると、9月20日、朝の5時少し前を指していた。
普段自分が起きる時間よりも、1時間も早く起きてしまったことにため息をついた。
その隣においてある9月21日づけの新聞には、『今話題のあのゲームのサービス開始まで、あと2週間! 9月23日にとうとう発売開始!』という文字が見える。
世界初のVRMMOゲーム、《To‐Arms》のサービス開始が2週間後に迫っているらしい。
友人に重度のネトゲ中毒者がいるのでうわさには聞いていたが、新聞に載るほど有名だったのか。
「……それにしてもあんな夢を見るなんて、きっと疲れてるんだ。忘れよう」
そう呟きながら立ち上がり、さっき跳ね飛ばした掛け布団を拾い、自室へと向かう。
自室に戻って寝間着からジャージに着替えた後、机の上に置いておいた鍵を取り、ポケットに突っ込んだ。
そのまま玄関に向かい、靴を履いて鍵を開けて外に出る。
そしてドアを閉める前に振り返り、静かな家の中に向かって呟いた。
「…………いってきます」
オレの名前は秋庭穂月。
現在、16歳、言わずもがな『男』だ。
誕生日は3月で早生まれ……どうでもいいか。
オレは、高校には入学していない。
理由は……まあ、色々あった結果そうなったとしか言えない。
家族は妹が一人だけいる。
親は……どちらともいない。
そのせいで近所の人たちから色々と言われるが、オレは気遣いというものを鬱陶しく思っているので、基本的には近所の人とは関わらないようにしている。
妹の方はしっかりと学校に通い、学業に励んでいる。
「ハッ…ハッ…ハッ…」
さて、外に出たオレは今ジョギングをしている。
なぜ? と聞かれても、時間つぶしと気分転換のためだ。
今朝の悪夢がまだ頭の中に残っていて嫌だったので、外でも走ろうかな。という考えに至ったわけである。
「ハッ…ハッ…ハッ…」
黒いジャージを着てフードで顔を隠し、ただ淡々と走り続ける。
鋭く息を吐いてリズムを取りながら、そのリズムに合わせて足を前に出す。
楽しくてネオンが光る遊園地、サービスするキャラクターたち、そして、変貌し地獄と化したその場所。迫りくる大きな口とずらっと並んだ牙。
「……ッ!」
思い出してしまった。
忘れようとしてたのに。
腕を大きく振り、走る速度を上げ、なんとか夢のことを忘れようとする。
そんなことをしても意味ない、と分かっていながらオレは朝のだれもいない町内をただ走り続けるのだった。
しばらく走って公園に着いた。
そこに設置されている蛇口をひねり、水を出して口に含む。
鉄の味とでも言うのか、何かが錆びたような苦い味が口の中を満たし、喉を鳴らして水道水を嚥下する。
水を飲み終えた後、両手に水を溜めて顔を洗った。
冷たい水が顔を包み、ジョギングをしていたせいで火照った頬を冷やす。
この水の冷たさが悪夢を遠ざけてくれるような感じがしたのはきっと気のせいだ。
「……よし。帰るか」
公園から出て元来た道を走る。
腕時計を見ると、時刻は5時半を指していた。
すぐに戻って朝ご飯を作らないと妹が起きてしまう。
早く帰らなければ、などと考えながらオレはただ走るのであった。
☆
家に着き、鍵を開けて中に入ると、漂う空気は静寂していた。
どうやら妹はまだ起きていないようだ。
リビングに向かう途中にある姿見が視界に映った。
そこにあったのは、普通の男子高校生のような姿ではなく、145cmほどの身長に細い体躯、スラリと長い四肢に、無くはないような自己主張するくらいはある胸。
そして、その小さな身体の背中には隔世遺伝なのかわからないが白を基調とした金色、プラチナブロンドと呼ばれる色の髪が腰まで伸びており、その毛は細く流れるようで、黒や茶色が一般的な日本人のそれとはかけ離れている。
そんな体のてっぺんにある顔は小さく、整ったかわいらしい日本人の顔つきに小さい鼻と血色の良いピンク色の薄い唇、その上にある両目は化粧もしていないのに大きく、瞳はクリムゾンレッドに染まっている。
全体的にみると、中学校低学年のハーフの女の子、だ。
十人中七・八人はそう思うのではないか。
……だが、言っておこう。
オレは『男』だ。
性同一性障害、という言葉をご存じだろうか。
オレは、まさしくそれなのだ。
女の体に男の精神が入っている状態、医師によれば『Female to Male』、通称『FtM』と言うらしいが、オレはそこに分類されるらしい。
まあ、こんな体で育っていいことがあったかと言うとそうではない、むしろつらかった記憶しかないのだ。
学校に行っていない理由の一つでもある。
中学校までは通っていたが、小学校のころからいじめは絶えなかった。
正直なところ、学校はオレにとってつらい場所でしかなかった。
まあ、それはあくまで理由の一つで、直接的な原因はまた別にあるのだが。
……っと、とりあえずれはおいておこう。
「ふぅ……」
何度見ても変わらない自分の顔にため息をつきながらリビングに戻り、自分が朝寝ていたソファーに腰を下ろし、今日の朝ご飯について考える。
(昨日はご飯だったから今日はパンで、付け合わせに肉野菜炒めとヨーグルトでも並べればいいか)
考えたら即行動だ。
8枚切りの食パンをオーブントースターにいれ、タイマーをセットする。
その後、冷蔵庫にあったレタス、もやし、ニンジンを適当に切ってから炒める。
その中に肉を投入し、さらに炒める。
先に敷いておいた油の香りも着いてきたので、もやしとニンジンが柔らかくなり、肉がいい感じに焼けてきたあたりで火から上げ、皿に盛り付ける。
この料理のポイントは、食材を投入する順番だ。火の通りにくいニンジンを先に入れることで、焦がしたり生焼けだったりするのを防ぐことができるのだ!
……どうでもいいですよね、はい。
「おにぃちゃ~ん……おふぁよ~……」
そんな寝ぼけ声とともに、頭に盛大に寝癖のついたオレの妹、中学3年生の秋庭穂花がリビングに顔を出した。
穂花の身長は今年になって165センチを超え、145センチ程しかないオレからすれば、見上げる形になってしまう。しかもいまだに伸び続けている。
確かに歳は一つしか違わないが、ここまでの差が出ると流石に落ち込む。
……妹に身長負けるんだぜ? ショックだろ?
穂花は
「おはよう穂花。寝癖すごいことになってるぞ?」
本来肩口まであるはずの穂花の髪の毛は、まるでその上だけハリケーンが通ったと言っても信じてしまうくらいに……なんというか、逆巻いている。
なるほど、これが最近若い女性の間で流行っている『盛り』というやつか。
「わかってるよ~、後で直すぅ~……ねむい」
寝ぼけボイスなのは毎日のことなのでスルーする。
そんなことをしていると、穂花はこっちに近づいてきた。
「あ、お兄ちゃ~ん、いつも通りかわいいよー。女の私よりかわいいなんて反則だよぉ~……」
「はいはい、反則でも何でもいいから、っていうかお前寝ぼけてるのか?」
いまだに直らない寝ぼけボイスとともにトコトコと歩いてきて抱き着いてくる穂花。
うん、正直かわいいと思うが、20cm近くある身長差で抱き着かないでほしい。
オレは一応男子だし、なんか泣けてくるし、重い。
「……なんかお兄ちゃん、今失礼なこと考えなかった? まあいいけど、ところでなんでお兄ちゃんジャージなの? こんな時間にスーパー開いてたっけ?」
「いや、買い物じゃないよ。偶然早く目が覚めちゃったからジョギング行っていたんだ」
「……え?お兄ちゃんって買い物以外で外出るの?」
……真顔で言うな妹よ、その言葉はお兄ちゃんの心にクリティカルヒットしたぞ?
「オレでも外出くらいはするよ。買い物とか、ケイの家にも行くしな」
「ああ、そういえばそうだね。ケイ兄は元気?」
オレと穂花の言う『ケイ』とは、この家の二軒隣に住んでいる志水蛍の事だ。
『ホタル』を別読みすると『ケイ』になるので、我が家ではあいつの事をこう読んでいる。
女の子のような名前だが、男だ。
歳は17で、オレと同い年。
小学校から一緒だから……幼馴染と言う奴か。
まあ、正確には、あいつと我が家にはもう少し複雑な関係があるのだが、面倒なので説明は割愛しよう。
「元気? って言ったって、お前ら同じ校舎に通ってるんだから会う機会くらいあるだろ?」
「ううん。学年違うし、学校ではあまり会わないかなぁ、体育で外に出てる時は見ることもあるけど」
穂花とケイが通っていて、オレが在籍していた学校は男女共学の中高一貫校なうえに、校舎も中学と高校の境界線が薄く、廊下では2種類の制服の生徒がすれ違うことが当たり前になっている。
それゆえの問題も少なくはないのだか、学校の方針が『学年を超えた絆』であるためにこのシステムが採用されている。
「まあ、あいつはいつも通りだ。周りの女子からキャーキャー言われてる……」
「ケイ兄だもんねぇ……」
ケイ、あいつは正直言ってモテる。
頭脳明晰、運動神経抜群の上にルックスもいい。
まさに、イケメン×天才と言って申し分ないだろう。
テストでは毎回全科目で九十五点以下をとったことがないし、体育の成績は学年の男子の中でも群を抜いている。
しかも性格まで温厚でだれに対してもやさしく、人受けもよいために、人に恨まれたり、妬まれたりなんていうことは少ない。
正直、リアルチートもいい加減にしろ! と言いたい。
まあ、そういうことが重なった結果、モテる。
しかしどういうわけか、あいつはどんな女子とも一回も付き合わない。
普段から下駄箱ラブレターや放課後告白が絶えないのに、だ。
たまにあいつの好みのタイプはこの世に存在しないのではないか、と思って心配になって相談したりするのだが、その度にケイからは『お前は俺の母親か』と突っ込まれる。
しかも、あいつは告白まがいのことがあるとだいたいオレに報告してくる。
……うん、嫌がらせにしか思えない。
「さて、無駄話はおしまい。朝ご飯食べて学校行け!……その前に、配膳はやっておくから、髪を直してこい!」
「はぁ~い」
気の抜けた返事をしながら穂花は洗面所に向かう。
その間にオレはテーブルの上に二人分の皿を並べ、作った肉野菜炒めとヨーグルト、先ほど焼けたキツネ色のトーストにマーガリンを塗り、皿の上に置く。
そうすれば簡単な朝食の出来上がりである。
うん! なんという手抜き感!
余っていたものを使ったので、夕飯は買い出しに行かないと食料がない。
結局、もう一度外出しなければいけないのか……。
「直してきたよ~。あっ! 美味しそう!」
「そうか? ただの肉野菜炒めだぞ?」
髪を直してきた穂花が席に着きながらそんなことを言ってくる。
どう見ても『余り物を炒めてみました』っていう感じのものなのだが……。
「お兄ちゃんの作るものならなんでも美味しいよ!」
「妹よ、それは未来の彼氏か旦那さんに言ってあげなさい」
まあ、オレとしては妹の笑顔が見ることができれば満足だ。
……言っておくが、決してオレはシスコンではないぞ? 唯一の家族だから何よりも大事にしたいと思っているだけだ!
えっ? それをシスコンと言う?
……ソンナワケナイトオモウケドナー。
「……ご馳走様でした! じゃあ行ってくるね、お兄ちゃん!」
「ああ、はいはいお粗末様。いってらっしゃい、穂花」
朝ご飯を食べ終えた後、そう言いながら隣に来た穂花の髪をなでてやる。
いつの間にか習慣化してしまった『秋庭家流いってらっしゃいの儀式』だ。
まあ、呼び方なんてどうでもいいが、これをすると穂花は笑顔になる。
……今では穂花のほうがしゃがまないとオレの手が届くなってしまったのがちょっと悔しい。
それはともかくとして、その笑顔を男子に見せたらイチコロだろうに。
穂花は学校ではムードメーカーで、クラスの中心人物だ。
そして、ケイほどではないが、頭もいい。
それに顔も、正直言って美少女の部類に入るだろう。
同年代の女の子と比べて少し高い身長がコンプレックスらしいが、肩口までの茶髪をポニーテールにまとめ、キリッとした大きい目、整った顔立ちはとても女の子らしく、可愛い。
普通に見れば活発でかわいい女の子だ。たまにアイドルとかのスカウトもされてるらしいし。
そしてもちろんモテるのだが、ケイと同じくこちらも頑なに恋愛の素振りを見せない。
別に家で恋愛禁止をしているわけではないし、女の子なのだから一回ぐらい恋をしてもいいんじゃないかと思う。
……もちろんそれ以上は許さないが。主に男女の関係的な意味で。
バタンッ! ……ガチャッ!
ドアが閉まる音と鍵のかかる音が響き、タッタッタッという穂花が走っていく音が聞こえなくなると、部屋には静寂が訪れる。
オレはこの空気が苦手だ。
カーテンを締め切っているせいもあるが、この部屋だけ世界から切り離されて、時間が止まっているように感じる。
もう1年くらい学校に行かずに家に引きこもっているが、この空気にはどうしても慣れない。
「……さて!」
パンッと両手で膝を叩き、立ち上がる。そして、自分と穂花が食べ終えた食器を洗面所に持って行き、洗い始める。
洗うと言っても、食器自動洗浄器があるので、大まかな汚れを水で流して機械にセットするだけなのだが。
ピーンポーン
食器を洗っている途中でインターホンが鳴った。
時刻を見るとまだ7時半。
何処かの会社の勧誘とかには思えない、というかそうだったら本当にお疲れ様です。
とりあえず顔を見ようと思ってインターホンのカメラを覗いてみた。
するとそこには先ほどまで妹との噂になっていたケイが立っていた。
今日は平日で、もちろん登校日なので、なぜこんな朝早くからあいつが家に来るのかが理解できなかったが、とりあえず通話ボタンを押す。
「……なんの用だ?」
『おおルナか? 学校に行かなきゃいけないから詳しいことは午後話すけど、今日の午後は家にいてくれ! じゃな!』
とんでもない早口で捲し立てて走っていってしまった。
なんなんだあいつは?
とりあえず今日の午後は外出できないということが決まったな……。
「ま、食材の調達以外で外出の予定なんてないけど」
オレはそう呟いて引き続き食器を洗い始めるのだった。
「……あれ、ここの蛍光灯きれてる?」
☆
ガタンゴトン……ガタンゴトン……
さて、現時刻は14時ちょっと前、そしてオレは電車の中にいる。
不登校中も引きこもり野郎がどうして外なんかで歩いて、あまつさえ人口密度の高い電車なんかに乗っているかというと、キッチンのシンクのところの蛍光灯が切れていたから買いに行くことにしたのだ。
穂花に買いに行かせることも考えたが、あいつは今日テニス部の活動があるため、帰りが遅くなると言っていた。
二人暮らしの我が家では、必然的にオレが買い物に行くことになるわけだ。
お金はちゃんと持っているので、足りないなんて言うことはまずないだろう。
ちなみに、両親のいないオレら兄弟は、両親の遺産などの金銭的なものの管理を別の人に依頼している。
どちらにしても保護者が必要だったし、その時頼れる人が少なかったのでお願いしたら快く引き受けてくれたのだ。
ケイとの約束? もちろん覚えてるよ。
ただ、この時間はまだ学校だろうし、オレの買い物自体も一時間あれば終わると思ったので、行くことにしたのだ。
「……ッ!」
さて問題だ。
女性が電車に乗るときに気を付けなければならないこと、な~んだ?
……正解は、『痴漢』だ。
最初は気にならなかったが、少し前からジーンズ越しにオレの尻にかなり積極的に当たってくる、ごつごつした感触。
そして、後ろに立つおっさんの荒々しい吐息。
……まあ、ほぼ間違いないだろう。オレは今痴漢にあっている。
とはいっても、『男』であるオレの尻を触っていったい何が楽しいのかわからない。
たとえオレの外見が女だとしても、だ。
一度離れたかと思えば再び迫りくる手の甲、そしてなすりつけるように触ってくる男のしぐさ。
つまるところ、このおっさんはオレという男子の尻と引き換えに、社会人生活を売ったわけだ。
バカじゃなかろうか。
そして、オレも男子とはいえ、触られている身としては怖いし嫌悪感を感じる。
……次が目的の駅だし、そろそろ叫んでやめてもらおうかな?
「……あn!?」
「叫んだら容赦しねぇぞ、黙っとけ」
なんと用意周到な痴漢なのでしょう、オレが叫ぼうとした瞬間にもう片方の手で口を塞ぎやがった。
しかもご丁寧に忠告まで添えて、どう容赦しないのか分からないけど。
やばいなー、そろそろ駅ついちゃうんだけどどうしよう?
「なぁ嬢ちゃん、次の駅一緒に降りて……」
痴漢男がそう言いかけた瞬間、突然口と尻の周辺から手がどけられた。
なにごとかと振り返ると、朝インターホン越しに見た唯一の友人の顔があった。
そしてその右手はプロレスのレフェリーのごとく、痴漢男の左手をつかみ、電車のつり革がつながっている棒の近くまで持ち上げられていた。
「この人痴漢です! ちょっと辺り固めておいてください!」
友人・ケイがそう叫ぶと、周囲の人たちはそのおっさんを逃がすまいとバリケードを作り始めた。
それはいいのだが、なぜケイがここにいるのか。
時間的に今は学校のはず……まさかこいつ!?
「よう、ルナ! だいじょぶだったか?」
「……あのさケイ、サボりはよくないよ。ここでお前の会ったのは、運命的な何かを感じるけど、さすがに学校サボってまで電車に乗るか? 母さんに言いつけるぞ?」
「おまえなぁ、助けてやった友人に対しての態度がそれかよ。しかも、高等科はこの時期はテスト週間。で、オレは参考書を買いに行くところ。なにか不健全な理由があるか?」
不満たっぷりな目でオレが言うと、ケイはおっさんを組み伏せながらもっと嫌味を込めた言葉で返された。
テストか、そんなのもあったっけなぁ。
「なるほどな、まあ、助けてくれてありがとう。あと、そのおっさんマジで痛がってるから許してあげて」
「いや、こういう奴らはこれくらいしないとだめだ。とりあえず次の駅で降りるぞ」
押さえつけられてうめいているおっさんに容赦のないケイ。
次の駅に着くまでこのままか、頑張ってくれ。
☆
ピーンポーン……
オレが鍵を開けている隣でなぜかインターホンを押し始めるケイ。
たまにこいつが何をしたいのかが分からなくなってくる。
「……なにやってんの?」
「いやぁ、他人の家に来た時にインターホン鳴らすのは常識だろ」
「隣にその家の主がいるんですが?」
「気分で押したくなったんだよ」
そう言ってインターホンを連打し始めるケイ。
ピンポーンピンポーンピポポポポポポポピンポーン……
「うるさいからやめろ。ほら、鍵開いたから早く入れ」
「はいは~い」
そこまでしてようやくピンポン連打をやめたケイとともに、家の中に入る。
結局あの後、乗客さんたちの協力もあって、痴漢のおっさんは警察に連れていかれた。
オレらも事情聴取に駆り出され、少し時間をロスしたが、その後ちゃんと目的の物を買うことができた。
何の因果か、会ってしまったケイも一緒にショッピングしたのだけれど。
まあ、済んだ話はどうでもいいか。
ケイが家に入ると鍵を閉め、リビングまで2人で行く。
そして、ソファに腰かけつつ、会話を再開する。
「で、アレはなんだ?」
「ん? ああ、あれは『ピンポン連打』だ。コツはボタンを指の力で連打すること。その進化版が『ピンポン連ダッシュ』で、そっちのほうは……」
「……ふざけてんなら放り出すぞ。で? 朝のアレはなんだ?」
「冗談だよ。まあとりあえず、話を聞いてくれ。……俺と、やらないか?」
そんな事を言い放って来たケイに左ストレートを繰り出した俺は間違っていない。
反射と言ってもいい速さで左の拳が打ち出され、ケイの鳩尾を抉った。
そのあと、『ドゴォッ!』と言う脳内SEが響き、ケイが吹っ飛んだ気がするけど気にしない。
「痛ってぇぇ!! いきなりなにすんだ!」
ケイが抗議の声をあげ、突撃してきたので足を払い、逆エビ固めを決めてやる。
「ギブギブギブ!!」
ミシミシと友人の腰が悲鳴を上げ、ケイはリビングの床をバンバン叩いてギブアップを宣言している。
だが、そんなことをしても無駄である。
「ここにはレフェリーはいないし、ロープが張られているわけではないからお前が抜け出す事は不可能だ」
「ヌガアアアアア!!!」
家にケイの悲鳴が響いた。
「さてと」
ケイが動かなくなったところで拘束をとき、立ち上がる。
するとケイも何事もなかったかのように立ち上がる。
こいつの身体はどうなっているんだ? 不死身か?
「で? 結局なにが言いたいんだ?」
「いやだから、俺とやらない……ちょっと待て、説明するからその光って唸る右手を下ろしてくれ」
おっと、気づかないうちに手を振り上げていたらしい。
反射神経って怖いな。
「分かった。で、なんだ?」
右手を下ろしつつ、ケイにたずねる。
「いや、兄貴から伝言で『正式サービスの開始が近いので製品の無料優待引換券を蛍に持たせたのだが、そもそもハードはあるのか』だそうだ。で、俺と一緒にやらないか? ということだ」
その説明にオレは「ああ……」と納得した。
こいつの兄、志水満はゲーム会社を営んでいて、去年ようやく次世代型VRダイブ機【ニューライフ】対応のVRMMORPG《To‐Arms》の開発に成功し、去年の暮れにβテストを実施。そこから改良を加えた製品版が三日後の土曜日に発売する。
そして、その一週間後から正式サービスがスタートする。
次世代型VRダイブシステム対応オンラインゲーム、VRMMORPG《To‐Arms》通称TAティーエーと呼ばれるそれは、VR技術の結晶と言ってもいいものらしい。
ゲーム会社【ニューデイズ】社は独自の方法を使い、これまで課題にされてきた『VR空間が脳に与える影響』を現実世界で脳が受ける刺激となんら変わらないものにしたという。
それによって現実では不可能な動きをVR空間で体験できるようになり、今までの二次元でのゲームのような、スキル使用時のアクロバティックな動きを再現することができるようになった。
また、VR空間内でプレイヤーの身体となる『アバター』も、この技術で動かせるようになったらしい。
とにかく、まったく新感覚なこのゲームの、ネットおよび店舗予約の限界の三千人は一瞬で決まって、予約できなかった人の中には一週間前から取り扱い店に並んでいる人もいるらしい。
【TA】の説明はいったん置いておこう。
今はそれを起動し、VR空間を体験するための装置である、【ニューライフ】を持っているかという話だ。
「えーっと……そう言えば売っちゃった気がする。今までのゲームつまんなすぎたし」
そうなのだ。
【ニューライフ】は最新のゲームハードとして売り出されたくせには、RPGやシューティングなどのようなアクション性のあるゲームは『人間の脳に与える影響が大きいため、人体にとっては危険だ』という理由で今まで考案されながらも、製品として制作・販売はされてこなかった。
今まで発売されたゲームソフトといえば、パズルゲームや教育用のクイズゲームなど。
はっきり言ってしまうと、つまらないものばかりだった。
だからこそ今回の《To‐Arms》の発表は全国のゲーマーに大きな期待を抱かせ、ネット上やニュースなどではその話が絶えない。
「そんなことだろうと思ったよ。家に2・3台余ってるからそれを使え」
「いいのかよ、貰っても。あれ地味に高いだろ? いくらだ?」
もちろん、最新の技術にはそれなりの価格がついてしまう。
【ニューライフ】もその例に漏れず、具体的な価格としてはゼロが五つほど並ぶ値段になる。
一世代前のノート型PCもそれくらいしたらしいな。
「アホか、俺がお前から金を取るわけないだろ。俺が使うのは自分用だし、他に余ってるやつは貰い物だったり、福引で当てたやつだ。金はいらん」
「そう言うことならありがたくいただこう。……だけど、オレはそのゲームはやらんぞ?」
「はぁ!? 今の話の流れだったら、どう考えてもやる方向で話が進んでただろ!?」
ケイが大声をあげる。
まあ確かに、話からすればオレがやるもんだと思っていたのだろうが、オレはそういう類のオンラインゲームはやらないようにしている。
「大声を出すな、耳に響く。あと、オレがやるとは一言も言っていないだろう。やるのは穂花だ。オレはパス。お前はオレがどういう人間か知ってるだろ?」
「『自称コミュ症』か? そんなもん気にするほどのものでもねぇよ。周りには確かに知らない人もいるんだろうが、基本俺と行動してれば問題ないだろ?」
「……そっちの問題もあるけど、オレが嫌がっている理由はそっちじゃない。そのオンラインゲームは初のVRMMO。しかも情報では、プレイヤーの分身になるアバターは現実の身体がベースになるんだろ?」
ネットに上がっている情報を見ると、現実世界に戻った時にそこにある身体とアバターの身長や体重、体型が違いすぎると、日常生活に支障をきたす恐れがあるらしい。
そのため《TA》では【ニューライフ】に搭載されている身体スキャン機能を利用し、そのスキャンデータを利用した『体のベース』を自動で作成し、プレイヤーはそれを元にアバターをカスタマイズすることになる。
もちろん性別変更なんていうことはできないため、『ネカマ』や『ネナベ』などの行為はできないようになっている。
そしてオレは自分の身体にコンプレックスを抱いている。
みなまで言わなくてもわかるだろうが、性同一性障害のことだ。
オレは自分を男だと思って生活している。もちろん、他人に女として接せられるのはいやなのだ。
しかし、そんなオレの体は見紛う事なき女の子、しかも外国人のような風貌で、自然に人目を引いてしまうのだ。
そんな嫌いな身体で誰とも知れない人間とプレイするだと? 想像するだけで寒気がする。
「……っていうかお前、分かってて聞いたろ? 顔にやけてんぞ?」
「すまんなwちょっとからかいたくなっだけだよ。ああ、その件については問題ない。兄貴から貰った『アバター自由変形コード』を使えば、かなり自由に身体を変えられるらしい。お前の身長なら、プラス三十センチくらいはできるんじゃあないか? ……もちろん、あの設定もできる」
ケイの口から出た言葉に俺は少し魅かれた。
こいつが言っていることが本当なら、俺のコンプレックスでしかない身体を改造してVR空間を満喫できることになる。
「……そう言うことならやってもいいかも」
「よし! じゃあ、この予約券は渡しておくから、次の土曜にハードは持っていくからな。日曜の朝、ソフトを買いに行こう」
「……分かった」
なんか、うまく丸め込まれた感じがするが、まあいいだろう。
「ん? 二枚?」
渡された予約券は二枚あった。
「ああ、穂花ちゃんもやるんだろ? 兄貴も分かってたんじゃないか?」
「……なるほど。満兄さんには感謝だな」
「まあ俺らの付き合いだし、気にすんな!」
「オレはお前じゃなく、満兄さんに感謝したんだが……」
そんなわけで、オレと穂花、ケイはこのVRMMORPG《To‐Arms》に参加することになった。
その後ケイから聞いたTAに関する情報によるとTAは、プレイヤーレベルとスキルレベルを育てることでプレイヤーを強化するゲームらしい。
プレイヤーレベルは、《敵》と戦い、勝つことで得られる経験値を溜めることで一定値を超すと上がり、プレイヤーの基礎ステータスを底上げできる。ちなみに、開始時点ではどのプレイヤーも同じステータスだが、レベルアップによってあげることができるパラメータは自己選択なので、それぞれが自分に合ったバランスでプレイヤーを育成できる。最高レベルは100だそうだ。
スキルレベルは、そのスキルにあったモーションを繰り返すことや『敵を倒す』などの実績ボーナスによって上昇する。
スキルレベルによって、戦闘系のスキルであれば技の数やその錬度が、非戦闘系スキルであればそのスキルの性能が上がり、その恩恵でプレイヤーは強化されていく。
こちらの最高スキルレベルは500で、スキルによってはスキルレベルが一定値を超えた時点でその上位スキルに互換させることが可能になり、それをした場合はスキルレベルは一に戻る。
また、新しいスキルを取得するには、エネミーを倒す事で手に入る特殊アイテムを使うか、特定条件を満たさないといけないらしい。
さて、ケイが家に帰ってからオレはパソコンに向かった。
ベータテスト時の情報を手に入れるためだ。こういう情報は知っておいて損はない。
なるほど、種族は《人間》しかないのか……
こんなスキルもあるんだ……
武器の種類は……
こうやって調べていくと、だいたいのゲームの全体像と、どういうプレイがしたいかが決まってくる。
そして販売開始までの4日間、オレはケイと相談しながら、自分のとるプレイスタイルを決めた。
そして土曜日、約束通りにケイはVRを体験するために必要な機器を持ってきてくれた。
ヘルメットのような形で、持ってみると結構重い。
早速部屋に運び、マニュアルを読んで使用者登録を行い、年齢や性別、本名などを入力していく。
更に、身体スキャンと個人情報を入力して、ようやく使用者登録が終了となる。これを行うことで、この機械はオレ以外からの操作ができなくなる。
それが全て済んだ後はケイに礼を言い、明日発売の【TA】を楽しみにし、スキルの最終チェックと、アバターの姿の考案を続けた。
☆
次の日
「いや~、やっぱいいな! ズラッと並んでる人間の横を通って目的のものをゲットだぜするのは!」
「お前性格最悪だな。……でも大丈夫だよな? オレ目立ってない?」
「お兄ちゃんは心配しすぎ。大丈夫だよ、平常心平常心♪ でも、ケイ兄の言ってることはひどいと思う」
そんなことを言われても、頭脳明晰・運動神経抜群・スタイル良好イケメンの男女の間にいるオレ。
一応目立たないようにジーンズにパーカーという格好で、フードを深めにかぶっているのだけど……うん、横にいる二人のせいで視線が半端じゃないです。
さて、オレと穂花、そしてケイは今近所の大型ゲームショップの前にできた二本の人の列のうち、道路に近いほうに並んでいる。
オレらが並んでいるほうが、事前に予約をした人が並べる列だ。
現時刻は9時半だが、列の後方を見ると、百はいるんじゃないかと言うくらいの人が並び、ショップがオープンする10時を待っている。
しかしこう考えると、オレら三人はまったく努力することなくこのソフトを買うんだよな?
罪悪感ハンパネェ……
その後、朝十時きっかりに店ショップはオープンし、予約者の先行販売が行われる。
予約者用の列はスイスイと進み、隣の何日も並んでいる人達の列の横をすり抜けながら無事、ソフトを入手した。
はっきり言って、罪悪感が半端じゃなかったです。
帰り道、原価の三倍で買い取りたいと言ってくるおっさんがいたが、無視した。
意地汚い大人だ。
さて、ケイと別れたあと家に帰り、早速ソフトをゲーム機に入れ、システムデータを読み込む。
これがかなり時間のかかるものだという事で、家に帰ったらすぐにしておく事がネットでも推奨されていた。
読み込みも無事終わり、後は一週間後まで待てばいいだけとなった。
☆
時計に目がいってしまう。
《To‐Arms》正式サービス開始まで残り数分となっていた。
誘われた時はあんなにやるのを拒んでいたのに、いざやるとなるととてもワクワクしてきてしまう。
まあ、気分がこうも高揚するのには別の理由もあるのだが、それは置いておこう。
そんなこんなしているうちに開始一分前となり、照明を消してVRダイブ用の低反発マットを敷いたベッドに横たわる。
そして、ヘルメットのような形の機器に充電プラグを差し込み、被る。
電源を入れると、直ぐに使用者確認がされた。
名前とID、暗証番号を脳内タイプで入力し、モード選択画面に移行する。
その中にあるゲームの欄から《To‐Arms》を選択し、時間が来るのを待つ。
この時をずっと待っていた。これからVR空間で、新たな冒険が……生活が待っているだろう。
時計を見てそれが午後二時になったのを確認し、起動を宣言する。
「さて、行こうか……『アクセス』!」
ご完読ありがとうございます。
今回の話はいかがでしたか?
設定的には《To-Arms》のサービス開始前のお話だったのですが、キャラクターの説明が主になってしまいましたね。
もし、お楽しみいただけていたら何よりです。
ご感想・ご意見・ご要望・ご指摘などなど、感想やメッセージとしていただけるとありがたいと思っています。
っということで、次回はいよいよ【To-Arms】にログインします!
……えっ? するよね?